(ベルギーで販売される、一般医が患者の自宅で安楽死を行うための「安楽死キット」(2005年4月18日撮影、資料写真)【2016年9月18日 AFP】)
【イギリス 10か月の赤ちゃんの「尊厳死」】
高齢化社会の進行、延命“技術”の進歩もあって、治癒の見込みがない終末期医療の在り方、端的に言えば、いわゆる「死ぬ権利」をどのように社会的・法的に扱うかということは、日本でも今後大きな問題となっていくかと思います。
最初に言葉の整理をしておくと、「安楽死」と「尊厳死」については以下のように説明されています。
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尊厳死は、延命措置を断わって自然死を迎えることです。
これに対し、安楽死は、医師など第三者が薬物などを使って患者の死期を積極的に早めることです。
どちらも「不治で末期」「本人の意思による」という共通項はありますが、「命を積極的に断つ行為」の有無が決定的に違います。【日本尊厳死協会HP】
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いかにも手に余る重い話題を取り上げたのは、今日「死ぬ権利」の関する2件の記事を見たからです。
1件目は、イギリスで脳に損傷を負っている生後10か月の男児について尊厳死が認められた・・・という話題。
両親が延命を求めているのに対し、医師が裁判所に延命停止を求めて訴える・・・・という、日本的な“常識”からは想像しがたい側面がある話ですが、先ずは今日の記事の前提となる4月段階の記事から。
****英裁判所、8か月の乳児に尊厳死を認める判決 両親は治療継続を希望***
難病の「ミトコンドリア病」を発症し脳や筋肉に損傷があるため、生命維持装置なしでは生存できないと診断されている8か月の英国の乳児に対し、尊厳死を迎えさせるべきだと治療を担当する医師らが求めていた裁判で、2017年4月11日に英国の上級裁判所である高等法院が「尊厳死を認める」とする判決を下した。AFPやガーディアン紙など海外メディアが伝えた。
両親は米国での治療を希望しており、上訴する予定だという。
治療に意味がなければ尊厳死を認めるべきか
4月11日付のデイリーメールによると、乳児はロンドンにあるグレート・オーモンド・ストリート病院で治療を受けていたチャーリー・ガードちゃん。
治療を担当していた医師たちは現在検討できる治療法でチャーリーちゃんの脳の損傷を元に戻すことはできず、生命維持装置につながれたまま意識のない状態で延命を続けることになるため、装置を停止させ延命治療を終了させることを両親に提案していた。
しかし、両親は米国で研究中の治療法を試したいと主張し意見が対立。尊厳死を求める医師側が裁判所に訴え出たという。
高等法院は複数の専門家に聞き取りを行い、米国での研究者にも確認を行ったが脳の損傷を元に戻すことはできないとの結論に達し、「医学的な実験には有益かもしれないが、ひとりの人間には何の恩恵もなく死に至る時間を延ばすだけ」と判断。尊厳死を認めるとの判決を下したという。
両親ではなく裁判所がチャーリーちゃんの尊厳死の判断を下すことについては英国内でも議論となっており、判決を下したフランシス・ジャスティス裁判官は「両親は子どもの支配者ではなく常に最善と思える客観的な判断を下すべきだが、それが難しい場合は裁判所が判断する例もある」とコメント。
両親の代理人である弁護士は「少なくとも治療を試したうえで尊厳死の判断をすべきではないのか」と疑問を呈している。
英国では尊厳死を求める医師や医療機関が患者の家族から同意を得られない場合、高等法院に訴え出る例がある。【4月17日 J-CAST】
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医師が延命停止を拒み、家族が停止を求めて訴える・・・というケースならまだ想像しやすいのですが、今回のケースは逆です。医師側が延命停止を求めて訴え、両親の意思に反して裁判所が尊厳死を認めるというケースです。
“両親は、チャーリーちゃんを米国へ連れて行き、チャーリーちゃんが発症している型のミトコンドリア病の治験を受けさせることを希望していた。チャーリーちゃんの治療資金として、インターネット上で8万人以上から計120万ポンド(約1億6000万円)以上の募金が集まっていた。”とのことで、“裁判官から判決が下された瞬間に「ノー」という悲鳴が上がり、母親のコニー・イエーツさんと父親のクリス・ガードさんは判決が言い渡されている間、すすり泣いていた。”【4月12日 AFP】とも。
このケースに関し、欧州人権裁判所(ECHR)は2週間前、「適切な」治療を継続するようイギリス政府に命じる暫定的な判断を下していましたが、最終的にイギリス裁判所の判断を認めた・・・というのが今日の記事です。
****欧州人権裁判所、遺伝子疾患の赤ちゃんの「尊厳死」認める判断 英判決を支持****
欧州人権裁判所(ECHR)は27日、まれな遺伝子疾患を発症している赤ちゃんの延命治療を終わらせるべきとした英高等法院の判決をめぐり、最終的にこの判決を支持する判断を下した。
フランス北東部ストラスブールにあるECHRは2週間前、まれな遺伝子疾患を発症し、脳に損傷を負っている生後10か月の男児チャーリー・ガードちゃんに対し「適切な」治療を継続するよう英政府に命じる暫定的な判断を下していた。
一方でこれに先立ち、両親は治療のためにチャーリーちゃんを米国に連れて行きたいと希望していたが、英高等法院は「尊厳死」が認められるべきとの判決を下していた。
チャーリーちゃんの治療を行う英ロンドンの病院の広報担当者は「今日のECHRの決定は、とても困難な訴訟プロセスに終わりを告げるもので、当院が優先するのは、次の段階に向けた準備を行いながら、チャーリーちゃんの両親を可能な限りの支援を提供することだ」とコメント。
「急いでチャーリーちゃんの治療を変更する必要はないし、今後の治療計画について、慎重なプランニングと議論を行っていく」と述べた。【6月28日 AFP】
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このケースに関する記事以上の情報も、尊厳死に関する一般的知見もありませんので、“ノーコメント”で。
【アメリカの「死ぬ権利」 カリフォルニア州ブラウン知事の苦渋の判断】
もう1件の話題は、アメリカ・カリフォルニア州における「死ぬ権利」に関するもの。
具体的には、医師の処方する薬で命を絶つという“自殺ほう助”に関する記事です。
****「死ぬ権利」法で111人が絶命 米カリフォルニア州で施行後半年、「がん」が6割****
米カリフォルニア州で昨年6月に施行された安楽死や尊厳死をめぐる「死ぬ権利」法で、最初の半年間で111人が医師に処方された薬剤で命を絶ったことが27日、州当局が公表した資料で分かった。
同法は、病状末期(余命6カ月未満)と宣告され、正常な判断ができる状態の患者が、医師の処方する薬で命を絶つことを認めている。2人の医師の承認や患者が自筆で処方を求めることなどが条件。
州当局によると、昨年6月から同12月までに、患者191人が薬の処方を受け、111人が薬を使用した。21人は使用する前に死亡し、59人は不明という。
111人の年齢は60〜89歳が75.6%を占め、60歳以下は12.6%、90歳以上が11.7%だった。45.9%が男性。病名はがんが58.6%で最多だった。
同州で「死ぬ権利」法が成立したのは、2014年に末期の脳腫瘍で余命半年と宣告されたブリタニー・メイナードさん=享年29=の死がきっかけだった。
苦痛に耐え続けたが、最後は末期患者への医師による薬剤の処方が州法で認められていたオレゴン州に転居し、自ら死を選んだ。
この死をめぐり、全米で「死ぬ権利」議論が起き、カリフォルニア州のブラウン知事は熟慮の結果、法案に署名した経緯がある。【6月28日 産経】
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この件についても“ノーコメント”ですが、“59人は不明”というのは“それでいいのか?”という感も。
なお、2015年に法案を認めたカリフォルニア州ブラウン知事はキリスト教の神学校に通っていたそうで、その苦渋の決断については以下のようにも。
****安楽死・尊厳死を認める「死ぬ権利」法が成立 カトリックのカリフォルニア州知事はどう決断したのか****
アメリカ・カリフォルニア州で10月5日、安楽死・尊厳死を合法とする「死ぬ権利」法が成立した。同州のジェリー・ブラウン州知事がサインした。オレゴン、ワシントン、モンタナ、バーモントの4つの州に続き、安楽死・尊厳死を認める5番目の州となる。
法律は、末期患者が医師の処方で命を絶つ権利を法制化するもの。2人の医師から余命6カ月未満の宣告を受け、少なくとも15日後に要求書を作成するとともに患者自らが口頭で2回要請すること、そして自分で「死ぬ権利」の選択を決める能力があることが条件になる。
法案には、カトリック教会や障害者団体などが反対。9月11日までに同州議会で法案が可決されたが、カトリック教徒であり、キリスト教の神学校に通っていたブラウン知事が、法案に署名するかどうかに注目が集まっていた。
知事は決断までに数週間をかけ、「最後は、私自身が自分の死に直面した時に、どうしたいかを検討できるようにした」と告白。
「もし私が、長期にわたるる耐え難い痛みで死に向かっているときに、どうするかはわからない」と続けた。そのうえで、「この法律によって安心する人もいるだろうと思う。その権利を、私は否定しない」と述べた。(後略)【2015年10月6日 The Huffington Post 】
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【日本 厚生労働省ガイドライン】
安楽死、尊厳死に関する各国及び日本の状況については、以下のようにも。
*****死に方を選ぶ、尊厳死が合法な国と日本の状況。治療中止とリビングウィル****
尊厳死が認められている国
まず尊厳死の前に、薬を自分で飲む自殺幇助を含めた「安楽死」が認められている国はオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スイス、米国の一部だけ。かなり少ない事が分かります。
しかし、自殺幇助を除いた治療中止による「尊厳死」が認められている国はと言うと、米国全土・英国・デンマーク・フィンランド・オーストリア・オランダ・ベルギー・ハンガリー・スペイン・ドイツ・スイス・シンガポール・台湾・タイ・カナダやオーストラリアの一部となっており、実質的には欧米の殆どが尊厳死を認めていると言っても良いでしょう。
他にも法的に明文化していないだけで、尊厳死に近いものが認められている、黙認されている国は非常に多いです。
そもそも、尊厳死について真剣に考える機会があるのは医療制度が整っている先進国だけです。そうでない後進国などでは「医療費が払えない」というケースも多く、尊厳死以前に「自然な死を迎えるのが当たり前」という状態です。ある意味、尊厳死について議論出来るというのは非常に贅沢なのかもしれません。
安楽死については、安楽死が認められている国でも承認プロセスが非常にややこしく、気軽に安楽死が出来るような状態ではありません。
しかし、尊厳死については「治療を止める」だけですので、予め「リビング・ウィル」と呼ばれる尊厳死を望む宣誓書のようなものを用意しておけば、スムーズに尊厳死を迎えることができます。
尊厳死のプロセスはさほど難しくないので、日本の病院では心配だという方は海外の病院に入院することも検討してみるのも良いかもしれません。ですが、意外と知られていませんが、日本も捨てたものではないのです。
日本における尊厳死の状況
日本では、「尊厳死」が法的に認められるという状況にはありません。このため、日本で病気になったら植物人間のようにして生きるしか無いと思われがちです。しかし、これには誤解があります。
厚生省が2007年に発行した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」に、死に貧した患者に対する治療についての指針が示されています。
このガイドラインでは、本人・家族・医療チームによってきちんとした議論が行われていれば治療の中止を含めた判断を行えると明示されています。
さらに、患者本人の苦痛を和らげるような処置も可能な限り行えるとされており、「生命を短縮させる意図を持つ積極的安楽死は対象としない」と明示されているものの、苦痛を和らげる目的で投与した薬物によって死に至ってしまうケースは十分に起こり得ます。
これは意図せずして安楽死の形になってしまった「間接的安楽死」と解釈されますが、判例で認められた事例があり、ある意味でガイドラインの中に「安楽死に近いプロセスが可能な逃げ道が用意されている」という解釈もできるでしょう。
死を目的とした治療は行えませんので、「死なせて下さい」「わかりました」なんてやり取りは絶対に出来ません。しかし、「もっと痛みを和らげて欲しいです」「これ以上投与すると危険です」「それでもお願いします。耐えられません」「わかりました。ご家族と相談の上で考えてみましょう」というやり取りは可能なのです。
「死に方」についての議論はタブー視されているということもあり曖昧なまま放置されていましたが、結局日本では曖昧なまま逃げ道を作るという形で進めているのですね。
もちろん、これはただのガイドラインです。法的な免責事項などについては全く語られていませんので、このガイドラインを認識していない医師や参考にしていない医師もいるのですが、このガイドラインの発行以降は治療の中止によって医師が訴えられるというケースは激減しました。
全ての病院がガイドラインに従っているわけではないですし、終末期医療は医師の一存で決められるものでもありません。場合によってはひたすら延命を図る昔ながらの病院もあるはずです。
「安楽死させてくれますか?」なんて聞いても「大丈夫ですよ」と答えてくれる病院はありません。しかし、「十分な緩和ケアが受けられますか?」とか、「終末期医療の方針はどうなっていますか?」という質問であれば、きっと望む答えが返ってくるでしょう。
病院を選ぶ際にはこうした終末期医療の方針についても考えてみると良いかもしれません。【StoneWasher's Journal】
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法的な位置づけは曖昧な日本ですが、自分の「死に方」はともかく、家族・親族の「死に方」をどうするのか・・・という判断は、高齢者を抱えた家族が多い現状では、ごく日常的な問題にもなっています。
【ベルギー 未成年者の安楽死】
なお、上記のとおり、安楽死を法的に認めている国はまだ多くありませんが、ベルギーは2014年、医師による安楽死を未成年にも認める法律を施行。年齢制限がない点で世界初の法律とされています。隣国オランダも未成年の安楽死を認めていますが、12歳以上に限定しています。
そのベルギーでは昨年、17歳の末期患者が未成年者として初めて安楽死の処置を受けたことが報じられています。
****17歳の子どもが安楽死、未成年で初 ベルギー****
2014年に安楽死の年齢制限が撤廃されたベルギーで、17歳の末期患者が未成年者として初めて安楽死の処置を受けた。現地紙が17日、報じた。
ベルギーの日刊紙ヘットニウスブラットが報じたところによると、同国の安楽死を監督する委員会は、末期疾患に冒された子どもの例外的なケースと発表するにとどめ、未成年者の詳細について明かさなかった。
同委員会のウィム・ディステルマンズ委員長は同紙に「幸いにも、(安楽死の)検討対象となる子どもはほとんどいないが、だからといって、子どもが尊厳を持って死ぬ権利を認めないということにはならない」とコメントしている。
2014年の法改正以来、ベルギーは末期症状にあるいかなる年齢の子どもにも安楽死が認められている世界でただひとつの国となっている。ただし安楽死の処置を受けられるのは、意識があり、合理的な意思決定が可能な場合に限られる。【2016年9月18日 AFP】
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いずれの話題についても“ノーコメント”ですが、前出【StoneWasher's Journal】にもあるように、経済的事情あるいは社会的事情で、きわめて初歩的な治療すら受けられずに「自然な死を迎えるのが当たり前」という国が多い中で、“尊厳死について議論出来るというのは非常に贅沢なのかもしれません”と言う指摘には同意します。
もっとも、“内戦が続く中東のイエメンで、コレラの感染が急速に拡大し、国連はこれまでに1300人以上が死亡し、感染した疑いのある人も20万人を超えて最悪の状況に直面している”【6月26日 NHK】といった状況は、“自然な死”ではなく、“人類社会の犯罪による死”と言うべきでしょうが。