孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラクのクルド自治政府、9月に独立の是非を問う住民投票を予定 ISより大きな“爆弾”にも

2017-08-05 21:07:42 | 中東情勢

【8月3日 朝日】

イラクでもシリアでも「IS後」のカギはクルド人
イラクではモスルが解放され、シリアではアメリカの支援を受けるクルド人勢力によってラッカの奪還が進んでいます。(ラッカは現在のところ半分ほど奪還した状況のようです)

このようにIS支配が崩壊するなかで、「IS後」のイラク・シリアがどうなるのか?という問題が、現実の問題となっています。

これまでも再三とりあげてきたように、アメリカ、ロシア、イラン、トルコといった関係国の思惑もありますが、イラクでも、シリアでも、クルド人の動向が重要なポイントとなります。

****ISなき後のイラク、シリアはどうなるか****
英フィナンシャル・タイムズ紙コラムニストのデイビッド・ガードナーが、6月29日付け同紙に「イスラム国の影響が弱まる中、イラクとシリアは更なる不安定に直面している。連邦主義は中東で失敗してきたかもしれないが、平和は協力に依存している」との論説を寄せ、IS後のシリア、イラク情勢の見通しを論じています。論旨は、次の通りです。
 
ISは、イラクのモスルを失い、シリアのラッカを失いつつあり、「原始的国家」としては破壊されつつある。2003年の米国によるイラク攻撃と、2011年以来のシリア内戦で空洞化した国家においてISは育ったが、彼らのシリア、イラクからの退場は新しい真空を作り出す。
 
主たる外部勢力、ロシア、イラン、米、トルコは、その中で地歩を築こうとし、争っている。シリアとイラクが将来どうなるべきか。
 
サダム・フセイン後の占領下イラクでは、多数派シーア派と少数派スンニ派とクルドの権力分有の連邦モデルが採用されたが、スンニ派による内戦、シーア派の宗派主義、クルドの冷淡さが連邦主義を失敗させた。シリアでもアサドの中央集権主義は失敗した。
 
アサド政権は、地方分権を拒否しているが、同政権は少数派であり、シリア全土を取り戻し統治するのは人員不足で無理である。今はロシアとイランの支援で勢いづいているだけである。
 
ロシアは地方分権化したシリアのための憲法青写真を作った。シーア派民兵、アサドの顧問さえも、アッシリア・キリスト教徒やヤジディ教徒などに自治を認めるなど、地方の条件を尊重しないと、シリアとイラクの大きな地域をまとめて、統治するのは難しいと認めつつある。
 
シリアでもイラクでも主要な問題はクルドである。北イラクのクルド地方政府は、9月25日にイラクからの分離に関する国民投票を行う予定である。

クルド側はパートナーシップなどがあれば連邦主義を受け入れるが、それが今はないとしている。連邦主義は中東では外部勢力の介入、領土分割を意味すると懐疑の念で見られているが、事実上の分割が起こっている。
 
シリアのクルドは、米国がIS攻撃のためにクルドのクルド人民防衛隊(YPG)民兵を使う決定をした後、北シリアでRojavaと呼ばれる自治地区を作り出した。

シリアの将来の政府はこれと権力の分有を考慮せざるを得ないだろう。

シリアのクルドにとって、クルド労働党(PKK)との関係が問題である。トルコはシリアのクルド勢力がユーフラテス川の西のクルド勢力と一緒になることを警戒し、北西シリアに侵攻、根拠地を築いている。
 
しかし、現地での協力は、実際的な利益につながると思われている。こういう協力が進めば、それが連邦主義とよばれようが、誰も気にしないのではないか。(後略)【8月1日 WEDGE】
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イラクでもシリアでも“クルド人”の動向がカギになりますが、イラクのクルド自治政府がトルコと比較的良好な関係があるのに対し、シリアのクルド人勢力はトルコが最大の敵とするPKKに繋がる組織であり、“クルド人勢力”と言っても1枚岩では決してありません。

イラクのクルド自治政府 キルクークも含め、独立の是非を問う住民投票を9月25日に実施
先ずイラクのクルド自治政府の動きから。
周知のように、自治政府のバルザニ議長は、クルド自治政府のイラクからの独立を問う住民投票の実施日を9月25日に設定したと発表しています。

****イラクのクルド人自治区、独立問う住民投票を9月実施へ****
イラクのクルド人自治区は7日、独立の是非を問う住民投票を実施する方針を表明した。自治政府のバルザニ議長がツイッターで「住民投票の実施日を9月25日に設定したと発表するのを喜ばしく思う」と述べた。

バルザニ氏の側近もツイッターに投稿し、住民投票はキルクーク、マクムール、シンジャル、カナキンの4カ所で行うと説明した。

ただ、イラク政府は住民投票実施に強く反対する公算が大きい。シーア派系の政治運動組織、イラク・イスラム最高評議会のアンマール・ハキーム議長は特に、クルド勢力が大規模油田を抱えるキルクークを編入することがないよう警告を発している。

これについてクルド自治政府高官の1人は4月、ロイターに対して投票で独立賛成が多数となれば、自治拡大に向けたイラク政府に対する交渉力が強まる効果があると指摘。必ずしも自動的に独立宣言につながるわけではないとの見方を示した。

アルビルのテレビによると、クルド自治政府当局者が今後バグダッドを訪れて住民投票の計画を話し合う見通し。またクルド人自治区の議会選挙が11月6日に予定されるという。

クルド人自治区の独立に関しては、自国内のクルド人の居住地域に波及しかねないと懸念するトルコやイラン、シリアといった近隣諸国も反対の立場を維持している。【6月8日 ロイター】
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もちろん、「賛成多数=直ちに独立」ではないとは言うものの、独立を問う住民投票実施というのは中央政府にとって大問題ですし、現在の自治政府の領域外にあって、これまでも帰属が争われてきた油田地帯キルクークも投票範囲に含める意向であることも問題となります。

****イラクから独立問う住民投票 地域政府、9月実施の意向****
(中略)同大統領(バルザニ氏)は昨年も「11月までに住民投票を行う」とKRG(クルド自治政府)の独立を目指す意思をみせていたが、住民投票の実施日を示したのは初めて。ただ、イラク政府の反発は必至で、実現に向けては曲折も予想される。
 
声明は、対象の地域について、KRGの領域に加えて「領域外のクルド人地区」も含むとした。油田のあるキルクークなども含める意向とみられる。

だが、これらの地域では、過激派組織「イスラム国」(IS)の打倒に向けてKRGの治安部隊とイラク政府軍が共同で展開している地点があり、対IS作戦に影響を与えかねない。

ISに家を追われ、避難先から戻ることができていない国内避難民(IDP)もおり、投票の早急な実施が批判を呼ぶ可能性もある。
 
また、7日の政党間の会合には地域第2党のゴラン(変革)党など複数の政党が参加しておらず、KRG内での意見対立が表面化する恐れもある。【6月8日 朝日】
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イラク中央政府が「独立へ向けた住民投票」をすんなり容認するとも思われませんので、これからクルド自治政府とイラク中央政府のせめぎあいが表面化すると思われます。

****クルド独立」揺れる油田地帯 イラク・キルクーク、来月住民投票****
イラク有数の油田を抱える北部キルクークが、クルド独立に向けた動きに揺れている。クルディスタン地域政府が9月実施予定の独立の是非を問う住民投票を、キルクークでも行うとしているためだ。

同地の帰属をめぐっては長年論争が続いてきたが、一気にけりをつけようとするクルド側に、少数派からは戸惑いの声が上がっている。

キルクークの市街地の入り口には、巨大な像が立つ。地域政府の軍事組織ペシュメルガの兵士をあしらった彫像だ。高さ約21メートル。周囲に建物がない分、その姿は威圧的ですらある。
 
過激派組織「イスラム国」(IS)は2014年、イラク第2の都市モスルを制圧し、キルクークに迫った。イラク軍兵士が敗走する中、ISを撃退したのはペシュメルガだ。その感謝の気持ちを込めて、クルド人の芸術家らが寄付を募り、制作したという。
 
市内に入ると、クルドの存在感はさらに増す。役所の屋上に翻っているのは地域政府の旗だ。イラク国旗とともに掲揚されている場所もあるが、地域政府旗だけの所もある。
 
市内にはイラク政府の警察官も配備されているが、警備の中核を担うのは、地域政府の治安組織アサイシュだ。キルクークの西約45キロのハウィジャではISの残党が今も立てこもり、掃討作戦が続く。連日数百人の避難民がキルクークや近郊に逃れてくる。IS戦闘員が紛れ込んでいるケースもあり、アサイシュは避難民の身元調査も担っている。
 
キルクークの油田を実効支配するのも地域政府だ。警備に当たるペシュメルガは、ISの侵攻に伴うイラク軍の混乱の隙を突く形で駐留した。産出された原油は地域政府の管理下に置かれ、クルディスタン自治区経由のパイプラインで、トルコのジェイハン港から積み出されている。
 
関係者によると、最近の生産は日量55万バレル~60万バレルで推移しているという。イラク全体の産油量は現在460万バレルほどで、キルクークの占める割合は十数%に過ぎない。
 
しかし、湾岸戦争(1991年)後の経済制裁や、イラク戦争(2003年)以降の治安悪化などで拡張や新規開発が進んでいないため、増産できる可能性は高いとの指摘もある。「独立問題の行方にかかわらず、キルクークの油田を地域政府は決して手放さない」との見方が支配的だ。

 ■少数派、戸惑いの声
キルクークは元々、アラブやクルド、トルクメンなどの各民族や、イスラム教のスンニ、シーア両派、キリスト教徒など様々な民族や宗教・宗派の住民が暮らしていた。
 
しかし、旧フセイン政権は、クルドなどの少数民族を追放し、アラブ人を各地から移住させる「アラブ化政策」を進めた。油田の治安確保などが理由とされる。

イラク戦争後に制定された現憲法は帰属の決定にあたって、(1)追放者の帰還(2)人口調査(3)キルクーク住民による投票――の3段階を定めたが、調査は度々延期され、住民投票のめども立っていない。
 
帰属の決定は油田権益につながり、「キルクーク住民」の定義をめぐって中央政府や地域政府、トルクメンなど他の少数民族などとの間で合意が取り付けられないためだ。
 
キルクーク市を含むキルクーク地方議会選挙も2005年以来、行われていない。同年の選挙では41議席中、クルド系会派は26議席を占めた。これに対し、9議席のトルクメン系などの少数派は、クルディスタンに併合されればクルドの中で埋没すると反発している。(後略)【8月3日 朝日】
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クルド側の真意がどこにあるのかは不透明なところもありますが、バルザニ議長は、今回予定している住民投票は“イラク政府に対する圧力の手段ではなく、独立を達成するための通り道である”ことを明確にし、“イラク政府とのこれまでの話し合いは、全て何らの解決策も見いだせなかった。住民投票は、今後イラクの良き隣人として生きていくか否かを表明する唯一の方法になった”とも語っています。【8月1日 「中東の窓」より】

クルド人には独立する権利がある。しかし、今のままでは新たな殺し合いが起こるかもしれない
しかし、クルド独立が地域を不安定化させることになるとする、否定的な見方があります。

****クルド人国家」に立ちはだかる無数の壁****
<イラクのモスルをISISから奪還した今こそ、イラク北部のクルド自治区の独立のチャンス。だが今のままでは新たな殺し合いが起こるかもしれない。クルド人のせいではなく、自治政府のバルザニ議長が指導者にふさわしくないからだ>

イラクのクルド自治政府で事実上の大統領を務めるマンスール・バルザニ議長は、6月28日付けの米紙ワシントン・ポストに、「イラクのクルド人が独立について選択する時が来た」という見出しの論説を寄稿した。

その中でバルザニは、「イラクのクルド人が自治権を行使することは誰の脅威にもならないし、不安定な地域の安定化につながる」としたうえで、次のように結んだ。

“イラクにクルド人を押し込む1世紀にわたるやり方は、クルド人にとってもイラク人にとっても得策でなかったと認める時だ。アメリカと国際社会はクルド人の民主的な決定を尊重すべきだ。長い目で見ればそのほうがイラクとクルド自治区の双方にとって良い結果をもたらす。”

クルド人には独立する権利があるか。答えはイエスだ。

チェコスロバキアとは違う
だが、クルド人の独立が地域を安定化させるというバルザニの見解は正しいだろうか。答えは絶対にノーだ。ただしその原因の大半はバルザニ自身で、クルド人が問題なのではない。

クルド人の独立を正当化するためクルド自治政府関係者はよく、1993年のチェコとスロバキアの連邦制解消が友好的だったことを引き合いに出す。

だが、紛争になった例も多い。スーダンと南スーダン、エチオピアとエリトリア、セルビアとコソボ、インドネシアと東ティモールなど、ゲリラ勢力の台頭や軍事衝突を伴った分離独立も多数ある。そうした紛争で、分離独立派が勝利して統治に成功した例は1つもない。恐らくそうしたケースの方が、クルド人の状況に近いだろう。

筆者(マイケル・ルービン氏)は『Kurdistan Rising(クルド蜂起)』の中で独立後のクルド人の成功を左右するすべての問題とその取り組み方について書いた。

以下はそのほんの一例だ。

■水の共有に関する協定
バルザニは、クルド人独立後のイラク政府とクルド自治区はうまく共存の道を見出せると言う。だが70年以上前のものもある水資源の共同利用に関する協定の修正は大変だろう。チグリス川とユーフラテス川の水をめぐっては、トルコとシリアも含めた周辺諸国の間で小競り合いが絶えず、水戦争が勃発しかけたこともある。

■国境画定
バルザニは独立するのはイラク北部のクルド自治区だけだと言いながら、独立の是非を問う住民投票はより広いクルド人居住地域を対象に行うべきだと提案している。

チェコとスロバキアは国境画定で直ちに合意した。バルザニの一方的な政策は、イラクとの国境争いを10年は長引かせるのが必至で、結果的にイラクとクルド人国家は敵対することになるかもしれない。

■市民権
首都バグダッドなどイラクで暮らすクルド人は、クルド人の国家で市民権を持つのか。クルド人国家で暮らすアラブ人は、イラクの市民権を持てるのか。二重国籍は認められるのか。クルド自治区の独立の是非を問う住民投票をきっかけに、イラク政府に仕えるクルド人は公職を追われ、これまでにクルド人がイラクで獲得した影響力や保護を失うことにならいのか。もっと言えば、民族浄化の序章にはならないのか。

■経済
クルド自治区の人々は、自分たちには豊富な石油資源があると信じているが、汚職や縁故主義のため市場は不透明で、すでに一部の石油メジャーが撤退してしまったほど。クルド自治政府は今も公務員の賃金が払えないことがしばしばで、200億ドルに上る債務を抱えている可能性がある。(中略)

クルド人国家は建設前に沈んでしまうのか。残念ながら、答えはイエスだ。

■軍隊
クルド自治政府の民兵組織「ペシュメルガ」がどんなに称賛されようと、実態はバルザニが常々批判しているシーア派民兵組織と同じだ。ペシュメルガは軍隊というより民兵組織で、内部に権力争いを抱えており、自治政府よりむしろ政界の黒幕に忠実だ。

たとえ石油埋蔵量が豊富でも、軍が国家でなく特定の人物の意向に従えば内戦が起きる。独立した南スーダンの内戦がそうだ。

バルザニは自分を建国の父とみなすかもしれないが、期待通りのレガシー(遺産)は残せないかもしれない。昔なら、バルサニには選択肢があった。南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領のようになりたいか、パレスチナ自治政府のヤセル・アラファト初代大統領のようになりたいのか。

マンデラは、アフリカ民族会議(ANC)のリーダーとしてアパルトヘイト(人種隔離政策)と戦い、政治的な対立を超えて新しい南アフリカを築いた。

バルザニは議長の任期満了を迎えても辞職を拒んだが、マンデラは権力を移譲し、政権移行の前例を作った。

逆にアラファトは復讐のために権力を利用し続けた。バルザニと同様、多額の公金を使い込み、パレスチナ人を深く分断させ、パレスチナ自治政府の組織や財政をボロボロにした。

クルド人は住民投票を強行するかもしれず、そうなれば独立派が勝利するだろう。だが身内や蓄財よりクルド人のことを優先する指導者が現れない限り、クルド人は自由獲得の歴史的なチャンスを無駄にすることになる。【7月11日 Newsweek】
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住民投票実施、クルド独立についてはイラク中央政府がどのように判断するかにもよりますが、トルコ、シリア、イランなどに多数暮らすクルド人の動向に影響する形で、現在の中東の国際秩序を根底からひっくり返すことにもなり、周辺国の強烈な反発を招くと思われます。

長くなってしまったので、シリアのクルド人問題についてはまた別機会に。
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