孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アルゼンチン  ミレイ新大統領の「ショック療法」に国民はどこまで耐えられるか?

2023-12-22 22:55:19 | ラテンアメリカ

(【12月19日 NHK】選挙戦でチェーンソーを振りかざすミレイ氏 この熱狂が、今後の痛みを伴う「ショック療法」をどこまで支持容認するのか・・・)

【当面「過激な主張」は控えて、補助金廃止・規制撤廃・民営化に着手】
“景気循環論で有名なノーベル賞経済学者サイモン・クズネッツは「世界には4つの国がある。先進国と途上国、そして日本とアルゼンチンだ」とジョークを飛ばしたといわれる。アルゼンチンの衰退と日本の成長が異例という意味だが、今では皮肉なことに、後述する理由によって、日本がアルゼンチンに続いて衰退しようとしている。”【2022年2月7日 加谷珪一氏 ダイアモンド・オンライン】

19世紀以降の世界で唯一、先進国から脱落したアルゼンチン。上記サイモン・クズネッツ氏のジョークでは、その没落したアルゼンチンと好対照に驚異的な成長をとげた日本・・・ということだったのですが、今や日本はアルゼンチンと同じ轍を踏もうとしているとも言われています。

****日本が「先進国脱落」の危機にある理由、衰退国家アルゼンチンの二の舞いに?****
19世紀以降の世界で唯一、先進国から脱落したアルゼンチン。日本も同じ道を辿るのか

アルゼンチンは19世紀以降の世界で唯一、先進国から脱落した国家として知られる。農産物の輸出で成長したが、工業化の波に乗り遅れ、急速に輸出競争力を失ったことがその要因だ。国民生活が豊かになったことで、高額年金を求める声が大きくなり、社会保障費が増大したことも衰退につながった。

時代背景は違うが、似た現象が起きているのが現代の日本である。IT化の波に乗り遅れ、工業製品の輸出力が衰退しているにもかかわらず、社会は現状維持を強く望んでいる。この状況が続けば、アルゼンチンの二の舞いになっても不思議ではない。(後略)【同上】
*******************

その今も物価高と通貨安に苦しむアルゼンチンで、大統領選中に中央銀行の廃止と自国通貨のドル化を主張し、チェーンソーを振り回す過激なパフォーマンスでも話題になったミレイ氏が決選投票を制して大統領に就任しました。

(選挙戦のこれまでの経緯、アルゼンチン経済の状況などについては

****「中央銀行は廃止」過激な主張のアルゼンチン新大統領の手腕は****
(中略)中央銀行を「地球上に存在する最悪のゴミだ」と訴えてきたのが、12月10日に南米アルゼンチンの新大統領に就任したハビエル・ミレイ氏です。選挙戦では、物価高や通貨安に苦しむ国民を救うとして、自国の通貨ペソをドルにかえ、中央銀行を廃止すべきだと訴えてきました。(中略)

従来の政策は“切り捨てる”
 「チェーンソー!チェーンソー」 支持者の声援を受けて、選挙向けの集会ではチェーンソーを振り回す姿が地元メディアで大きく紹介されたアルゼンチンの新大統領、ハビエル・ミレイ氏(53)。 前政権や従来の政策を「切り捨てる」という意味合いを込めたパフォーマンスで人気が急上昇しました。

ただ、支持を伸ばした背景には、パフォーマンスだけにとどまらない、アルゼンチンの深刻な経済状況があります。

記録的なインフレが続き、消費者物価はことし11月に前年比160.9%の上昇に。1年前は100円で購入できたモノが、今は260円になっている計算で、人々の生活の大きな負担になっています。

人口約4600万のアルゼンチンの国民の5人に2人が、日々の食料などを十分に賄えない貧困層だと推計されています。

首都ブエノスアイレスの両替所では、自国通貨ペソを安定したドルに換えようという人が大勢います。ペソ売りの動きが通貨安につながり、輸入物価が上昇し、物価高に拍車をかけています。

アルゼンチンの中央銀行は、インフレ抑制のための利上げやペソ下落を食い止めるため市場介入を続けてきましたが、なかなか状況は改善しないという悪循環が続いていたのです。

中央銀行も自国通貨も要らない
こうした中で、ミレイ氏が選挙戦で訴えたのが、中央銀行の廃止と自国通貨のドル化です。
アルゼンチン中央銀行アメリカのメディア、ブルームバーグとのインタビューでは「中央銀行はこの地球上に存在する最悪のゴミだ」と断じ、インフレを止められない中銀の廃止を主張。

地元のラジオ番組に出演した際には、自国通貨ペソについて「排せつ物以下だ」と述べるなど、その過激な主張から「アルゼンチンのトランプ氏」とも言われるようになります。

ミレイ氏は、大統領選挙に立候補した時には下院議員でしたが、もともとは国内の大学で経済学を修めた経済学者です。

ドル化の狙いについては「法定通貨をドルにすれば、通貨の下落を防ぎ、輸入物価が抑えられるためインフレも止められる」と指摘。

さらに「輸出した際に必ず外貨をペソに換えるというルールも不要になり、貿易の活発化や投資の拡大にもつながる」とも述べています。

アルゼンチンでは、不動産などの売買にはドルがすでに使われていることもあり、経済学者による分かりやすい訴えが、爆発する国民の不満を受け止める形となって、大統領選挙で当選を果たしたのです。

中央銀行の廃止とペソのドル化で何が起こる?
ミレイ氏の主張どおり、中央銀行を廃止して、通貨をペソからドルにかえると何が起こるのか。

アメリカのドル紙幣とアルゼンチンのペソ紙幣スーパーや薬局に並ぶ商品の値札、レストランの表示はすべてドルに置き換えられ、ペソは流通せず、使うこともできなくなります。日本で円が使えなくなることを考えれば、その特異な状況がよく分かると思います。

ドルが自国の法定通貨になれば、輸入物価はペソ安の影響を受けず、国民を苦しめているインフレも落ち着く可能性があります。国民も企業も安心して取り引きができ、海外との貿易も増えるかもしれません。

一方、中央銀行が廃止されれば、アルゼンチンは独自に金融政策を行うことができなくなります。 自国の経済が落ち込んでも、利下げなどによって経済を下支えできず、逆に過熱する景気やインフレを抑えるための利上げもできません。

外国メディアや専門家はどうみる
このため、アメリカの有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルが「アルゼンチンのドル化は的外れ」と論じるなど多くの欧米メディアが、ミレイ氏の政策実現に否定的です。

自国通貨のドル化は、中南米では2000年代以降、エクアドルやエルサルバドルなどで実施例がありますが、アルゼンチンの経済規模はこうした国々よりはるかに大きく、それに見合う大量のドルが必要になるため、実現のハードルは高くなります。

途上国・新興国経済に詳しい第一生命経済研究所の西濱徹主席エコノミストも2つの大きな問題があると指摘します。

その1つが、ドル化を目指しても、ドルを含む外貨準備がアルゼンチンには200億ドルに満たない水準しかなく、金融システムの安定に不可欠な“最後の貸し手”である中央銀行が不在になった場合の対応策がないという技術的な問題です。

もう1つが、議会の上下院ともに、ミレイ氏が率いる与党は圧倒的少数だという政治的な問題です。いずれもクリアするのが難しいと言います。

第一生命経済研究所 西濱徹 主席エコノミスト
「ミレイ氏が選挙戦では高いボール、アドバルーンをあげているものの、おそらく現実路線としてどこかに落としどころを探ることになる。しかし、ドルとペソのレートを固定化するペッグ制も、かつてメキシコやブラジルで通貨危機を招いた原因になったことを考えると、現実的ではない」

ミレイ氏の政策を支持する学者も
一方で、ミレイ氏にとっては心強い応援団もいます。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の著名な経済学者、スティーブ・ハンケ教授です。

ジョンズ・ホプキンス大学 スティーブ・ハンケ教授ハンケ教授は、2000年から2001年には、エクアドルで経済相のアドバイザーとしてドル化の実施に参画した経歴を持ちます。

ハンケ教授はNHKの取材に対し「アルゼンチンでは、歴代政権が歳入不足を補うために中央銀行に頼り続けてきたことで、ペソの安定と価値が長年にわたって損なわれ続けてきた。さらに、インフレが長期に及んでいることは、国民の財産や富を政府に移管しているようなもので、事実上の強奪だ」と指摘します。

その上で、「多くの経済学者の見方に反して、ドル化は完全に実現可能だ。ドル化とはその国の会計単位を変更することであり、債務をドル建てにすることも、ペンを走らせるだけで達成されるという事実を経済学者は見落としている。ドル化に必要な前提はない」と主張します。

困窮する国民の期待に応えられるか
ミレイ新政権は早速動き始めています。経済政策の司令塔である経済相には、過去に金融相や中銀総裁を歴任した人物を任命し、緊急対策を発表。

政府の支出を減らして需要を抑制しインフレを抑えるため、新規の公共工事の中止や公共交通機関への補助金の削減などを進め、財政赤字の低減に取り組むとしています。

ただ、この対策には、中銀廃止やペソのドル化の具体的な計画は含まれていず、まずは経済の再生を優先して進める方針とみられます。

世界的なインフレに対し各国の中央銀行が大胆な金融政策に取り組むなか、中銀廃止や自国通貨のドル化は奇異にも見える構想ですが、そうであっても、ミレイ氏が支持を集めた背景には経済の悪化で苦しむアルゼンチン国民の厳しい現実があります。

困窮する国民の期待に応えられるのか、新大統領の手腕が注目されます。(11月19日 「ニュース7」などで放送)【12月19日 NHK】
**********************

中銀廃止やペソのドル化といった「過激な主張」の実行は当面控える様子ですが、持論の規制廃止・民営化は進めていく構えです。

****アルゼンチン大統領、エネルギー部門の非常事態宣言 値上げ目指す****
アルゼンチンのミレイ大統領は18日、エネルギー部門の「緊急事態」を宣言、今後、政府が国内ガス・電力規制当局の管理を強化し、長年管理されてきた料金の引き上げを目指すと述べた。

ミレイ氏はエネルギー・輸送補助金を以前から問題視してきた。昨年の同補助金は約120億ドル。国民が支払う代金はコストの15%前後にとどまっている。

今月大統領に就任したミレイ氏にとって、エネルギーコストは大きな課題。同氏は大幅な財政赤字の解消を公約に掲げているが、エネルギー料金を値上げれすれば、すでに200%近くに達しているインフレ率がさらに上昇し、5人に2人が貧困層である国民に打撃が及ぶ。

政府はエネルギー料金の低さがガス・電力網への投資不足につながったと指摘。「継続的な供給を保証する」ため、自由市場の競争で値上げを認めることを検討すると述べた。

また、料金の見直しが終了するまでは、当局が一時的な値上げや定期的な調整を承認できると主張。「早急に対策を講じなければ、質の低いサービスが一段と悪化し、利用者の不利益になる」としている。(後略)【12月19日 ロイター】
********************

****アルゼンチン、輸出促進や規制緩和を推進 大統領令に署名****
アルゼンチンのミレイ大統領は20日、輸出制限の撤廃や規制緩和を盛り込んだ大統領令に署名した。

ミレイ氏はテレビ放送で大統領令について、「最初の一歩にすぎない」と強調。「ひとりひとりが再び自由と自律を持てるようにするのが目的で、今回の措置を手始めに経済成長を妨げてきた山のような規制の撤廃に乗り出す」と述べた。(中略)

ミレイ氏は10日の大統領就任以来、アルゼンチン経済立て直しのため「ショック療法」を採ると宣言、3桁のインフレ抑制に向けた歳出の大幅カットや通貨ペソの大幅切り下げなどを打ち出している。

首都ブエノスアイレスでは20日、政府の緊縮財政計画に抗議して数千人がデモ行進した。国内貧困率は今年上半期に40%を超えて急上昇した。【12月21日 ロイター】
********************

****アルゼンチン航空など国営企業を民営化へ-ミレイ大統領、改革案発表****
アルゼンチンのミレイ大統領は、広範な大統領令で国営企業を民営化する最初の一歩を踏み出した。民間企業が主要セクターで支配的地位を得る扉が開かれそうだ。

ミレイ大統領は20日夜、数十社の国営企業の売却を可能にする一連の改革案を発表した。これらの企業の多くは赤字経営。

大統領はテレビ演説で、「国営企業の民営化を妨げている規則を撤廃する」と述べ、民営化への道を完全に開くため、すべての国営企業の法的構造を変更すると付け加えた。(中略)

ミレイ氏は大統領令によって企業の民営化を目指すことができるものの、同氏が率いる政党は少数派で、議会で反発を受ける公算が大きく、株売却の実現に必要な十分な票の確保に苦慮する可能性がある。【12月21日 Bloomberg】
**********************

【国民はどこまで「ショック療法」に耐えられるのか】
中銀廃止やペソのドル化といった「過激な主張」はさて置き、「補助金廃止」や各種規制撤廃、民営化が経済活動を適正化して、投資などの資源配分を改善する・・・というのは経済学的には「(原則的には)正論」ですが、一時的には値上げなどを誘発し、国民の大きな痛みを伴います。

****我慢のアルゼンチン国民、物価高騰に補助金削減 新政権が「ショック療法」****
アルゼンチンでは13日、消費者物価上昇率が前年同月比約160%に達した。

ママニさんはAFPに対し、「政府の対策導入後、値段を引き上げている」と話した。(中略) 別の店のミゲルさんは、値上げは20~60%、物によっては2倍に跳ね上がっていると語った。(中略) 「客に価格転嫁せざるを得ない。他に選択肢はない。来週ももう一段の値上げとなるだろう」

10日に就任したハビエル・ミレイ大統領は、経済危機は緩和に向かう前に一段と深刻化する公算が大きいと語っている。

経済立て直しに向け、政府は12日、一連の対策を発表した。マヌアル・アドルニ大統領報道官は、「ひん死の状態での集中治療」とたとえた。

対策としてはペソ切り下げのほか、交通機関・燃料補助金の削減などが打ち出された。新規の公共事業は停止され、政府広告も全面的に停止される。

目標は歳出を250億米ドル(約3兆5500億円)相当、率にして国内総生産(GDP)の5%削減することにある。経済規模で中南米第3位のアルゼンチンは、慢性的に財政赤字を抱えており、それを改善するのが狙いだ。

■バス料金値上げへ
国民はしかし、懸念を抱く一方で、ミレイ氏が選挙戦の際に大出力のチェーンソーを振りかざして予告していた、一連の「削減」を甘受する構えのようにも見える。 

三つの職を掛け持ちしているという大学生のカミラ・ヘイグさん(18)は、「生活はぎりぎりで、誰にとっても(削減は)困難が伴うだろう」と話した。 「何か月間かは大変な時を我慢して、いずれより良い国になると信じるしかない」

首都ブエノスアイレスのある混み合ったバス停で、蒸し暑さの中、利用客は補助金によって乗車1回分52ペソ(約10円)に抑えられたバスを待っていた。 アルゼンチンは、バスからスブテと呼ばれる地下鉄まで、広範囲かつ効率的な公共交通網を誇る。政府が来年1月から補助金を引き下げれば、利用者の懐は直撃を受ける。

バス待ちの列に並んでいた郵便局員、セバスティアン・メディナさん(48)は、「値上げには腹が立つが、遅かれ早かれ起きるはずのことだった」と語った。(中略) 今後数か月ついては、「私たちは危機にはもう慣れっこだが、今回のはこれまで以上に困難なものになるだろう」と予想。「希望を持たねば」と言った。

やはりバスを待っていた自動車販売員のリアン・ヒメネスさん(27)も、バス料金値上げについて「国民への影響は大きい」としながら、新政権の対策には同意すると語った。「導入されるだろうということは私たちは分かっていた」

■「購買力を破壊」
ミレイ大統領は11月に行われた大統領選で、債務や紙幣の増刷、インフレ、財政赤字など、数十年間にわたり繰り返された経済危機への怒りを追い風に勝利。

新政権は、これまでの政権が政策運営を失敗してきた結果、アルゼンチンはハイパーインフレ寸前、完全な「金欠」状態にあると繰り返し喧伝(けんでん)している。

しかし、ミレイ大統領は、貧困層に対する福祉政策は維持するとの公約に沿う形で、子ども手当てを増額、食事補助券の支給額も50%引き上げた。

国際通貨基金(IMF)は緊縮策を歓迎。それに対し、アルゼンチン労働総同盟(CGT)は「国民に対する重荷」だとして反発している。

CGTは、各種の削減措置により「数百万人の国民が社会・経済的な窮状」に置かれ、「購買力は破壊される」だろうとしている。

2001年のアルゼンチン経済のメルトダウン(破綻)を機に毎年行われているデモが来週、挙行される予定だ。ミレイ大統領としては、就任後初めて、街頭からの洗礼を浴びることになる。2001年にはデモが暴徒化し、約40人が死亡している。

誰もが耐え忍べるわけではない。
「あちこち移動したり病院に行ったりする」ためにバスを利用しているというロサ・カバニジャスさん(66)にとって、「バス料金の値上げは不安」だ。「良いことだとは思えない」と話した。【12月21日 時事】
********************

ミレイ大統領は「ショック療法」を公言して当選し、国民も(少なくとも彼を支持した者は)一時的な「悪化」を甘受する意思を示していますが、実際に値上げが続いたときに国民がそれを容認するのか・・・議会では少数派であるという現実と併せて、政治状況が混乱・流動化する可能性もあります。

国民はどこまで痛みを伴う政策を理解・容認できるのか・・・壮大な社会実験が始まったようにも見えます。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 日米の「鉄は国家なり」を体... | トップ | ロシア大統領選挙  獄中で... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ラテンアメリカ」カテゴリの最新記事