(【4月9日 日テレNEWS】)
【これからの国際情勢を左右するアメリカの中絶議論】
ウクライナやパレスチナ情勢、米中関係、アメリカと欧州・日本など同盟国との関係・・・世界の情勢を大きく左右する「もしトラ」ですが、その「もしトラ」が現実のものとなるのかどうかを大きく左右するのがアメリカ国内の中絶をめぐる議論です。
世界の何億の人々の生命・生活が、あるいは日米安保の在り方が、アメリカの中絶論議で左右される・・・世界の人々には納得できないものもあるでしょうが、それが現実です。
【共和党が優勢な各州で中絶を禁じる動きが拡大】
アメリカでは中絶を女性の権利として容認するか、あるいは「殺人」として厳しく規制すべきか・・・国を二分する(時に中絶を行う医師が殺害されたり、医療施設が銃武装暴徒に襲撃されたり、日本では想像できない)激しい議論が続いており、「分断」の象徴ともなっています。
保守派優勢の連邦最高裁は2022年、中絶の合憲性を認めた1973年の判例「ロー対ウェイド判決」を覆す判断を下しました。
中絶の権利については州の判断に委ねられ、共和党が優勢な各州で中絶を禁じる動きが拡大、20を超える州が中絶を全面・一部禁止しています。
また、勢いづいたキリスト教福音派などの宗教保守層は、全国一律での中絶禁止を目指しています。
共和党予備選挙を戦った保守派デサンティス知事のフロリダ州では、女性がまだ妊娠に気づいていないことが多い妊娠6週目以降の中絶も禁止する法案が州最高裁判断を待って施行されるという形で成立していますが、その州最高裁判断のGOサインがでたことで発効に道が開けています。
****フロリダ、妊娠中絶ほぼ全面禁止に一歩 州裁判断 11月住民投票も****
米フロリダ州最高裁判所は1日、妊娠15週以降の人工妊娠中絶を禁止する現行法を支持する判断を下した。これにより妊娠6週以降の中絶禁止法の発効に道を開いた。
一方、11月に行われる選挙に合わせ、中絶の権利を認めるかどうかを問う住民投票を行うことも認めた。
同州では2022年にデサンティス知事が署名した法律を受け、妊娠15週以降の中絶は違法とされている。
これに対し、フロリダ州で中絶処置を提供する団体は同年、15週間以降の中絶禁止は州憲法に違反するとして提訴していた。
共和党が多数派の州議会はその後、妊娠6週目以降の中絶も禁止する法案を可決し、デサンティス氏が23年4月に署名。
同法には、州最高裁が15カ週以降の中絶禁止を支持した1カ月後にほぼ全面禁止を導入する条項が盛り込まれている。妊娠6週目では女性がまだ妊娠に気づいていないことが多い。【4月2日 ロイター】
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またアリゾナ州では、160年前に制定されたものの、1973年に連邦最高裁が中絶を憲法上の権利だと認める「ロー対ウェード」判決を出したため死文化していた中絶禁止の法律が州最高裁によって「有効」と認められています。
****アメリカの州で160年前の中絶禁止法復活 反発必至、大統領選に風****
米西部アリゾナ州最高裁は9日、1864年に制定された人工妊娠中絶を禁止する法の施行を認める判断を示した。
母体の健康に危険がある場合以外は中絶が禁止され、レイプや近親相姦(そうかん)の被害者も例外にならない。アリゾナ州は11月の大統領選で勝敗のカギを握る接戦州の一つ。全米で最も厳しい中絶規制への反発は大きく、中絶の権利擁護を掲げる民主党のバイデン大統領には追い風となる。
州最高裁は今回の判断について「中絶に関する公共政策のあり方や合憲性には関係なく、法令解釈に関するものだ。中絶の権利が連邦の憲法で保障されていない以上、禁止法の施行を止める規定はない」と述べた。禁止法は14日間の猶予期間を経て施行される。
州最高裁の判事7人はいずれも過去の共和党の知事に指名されており、今回の判断は4対2(1人は忌避)だった。バイデン氏は声明で「150年以上前の残酷な禁止だ。今回の判断は共和党の過激な政策の結果だ」と批判した。
同州では中絶合法化の是非を問う住民投票を求める署名集めが続いており、11月の大統領選と同時に住民投票が行われる可能性がある。バイデン氏の陣営は中絶擁護運動との相乗効果を期待している。一方、共和党のトランプ前大統領は8日、中絶の争点化を避けるため、中絶規制は各州の判断に委ねる方針を表明していた。
米メディアによると、アリゾナ州の中絶禁止法は1864年(日本の江戸時代末期)に最初に慣例として成立し、1901年に成文化された。中絶を手助けした医師らには禁錮2〜5年の罰則が科せられる。73年に連邦最高裁が中絶を選ぶ権利は保障されるとの憲法判断を示し、同州でも中絶禁止法の施行は差し止められた。
しかし、州法自体は無効とされずに残っていた。連邦最高裁は2022年6月、憲法判断を49年ぶりに覆し、州による中絶禁止を容認。アリゾナ州では妊娠15週より後の中絶を原則禁止する州法が施行されたが、差し止められていた1864年の州法の施行を再開するかどうかを巡って訴訟になっていた。【4月10日 毎日】
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【世論では容認派が優勢 中絶禁止は選挙戦では不利に バイデン・民主党は争点化をはかる】
ただ、全体的世論傾向としては中絶を容認する者が多く、この中絶論争が選挙で争点になると中絶禁止を求める共和党側には不利、寛容な与党民主党側には有利に作用する傾向もあります。
民主党の苦戦が予想されていた先の中間選挙で、民主党が予想を上回り善戦できたのは、この中絶論議が争点となったことが大きいとされています。上記アリゾナ州の住民投票も、そうした点を踏まえての運動です。
トランプ前大統領に対し苦戦が予想されているバイデン大統領にとっても、数少ない苦境の突破口がこの中絶論議を争点化することです。
前述フロリダ州の件についても、“バイデン氏は「女性の健康と生命を危険にさらす。言語道断だ」と述べた。妊娠6週では妊娠に気づかないことが多いため、中絶の選択肢をほぼ全面的に奪うことになる。11月の大統領選で再選を狙うバイデン氏は中絶の権利擁護をアピールし、女性票取り込みを図る。”【4月3日 共同】とのこと。
そのあたりはの事情は、当然に共和党指導部も考慮せざるを得ないところで・・・・
****米共和党、中絶巡り新戦略 「率直に議論すべき」****
議員宛てのメモには女性への共感を奨励することなどが記されている
11月の米大統領選挙で下院議席の過半数維持に向けた共和党の取り組みを主導する議員らは人工妊娠中絶を巡り、同僚議員に自らの立場を率直に議論するよう促している。前回の選挙では中絶問題にあえて踏み込まない姿勢が目立っていたが、接戦を制する上では新たな対応が重要になるとみている。
下院共和党の選挙対策を手掛ける議員らが作成したメモは、同党は「政策の問題ではなく、ブランドの問題」を抱えていると指摘した。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)がメモの内容を確認した。
共和党は中絶問題を議論することに消極的だったため、同党の立場は民主党が定義することになったとの見立てだ。有権者の多くは共和党の候補者がいかなる状況下でも中絶に反対しているとみているが、実際には候補者によってさまざまな立場があり、激戦区では特にそれが当てはまるという。
選挙対策として候補者には、自らの立場を「自信を持って明確に」伝えるべきとの指針を示し、「有権者に明確な立場を示そうとしないことは最悪の解決策」とした。
中絶問題は近年、共和党に重くのしかかっている。2022年の中間選挙では共和党は下院で過半数を奪還したものの、党のシンボルカラーの赤にちなむ「レッドウエーブ(赤い波)」が起きるとの期待は大きく外れ、予想よりも極めて僅差で民主の議席数を上回るにとどまった。
妊娠中絶の権利を認めた「ロー対ウェード」判決を覆す判断を連邦最高裁が同年に示したことで中絶の権利を擁護する有権者が奮い立ち、民主党の議席維持に貢献したと両党の議員は語る。
今秋の大統領選に向けて共和党は取り組み方の改善を模索している。選挙ではホワイトハウス、上院、下院のいずれも、民主と共和どちらが制しても不思議はないとみられている。
選挙対策を担う全国共和党下院委員会(NRCC)の委員長を務めるリチャード・ハドソン下院議員(ノースカロライナ州)が同僚議員に提示する今回の指針では、女性への共感を表明すること、「常識的な」解決策を議論することなどを奨励している。中絶問題で民主党は過激主義に走っているとの認識で、こうした主張に対抗するよう提言もしている。ハドソン氏は13日夜、ウェストバージニア州での3日間の党内会合期間中に指針を示す予定だ。
ハドソン氏は議論を補強する材料として、世論調査担当者でドナルド・トランプ前大統領の上級顧問を務めたケリーアン・コンウェー氏が行った調査を取り上げるとみられる。
下院の60以上の激戦区を対象としたこの世論調査では、回答者の約3分の1が、共和党はあらゆる中絶の違法化を望んでいると考えていることが示された。民主党はどんな理由であれ常に中絶に賛成していると考える回答者も同じような割合だった。
共和党の見解は、「中絶の権利擁護」と「中絶反対」という基本的な色分けがあるものの、有権者は全体的に中絶に関する何らかの制限を支持しており、民主党よりも共和党の立場に近いというものだ。
民主党は、有権者に寄り添っているのは同党の方だと反論する。民主党下院選挙運動委員会(DCCC)の広報担当者、ベト・シェルトン氏は、もし共和党が「不評の反中絶政策について、人々がもっと聞く必要があると思うなら、そうすればいい。われわれは有権者が11月にしかるべき答えを出すと確信している」と述べた。
中絶を巡り共和党が発するメッセージはこの2年間、混迷していた。連邦政府の新たな規制を支持する議員もいれば、中絶問題は各州に対応を任せるべきだという議員もいた。共和党が主導権を握る10州以上では、中絶をほぼ全面的に禁止する法律を制定している。多くは、レイプや近親相姦(そうかん)での妊娠の例外扱いをほとんど認めていない。フロリダのように、妊娠6週目以降の中絶を禁止した州もある。
大統領選で共和党の候補者指名獲得が確実となっているトランプ氏は、自身の立場を明確にしていない。同氏は「ロー対ウェード」判決を覆す判断について、在任中に最高裁に保守派判事を送り込んだ自らの手柄とする一方で、フロリダ州の法律については「ひどいことであり、とんでもない間違いだ」と批判している。
共和党議員の間では、中絶のほぼ全面的な禁止や、妊娠6週目からの制限を支持する向きもあれば、妊娠15週目以降の禁止を支持する者もいる。また一部では、レイプや近親相姦、母体の命が危険にさらされている場合などの例外扱いへの支持もある。
今回のメモは共和党の候補者に対し、中絶に関する制限を支持するかどうかを民主党の候補者にも立場をはっきりさせるよう迫るべきとしている。
リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)を巡る問題は、大統領選を控えて共和党にとってすでに頭痛の種となっている。アラバマ州の最高裁が2月に体外受精を巡り、「凍結胚」を「子ども」とみなす判断を示したことで、体外受精の合法性に疑問が投げかけられた。このため、共和党は体外受精を擁護する立場を表明する対応に追われた。
連邦議会下院の共和党議員の半数以上が、受精の瞬間などを「人間」の定義とする法案に署名していたため、不妊に悩む多くの米国人が利用している体外受精について、共和党はどのような立場なのかという議論も広がっていた。
この法案に署名していたミシェル・スティール下院議員(共和、カリフォルニア州)は選挙で苦戦するとみられており、先週に署名を撤回した。議会でその理由について、「体外受精で子どもを授かる幸せを私が支持することについて、混乱を招きかねない」と述べ(中略)
中絶は大統領選で有権者が重視する争点の一つであることを、共和・民主両党とも認識している。WSJが先月実施した世論調査では、両党の有権者はいずれも、自らと候補者が同じ見解でなければならない問題の最上位として中絶を挙げた。見解が異なれば候補者には投票しない問題を一つ挙げる質問では、22%の回答者が中絶を、20%が移民政策を挙げた。【3月14日 WSJ】
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【世論傾向を見て“進化する”トランプ氏】
記事にもあるようにトランプ氏も、問題の重要性もあって、自身の立場を明確にしてきませんでした。中絶禁止で踏み込むと選挙戦に不利に作用しますが、踏み込みが不十分だと支持層の宗教的保守層の離反を招きます。
ただ、トランプ氏としてもだんまりを決め込む訳にもいかないので、3月段階では、レイプや近親相姦による妊娠や母体に危険がある場合は例外を認める形で、妊娠15週以降の人工妊娠中絶を全米で禁止する方向に傾いていることを示唆していました。【3月21日 ロイター「トランプ氏、15週以降の中絶禁止に傾く 例外認める方針」より】
例外を認めることに関しては、「選挙に勝たなければならない」と訴えていました。
例外を認めることに関しては、「選挙に勝たなければならない」と訴えていました。
しかし、トランプ前大統領は4月8日、中絶の規制の是非は各州が決めるべきだとの見解を表明、全米での一律禁止には言及しませんでした。
選挙の争点に浮上する中絶問題で穏健な姿勢を示し、無党派層などの支持を取り込む狙いとみられていますが、宗教的保守層には失望も広がっています。
****トランプ氏が中絶の「全国禁止」支持せず 宗教保守の強硬論と距離、失望誘う****
11月の米大統領選で返り咲きを狙う共和党のトランプ前大統領(77)が、宗教保守層が主張する人工妊娠中絶の「全国禁止」に反対する考えを示し、波紋を広げている。宗教保守層はトランプ氏の支持基盤だ。これまで妊娠15週以降の中絶を全国的に禁じることを支持する考えを示唆してきたが、立場を一転させ、支持者を失望させている。
トランプ氏は8日、自身の交流サイト(SNS)に投稿したビデオ声明で、中絶を禁じるかどうかは「州が決めることだ」と述べ、連邦レベルでの中絶禁止法の制定を否定した。
10日も訪問先の南部ジョージア州で、自身が大統領になれば、中絶禁止の連邦法が議会を通過しても、法案成立に必要な署名を「しない」と明言した。
保守派優勢の連邦最高裁は2022年、中絶の合憲性を認めた1973年の判例を覆す判断を下した。これを受け、共和党が優勢な各州で中絶を禁じる動きが拡大。勢いづいたキリスト教福音派などの宗教保守層が、全国一律での中絶禁止を目指している。
一方、22年の最高裁判断は、女性や若者を中心に中絶を選ぶ権利が奪われるとの危機感を生んだ。
保健政策の調査機関「KFF」の2月の世論調査で、中絶は合法であるべきとの回答が71%に上った。
中絶問題は、大統領選の行方を左右する都市郊外の女性や無党派層にとって強い関心事と指摘される。
民主党のバイデン大統領(81)陣営は、中絶の権利擁護を公約に掲げる。
トランプ氏は、各種世論調査で中絶の権利擁護を求める意見が多数派となっているのを踏まえ、中絶問題で強硬な態度を続けることは得策ではないと判断。宗教保守層が支持する中絶反対論と距離を置く「軌道修正」を図り、支持層を広げる思惑があるとみられる。
ただ、トランプ氏の発言には、主要な中絶反対派団体が「深く失望した」との声明を出すなど、反発もある。また、同氏は中絶の権利そのものを擁護するとは明言しておらず、今回の発言の効果は未知数だ。【4月11日 産経】
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そもそもトランプ氏には宗教的保守層のような「確信」「信念」はなく、大統領になる前は中絶の権利を支持していました。
それが2016年の大統領選挙の共和党予備選挙では、中絶が違法化されたら中絶した女性を罰するべきだと発言。
その後中絶反対派と容認派の両方から反発を受け、中絶した女性ではなく中絶の施術者だけが法的な責任を負うべきだとする声明を発表し、当初の発言を修正しています。
以前は中絶の権利を支持していたことに関しては、“ウィスコンシン州ミルウォーキーで(2016年3月)29日夜にCNNの主催で開催されたタウンホール式のイベントで、トランプ氏は考えが変わったのか、それとも失敗から学んだのかと問われ、「私は中絶反対派だ。もともとは『プロチョイス』(中絶容認派)だった」と述べた。その後、「私は進化した」と付け加えた。”【2016年3月31日 WSJ】
「進化」・・・選挙で有利に働く方へなびくということでしょう。