孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国  大反響を呼んだ大気汚染告発動画 一転、閲覧不可に

2015-03-09 22:03:34 | 中国

(動画「穹頂之下」で大気汚染と政府の無策を告発する柴静氏 【3月9日 zakzak】)

環境保護相も「尊敬に値する」】
PM2.5による大気汚染が深刻な中国で、全国人民代表大会直前に公開された企業や政府の無策を厳しく告発する動画が、「2日間で1億回を超える再生回数を記録」とネット上で注目を集めました。

****中国政府は無策」PM2.5問題、告発動画1億回再生****
中国で微小粒子状物質PM2・5を巡る問題を告発しようと、国営中央テレビの元記者が100万元(約1900万円)を投じて製作した動画が、ネットで1億回を超える再生回数を稼ぎ大きな話題になっている。

企業や政府の無策を厳しく批判し、成長一辺倒の国のあり方に疑問を投げかけた。

動画をつくったのは、国営中央テレビの有名記者・キャスターだった柴静さん。
「大空の下」と題したニュースの特集番組仕立てで、103分の力作だ。

1年ほど前に出産した長女に先天性の腫瘍(しゅよう)があり、大気汚染との関係も疑われたことから、中国を覆うPM2・5の原因と背景を探った。(中略)

先月28日に公開してから約1日で、再生回数が1億回を突破。環境保護相が「尊敬に値する」とコメントするなど、大きな反響を呼んでいる。【3月2日 朝日】
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柴静氏はCCTV(中国中央テレビ)在職中も環境問題では目立った活動を行ってきた女性で、長女の腫瘍という自身の降りかかった問題に突き動かされて、自費を投じて今回動画を作成したと言われています。

****記者として母として100万元を投じる****
・・・・柴静はもともと炭坑の町で大気汚染のひどい山西省出身で、CCTVに在籍中から大気汚染問題について積極的に取材していた。

なかでも「山西:断臂治汚」「塵肺患者人権調査」といった優れた番組のメーン取材記者として、2007年には優れた環境保護活動家に与えられる「緑色中国年度人物」に選ばれている。

2013年に中国で大きな問題となったPM2.5についても積極的に現場に飛び回り取材活動を行っていた。

ところが、この取材直後に妊娠が発覚。しかもおなかの中の娘は腫瘍を患っていた。生まれた直後に受けた手術は成功したが、彼女は娘の看病のためにCCTVを昨年初めに辞職した。

娘の病が大気汚染のせいではなかったかという疑問を消すことができなかったのが、この「穹頂之下」調査報告を始める最初の動機だという。(中略)

取材・制作は自費で、100万元を投じ、スタッフも友人らわずか十人ほどの協力を得ただけで約一年で仕上げたという。

CCTV時代の経験とコネを生かし、環境保護当局の協力も得て、関係省庁幹部や鉄鋼、石油企業幹部、学者たちのコメントもとり、現場の映像や定点観測写真、アニメなどでわかりやすくもドラマチックな構成で中国の大気汚染の問題の本質に迫っている。・・・・【3月4日 福島 香織氏 日経ビジネス】
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腐敗撲滅と環境問題の解決を一気に進めるために指導部が柴氏の告発を利用
上記福島氏の記事によれば、柴静氏の動画では以下のような事柄が取り上げられているそうです。

①汚染は以前からあり、当時は「霧」と表現されていた。
②肺がん死亡率と大気汚染度の分布は一致する。
➂大気汚染に慣れようとしても「適応」することはできない。
④PM2.5の6割は化石燃料の燃焼が由来。原因企業の多くが国が定める排気対策をしていないが、事実上、監査当局は見ぬふりをしている。
⑤低品質の褐炭を、しかも洗浄せずに使用していることで汚染が増大している。
⑥大気汚染の原因の一つは自動車 東京は人口の90%が地下鉄などの公共交通を利用しているのに対し、北京は人口の3~4割がマイカーを利用して移動している。
⑦排出ガス規制基準を満たしていないのに適合シールを貼った「ニセ車」が横行している。また、高品質ガソリン供給不足の背景にはいびつな中国石油業界と市場の問題がある。
⑧老朽化した貨物船や飛行機による汚染も深刻
⑨製鉄業では殆ど利益がでないにもかかわらず、大量の石炭を使って、大量の有害ガスを排出している。実は中国の鉄鋼企業の多くは政府からの大量の補助金を受け取って存続している「キョンシー(ゾンビ)企業」である。
⑩今後も石炭消費、自動車保有は増加し、中国の大気汚染は始まったばかりである。
⑪比較的きれいな天然ガス消費が増加しない背景に、中国石油を中心とするエネルギー企業の寡占問題がある。
【3月4日 福島 香織氏 日経ビジネス より】

一見すると痛烈な政府批判であり、中国でこうした動画が許容されるのか?とも思えるのですが、環境問題を重視して成長の質を高めていこうというのは習近平指導部の方向性とも一致するものです。

そうしたことから、政権指導部も政策遂行のためにこの動画を利用しようとしているのでは・・・との指摘もなされています。

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元女性キャスターが、記者として母として、使命感に駆られて私財を投じて制作した大気汚染調査報道の自己制作「公益動画」という体裁をとっているものの、内容的にみれば、環境保護当局の全面的な協力を得ており、矛先は主に習近平政権が「汚職退治」で徹底的に叩いた中国石油を中心としたエネルギー業界や、山西省の官僚、河北省の鉄鋼産業に向いている。

つまりは、習近平政権の権力闘争の方向性、国有企業改革という政策の方向性と一致しているわけである。

また、この「公益動画」が中国の両会(全国人民代表大会と全国政治協商会議=国会に相当)開幕直前に公開されたのは、両会のメーンテーマを「環境保護」と位置付けるためだという見方も多くの中国メディアで報じられている。

さまざまな利権と結びつく環境問題は、メスを入れようにも抵抗勢力が多いため、こうした「民間人の告発」による世論喚起の雰囲気づくりを狙った、というわけだ。【同上 3月4日 福島 香織氏 日経ビジネス】
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環境汚染の元凶として糾弾されている石油産業は、習政権の進める腐敗粛清運動で権力闘争の相手とされている周永康・前政治局常務委員の支持基盤でもあります。

****中国、PM2・5告発映像で美人キャスター大人気のウラ 習政権、反腐敗運動に利用か****
・・・・厳しい言論統制の中での勇気ある告発に国内外で称賛の声が相次ぐ一方、習近平政権の不穏な動きも見え隠れする。「映像の人気を国営企業改革や反腐敗運動に利用しようとしている」(専門家)というのだ。(中略)

中国共産党による一党独裁下では、報道の自由は著しく制限される。その状況下で、大気汚染を放置する政府批判を繰り広げた柴氏をたたえる声は多い。ただ、このフィーバーに違和感を覚える専門家は少なくない。

『チャイナ・セブン 紅い皇帝 習近平』(朝日新聞出版)の著書がある東京福祉大学国際交流センター長の遠藤誉(ほまれ)氏は、「中国のジャーナリズムの可能性をひらいたという人もいるが、的外れな意見だ。習政権は、一党支配体制を打倒しようとする民主活動家らに対して、より激しい言論弾圧を行っている。彼女の映像は体制批判どころか、むしろ政権の後押しになるものだ」と指摘する。

映像の話題を中国共産党の機関紙「人民日報」が取り上げ、公安当局も公開当初、視聴制限には積極的ではなかった。党が、柴氏の主張が広がるのを黙認していたとすれば、狙いは何なのか。

「法令を形骸化して私腹を肥やしてきた腐敗官僚が、大気汚染を深刻化させてきた。大気汚染の放置は腐敗官僚を野放しにすることと同義。腐敗撲滅と環境問題の解決を一気に進めるために柴氏の告発を利用したのだろう」(遠藤氏)

映像公開は、全人代の開幕直前に行われた。全人代期間中の7日には、陳吉寧環境保護相が、大気や水質などの汚染について「経済発展と環境保護の、人類史上未曽有の矛盾に直面している」と述べ、改善に向けた取り組みへの意欲を示した。

タイミングよく出された柴氏の映像が、腐敗撲滅の延長線上に、大気汚染問題の解決を据える党指導部を勢いづかせたとも言えなくもない。

拓殖大学海外事情研究所教授の富坂聰氏も「映像が党指導部に好都合な内容だったのは確か」と指摘し、こう続ける。

「大気汚染問題を解決するには腐敗官僚の撲滅とともに、彼らが握る国有企業の利権にメスを入れなければならない。党指導部は、すでにこの改革に手を付け始めており、2月に国有企業を代表する26社に対して秘密警察にあたる『中央巡視隊』の派遣を決めた。3月に入って査察も始まり、3カ月の間に不正を徹底的に洗い出す構えだ。査察結果で、かなりの血の雨が降ることが予想される。柴氏の映像は、その改革の正当性を追認する材料になる」【3月9日 zakzak】
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一転して閲覧できなくなった動画 当局の方針変更
大評判となった柴静氏の動画ですが、ここにきて一転して閲覧できない状態となっているそうです。
政権指導部としては動画が一定に役割を果たしたと判断した一方で、これ以上の政府批判垂れ流しは有害と考えたのでしょうか。「民間人の告発」はここまで、あとは共産党の施策で・・・ということでしょうか。

****ネットで大ヒットの大気汚染映画、動画サイトで視聴不可に 中国****
インターネット上で公開され、再生回数が1億5000万回を超える大ヒットとなった中国の深刻な大気汚染問題を告発するドキュメンタリー映画が、公開からわずか数日で閲覧できない状態となっている。

国営中国中央テレビ(CCTV)のニュースキャスターだった柴静氏が自主制作した「穹頂之下」は7日午後の時点で、「優酷」、「愛奇芸」など国内の主要な動画サイトのいずれでも視聴不可となっていた。

中国版の『不都合な真実』として称賛する人もいる全編103分のこの映画は、動画投稿サイトのユーチューブでは現在も再生が可能。ただ、中国ではユーチューブ自体が遮断されている。

先月28日にインターネット上に公開されてからわずか1日で中国本土での再生回数が1億5500万回を超えたこの映画が遮断されたことは、大気汚染問題に関する国民の声に中国共産党が敏感になっていることを改めて示すものだ。

また、中国当局はこの動画を国営の出版物や放送メディアに積極的に取り上げさせる方針をわずか数日前に示したばかりだったが、その方針が突然変わったことも意味している。【3月8日 AFP】
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ネットを上手に利用したつもりでも、いったんネット上で拡散した批判・不満はやがて指導部のコントロールをふりきって、政権の首を絞める・・・ということにもなりかねません。

本腰を入れる姿勢を強調する指導部だが・・・
対応を変えた中国指導部の意図は判然としませんが、指導部にとって環境問題が避けて通れない重要課題となっていることは確かでしょう。

****全人代2015)PM2.5「1割減」 さらに対策強化*****
深刻な状態が続く中国の大気汚染。北京で開かれている全国人民代表大会(全人代)では今年も主要テーマだ。

環境行政のトップである環境保護相が7日に記者会見し、今度こそ「解決」をめざす姿勢をアピールした。だが、規制強化は経済の減速に拍車をかけかねず、かじ取りは難しくなっている。

陳吉寧(チェンチーニン)環境保護相は7日の会見で、「私は中国の環境管理にとても自信を持っている」と語り、環境保護への投資を増やす考えを明らかにした。

排ガス対策で工場の設備改修や古い自動車の廃棄などを進めた結果、昨年の全国74都市の微小粒子状物質PM2・5の測定値を、前年より11・1%減らしたと説明した。

 ■専門家を大臣に
陳氏は環境問題の専門家で先月末、北京の名門、清華大学長から鳴り物入りで大臣に就任した。年齢は51歳。現職閣僚では最も若い。

習近平(シーチンピン)指導部には、陳氏の清新さと専門性をアピールし、環境悪化に対する国民の不満をやわらげる狙いがあるとみられる。

中国では2012年ごろから大気汚染が大きな社会問題となっている。今年の全人代でも、広東省代表の朱列玉弁護士が中国メディアの取材に「汚染源が国有の大企業だと、環境保護省が調査しようとしない」と批判。「全人代に環境報告を出し、反対が多ければ環境保護相は辞任するべきだ」とも語った。

不満の高まりを背に、李克強(リーコーチアン)首相は5日の政府活動報告で「環境汚染は、民生の患い、民心の痛みである」と表現した。

昨年の全人代でも閉幕後の記者会見で大気汚染に「宣戦布告する」と表明しており、2年連続で対策に本腰を入れる姿勢を強調した。

中国政府は今年1月、「史上最も厳しい」とされる改正環境保護法を施行。汚染企業に対する罰則や行政の権限を大きく強めている。

 ■道のりは険しく
環境改善への道のりは険しい。中国政府は今年の経済成長率目標を「7%前後」と3年ぶりに引き下げた。経済が減速し、経営環境が厳しくなるなか企業が排ガスを浄化するなどの環境対策費用を増やすことは簡単ではない。

環境分野でも官僚腐敗がはびこっているとされ取り締まりが適切にされるかどうかは不透明だ。

PM2・5は前年より減ったとはいえ、それでも高水準だ。北京では7日未明、測定値が一時、日本の環境基準の約9倍となる1立方メートルあたり約310マイクログラムを記録した。【3月8日 朝日】
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柴静氏の動画のにも指摘されているように、これまでは成長重視のなかで“事実上、監査当局は見ぬふりをしている”実態がありました。

このほど、環境保護政策を主管する中央官庁の環境保護部が、汚染企業を抱える地方政府と「約談」(日本で言うところの“行政指導”みたいなもの)を行い、その「約談」の模様がテレビで公開されたそうです。

****中国 環境問題を地方政府に 「丸投げ」する中央****
環境法制の整備と地方指導者の責任
(企業に対する)「約談」という行政行為は決して目新しいものではない。(中略)この時は行政指導とはいえ、発改委と企業の取引に近いものがあった。

しかし今回の「約談」は報道によれば、事前に環境保護部が調査を行い、市長ら責任者に企業の違法性を示すデータを示し、改善要求を提出し、両者のあいだで議事録を交わし、市長らに要求の実現を約束させるという大変厳しい行政指導であることが分かる。(中略)

「約談」の変化
企業への行政指導から地方政府への行政指導へ
これまでの「約談」は、中央官庁の企業に対する行政指導だったが、今回は中央官庁が地方政府に対し行政指導を行ったという点で大きな転換と言える。

(公開「約談」を放映した)「焦点訪談」のキャスターはこれを「『企業監督』から『政府監督』への転換である」と述べ、次のように解説した。

過去には環境保護部門だけが車を止めることに関わり、地方役人はアクセルを踏み込むことに関わる(成長重視―筆者注)だけだった。

現在では地方の政策決定者と環境保護部門がいっしょになって環境汚染に対し車を止めなければならない。

このような環境保護の新方式が功を奏すかどうかは現地の環境に対するガバナンスの効果を見なければならない。

約談はなお「口を動かす」ことにすぎず、真に環境保護問責メカニズムを実際に機能させなければならない。「手を動かす」必要がある。罰すべきは罰し、免除すべきは免除する。汚染に対するガバナンスは政府自らが責務を当然引き受けなければならない。(後略)【3月9日 WEDGE】
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こうした地方政府に責任を負わせる行政を“丸投げ”とも評している訳ですが、地方政府が“アクセル”だけでなく“ブレーキ”を踏むことも求められるようになれば、それは大きな変化と言えます。

当然、「地方経済の成長で大きな成果をあげれば出世できる」といった中央政府の地方評価基準の見直しも必要になります。
日本などでは、住民が選挙などを通じて評価する訳ですが、中国の政治システムにはその部分がありまあせんので。

ただ、環境問題を含めて国民の多様なニーズを党・中央政府が的確に判断できるかどうかには疑問があり、そこが中国の政治システムの基本的問題でもあります。

追記
****大気汚染抗議デモ参加者拘束=政府の責任追及―中国西安市****
中国陝西省西安市で8日、PM2.5など深刻化する大気汚染への政府の対応に抗議し、街頭でデモ活動を行った数人が公安当局に拘束された。支援者が9日、明らかにした。

中国では、国営・中央テレビを離職した著名女性記者・柴静さんが調査した大気汚染の実態に関するドキュメンタリー番組がインターネット上で公開され、市民の環境意識が高まっている。

デモにはマスクを着用するなどした約20人が参加。「政府に責任がある」「健康被害を招いている」と追及するプラカードを掲げた。拘束を受け、支援者はネット上で釈放を求める声を上げている。【3月9日 時事】
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