孤帆の遠影碧空に尽き

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ベトナム  チョン書記長の進める汚職摘発運動で相次ぐ要人の更迭排除 国家主席に続き国会議長も

2024-04-26 23:41:14 | 東南アジア

(23年12月12日、ハノイで握手を交わす中国の習近平国家主席(左)とベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長(右)【23年12月12日 時事】)

【中国同様に政治的リスクもある社会主義国ベトナムでの外国企業活動 ただ、制約は中国より格段に緩いとも】
中国国家外貨管理局が発表した国際収支によると、2023年に外国企業が投じた中国への直接投資の純増額は330億ドル(約5兆円)となり、22年(1802億ドル)から8割強減少し1993年以来、30年ぶりの低い水準となりました。【2月19日 読売より】

一番の原因は中国の景気減速でしょうが、米中対立など国際情勢への懸念、反スパイ法の懸念も影響していると思われます。

****米・外国企業へのリスク増大、中国改正反スパイ法 米当局が警告****
米国家防諜安全保障センター(NCSC)は30日、中国で7月1日から施行される改正「反スパイ法」について、中国で活動する米国や他の外国企業による通常のビジネス活動が中国当局から罰則を受ける可能性があると警告した。

中国全国人民代表大会(全人代、国会)常務委員会は4月、スパイ行為の摘発を強化する「反スパイ法」改正案を可決した。国家の安全に関わるあらゆる情報の移転を禁止し、スパイ行為の定義を拡大する。

NCSCは、改正反スパイ法は「米企業が中国で保有するデータにアクセスし管理する法的根拠を拡大する」と指摘。さらに、中国は国外へのデータ流出を国家安全保障上のリスクとみなしており、外国企業が現地で採用する中国人社員に対し中国の情報収集活動を支援するよう強制する可能性があるとした。

また、改正反スパイ法で示されている定義が「曖昧」で、「あらゆる文書やデータ、資料、物」が中国の国家安全保障に関連するとみなされる可能性があり、ジャーナリストや学者、研究者も危険にさらされると警告した。【2023年7月1日 ロイター】
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アステラス製薬の日本人社員が反スパイ法違反の疑いで逮捕された問題なども周知のところです。

こうした「チャイナリスク」の再認識で、ベトナムはアメリカとの関係改善もあって、製造業の中国に代わる代替地としても見られていますが、ベトナム自体も社会主義国で中国同様のリスクがあるとも指摘されています。

ただ、中国とベトナムを比較すると、制約の度合いはベトナムが圧倒的に緩いとの指摘も。

****「世界の工場」へ名乗り上げるベトナム、政治的制約はあるか?投資の分岐点はどこにある****
ウォールストリート・ジャーナル紙の3月6日付け社説‘Vietnam is lying to its friends. A secret document proves it.’は、ベトナムは製造業の中国の代替地として位置づけられるとともに、開放路線を進めて各国との関係強化に努めている;世界はそのことがベトナム国内の政治的変化を生むと期待しているが、ベトナムの指導者たちは変化を望んでいない、と批判している。
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(WSJ社説要旨)
ベトナムは、中国の対抗勢力として、また世界の製造業の代替地として自国を位置づけ、新たな外交・経済関係強化を進めている。昨年9月、バイデン大統領のベトナム訪問時、米越関係は格上げされた。

ベトナムは現在、18の有効または計画中の自由貿易協定を有している。この開放路線が、国際的接触を多くし、権威主義的政権下にある国内政治に変化を生むという期待につながっていた。

しかし、ベトナムの指導者たちはそうした変化を望んでいない。バイデン氏が到着する2カ月前の7月、ベトナム共産党政治局は、国民に対する厳しい統制を継続しようとして、秘密命令「指令24号」を発出した。この指令のコピーは、ベトナムにおける言論の自由を求める団体Project88によって3月1日に公開された。

ベトナムは警察国家であり、言論や集会の自由は制限され、反体制派や市民活動家は投獄により処罰されている。新しい指令は、ベトナムの指導者たちがこの方針を維持するつもりであり、外国の影響によってその政策が損なわれることに神経質になっていることを示唆している。

この指令は、環太平洋経済連携協定(TPP)のような国際貿易協定が、ベトナム国内での締め付けを緩和させるだろうとの期待を裏切るものだ。

「指令24号」では、9つの指令が政府と党に送られた。その中には 、ビジネスや人的交流のために海外に行くベトナム人を「厳重に管理」することが含まれている。

別の指令は、「国内で独立した政治組織の結成を許してはならない」と明示している。独立した労働組合の結成にはさまざまな制限が課されている。

国家安全保障に対する「深刻な脅威を警戒し、防ぐべし」との指令もある。安全保障に対する脅威は「大国のイニシアティブや戦略に参加する際の油断」、外国の投資家が「国内市場や企業を乗っ取り、重要な経済部門を占拠する」ことからもたらされる。

この文書の中で最も重要な指令のひとつは、ベトナムの市民社会グループを法律や政策決定に関与させないようにすることである。新指令は、「市民社会、ネットワーク、独立した労働組合、そして、国内の政治反対グループ等」の出現を許さないよう警告している。さらに、政治団体が国家に対する「カラー革命」や「街頭革命」といった、民主化を求める運動へ人々を動員することがないよう警告している。

「指令24号」によると、報道機関は「ポピュリスト運動、市民的不服従、不当な見解、敵対勢力による妨害行為」と戦わなければならない。さらに、国の習慣や伝統に適合しない外国文化を排除することが求められる。報道機関は「フェイク・ニュースと闘い」、「国家機関、企業、社会、サイバー空間における文明的行動規範を発展させること」も期待されている。
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(論評)
ベトナムにはある政治的「自由
米中対立が進行する中で、「政治的安定」と「経済発展」の双方を維持するためのベトナム指導者の「悩み」は深いと思われる。確かに社説が指摘するように、ベトナムにおいて政治的自由が制限されているのは事実であるが、中国とは比較にならないぐらい「緩い」。
 
また、中国と異なり、ベトナムは国民の意向を政策に反映しようと努めている。
例えば、①国連開発計画(UNDP)と共産党の「祖国戦線」は2011年から毎年「住民から見た各地方省の行政管理評価(PAPI)」を住民への対面聞き取り調査を実施して公表している。PAPIは、国民参加の度合い、透明性、国民に対する説明責任、汚職の取り締まりなど8つの指標で評価される。

②経済分野においても、09年以降、米国際開発庁(USAID)とベトナム商工会議所は、「企業から見た各地方の経済管理評価(PCI)」を企業へのアンケート形式で実施し、公表している。

更に、ベトナムには53の少数民族が存在するが、少数民族の文化・権利は「尊重」されている。それらが故に、欧米諸国から、「人権」に関連して表立った批判はない。

「政治的安定」に関しては、世論調査が公表されないので推測するしかないものの、ベトナム戦争終了後(1975年)に生まれた国民が、全人口の70%以上を占める時代になり、共産党支持率は益々低くなっていると思われる。50歳以上の国民は、共産党が「国の統一」を実現した貢献を認識しているが、戦争を知らない世代は異なる。

但し、経済発展が漸く軌道に乗ったことから、国民の多くは政治的混乱を生む『体制の変化』までは、今のところ望んでいないであろう。

外国資本誘致の実態
ベトナムが「経済発展を維持」するためには、「開放政策」を継続し、外国投資をうけいれることが不可欠である。但し、中国からの投資に関しては、分野および地域に細心の注意が必要であることをベトナム政府は十分認識している。

コロナ前後から、中国や香港からの対ベトナム投資が増加している。指令24号では、①「国家安全保障に対する深刻な脅威を防ぐ」ための警戒を呼び掛けていること、②報道機関に対して、「フェイク・ニュースと戦うべき」等の記述が含まれており、これらはベトナムへの投資を増加している中国や香港を念頭において、記載されたものとも思われる。

また、「経済発展の維持」の視点からは、インフラ整備の遅れ、地場産業の育成が期待ほど進んでいない実態とチョン書記長が進める汚職捜査の弊害が懸念される。

特に政策が決定通りに進まず、国や地方政府に損害が出ると責任を負わされる事案が引き続き起こっており、決定権を有する者が決定しないケースが多発している。

このような実態を前にして、日本企業の中からは、書記長の交代時期(任期は26年春)が来るまで、ベトナムへの新規投資は控えるとの意見すら出始めているらしい。【4月2日 WEDGE】
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【チョン書記長の進める汚職撲滅運動で相次ぐ要人の更迭排除 進むチョン書記長への権力集中】
汚職摘発が重視されると、地方政府役人等が責任を問われるのを恐れ、新たな決定をしたがらなくなって物事が進まなくなる・・・というのは中国・習近平政権の汚職撲滅運動でも見られた現象です。

ベトナムでは国家の最高指導者であるチョン書記長が、相当に厳しい汚職対策を進めており、チョン書記長の後継者とも目されていた重要政治家が次々に更迭される異例の事態となっています。

****〈海外からの投資の影響は?〉ベトナム国家主席の突然の辞任、見えない理由に深まる政治的混乱****
3月20日、ベトナム共産党はヴォ・ヴァン・トゥオン国家主席の辞任を公表した。これにつき、フィナンシャルタイムズ紙の3月20日付け解説記事‘Vietnam political turmoil deepens as president resigns’は、①トゥオン国家主席の辞任の理由の詳細は明らかにされていない、②国家主席の更迭は昨年のフック氏に続く異例の事態であり、ベトナムへの投資を検討している投資家心理に悪影響をもたらす、と報じている。要旨は次の通り。
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(FT記事要旨)
ベトナム共産党は、何百人もの役人の逮捕と高いランクの政治家の辞任を生んだ汚職捜査の中、「トゥオン国家主席は規則違反などを理由に辞任した」と公表した。このことは、政治的混乱を深め、投資家の心理に良くない影響をもたらす。

米中の緊張激化を受けて、製造拠点の中国からの多角化がすすみ、ベトナムが外国投資を引き付けている中での政治的混乱である。

共産党は、トゥオン氏の辞任を受領し、「同氏が党員としての禁止事項に関する規則を破った」との声明を出した。「トゥオン氏の違反行為は、世論や党、国家の評判を傷つけた」と同党は述べたが、詳細は明らかにしなかった。
 
国家主席は、党書記長に次ぐポストである。この2つは、首相と国会議長を含む4人の集団指導体制の一員である。現書記長のグエン・フー・チョン氏は、数年にわたる汚職粛清の陣頭指揮を執ってきた、評論家は粛清の対象は政敵にも及んでいると言っている。

53歳のトゥオンは昨年3月に国家主席に任命された。そして79歳のグエン・フー・チョン氏の後継者の一人と目されていた。

チョン氏は2026年には退任するとみられる。チョン氏による政府上層部の大改革の中で、23年1月、トゥオン氏の前任者であるグエン・スアン・フック氏が辞任し、2人の副首相も職を離れた。

汚職捜査が長引き、民間企業にも拡大するにつれ、政府のプロジェクト承認やライセンス付与に影響を及ぼしていることから、投資家は神経質になっている。役人たちは、汚職捜査の対象となることを恐れて、認可を与えることを躊躇するようになっている。

トゥオン氏の辞任は政治的安定にとって好ましくない。また、捜査の一環として外資系企業が汚職容疑で調べられることはなくても、官僚的手続きの遅れと政治的不安定が投資家に影響を及ぼす。このような事態は、ベトナムに大規模な投資を行おうとしている外国企業を躊躇させてしまう。
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(論評)
昨年1月から4人が解任
今般のトゥオン国家主席の辞任は、多くの人にとって突然の驚きであった。記事が述べている通り、外国投資家の心理に影響が出ることが懸念されるだけでなく、各種プロジェクトの承認がこれまで以上に遅延する恐れが高くなると思われる。

辞任理由については、「党員として禁止事項を破った」という説明しかなく、詳しいことは推測するしかないが、3月20日の臨時中央委員会総会では、トゥオン国家主席の辞任だけでなく、ラン・ビンフック省前共産党書記の除名処分等が決定されている。

ラン前党書記は、不動産会社フックソン・グループの不正経理事件に絡み、8日に収賄容疑で逮捕されたが、同じタイミングでビンフックおよ及びクワンガイ省の人民委員長、元人民委員長等も収賄容疑で身柄を拘束されている。

トゥオン国家主席は、11年から16年までクアンガイ省の党書記をしていたことから、この事件に関連して責任を問われていると思われる。(中略)

いずれにせよ、昨年1月からこれまでの間、18人の政治局員の内、4人も解任されている。フック国家主席(前首相)、ミン副首相(前外相)、アイン中央経済委員長(前商工相)、今回のトゥオン国家主席(前党書記局常務)である。

過去十年間の経済発展、国際社会におけるベトナムの地位向上に大きな貢献をされた有能な方々であり、「不透明な形」で辞任せざるをなかったことは、異例の事態であり、ベトナムにとって大きな損失である。

政治的停滞に外国人投資家はどう反応するか?
また、21年以降23年10月までの間に、約1300の汚職事案で3500人以上が逮捕・訴追されており、汚職に対する「社会の意識改革」も相当進んだと思われる。そして何よりも、このような状況が更に続くようなことがあれば、政策決定が一層遅れることに加え、政治動向に不安感が広まって、外国の投資家が様子見をすることになると思われる。

今後、新国家主席の就任に合わせ、指導部が一致して「国の一体性」と「法の支配」を維持しつつ、45年の先進国入りに向けて邁進することを表明し、党及び政府職員が高い倫理観をもって、迅速に職責を果たすよう促すことを期待したい。【4月16日 WEDGE】
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そして更に新たな「辞任」が報じられています。

****ベトナム国会議長、「違反行為」で辞任 国家主席解任から数週間****
ベトナム政府は26日、ブオン・ディン・フエ国会議長が「違反と欠点」を理由に辞任したと発表した。先月のボー・バン・トゥオン国家主席の解任に続くもので、政治の混乱を示す形となった。国会議長はベトナム指導部の「4本柱」の一人。

67歳のフエ氏は元経済学者で副首相も務めた。最高位であるベトナム共産党書記長の候補として注目されていた。

共産党中央委員会は政府のウェブサイトに掲載された声明で、「フエ氏の違反行為と欠点は否定的な世論を引き起こし、党と国家並びに同氏自身の評判に影響を与えた」と表明。同氏の辞任が受理され、中央委員会と政治局から外れるとした。違反の内容は記されていない。数日前にはインフラ企業が関わる汚職疑惑で同氏の側近が逮捕されたと発表されている。

3月には共産党が党則違反を理由にトゥオン氏を解任した。フエ氏の辞任を受けて、東南アジアの製造業のハブであるベトナムの政治の安定を巡り、海外企業などの懸念が強まる恐れがある。【4月26日 ロイター】
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ベトナムは共産党書記長、国家主席、首相、国会議長の「4本柱」の指導体制を敷いていますが、相次ぐ国家主席・国会議長の更迭で、チョン書記長への権力集中が進むと予想されます。

それが目的の政治的な意図をもった汚職摘発運動(「燃える炉」という運動名のようです)なのか、あくまでも結果に過ぎないのか・・・そこらはよくわかりませんが、中国・習近平「一強」体制を作り上げた「トラもハエも叩く」反汚職運動は多分に政敵排除の側面があったと指摘されています。

【慎重にコントロールされる中国との関係】
歴史的な背景もあって対中国感情は良くなく、南シナ海での領有権を争う中国との関係はベトナムにとっては微妙。政治的には激しく対立しながらも、経済関係に影響が及ばないように、また、最悪の事態で「戦争」に至らないように(過去には実際に戦争を経験していますので)バランスを取ることが求められています。

前出【WEDGE】で紹介されているWSJ社説が触れている「指令24号」もこうした中国を意識した面が強いとも。
一方で、中国との間の高速鉄道建設も進むようです。

****ベトナム、30年までの高速鉄道着工を計画 ハノイと中国結ぶ****
ベトナム計画投資省は、首都ハノイと中国を結ぶ高速鉄道2路線の建設を2030年までに開始することを目指すと明らかにした。

中国はベトナムにとって最大の貿易相手国。両国は既に高速道路と2本の鉄道路線で結ばれているが、ベトナム側の老朽化が進み、改修が必要となっている。

計画投資省が9日に発表した声明によると、高速鉄道はベトナムの港湾都市ハイフォン市とクアンニン市からハノイを通り、中国雲南省と国境を接するラオカイ省に至る。もう一方の路線は、ハノイから中国の広西チワン族自治区に隣接するランソン省までで、製造施設が密集する地域を通過する。 

同省はプロジェクトの詳細については明らかにしなかった。
ベトナム政府は今月、同国初となる高速鉄道網の建設で中国の鉄道会社と協力するため政府関係者を派遣したと明らかにしている。

ベトナムでは、首都ハノイと商業の中心地ホーチミンを結ぶ高速鉄道の建設も計画されている。【4月10日 ロイター】
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首都ハノイと商業の中心地ホーチミンを結ぶ高速鉄道については、ベトナム政府は日本に支援を要請していますが、長年着工に至らず、下記のような話もあってやや不透明にもなっています。

****ベトナム初の高速鉄道建設、中国にノウハウ提供求める****
ベトナム政府は、国内を縦断する同国初の高速鉄道建設について、中国からノウハウを学びたいと表明した。
国営メディアによると、国内総生産(GDP)の17%に相当する最大720億ドルを投じて、全長1545キロメートルの高速鉄道網を建設する計画。

ベトナム政府は週末に発表した声明で「中国の鉄道産業は世界で最も発展しており、ベトナムはその経験から特に技術、資金動員、経営ノウハウの面で学びたいと考えている」と表明。(後略)【4月1日 ロイター】
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