ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

色んな世の中の出来事、セラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

韓国の礼節

2008-08-18 08:21:05 | 身辺雑事

中国人の大陸的発想に触れて数年前韓国に旅行に行ったときのことを思い出しました。

私と友人は南大門だか東大門だか忘れましたが、韓国では一番の繁華街をぶらぶらしていました。

すると、ひとりの現地の男の人が私の友人の耳元で何かをささやいたのです。

もちろん、全く見知らぬ人ですが、友人は何かを教えてくれているのかと思って、「え?なに?」とそちらに耳を傾けるような格好になりました。

なにせ、小声で言ってきたので。

その態勢で、友人は少しかがむような姿勢になった一瞬のすきをついて、なんとその男性は友人の片方の靴をすっと上手に脱がせて、というか奪って、走り去ってしまいました。

当然びっくりした私たちは「なに!? なにするの!?」とその後を追いました。

すると男は一軒の露店の前でたちどまり、「ここ、ここ」というように指で指し示しました。つまり、自分の靴磨きの店で靴を磨いていってくれ、ということなのです。

「ノー、ノー」必要ない、という身振りをする私たちを尻目にあれよあれよと職人の手に渡されたその靴にはべったりと靴クリームが塗られ、ごしごしと磨き始められました。

しかし、友人のその靴ってスウェードだったんです。

スウェードの靴にべったりと靴クリームを塗ってしまわれてはもう価値はありません。

「できたよ」と満面の笑みを浮かべて差し出すその男の手にある靴は見るも無残に色も変わり、質感も変わり、数分前のものとは別物でした。

「いくらだよ」とその男は金額は忘れましたが、ウォンを告げました。

「どうして払わなくちゃならないの!?」もう友人は怒りで真っ赤です。

「そもそもやってほしくもないものを泥棒のように奪っていって、勝手にあなたがやってしまったんじゃないの! しかもその靴はスウェードよ。そんなこと見ればわかるでしょ。靴クリームを塗るという手入れ法じゃないことくらいわからないの!」

もう、日本語です。

どこまでつうじているかわかりませんが、 日本の観光客も多く、男は片言の日本語ぐらいだったら知っている雰囲気でした。ひょっとすると全部わかっていて、わからないふりをしていただけかもしれません。

「じゃあ、オマケするよ。いくらでいいよ。」というようなことを男は言いました。

そもそも最初からふっかけているような値段っぽかったので、オマケの値段が普通という気もしました。でも、そんな問題じゃないんです。

私たちは何かを買って、値切っている日本人という図式になってきているのをどう打開して違うんだ、と言えばよいのかわからず、結局怒りが悲しみに変わってきていて、最後はあきらめになっていた友人はまけると男が言った値段を支払って、その場を立ち去ることになりました。

しかし、それまでの楽しい旅行の気分はどこかへ吹き飛んでしまっていました。

沈んだ私たちは、そのツアーが終わるまでどことなく、その気分を引きずっていたような気がします。

私たちがショックだったのは、これが韓国一の繁華街で行われたことだと言うことです。これが『気をつけたほうがいいよ。』というような闇市とかで行われたことであれば、納得もするでしょう。むしろ面白がることができたかもしれません。

 しかし、日本でいえば、銀座か原宿かと言うところでこんなことが行われているとは、韓国ってまだこんなレベルの文化、マナーの国だったの!?ということです。

韓国と日本の間には深い闇が横たわっているのはわかりますが、一般の旅行者として行っているときにこんな目にあえば、誰だって、もうその国には行きたくないと思うのは普通でしょう。

安くなったとはいえ、海外旅行に来ているのです。なにも好き好んで、何度も悲しい目にあった国に「あれは、何か特別運が悪かったのよ。もう一度、行ってみましょう。」と好意をもってみれるはずもありません。

正直そのときから私は韓国に対して良いイメージを持っていません。
先日なにかのアンケート調査で、韓国人が「もっとも脅威を感じている国は?」と言う質問に対して「日本」と答えており、「これからもっとも仲良くしていったほうがいいと思う国」に「北朝鮮」をあげていたのを知ったときも、ちょっとショックでした。

私の今生の人生においては、中国や韓国とのかかわりから何かを学ぶことはありませんよ、というメッセージなのでしょうか・・

今後劇的に私の身に「韓国ってなんてすばらしいの!?」というような個人的な出会いがあることをのぞみたいです。


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