電脳筆写『 心超臨界 』

忍耐は力だ! 忍耐の時が過ぎれば
桑の葉がやがてシルクのガウンになる
( 中国のことわざ )

読むクスリ 《 お腹の中の煉瓦――山田馨 》

2024-05-11 | 04-歴史・文化・社会
電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
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ある日の退社時刻も近くなったころ、急いで片づけなければならない仕事を持っていた山田さんは、若い部下のひとりに声をかけた。「きみ、すまないが少し残業してくれないか」。しかし、きっぱり断られてしまった。「だめです。ぼくは家を建てはじめていますから」。


◆お腹の中の煉瓦(れんが)

『読むクスリ PART 3』
( 上前淳一郎、文藝春秋 (1989/01)、p111 )

「ぼくの家は、この冬までに完成するよ」 

「来年はぼくも、いよいよ新築しようと思っているんだ」

本田技研のベルギーでの現地法人ホンダ・ベネルックスに勤める山田馨さんは、転勤してきて間もないころ、ベルギー人の部下たちが話し合っているのを耳にして、ほほえましい気持ちにさせられたものだった。

ここでも日本と同じように、マイホームを建てるのがサラリーマンの夢になっているのだ。

それにしても、話し合っているのは27、8歳の若者たちだ。日本に較べれば恵まれているなあ、とこっちへ来る直前やっと東京郊外に家を持ったばかりの山田さんは思った。

   *

ある日の退社時刻も近くなったころ、急いで片づけなければならない仕事を持っていた山田さんは、若い部下のひとりに声をかけた。

「きみ、すまないが少し残業してくれないか」

しかし、きっぱり断られてしまった。

「だめです。ぼくは家を建てはじめていますから」

ベルギーでは、ごく一部のエリートを除いて、一般のサラリーマンやOLは決して残業をしない。退社時刻がくるとさっと帰り、家族や友人との生活を大事にする。

それは承知のうえで、やむなく頼んだのだが、やはり断られた。

それにしても「家を建てているから」とは、なんと変わった断りの文句だろう。日本じゃ理由にならないなあ、と腑(ふ)に落ちない気持で思った。

   *

つぎの日曜日、ようやく現地での生活にもなれてきた山田さんは、郊外へ散歩に出かけてみた。

美しい花や樹(き)にいろどられて、こざっぱりした住宅街が続いていく。その一角の空地で、セメントを練(ね)ったり、煉瓦を積んだりしている親子連れがいる。

若い夫婦と、小学校へ上がる前くらいの子供が二人だ。

「家づくりごっこかな。それにしては本格的だが……」

そう思いながら近くまで行って、驚いた。作業衣で煉瓦を積んでいるお父さんは、残業を断ったあの部下ではないか。

「あっ、きみ、なにをしているの?」

「なに、って、このあいだもいったでしょう。家を建てているんですよ」

部下は額の汗を拭(ぬぐ)って笑った。

そうだったのか――山田さんは、がく然として気づいた。

家を建てる、とここで若いサラリーマンがいうとき、それは大工さんに頼んで新築するのではなく、こうやって自分たち一家だけで煉瓦を積み、屋根を乗せることを意味しているのだ。

だから、残業なんかしていられない。仕事が終わると飛んできて、暗くなるまで2、3時間作業をする。そして週末には一日中。

「偉いなあ。すごいことだよ。これは」

もう背丈より高くなっている壁を見あげて、山田さんはいった。

「べつに偉くなんかありませんよ。男は27、8になると、誰でも自分で建てるんですから」

「男の子はお腹の中に煉瓦を持って生まれてくる、ってベルギーではいいますの」

セメント練りを手伝っていた奥さんがいう。

「うちの男の子たちのお腹にも、きっと一杯詰まってますわ。いま、こうやって父親の仕事を見て家づくりを覚え、大人になったら煉瓦を取り出して、自分で建てるようになるんです」

つくづく山田さんは考えた。

むろん、日本とベルギーでは、地価や地震の有無など、いろいろ条件は違う。

しかし、がつがつ残業して頭金を貯(た)め、齢(とし)をとってからやっと一軒持つのと、残業しないで安い材料を集め、若いうちに自分の手で建てるのと、どっちが幸せだろう、と。
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