孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

国際赤十字  「沈黙する中立」

2010-08-15 15:28:56 | 国際情勢

(カブールで貧困層女性に保健衛生の知識を啓蒙する国際赤十字活動 “flickr”より By ICRC
http://www.flickr.com/photos/icrc/3967859471/)

【「沈黙」による「共犯関係」】
赤十字と言えば、ナイチンゲール、せいぜい大災害時の救援活動ぐらいしかイメージにない私にとって、最近目にした国際赤十字の活動、特に、その「沈黙する中立」「沈黙のおきて」に関する記事は非常に興味深いものでした。

多発する紛争における拘束者を訪問し、その保護を促す活動において、「拷問や虐待など非人道的事実をつかんでも、収容所長や閣僚など最高責任者にだけ指摘し、改善策を話し合うが、決して非難はしない。世論に訴えるのは厳禁」という姿勢です。
このことによって、紛争当事者の信頼を得て、内部に入ることが許されることになります。
しかし、そのことは、非人道的行為を知りながら明らかにしないという点で、一時的には紛争当事者と「共犯関係」に陥ることをも意味し、強い批判もあります。

****赤十字:「捕虜の保護」徹底…武装勢力も説得****
スイスのジュネーブにある赤十字国際委員会(ICRC)本部。昨年11月、アフガニスタンの人道支援担当者たちは、人知れず達成感をかみしめていた。イスラム武装勢力タリバンに捕らえられていたアフガン軍兵士3人との面会を実現させたからだ。
端緒は「タリバンにも捕虜収容所があるらしい」との情報だった。戦争捕虜の人権を守るため、訪問して安否を確かめ、待遇を改善させるのは、国際人道法(ジュネーブ諸条約)が定める赤十字の重要な任務の一つだ。
01年に米欧軍が「テロとの戦い」を始めるまでタリバンは、訪問を受け入れていた。
交渉の末、赤十字スタッフはトルクメニスタンとの国境にある北西部バドギス州の収容所に案内された。
タリバンが訪問を許したのは、赤十字がアフガン軍と米軍に拘束されたタリバン兵や協力者の消息を、家族に取り次いできた実績がものを言ったからだ。届けた手紙や伝言は、今年前半だけで約1万件。アフガン軍や米軍の収容所と赤十字事務所をテレビ電話でつなぎ、捕虜と家族の「対面」をこれまで1150回実現させた。
人道活動の意義を認めたタリバンが、自らも少しだけ扉を開いた。米軍が来年からの撤退に向け大攻勢をかける厳しい戦局で、敵味方の双方が、赤十字による回路を通じた意味は小さくない。

 ◇「世論への訴え」厳禁
戦争捕虜の訪問は、第一次大戦時から続いている赤十字の伝統ある活動だ。しかし、特に冷戦後、国と国の戦争が減って武装勢力による地域紛争が増え、ジュネーブ条約に定められた「戦争捕虜」には当てはまらない「紛争捕虜」と呼ぶべき被拘束者が多く生まれた。
国際法のすき間にあふれ出る新たな保護の対象。赤十字は、武装勢力にも「紛争捕虜」訪問の受け入れを粘り強く働きかけてきた。
74カ国、1890カ所の収容所で、毎年延べ50万人の捕虜・被拘束者の消息を追跡し、うち約5万人と個別に面接している。ほとんどは「紛争捕虜」だ。
タリバンなど武装勢力は条約締結国でないので、法的義務はない。それでも人道主義を認めることが、自らの利益にもなると理解するよう促していく。
紛争当事者に「中立・公平」の立場を信用させ、対話を続けるには、赤十字自身に厳しいルールが必要だ。
活動は極秘。拷問や虐待など非人道的事実をつかんでも、収容所長や閣僚など最高責任者にだけ指摘し、改善策を話し合うが、決して非難はしない。世論に訴えるのは厳禁だ。
「中立は、無力とも卑劣とも誤解されやすい。沈黙を通すのは、黙認し加担するのと同じで、時に一方の立場を支持することにもなる」(元幹部)
   ◇  ◇
沈黙を条件に紛争当事者の「秘密」に触れていると、時に国際政治のトップシークレットを知りながら、一緒に隠す「共犯関係」を問われることにもなりかねない。冷戦後、2度、試練があった。
一つは、ボスニア紛争(92~95年)で、セルビア人がイスラム教徒の強制収容所を設置し、多数を処刑していた時。もう一つは、04年に相次いで明らかになった、イラク・アブグレイブ刑務所とキューバ・グアンタナモ米軍基地で起きた米兵による捕虜虐待事件。
欧米メディアが虐待を報じる前から、赤十字は事件の概略や予兆をつかんでいたことが明らかになり、激しい批判を浴びた。「非人道的事実すら公表せずに続ける人道支援とは何なのか」という原理的問いかけだった。しかし、赤十字はその後も同じ手法を守る。
赤十字の手法には、古くから同じ批判がある。第二次大戦でナチスのホロコースト(ユダヤ人大量殺りく)を知りながら沈黙していた時も、大きな非難にさらされ、50年後「道徳的に過っていた」と謝罪した。
1971年に国際非営利組織(NPO)「国境なき医師団」を設立したフランス人医師らは、ナイジェリア内戦での赤十字活動に参加して「沈黙する中立」に疑問を抱き、独立。99年にはノーベル平和賞を受けた。
人道支援は、交戦国や紛争当事者の同意がなくても行う権利があるとする「人道的介入」の主張もある。【8月14日 毎日】
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【タリバン兵を対象にした人命救助訓練】
アフガニスタン、タリバンとの関係では、01年の米同時多発テロで米英などが「対テロ戦争」を開始するまでは一定の信頼関係があったそうですが、「対テロ戦争」によって、国際機関を敵とみなすアルカイダ勢力と、「敵か味方しかいない」と“中立”を否定するアメリカ・ブッシュ政権の対立のなかで、赤十字職員も狙い撃ちされる状況に陥りました。

その後、「あらゆる当事者との対話が必要。政府軍、警察、NATO軍、もちろんタリバンとも会い、赤十字はどの立場であれ被害者のため働くことを理解してもらう」(赤十字本部でアフガン支援を統括するリッツ氏)という赤十字の働きかけによって、活動再建が本格化したのが06年。
アフガニスタンに中核となる赤十字の病院12カ所以外に、危険な地域には応急措置の拠点6カ所も設営しています。
“タリバンとの関係も着実に修復していった。07年に韓国人キリスト教徒23人がタリバンに拉致された事件では、赤十字が韓国政府とタリバンを仲介し、人質解放に貢献した。
赤十字は世界保健機関(WHO)のポリオ根絶計画を支援し、南部のタリバン支配地域で年3~4回、住民への予防接種を行うための許可証をタリバンから発行してもらっている。
5カ所だった赤十字事務所は12カ所に増えた。7年前に殺された同僚が働いていた中部ウルズガン州にも今年、開設。現地職員は1500人を超える。”【8月14日 毎日】

赤十字職員が入れない危険な地域で、タリバン兵自らに救命活動をさせようという、タリバン兵を対象にした人命救助の組織的な訓練も実施しています。
こうした活動に、米欧の一部には「テロとの戦いの足を引っ張るな」「なぜタリバンの肩を持つのか」「人道活動でもやりすぎ」との批判もあるとか。

【「敵か味方か」】
冒頭記事にあるイラク・アブグレイブ刑務所とキューバ・グアンタナモ米軍基地で起きた米兵による捕虜虐待事件に関しては、世間からの厳しい批判も浴びています。
****人権と外交:赤十字の試練/1 中立認めぬ世論****
イラク・アブグレイブ刑務所とキューバ・グアンタナモ米軍基地で起きた米兵による捕虜虐待を巡る赤十字国際委員会(ICRC)の対応は、その中立を認めない厳しい世論の暴風にさらされた。
アブグレイブの虐待は04年4月、米メディアが米軍の内部告発を基に報じたが、赤十字は以前から把握し米政府に是正勧告する極秘報告書を渡していた。
01年に「対テロ戦争」が始まって翌年1月、赤十字はグアンタナモ訪問を始めていた。報道で米政権内の情報が流出するにつれ、赤十字の報告書も明るみに出た。「グアンタナモの囚人の人権は法的な保護を受けていない」「アブグレイブなどイラク国内14カ所の米軍収容所は、捕虜の待遇が悪すぎる。一部は拷問に等しい」
報告書は、中立人道主義を実践するには、拘束する側の信頼をつなぎとめるため、罪状の秘匿という点で、一時的な「共犯関係」にならざるを得ないジレンマを教えている。

「違法な戦闘員に国際人道法は当てはまらない」とする米国を、赤十字は「国内法で人権保護を」と説得。ICRCのケレンバーガー総裁は、当時のブッシュ大統領、パウエル国務長官らと交渉を重ねた。ここまでは「外には沈黙し、相手を非難せず、極秘に改善を促す」赤十字の伝統的手法の枠内だったが、報道を機に世論が沸騰すると赤十字の中立は激しく揺さぶられた。
「赤十字はテロリストの味方をする裏切り者だ」という反発が広がり、他方で「赤十字が指摘していたのに、なぜ放置した」と政権批判の援軍にされた。そこに「赤十字は外に向かって沈黙しているべきだったのか」という攻撃も加わった。
「当時は米国が世界中に我々の敵か味方か、と迫り、反対する側も含め中立を否定する空気があった。道徳的権威としてどちらかにつけという国際的圧力はものすごく、暴風雨の中にいるようだった」(赤十字幹部)
赤十字にいら立った米政府高官の匿名コメントが米紙に出た。「赤十字は中立ではない。アムネスティなど左派NGOと同じだ」。ICRCは英紙で反論。「テロとの戦いであろうと、法を免れることはできない」
赤十字本部内でも意見が割れた。「法の順守を呼びかけるのではもはや生ぬるい。はっきり米国を非難すべきだ」と声が上がった。

混乱の中、グアンタナモ訪問を重ねていたICRCワシントン代表のジロー氏が突然、退職。同氏は03年10月時点で早々と米紙に「グアンタナモの現状を続けさせるわけにはいかない」とコメント。米政権とのあつれきが高まり、「沈黙のおきて」を逸脱していたとして、事実上の引責辞任に追い込まれたとの見方が根強く語られる。
ICRCは予算の大半を各国の寄付で賄う。米国は最大の出資国で、緊急資金でも頼らざるを得ない。
「秘密を守るからこそ非人道的な待遇の捕虜にも会える。見たものを非難はしない。(捕虜の待遇改善などについて)いくら言っても聞いてくれないといった交渉の質を非難する」
嵐が収まった今、赤十字本部の担当者たちは、伝統的沈黙こそ人道主義を実行する最も現実的で有効な手法だと改めて強調する。
赤十字は現在も、オバマ政権が閉鎖できていないグアンタナモ収容所への訪問を続け、米国はそれを受け入れている。【8月15日 毎日】
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「沈黙」によって非人道的行為の「共犯関係」に陥ることにもなりますが、紛争当事者の信頼を将来的に保証し、今後起こりうるあらゆる紛争における犠牲者の最後の拠り所としての立場を守るためには、やむを得ない対応のように思えます。
いくら「人道支援は、交戦国や紛争当事者の同意がなくても行う権利がある」と言ったところで、当事者が受け入れない限り、犠牲者へのアプローチは現実問題としてできません。
もちろん、沈黙しない組織・活動があること当然でしょうが、国際的信頼を得た“最後の拠り所”として、「沈黙する中立」を守る国際赤十字が存在することは大切なことではないでしょうか。


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