孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

改革進むエチオピアが建設するナイル川巨大ダム 下流エジプトでは「ナイルの賜物」の変容も

2019-08-18 21:51:35 | 北アフリカ

(【8月18日 朝日】)

 

【“政治の民主化と経済の自由化が成長と安定を確実なものにする実例”】

これまでも何度か取り上げてきたように、東アフリカ・エチオピアでは、アビィ首相による内政・外交の改革が進行しており、一部にはノーベル平和賞候補に推す声があがっているような高い評価を得ています。

 

下記は、日本の在エチオピア大使である松永氏のエチオピアの状況に関するレポートです。

 

****エチオピアが何故いま熱いのか【アフリカと日本】*****

注目の原因 

いまエチオピアに注目が集まっている。

2桁の経済成長を過去10年以上ほぼ毎年続けてきたのは、サブサハラ・アフリカでは、異例のことだ。この結果、1990年から現在までで、GDPは倍増した。

 

人口では、ナイジェリアに次ぐアフリカ第2の大国であり、GDPの規模(2018年IMF統計)では、サブサハラ・アフリカでナイジェリア,南アに次ぐ第3位である。ナイジェリアが産油国であることを考慮すれば、非産油国としては第2位となる。

 

もっとも、エチオピアが現在注目されているのは経済成長だけが理由ではない。昨20184月に就任したアビィ・アフメッド首相が大胆に政治や社会の改革を進めていることも、もう一つの注目点になっている。

 

筆者が当地赴任後、内閣改造が行われたが、閣僚の半数が女性で占められることになった。また、新たに女性の大統領(象徴的に国を代表する)が指名され、その後最高裁長官にも女性が任命された。

 

エチオピアでは、現在新しい風が吹いている。アビィ首相がノーベル平和賞のショートリストに入っているとの報道もなされている。(中略)

 

アビィ政権による改革とその背景

近年の経済成長の背景にはこうした産業政策(メレス前首相が採用した、市場経済を活用しつつ政府が産業育成に積極的に関与する、計画経済でもなく自由放任主義でもない産業政策)がそれなりの功を奏した事実があると思われる。

 

しかし、経済成長の実現は社会の不安定化をもたらすことが多い。急速な都市化の伸展、成長にうまく乗れたものと乗り遅れたものとの間の格差拡大、そして今日の社会特有のソーシャルメディアの発達による現状への不満の組織化が起こってくる。

 

それは、建前上は四民族のアンブレラ組織でありながら事実上はTPLF(2007年国勢調査で総人口の6%にすぎないティグライ民族を基盤とするティグライ民族解放戦線)が牛耳る政権の実体に対する不満と批判の広がりという形として現れ、2015年頃から頻繁に反政府活動が起こるようになり,2016年10月には非常事態宣言が発出され政治的な不安定は深まっていった。

 

これは、TPLFを中心とする現政権内で既得権益化が進み、権力の濫用や汚職が一般大衆の許容範囲を越えたためと思われる。

 

これ以上混乱を続かせることは国家・社会のためにならないと判断したハイレマリアム首相(メレス首相の死去に伴いその後任として南部諸民族州の出身でありながら2012年に首相に就任)は昨2018年2月に急遽辞意を表明し、その後を多数派であるオロモ民族(2007年国勢調査で総人口の37%)出身のアビィ首相が引き継いだ。(中略)

 

アビィ首相は就任以来、内政・外政の改革を進めている。

 

内政面では、前政権に対する抗議運動で投獄されていた多くの人々が解放されている。海外に逃れて反政府活動をしていた人々も続々帰国している。また、前政権の中にいて弾圧や人権抑圧(不当な拘禁・処刑・拷問など)を行った疑惑のある者たちが逮捕されている。その中には、巨大国営企業であるMETEC社の幹部の汚職容疑による逮捕も含まれる。

 

前政権の間に対外債務が大きく膨らんだことは無視できない。アビィ首相は、これについても新たな政策を打ち出し、政府自身及び国営企業による非譲許的借款を一切認めないことにした。

 

また、債務負担軽減のため、アディス・アベバ-ジブチ間鉄道に関わる対中債務の返済期間を10年から30年に延長させることに成功している。

 

旧政権時代に中国からの借款が大きく増えたこともあり、現政権は中国との間にはある程度の距離を置きつつ、先進諸国やドナー諸国(エチオピア人は、パートナー諸国という言葉を好む)とのつながりを深めることで対外関係を多様化しようとしている。(中略)

 

なお、アビィ首相の改革は外政にも及んでいる。1993年の分離独立以来、紛争の絶えなかったエリトリアとの和解がその最も注目される例である。

 

エリトリアとの和解は、経済的にも大きな意味を持つ。エリトリアの分離独立以来、内陸国としてジブチをほぼ唯一の海へのアクセスとしてきたエチオピアが、アッサブ港とマッサワ港という代替的なルートを確保できる希望が生まれたからである。

 

物流ルートが増えることは、外貨不足と並んで日本企業を含む外国企業進出の最大の障害とされる物流コストの高さの是正につながることが期待される。

 

欧米諸国や世界銀行は、アビィ政権の推進する改革路線を定着させるべくこれをテコ入れして行こうとの姿勢を示している。

 

欧米諸国は従来、TPLFを中核とする前政権を人権、民主主義、法の支配の面で問題ありとしてきたのに対し、アビィ首相がこれを反転させて改革を進めているのを後戻りさせてはならない、との立場からである。(中略)

 

アビィ首相による改革が実を結び、エチオピアが目標とする2025年までの中進国入り(一人当りGDP1,000ドル以上)が実現すれば、政治の民主化と経済の自由化が成長と安定を確実なものにする実例が東アフリカに誕生することになる。それは、後に続こうとする国々に対する前向きなメッセージとなるであろう。(後略)【424日 松永 大介氏 霞関会】

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“政治の民主化と経済の自由化が成長と安定を確実なものにする実例”・・・・今どき珍しい明るい希望です。

(もちろん細かく見ていけば、アビィ首相の改革にも問題はいろいろあるのでしょうが・・・)

 

【ナイル川巨大ダム建設をめぐるエチオピアとエジプトの対立

ところで、エチオピアはナイル川上流国になりますが、今後の経済成長を支える電力を確保すべくナイル川に巨大ダムを建設していること、それに対し、これまでナイル川の水資源管理を牛耳っていた下流国エジプトが反対していることは、2018121日ブログ“水資源をめぐる対立  インダス川のインド・パキスタン ナイル川のエジプト・エチオピア 生命線が断層線に”でも取り上げました。

 

エチオピアは、エジプトの反対にもかかわらず、ダム建設を続けています。このあたりはエジプトの国際影響力低下という近年の国際事情を反映したもののようにも思えます。

 

****ナイル川、巨大ダムの衝撃 上流のエチオピア、建設****

人口が急激に増加し、経済発展を続けるアフリカ大陸。エチオピアで今、成長を支えるアフリカ最大級となるダムの建設がナイル川上流で進められている。水資源をナイル川に頼る下流のエジプトを大きく揺さぶっている。

 

 ■経済成長、電力不足解消狙う

エチオピアの首都アディスアベバから北西に500キロの拠点都市アソサ。そこからデコボコ道を車で3時間かけて走る。スーダンとの国境に近い山間部に巨大なコンクリートの壁が現れた。建設中の「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム」だ。

 

メインのコンクリート製ダムは全長1800メートル、高さ155メートル。さらに全長5千メートル、高さ50メートルの岩石などで造るロックフィル式の補助ダムが続く。(中略)

 

名前に付けられた「ルネサンス(再生)」には、かつて世界最貧国とされた時代から決別し、大きな飛躍を願う思いが込められた。

 

エチオピアは近年、年10%前後の経済成長を遂げている。国内総生産(GDP)は843億ドル(約9兆円)。この20年間で11倍近くに拡大した。人口もこの間、1・7倍以上に増加して約1億900万人に達した。

 

だが、電力は不足しており、送電線などの整備も途上にある。地方を中心に多くの人が明かりや炊事を牛ふんなどバイオ燃料に頼っているのが現状で、経済成長を支える海外企業の誘致にも電力インフラの拡充は欠かせない。このダムが稼働すれば、スーダンなどの周辺国への売電も視野にしており、国家収入の柱の一つになる。

 

この期待を一手に背負うダムの規模は桁違いだ。総貯水容量は740億立方メートルで、世界7位。日本最大の徳山ダム岐阜県)の100倍以上の規模だ。

 

発電能力は全16基の発電タービンで合計6千メガワットになる。総工費は33億9700万ユーロ(約4千億円)とされ、国民や在外エチオピア人に向けた国債を発行して多くをまかなう形を取っている。

 

 ■「流域国、協調を」

水資源をめぐる政治学を専門とするアディスアベバ大学のヤコブ・アサノ教授は、このダムの建設を「上流の流域国が水資源利用の正当な権利を行使できる時代が到来したことの象徴だ」と話す。

 

エチオピアはナイル川の上流に位置するにもかかわらず、その水利権を下流域の国に無視されてきた。

 

ナイル川の取水権は1959年にエジプトとスーダンが協定を結び、エジプトが8割、スーダンが2割を持つとされた。エチオピアなどの上流域国が水資源を利用するプロジェクトを実施するには、エジプトに監督権があるとされた。

 

エチオピアは反発し続けたが、地域大国エジプトとの力関係は明白だった。ダム建設は、エジプトの影響力低下を如実に物語っている。

 

アサノ教授は協定の有効性はすでに消滅しているとしつつ、「エチオピアが電力供給拠点となれば、エジプトはそれを利用した工業振興につなげられる。スーダンは地域の食糧供給拠点になる。このダムが契機となり、水資源を有効活用する流域国の協調の枠組みができる」と語った。

 

関係者によると、ダム本体は80%、発電施設は60%ほど工事が完了している状況だという。エチオピア側は近く貯水を開始し、2022年にも発電設備を稼働させる意向だ。

 

 ■下流のエジプト、危機感 人口増、水不足に拍車の恐れ

エチオピア政府は下流への流量を変えないと強調している。だがエジプトの警戒心は強い。

 

「ナイルの水が2%減っただけで、農民ら100万人が収入を失うとの試算がある」

ムハンマド・アブドルアティ水資源灌漑(かんがい)相は朝日新聞の取材にこう強調した。 

 

エジプトは水資源の約95%をナイル川に依存しており、そのうち青ナイル川の流量は80%以上を占める。アブドルアティ氏は「ナイル川に全面的に依存する我が国が、リスクを排除することは当然の権利だ」とし、科学的なダムの影響調査の必要性を訴えた。

 

調査実施について、15年にスーダンも含めた3カ国が合意し、調査は始まったが、結果がまとまる時期ははっきりしていない。エジプト側は結果を踏まえて、貯水にかける期間や量などをエチオピアと協議したい意向だが、エチオピアが調査結果を待たずに貯水を始めるのではとの懸念も出ている。

 

アブドルアティ氏は、ダムがナイル川の水量に影響を与えれば、社会の混乱を招き、不法移民の増大やテロ組織の伸長さえ想定されているとした。

 

 ■生命線に「蛇口」

エジプトの人口は00年に6883万人だったが、18年には9842万人となり、1億人突破は目前。人口増に伴い、水の需要も高まっている。

 

国連食糧農業機関(FAO)によると、1人あたりの年間の水消費は14年で700立方メートルだが、30年には「絶対的な不足」とされる500立方メートルを割り込むことが予想されている。

 

この予想にはダム建設による影響は考慮されていない。まさに生命線である青ナイル川に「蛇口」を取り付けられ、エジプトの命運をエチオピアに握られる形だ。

 

ダムを巡っては、ムルシ前政権下では、与党議員がダム建設阻止のために軍事行動を示唆するなど強硬姿勢も目立った。

 

しかし、14年に誕生したシーシ政権は、ダム建設を容認する姿勢を示す。現実に建設阻止は不可能と判断したとされる。ただ、ナイル川の流量を変化させるなどの悪影響を排除することが絶対条件としてきた。

 

水資源問題が専門のナーデル・ヌールエルディン・カイロ大学教授は「このダムはあまりにも巨大過ぎる」と指摘。貯水時の下流への流量変化やダム湖からの大量蒸発、地下への浸水などの可能性が排除できないという。また、その規模ゆえに想定外の事態が起きた場合、エジプトが被る影響は甚大だとし、「国の存亡にも関わる」と警鐘を鳴らした。

 

ヌールエルディン氏は「リスク回避のため、今後のエチオピアとの協議が重要だ」とした上で、「協議で折り合わなければやがて紛争となり、『水戦争』になる可能性もはらんでいる」と語った。(後略)【818日 朝日】

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エチオピア発展の生命線ともなる巨大ダム建設に関しては、アビィ首相も従来政権の強気な姿勢を踏襲しているようです。エチオピアにすれば、「当然の権利」ということでしょう。

 

【「ナイルの賜物」の変容】

ただ、古来よりエジプトは「ナイルの賜物」と言われてきているように、下流国エジプトにとってもナイルの水は生命線です。

 

しかし、「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム」の話を別にしても、ナイルの水資源利用とともに、その様相は変化してきています。

 

****「ナイルの賜物」今は昔 塩害に苦しむエジプト文明の地****

「エジプトはナイルの賜物(たまもの)」。この有名な言葉は、ギリシャの歴史家ヘロドトスのものだ。ナイル川が運ぶ肥沃な土が文明を育んだと、世界史の授業で学んだ人も多いだろう。

 

しかし、現代のナイルデルタを歩くと、まったく異なる光景が広がっていた。(中略)

 

ナイル川の最下流域カフルシェイク県。首都カイロから北へ車で4時間以上かかる。ナイル川の支流を使った運河の終点に行くと、底を掘り返して盛った土手が白いもので覆われていた。塩だ。 

 

エジプトのような乾燥地では、雨がほとんど降らない。農業用水や地下水には塩分が溶け込んでいるので、灌漑した農地の地表からの蒸発量が多いと、塩を残してしまう。

 

しかも、ここのようなナイルデルタの下流では、水量が作物栽培に十分でない。農地からの排水を農業用水に再利用するうちに、さらに塩分濃度が高まる。(中略)

 

さらに北上すると、塩分濃度が高すぎて農業には適さないため、土地が養魚場に変えられた地域もあった。一度塩分を含んだ土地はなかなか元に戻せない。

 

なぜ、こんなことになったのか。地元の人たちは、19世紀に造った「せき」と、1970年にできたアスワンハイダムの影響が大きいという。

 

以前はナイル川が定期的に洪水を起こし、それを利用した伝統的な灌漑が流域に肥沃な土をもたらしていた。ダムのおかげで洪水はなくなり、水力発電による電力をもたらした一方、土は徐々に疲弊し、肥料を大量に投入しなければならなくなった。

 

さらに急激な人口増加が追い打ちをかけた。エジプトの人口は今年、1億人を突破するといわれる。エジプトは世界有数の小麦輸入国だ。政府は砂漠の農地開発を進めており、それにはナイル川の水が大量に必要となる。最下流域に回る水が少なくなり、塩害を加速させているともいわれる。(中略)

 

エジプトではずっと、人々は国土の4%ほどしかないナイル川沿いの土地に住み、その恵みに頼って生きてきた。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教の熊倉和歌子(39)によると、12世紀の土地文書には、すでに土の肥沃度と水はけを考慮した「地力」が記されていたという。(中略)

 

世界四大文明のひとつに数えられるエジプト文明は、ナイル川と流域の土地に支えられてきた。人口増加や水不足で、その土に疲れが目立ってきたのは、悠久の歴史の中で、ごく最近になってからだ。

 

政府系シンクタンクのアハラム政治・戦略研究センター研究員アマーニ・タウィール(59)は「ナイル川流域のデルタは5000年以上にわたって人々を養ってきたが、いまや、やせて疲弊してしまった」と嘆いた。

 

やはり四大文明のひとつメソポタミア文明も、大河が運ぶ豊かな土で栄えたが、人口増に伴う森林伐採による土壌侵食や塩害が滅亡の原因になったといわれる。

 

こうした状況に、エジプト政府は力ずくで立ち向かおうとしている。疲弊したデルタ下流地帯に固執することなく、砂漠に農地を広げようというのだ。

 

カイロから約60キロ北東の砂漠地帯に車を走らせると、スプリンクラー灌漑が施された大規模な農地でジャガイモや小麦が栽培されていた。土はさらさらとして黄色い。砂漠の土そのものだ。50年余りで約60万ヘクタールを新たに開墾。更にシナイ半島やアスワンより上流の砂漠計49万ヘクタールの開発計画もある。

 

耕す人は確保できるのだろうか。タウィールはいう。「エジプト人は仕事や糧を求めて、移動を繰り返してきた。道路が整備されれば、塩害に悩む農民は新たに開墾された砂漠に移動するだろう」。隣国スーダンやエチオピアでも、農地の確保を目指す。(後略)【55日 GLOBE+

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“疲弊したデルタ下流地帯に固執することなく、砂漠に農地を広げよう”とは言っても、その砂漠開墾のための水はナイル川ではないでしょうか。

 

結局はナイル頼みの構造には変わりなく、「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム」建設で水利用が制約されることになれば、大きな影響を受けます。農業以前に、カイロ等に暮らす1億人の飲料水確保も難しくなります。

 

今後、世界は石油以上に、水資源をめぐって争う状況が懸念されます。

 

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