ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

色んな世の中の出来事、セラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

スピリチュアルなセッションにおける値段設定の考え方

2010-08-31 07:56:00 | ヒーリング

1年ほど前、確か「癒しのお値段」というタイトルで、ハード商品ではない、カウンセリング、コンサルテーションというソフト商品についての値段は難しいというようなことを書いたことがありました。

そのときは、あるとき自分が手をかざすと病人の症状が軽くなったり治ってしまったりする力がある人が最初は自分の身の回りの人たちを無料でやってあげていたのだけれど、そのうちその噂が口コミで広がりあまりに大勢の人が押しかけるようになってしまったので、クリニックとして開院したとたん、「金を取るのか!」と一部の人に非難された、という話を紹介しながら、癒しについてのお値段は決して自分を卑下することなく、タダなんてことはなくていいのですよ的なことを書いたように記憶しています。

今日はその逆で、高額な癒しについて思ったことをちょっと書かせていただきたいと思いました。

知り合いの人と先日私が過去世セラピーを受けに行ったときのことを話していたときのことです。

私が言いました。

「でもあれって、私はたまたまスラスラと過去世が見れたからいいけれど、全然何も感じないとか何にも見えなかった、っていう人に対してはセッションをやっている方も大変だろうねぇ。」

するとその人がこんなことを言ったのです。

「高額なセッションほど、人は信じやすいよ。」と。

「見える、見えないっていうのは、結局受けに来る人がどれだけ心にバリアを張っているか、すんなりとそのことを受け容れるつもりでいるかによると思うよ。心をブロックしているものがあるかどうかなんだよ、見えるか、見えないかは。だから、そういうセッションというものはたいてい高額だと思うけれど、高い値段を払ってまで来る、という時点でそういう人はもうほんとに見えるのかぁ?とか、このセッションをやってくれる人に私の過去を読み取るだけの能力があるのかぁ?とかいう疑いを抱いてないはずだから、高額なところほど、逆に簡単だと思うよ。」

私は、これには目からウロコでした。

なるほど、そういう考え方もあるのか、と。

確かに世の中には、同じことをやっていてもお値打ちなサロンとここは随分高いなぁ、というサロンとが存在します。

そんなとき、私は今まで、高いサロンについては(そういうところに行ったことがないからわかりませんが)、これだけの値段をとる、ということはそれだけのものを提供する自信がおありなのだろうし、来る人もそれだけのものを期待してくるだろうからそれだけの価値があった、と思ってもらうのは大変だろうなぁ、と思っていました。

でも、このとき話していた知り合いの人が言うように、「高く設定すればするほど、来るお客様というのは、それだけの金額を払うと決めた時点で、もう身も心も委ねちゃってる状態だからかえって簡単」という考え方もあるのだ、と言われるとそれもそうかもしれない、と思いました。

逆にお値打ちにしていると、人はいろいろ迷う、という逆説もある部分で成り立つように思います。

お値打ちならお値打ちで、お値打ちな全然別のジャンルのものと比較してしまうからです。

私も今まで何度か経験があります。

「え~! 1万円ですかぁ・・ それだと美容院行けるもんなぁ。」とか「旅行行けるもんなぁ。」とか言われたことが。

自分のことを考えてみてもそうです。ちょっとした棚やカゴがほしい、と思ってダイソーに行くとします。なかなか気に入るサイズや質のものがない。「まぁ、これでいいとするかぁ。」なんて思っているうちに、「待てよ。こんなもので妥協するなら、うちにある余った板を使えば、なんかできないかなぁ?」なんて。

100円のものだからスパッと迷わずに買えるか、というとそうではないんですね。逆にデザインやすぐれて心を打つ、というようなアート性を求めていないだけに実に実質的な部分だけで比較する心が芽生え、迷ってしまう。そんな人の心理を悪用して、自分に大して技術や経験があるわけでもないのに「だからウチは高くしておこう。そうしたら良いお客様ばかりが集まるだろうから。」というところも確かにあるでしょう。

セレブの人はそんじょそこいらの人と私は利用しているお店もわけが違うのよ、と差別化したい気持ちがある方もいらっしゃるでしょうから、その心理をくすぐるようにお金持ちの人しか利用できないような値段設定にして、サロンだけはお金がかかって豪華な感じにすればそれなりの人がついてきてくれるような気もしますね。

それにしても、あまりに自分を卑下して、あるいはいらっしゃる人のお財布事情をおもんばかりすぎて、値段を低く設定し、自分のせっかく身につけた技術や経験を安売りする必要はないのと同様に、こんな見掛け倒しの高額サロンもイヤですね。

最近ちょっとこれは違和感感じるな、私はこういう考え方はイヤだな、と思ったことがありました。

それはやはり癒し系のサロンで、長期にわたるコースメニューが設定されていたのですが、その値段設定のことをそこのオーナーは、

「一括払いだと○○万円。(忘れました。何十万円、という単位のお値段です。)分割払いも一応あるけれど、一括払いだと○○という特典もあるし(この特典内容もさほど興味のないことだったので覚えていません。)一括払いをおススメします。なんといっても、この一括で何十万円というお金を用意しよう、払おう、と決めた時点でもうその人にとっての問題はほとんど解決しているも同然なのよ。何十万円というお金を払ったから真剣にこのセッションに取り組もう、という姿勢こそが大切だと思うから、私は一括払いをおススメしますし、こういう値段設定にしました。」とおっしゃいました。

これを聞いたとき私は、内心(んなこっちサイドの心の持ちようみたいなこと、ほっといてくれよ。それに、そんな内実の暴露話的なこと、言っちゃだめだろー)と思ってしまったんですよね・・

それは確かに1回ずつにしたら、あ、払えないこともない、というリーズナブルなお値段でした。

それを全部まとめて一括払いさせることによって、「よし、私は真剣にこれからこのセッションに取り組むぞ」という気構えを起こさせる、というのも手としてはわかります。

しかし、それはアンタの手なのであって、それを客に言っちゃだめだろーと思ったわけなんです。

それがそちらの手にしか過ぎないことにもかかわらず、いかにも問題をすり替え、「一括払いで払うことによって、あなたの精神も成長するのだから」みたいなごまかす言い方はやめてほしい、と嫌悪を感じました。

こういうやり方のことを心理学でマインド・セットと言います。

あらかじめ、何かを始める前にすでにその人の気持ちをある特定の領域にセットする方法です。

簡単な例で言いますと、ケーキを指差して、

「ケーキって、作る過程を見ていると食べる気なくすよねぇ。ものすごいお砂糖とバターの量なんだもの。私たちが健康な食生活を営むためにはもっとビタミンやミネラルをとらなければいけない時代に、こんな不健康な食べ物はないわねぇ。」と言っておいてから、「あ、そうそう。このケーキ食べる?」と言われるのと、「ケーキっておいしいよねぇ。見た目の可愛さもあるし、味だけじゃなくてなんかこう、夢をいただいてる、って感じになるわよねぇ。毎日健康を気遣っていても、たまには楽しくおしゃべりしながら、夢をいただくのって大切よねぇ。カロリー、カロリーばっかりだと気分がすさんじゃうもん。」と言っておいてから、「あ、そうそう。このケーキ食べる?」と言われるのでは、前者はノー、後者はイエスという確率が飛躍的に高まることでしょう。

マインド・セットとは、このようないわばコンサートの前座で場を盛り上げておくというようなことです。(ま、わざと盛り下げておく、というセットの仕方はないと思うので)

高いお値段を設定しているサロンが決して中身が充実していたり、施術者の技術がすぐれているというわけではなく、それを払うことによってすでにそのセッションを受ける前のマインドセットができるから、というのが高額なお値段のカラクリならば、お客様は自分で自分を鍛えているようなもので、サロンの施術者のおかげでもなんでもありません。


癒しのお値段とは、ある程度そのサロンのオーナーに対する信頼、人柄に惚れて、相性、というようなものが決め手となってきます。その信頼を逆手にとって利用するような設定のしかたは私は絶対にしたくないし、できないし、そういうところに行きたくもないと思いました。




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