孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

バングラデシュ  独立戦争参加の軍人家族への政府職員採用優遇措置をめぐる混乱拡大

2024-07-19 23:27:10 | 南アジア(インド)

(【7月19日 日経】 バングラデシュで政府職員の採用の一部を退役軍人の家族らに割り当てる優遇措置に対する抗議活動激化、治安当局と衝突)

【政府職員の採用の一部を独立戦争退役軍人の家族らに割り当てる優遇措置に対する抗議デモで混乱拡大】
バングラデシュでは1971年の独立戦争に起因する問題で、半世紀以上が経過した今、若者らの暴動が起きています。

“バングラデシュでは、1971年のパキスタンからの独立戦争に加わった兵士は「解放戦士(フリーダムファイター)」と呼ばれ敬意を集める。一方、政府職員の採用枠の3割をこうした人々の子息らに割り当てる措置には批判が多く、政府は2018年に廃止を決定したが、バングラデシュ高裁が今年6月にこれを覆す判断を出し抗議デモが発生。今月に入り激化している。”【7月19日 共同】

****バングラデシュで抗議デモ激化 国営放送局襲撃、少なくとも39人死亡*****
バングラデシュで、政府職員の採用の一部を退役軍人の家族らに割り当てる優遇措置に対する抗議デモが激化している。

首都ダッカでは18日夜、デモ隊が国営放送局を襲撃し、AFP通信は19日までに治安部隊との衝突で少なくとも39人が死亡したと報じた。負傷者が2500人を超えるとの報道もあり、犠牲者はさらに増える恐れがある。
 
AFP通信によると、学生らを中心とするデモ隊は国営放送BTVの本部や、外に止まっていた多数の車両に放火した。建物内にいた職員は無事に避難したという。17日にハシナ首相が国民向けのテレビ演説を行い自制を呼びかけていた。

デモ隊が抗議している優遇措置は、1971年のパキスタンからの独立戦争を戦った軍人の家族らに政府職員の採用の一部を割り当てるもので、72年に導入された。一時廃止されたが、今年6月に裁判所が復活を認めていた。ハシナ氏は独立運動を率いたラーマン初代大統領の娘で、デモ参加者は、優遇措置がハシナ氏の与党アワミ連盟の支持者を利すると非難している。

アジアの最貧国の一つだったバングラは近年著しい経済成長を続けているが、若年層を中心に雇用不足への不満が高まっている。【7月19日 毎日】
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上記記事では“少なくとも39人”とされる死亡者については、“デモ激化でネット遮断続く=公務員採用巡り、50人死亡―バングラデシュ”【7月19日 時事】といった報道もあります。

【国旗の赤い日の丸は独立戦争犠牲者の血の色】
独立以前は、広大なインド亜大陸をはさんで東西に国土が二分されたパキスタンの一部でした。
常識的に考えてどうしても無理がある形態であり、国家の運営は西パキスタンを中心としたものになりがちでした。

政治の中心は西パキスタンが握っており、東パキスタンは実質的に西の植民地的地位に置かれていました。

“1970年12月の選挙で人口に勝る東パキスタンのアワミ連盟が選挙で勝利すると、西パキスタン中心の政府は議会開催を遅らせた上、1971年3月には軍が軍事介入を行って東パキスタン首脳部の拘束に動いた”【ウィキペディア】ということから、東パキスタンは独立を求めて戦争状態に入ります。

バングラデシュのパキスタンからの独立は多大な国民の血によって達成された歴史があります。
1971年、東パキスタン地域(今のバングラデシュ)のベンガル人独立派に対し、西パキスタンの中央政府は軍を空輸して武力鎮圧を試み、死亡者は9ヶ月で300万人に達しました。これは第二次大戦全期間の日本の死者数に匹敵します。【ウィキペディアより】

独立戦争による犠牲者は約100万人とも言われていますが、バングラデシュ政府は約300万人と発表しています。

300万人もの国民の血であがなった独立戦争を指揮したのが、バングラデシュの初代大統領ムジブル・ラーマンであり、ハシナ現首相の父でした。

戦争の方は、大量の難民が流入したインドがバングラデシュ独立を支持して介入、1971年バングラデシュの独立が達成しました。

バングラデシュの国旗は緑地に赤い日の丸ですが、緑は豊かな大地、日の丸はパキスタン国旗の月と星に対抗して昇る太陽を、その赤色は犠牲者の血の色を表しているそうです。

上記のような経緯から“独立戦争を戦った軍人の家族らに政府職員の採用の一部を割り当てる”という措置もとられたのですが、半世紀が経過した今となっては、一種の既得権益とも化しており、雇用不足に苦しむ若者がこれに反対するのは当然でしょう。

既得権益を維持したい遺族会とか退役軍人会みたいなものはハシナ首相の与党を支持していると思われますが、2018年の制度廃止がどういう経緯でおこなわれたのか、ハシナ首相がどういうスタンスだったのかは知りません。

また、制度廃止を否定して制度を復活させた今年6月の高裁決定が、独立した司法判断としてなされたのか、復活を求める政治的影響のもとでの判断だったかのかも知りません。

“ハシナ首相はテレビ演説で学生らに自制を呼び掛けるとともに、「誰が何の目的で無政府状態に追い込んだのか明らかにする」などと述べ、首謀者らを厳正に処罰する姿勢を示した。”【7月19日 時事】

【マクロ経済的には経済成長が著しいが、経済を支える二本柱のひとつは海外出稼ぎ労働者からの送金 国内雇用の不足】
かつてはアジア最貧国とも言われていたバングラデシュですが、近年はマクロ経済的には経済成長が著しいとされています。

****バングラデシュ経済の現状と今後の注目点~ 世界第8位の人口を擁する南アジアの隠れた有望国 ~****
南アジアのバングラデシュは、国連が認定する後発開発途上国(LDC)に分類される貧しい国であるが、世界第8位の人口(1.7億人)を有し、マクロ経済が堅調であることなどから、有望な新興国として評価されている。

例えば、バングラデシュは、BRICSほどではないが大きな潜在性を秘めた新興国群である「ネクストイレブン」の一つに位置付けられている。

バングラデシュでは、近年、生活水準の向上や投資の拡大などが着実に進んでいる。所得水準の向上と人口の多さを考慮すれば、今後、外資企業にとって、バングラデシュの国内市場をターゲットとするビジネス・チャンスが増えることも期待できそうだ。(中略)

バングラデシュ経済を支える牽引役の一つが縫製品輸出であり、輸出の8割を縫製品が占め、衣料品の世界輸出シェアでバングラデシュは中国に次ぐ2位である。

バングラデシュの縫製品輸出産業台頭の理由は、人件費の安さと豊富な労働力が労働集約型産業である縫製業に適していたためである。また、世界の工場となった中国で人件費が上昇し中国以外の国々に生産拠点を求める「チャイナ・プラス・ワン」の動きが強まったことも、バングラデシュにおける縫製品輸出拡大への追い風になった。

縫製品輸出と並んでバングラデシュ経済を支える二本柱のひとつと言えるのが、海外出稼ぎ労働者からの送金である。海外出稼ぎ労働者からの本国送金額において、バングラデシュは発展途上国の中で第7位にランクされており、海外出稼ぎ大国とも言える。バングラデシュの海外出稼ぎ労働者の主な渡航先は、同じイスラム圏で距離が比較的近い中東湾岸諸国である。

バングラデシュは人件費が非常に低廉であり、これが労働集約型生産拠点としての大きな強みとなっている。JETROデータに基づいてアジア主要都市のワーカー人件費を比較してみると、バングラデシュのダッカは最低レベルであり、ダッカより低いのは、ヤンゴンとコロンボだけである。

バングラデシュは、1990年代以降、生産年齢人口(15~64歳)比率が上昇する「人口ボーナス」期を迎えている。ただ、生産年齢人口比率は、2040年代後半以降、下落が進むと予想され、それまでに、投資誘致などを通じて労働集約型産業を拡大させ国民の雇用・所得底上げを図ることが課題となろう。【2023年10月3日 堀江正人氏 三菱UFJリサーチ&コンサルティング】
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後発開発途上国(LDC)について言えば、2021年11月、バングラデシュはラオス、ネパールとともに後発開発途上国( LDC)のステータスから卒業することが国連総会で決議され、バングラデシュは2026年11月にLDCのステータスから卒業することが予定されています。

これにより、バングラデシュは輸出時にLDC向けの特恵関税率を利用できなくなり、輸出先市場で価格競争力を失う可能性があります。【24年3月 早川和伸氏・熊谷聡氏 アジア経済研究所より】

バングラデシュ経済を支える牽引役の一つとされる縫製品輸出については、2013年4月23日、ダッカ近郊の複数の縫製工場が入居する商業ビルが崩壊し、1000人以上が死亡する事故が想起されます。

事故当時、劣悪な労働環境が国際的にも大きな問題となり、輸入国である先進国の責任も問われました。
その後、労働環境改善がはかられたようです。

****バングラデシュのラナ・プラザ崩壊のその後(2)――事故に見舞われた工場に発注をかけていたアパレル小売企業は、事故とどう向き合ったのか?*****
(中略)
2013年4月23日、ダッカ近郊の商業ビルが崩壊し、1000人以上が死亡、2500人以上が負傷した。縫製業などの工業生産に耐えうる構造ではなく、もともと建築許可が下りていた5つのフロアに違法に3フロアを増築するなど、安全対策が不十分だったとされる。

各種組合やNGOなどは、ラナ・プラザに入居していた工場がそのような環境で生産活動を行っていたのは、彼らと契約していた先進国の小売企業が厳しい条件を押し付けたためだとして、厳しく糾弾した。(中略)

このような大惨事を受けて、バングラデシュ国内では労働環境の改善が進み、安全基準が設けられたり、最低賃金率が引き上げられたりしたことは、前回紹介した研究が示すとおりだ。(後略)【2024年3月 永島優氏 アジア経済研究所】
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縫製品輸出と並んでバングラデシュ経済を支える二本柱のひとつされるのが、海外出稼ぎ労働者からの送金・・・このことは裏を返せば、バングラデシュ国内に十分な雇用がないということでもあります。

このことが、今回の若者による政府職員の採用の一部を退役軍人の家族らに割り当てる優遇措置に対する抗議デモの背景にあるのは間違いないところです。

【今回の混乱の背景に野党の扇動・・・・とハシナ首相は考えている?】
ここから先は情報がないのであくまでの私の想像ですが、ハシナ首相の「誰が何の目的で無政府状態に追い込んだのか明らかにする」という発言には、首相・政権は単なる若者の抗議デモ・暴動とは見ていないようにも思えます。

バングラデシュの政治はハシナ首相率いるアワミ連盟(AL)とジア党首率いるバングラデシュ民族主義党(BNP)が政権交代を繰り返す形で展開してきました。

ハシナ首相が独立運動を率いたラーマン初代大統領の娘であるのに対し、ジア党首はラーマン初代大統領の政敵であったジアウル・ラーマン元大統領の未亡人。

ラーマン初代大統領もジアウル・ラーマン元大統領も、ともに敵対勢力によって殺害されるということで、ハシナ首相とジア党首は互いに相手側を恨む不倶戴天の仇同士です。

2009年以降は、野党(BNP)側の選挙ボイコットなどもあって、ハシナ首相・ALが政権を独占していますが、両者の対立は消えていません。

****与党勝利、連続4期目へ=野党不参加、独裁色強まる恐れも―バングラデシュ総選挙****
バングラデシュ議会(一院制、定数350)の総選挙が(1月)7日、投開票された。地元メディアは、与党アワミ連盟(AL)が過半数の議席を得て勝利することが確実になったと報じた。

ハシナ政権は連続4期目に入る。政敵の排除を進め、有力な対抗勢力が見当たらない中、独裁色がさらに強まる恐れもある。

主要野党バングラデシュ民族主義党(BNP)は公正な選挙実施が担保されていないとしてボイコットした。

同国ではかつてALとBNPが交互に政権を担う時期があった。しかし2008年末の選挙でALが政権を奪還すると、BNP幹部や人権活動家らを次々に拘束し、弾圧した。

ハシナ首相は選挙戦で「今のバングラデシュは貧困にあえぐわけでも経済的にもろいわけでもない」と述べ、最貧国から経済を成長軌道に乗せた実績を強調。7日にはボイコットしたBNPを「テロ組織だ」と非難した。【1月8日 】
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かつてバングランデシュの反政府活動には、抗議のゼネスト「ホルタル」への参加を地域住民に暴力的に強制するなど頻繁に暴力が使用されました。

ハシナ首相の「誰が何の目的で無政府状態に追い込んだのか明らかにする」という発言は、今回の混乱の背後に野党BNPの扇動があると見ている・・・・と想像されます。あくまで私の想像です。 

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