(イラン、サウジアラビアの高官と共に記念撮影に臨む王毅氏(中央)=中国外務省のホームページより【3月11日 毎日】)
【中国仲介で中東対立軸が大きく動く 「歴史の転換点だ」との評価も】
多くの報道がなされているように、10日、イランとサウジアラビアが中国の仲介で外交関係を正常化させることで合意しました。
スンニ派湾岸諸国の盟主を自任するサウジアラビアとシリア・レバノン・イエメンなどにも勢力を広げるシーア派イランの対立は、かつての「イスラエル対アラブ」という対立軸に代わって、ここ数年の中東における主要な対立軸となっていました。それだけに両国の関係正常化が実現すれば、そのインパクトは大きなものがあります。
また、これまで中東に基地・軍を展開するなど大きな影響力を有してきたアメリカの中東における存在感が低下している、あるいは中国との競合を第一とする(最近ではウクライナ問題でのロシア対策も)アメリカの中東への関心が低下していると言われているなかで、そのアメリカの空白を埋めるような中国外交の成果も注目されます。
サウジ・イラクの交渉は以前から報じられており、このブログでも時折触れてはいましたが、「中国の仲介で」というのは驚きの感も。
****イランとサウジの関係正常化 仲介の中国、中東での影響力強まる****
イランとサウジアラビアは10日、中国の仲介で外交関係を正常化させることで合意した。中国外務省が発表し、両国の国営通信も報じた。
イスラム教シーア派大国のイランと、スンニ派の「盟主」を自任するサウジは2016年に断交し、中東情勢の悪化を招いてきた。両国の和解は地域の緊張緩和につながるとみられる。中国の中東での影響力は強まる見通しだ。
イランとサウジの断交は16年1月、イランのデモ隊によるサウジ大使館襲撃事件が発端となった。事件の原因は、サウジが国内のシーア派宗教指導者らを処刑したことだ。両国はシリアやイエメンの内戦で敵対勢力をそれぞれ支援してきた経緯もあり、対立は深まった。19年9月には、イランによる犯行とサウジ側が非難したサウジ石油施設への無人機攻撃もあった。
両国は21年4月に断交以来初の直接対話を実施し、その後もイラクなどの仲介で複数回の対話を重ねた。今月6日からは北京で秘密協議を開き、10日に安全保障担当の高官同士が合意に署名した。
01年の安保協力協定や経済・投資関連の取り決めの復活でも合意し、2カ月以内に双方の大使館が業務を再開するという。
中国を加えた3カ国の共同声明では「国家主権の尊重と内政不干渉の確約」が明記された。
ロイター通信によると、サウジのファイサル外相は「(我々は)地域における政治的解決と対話の定着を熱望してきた」と強調。イランのアブドラヒアン外相は「イランの近隣政策は正しい方向に力強く進んでいる」とツイッターに書き込んだ。
サウジに追随してイランと断交したバーレーンなど他のアラブ諸国も、和解に動く可能性が高いとみられる。【3月11日 毎日】
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両国が関係改善に動いた背景には、イランは孤立化の解消、サウジは地域の安定というメリットがあります。
****中東における覇権交代 三菱総研 中川浩一・主席研究員****
サウジアラビアとイランが10日、中国の仲介で外交関係の正常化に合意した。ライバルとされてきた中東地域の主要国同士の外交正常化について、中東情勢に詳しい三菱総合研究所の中川浩一・主席研究員は「歴史の転換点だ」との分析を示した。
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サウジアラビアとイランの外交関係正常化は、近年の中東で政治的難問の一つだった。それを中国が仲介したことは、同国が巨大経済圏構想「一帯一路」実現に向けた経済的影響力のみならず、政治的影響力も有した証左。中東における事実上の覇権交代を意味し、歴史の転換点ともいえる。
米国は中東で圧倒的な軍事的・政治的影響力を持ってきた。それを中国に明け渡すことはバイデン政権にとり、米国の中東政策、ひいては外交政策全体に汚点を残すことになる。中国、サウジ、イランの共同声明から読み取れるのは、バイデン政権が掲げる「人権外交」への反感だ。
また、中東における米国の関与の低下を受け、アラブ諸国は近年、米国に依存しない安全保障のあり方を模索してきた。
サウジとしてはイランとの緊張緩和を図ることで隣国イエメン内戦の鎮静化など地域情勢の安定化と自国の安保態勢強化につなげる思惑があった。サウジにとって今回の決定は域内に「敵」を作らないことを最優先した結果だ。
イランは、イラン核合意の再建と制裁解除の実現が遠のく中、米国との関係改善より中国との関係強化による自国経済の回復を選択した。ウクライナに侵略したロシアへの支援を巡って米欧の非難を受ける中、孤立を回避する狙いもある。
イランの核開発が進展することに呼応してサウジなどが核武装を目指す「核ドミノ」が懸念されてきたが、今回の外交正常化でその可能性は低下したと思われる。
イランとイスラエルの対立は依然として残るが、実質的に同国との関係が進展しているサウジがパイプ役となれる可能性もある。
中東情勢は緊張緩和に向かうだろう。そんな中で湾岸諸国はすでに脱炭素社会実現に向けたビジネス面での動きも活発化していることも指摘しておきたい。(談)【3月11日 産経】
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【今後、中東情勢が大きく変わることも】
冒頭【毎日】記事にもあるように、他のアラブ諸国とイランの関係も追随することが予想されます。
また、「サウジとイランの代理戦争」と言われているイエメン内戦(今年4月に国連の仲介で紛争当事者は停戦に合意した。2カ月の期限ごとに延長してきたが、昨年10月に更新されず交渉が継続)にも大きな影響があると思われます。
****イランとサウジアラビアが正常化、アラブ諸国は歓迎****
イランとサウジアラビアが発表した外交関係の正常化計画について、サウジと同じアラブ諸国は歓迎する姿勢を相次いで示した。地域の安定につながるとの期待が広がっている。仲介した中国の役割を評価する見方も浮上している。
アラブ首長国連邦(UAE)のガルガシュ大統領外交顧問は10日「UAEはサウジとイランの合意を温かく歓迎する」とツイートした。同時に「地域の安定と平和に向けた前向きな一歩を促す中国の役割を高く評価する」とも書き込んだ。(中略)
イラクも合意に好意的だ。同国外務省は「両国の外交関係の新たなページが始まることを歓迎する」とコメントした。イラクもイランとサウジの協議を仲立ちしていた。イラク通信によると、イランのアブドラヒアン外相は10日、イラクのフセイン外相に電話で謝意を伝えた。
オマーン外務省も「地域と世界に利益をもたらす建設的な協力関係の強化に期待する」との声明を発表した。エジプト外務省は「合意が地域の緊張を緩和し、アラブの安全保障の安定と維持に貢献することを望む」と表明した。
イランを後ろ盾とするイエメンのイスラム教シーア派武装勢力フーシの幹部は10日「この地域は失われた安全を取り戻すため、各国間の正常な関係の回復を必要としている」とツイートした。フーシはイエメン内戦でサウジ率いるアラブ有志連合と対立している。
イランが支援するレバノンのシーア派組織ヒズボラ幹部も「よい進展だ」と評価した。ロイター通信が伝えた。【3月11日 日経】
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【アメリカ 否めない存在感低下 中国への強い警戒感】
「関係改善」ですからアメリカも表向きは“歓迎”の意向を示していますが、アメリカ抜きで、中国の仲介で・・・というところで内心は複雑。
****サウジ・イラン合意「歓迎」も行方注視=中国の影響力拡大に警戒感―米****
米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は10日、オンライン記者会見で、サウジアラビアとイランが外交関係修復で合意したことに対し「歓迎する」と語った。ただ、「イランが履行するかどうかは不明だ。イランは約束を守るような政権ではない」と述べ、合意の行方を注視する構えを示した。
カービー氏は、サウジとイランの協議について「サウジから報告を受けていた」と説明。一方で「米国は直接関与していなかった」と述べ、米国抜きで合意が成立したと明らかにした。
中国による協議仲介に関しては「中東地域における緊張緩和の取り組みは米国の利益だ」と話した上で、「中国が身勝手な利益の下に世界のどこかで影響力や足場を獲得しようとしていることは注視し続ける」と警戒感を表明した。【3月11日 時事】
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米国家安全保障会議のカービー氏は「イランを交渉のテーブルに着かせるのに役立ったのは、イランが内外から受けている圧力であり、中国からの対話への招待だけではない」と述べ、アメリカのイランへの圧力が一定の役割を果たしたとも。
とは言うものの、アメリカの存在感低下の印象は否めないところ。
****バイデン米政権に痛手=中東での影響力低下警戒―サウジとイラン関係修復****
サウジアラビアとイランが中国の仲介で外交関係修復に乗り出したことは、中東における米国の影響力低下を示した形で、バイデン米政権にとっては大きな痛手だ。中東地域を舞台に米中の神経戦は激しさを増しており、バイデン政権は政策の修正を迫られる可能性もある。
「米国が中東から手を引いているという考えに断固反対する」。米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は10日、オンラインでの記者会見で、米国が中東地域への関与を低下させているのではないかという質問に対し強く否定した。
バイデン大統領は昨年7月、サウジを訪問し、人権問題を巡り関係が冷え込んでいた実力者ムハンマド皇太子と会談。バイデン氏は訪問時「中国やロシア、イランが埋めてしまう空白を残したまま、立ち去ることはしない」と強調し、中東への関与を続ける姿勢を鮮明にしていた。
米国は2001年9月の米同時テロに端を発したアフガニスタン、イラクとの戦争から手を引き、中東への米軍の関与を縮小。特に21年8月のアフガンからの米軍撤収は中東における存在感の低下を印象付けた。
だが、ロシアのウクライナ侵攻に伴うガソリン価格高騰に慌てたバイデン政権はサウジに増産を働き掛けた。中東への関与強化を打ち出したものの、サウジは減産を主導。米国が関係見直しに言及すると、互いの不信感は一層深まった。
トランプ前政権が離脱したイラン核合意の再建交渉が進展を見せない中、ウクライナ侵攻への対応や対中競争に追われるバイデン政権にとって中東の優先順位は低下した。
カービー氏はサウジとイランの協議について「サウジから報告を受けていた」と説明しつつも、「米国は直接関与していなかった」と述べ、米国が蚊帳の外だったことを認めた。
バイデン政権は、米国に優位な「戦略的環境」を形成し、中国に対抗していく戦略を打ち出している。だが、サウジとイランの関係修復を中国が仲介したことは米国の思惑とは逆行する動きだ。【3月11日 時事】
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もちろん、アメリカの影響力は依然として大きなものがありますが・・・
“カービー氏は10日、米国が中東で退潮しているとの指摘に「断固として反論する」と述べたが、イランとサウジの外交正常化が〝米国抜き〟で進んだのは、米国の外交的レバレッジ(てこ)が弱まっているからに他ならない。
他方、主要な兵器体系を米国に依存するサウジにとり、米国が最重要同盟国であることは変わらない。バイデン政権は今後、サウジの手綱を握りつつ、中国の伸長にも目を光らせる必要に迫られる。”【3月11日 産経】
【成果を誇示する中国】
一方、中国は成果を誇っています。
****「対話と平和の勝利」=中国が成果誇示―サウジ・イラン仲介****
中国外務省によると、外交トップの王毅・共産党政治局員は10日、サウジアラビアとイランが外交関係の修復で合意したことを受け、「対話と平和の勝利」だと述べた。仲介役を務めた中国を「信頼できる仲裁者」と自賛し、「サウジとイランの関係改善は中東地域の安定への道を開く」と成果を誇示した。
発表によると、サウジのアイバーン国務相、イランで国防、外交を統括する最高安全保障委員会のシャムハニ事務局長が北京で6〜10日に協議を実施。3カ国による共同声明に署名した。
王氏は、3カ国の対話は習近平国家主席が後押ししたものだと強調。また、「世界にあるのはウクライナ問題だけではない」「中東諸国が戦略的自主性を堅持し、外部の干渉から脱却することを支持する」と述べ、ウクライナ情勢などを巡り、中国と対立する米国を暗にけん制した。【3月11日 時事】
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アメリカは中国に対しては警戒感を露わにしています。
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語気を強めた(米国家安全保障会議(NSC)の戦略広報調整官)カービー氏
(中略)
合意を仲介した中国の影響力拡大についての質問には「我々は、中国が自分たちの利己的な利益のために、世界中で影響力と足場を得ようとするのを見続けてきた。世界中の国々が、中国は自国の利己的な利益のために影響力を持とうとしている事実に気づき始めている」とした。【日系メディア】
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中国とイラン・サウジ両国は原油取引の拡大で接近していました。
また、アメリカへの不信感が中国への傾斜を加速させた側面も。
****中東諸国の多くが歓迎 目立つ中国への接近 サウジ・イラン外交正常化****
サウジアラビアとイランが外交関係の正常化で合意した10日、中東ではエジプトやトルコ、ペルシャ湾岸の親米諸国など多くの国が歓迎する意向を表明した。2つの地域大国の歩み寄りがもたらしたインパクトの大きさを示している。
サウジとイランはイエメン内戦などで互いに敵対勢力を支援し、その対立は中東の不安定要因となってきた。他方で双方ともに中国への接近が目立っている。
イランは2021年に中国と25年間の包括的な協力協定を締結した。協力範囲は経済からIT、安全保障まで及ぶとされる。米が連発する制裁で経済低迷が長引いているが、イランに動揺する様子はみられない。
「制裁慣れ」に加え、中国が原油購入を続けて支援していることも一因とみられる。ロイター通信によると、昨年12月の中国によるイラン産原油の購入量は過去最大を記録した。
一方のサウジは昨年12月、同国を訪問した中国の習近平国家主席を厚遇して蜜月を演出した。両国は原油取引で互いに不可欠な関係にある。ただ、サウジの対中傾斜は、安全保障の後ろ盾の米国に対する不信感の裏返しでもある。
サウジは近年、イランの核保有を強く警戒してきた。しかし、バイデン米政権が対話による解決を掲げたイランとの核開発問題をめぐる協議は暗礁に乗り上げたままだ。
米国は中東への影響力低下が指摘される半面、湾岸諸国に米軍基地を持つ地域の安定の要であることに変わりはない。エネルギーなど経済を通じて中東諸国の取り込みを図る中国が地域の情勢安定を担えるかには、懐疑的な見方もある。
ロイターは、サウジが懸念するイラン核問題をめぐる進展がなければ、中国が仲介した関係改善は「見せかけだけで終わるかもしれない」という在米の専門家の分析を伝えた。成果を見極めるには時期尚早だ。【3月11日 産経】
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上記記事が指摘するように、イランの核開発がこのまま進むと、サウジとしても座視できないのでは・・・という今後の問題があります。
【イスラエル・ネタニヤフ政権にとってはイラン包囲網形成失敗】
一方、そのイランの核開発を強く警戒し、イラン包囲網を目指してきたイスラエル・ネタニヤフ政権にとっては、外交的に痛手となっています。
****イランと敵対するイスラエル「完全な失敗」 中東外交戦略見直し必至****
イランとサウジアラビアが外交関係の正常化で合意したことを受け、イランと敵対するイスラエルは中東外交の戦略見直しを迫られそうだ。ネタニヤフ政権は内政で混乱を抱えているほか、外交でも課題に直面することになる。
「(イスラエルにとって)完全な失敗だ」。最大野党党首のラピド前首相は10日夜、今回の合意をネタニヤフ氏の「ミス」だと主張し、強く非難した。
2016年にイランとサウジが断交し、アラブ諸国とイランの溝が深まる中、イスラエルは「対イランでの連帯」を掲げ、敵対していたアラブ諸国との関係構築を目指してきた。イスラエルは諜報(ちょうほう)情報などを各国に提供して懐柔。米国のトランプ前政権の仲介もあり、20年にはアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンなどと国交を正常化することに成功した。
昨年末に発足したネタニヤフ政権は、イランの核兵器取得の阻止と、サウジとの国交正常化を目標に掲げていた。だが今回の合意で、「対イラン包囲網」を作ろうとしたネタニヤフ氏の戦略は、はしごを外された形となった。
野党側は、ネタニヤフ氏が「内政で混乱を引き起こし、対イラン外交を怠った」と非難する。極右を含むネタニヤフ政権は、ユダヤ人入植地の拡大などを実現するため、「法の支配」を弱める司法改革を推進しており、国内では毎週末に大規模デモが繰り広げられている。また、パレスチナ側への強硬策も展開し、アラブ諸国を含む国際社会から批判が相次ぐ。そのため、政権は内政の混乱収拾に力を注がざるを得ない状況だった。
今回の合意を巡り、ネタニヤフ政権は公式の見解を表明していない。だが、サウジ以外のアラブ諸国もイランとの和解に動いた場合、イランの「孤立」した状態は一定程度解消され、イスラエルの中東外交は推進力を失う可能性がある。
またイスラエルは、米国などが復活を目指している現行のイラン核合意について「イランが秘密裏に核開発を進める可能性がある」として強く反対している。サウジもイランの核開発を警戒しており、今回の合意が核合意協議にどんな影響を与えるかも注目される。
一方、水面下でイスラエルとサウジの国交正常化交渉も継続しているとみられる。
米ニューヨーク・タイムズ紙は9日、サウジがイスラエルとの国交正常化の条件として、仲介役の米国に対し、原子力発電所など民生用核計画の支援や、サウジへの武器売却の制限緩和などを求めたと報じた。
ただ、この条件はサウジの核開発につながる可能性もあり、米国にとってハードルが高い。また、イスラエル軍によるパレスチナ武装組織の摘発強化などを巡り、イスラエルとの国交正常化を巡るサウジ世論は冷え込んでおり、交渉は長期化が見込まれている。【3月11日 毎日】
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