孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

北朝鮮  拉致被害者らの再調査受け入れを巡る東アジア情勢

2014-05-30 22:40:09 | 東アジア

(北朝鮮のソン・イルホ大使 日本側の発表は「合意した内容そのままだ」としたうえで、「関係改善の雰囲気を作るためには、双方が役割を果たすことが重要だ」と述べました。【5月30日 TBS Newsi】)

北朝鮮は日本を苦境から抜け出す“突破口”とみなした
北朝鮮が拉致被害者らの再調査を受け入れた件については、詳しく報じられているところです。

北朝鮮側がこれまで「解決済み」としていた拉致問題に関して再調査を受け入れた背景としては、張成沢氏処刑以降の親中国派粛清で中国との関係が悪化していること、農業生産も干ばつで苦しい状況にあることが指摘されています。

****日朝合意 北転換、日本を突破口 焦り…制裁の即時緩和要求****
北朝鮮が日本政府の要求に応じ、拉致被害者らの再調査を受け入れた。北朝鮮はその見返りに、対北制裁の「即時緩和」を強く求めており、経済の立て直しが急務の金正恩(キム・ジョンウン)政権の“焦燥感”がうかがえる。

日朝合意文書によると、北朝鮮側はこれまで「解決済み」としていた拉致問題に関し、「従来の立場はあるものの」と断った上で再調査を受け入れた。体面を重視する北朝鮮としては異例の表現といえる。

また、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部ビルの競売問題についても、3月末以降の日朝局長級協議で北朝鮮の宋日昊(ソン・イルホ)・朝日国交正常化交渉担当大使が繰り返し「解決」を要求してきたことを考えると、日朝合意文書に盛り込まれた「在日朝鮮人の地位に関する問題は誠実に協議することとした」との文言はあまりに弱すぎる。

北朝鮮では昨年12月の張成沢(チャン・ソンテク)氏処刑以降、経済的な後ろ盾だった中国との関係悪化が伝えられる。中朝貿易額は今年2月に入って前月に比べ5割近くも激減。

韓国の専門家は、中朝貿易で主要な役割を担ってきた張派粛清の余波が表れだしたとみている。原油も1~3月の中国からの供給がストップしている状況が中国の統計などから分かった。

農業についても北朝鮮メディアは今月、穀倉地域のある西部で「数十年ぶりの深刻な干魃(かんばつ)」と伝えた。

こうした中、北朝鮮は日本を苦境から抜け出す“突破口”とみなしたと考えられる。

ただ北朝鮮の権力構造は朝鮮労働党、国防委員会、朝鮮人民軍などに分かれ一貫した対日外交が続くかは不透明な側面もある。実際、正恩体制下の2012年2月、食糧支援で米国といったん合意したものの、長距離弾道ミサイル発射を強行した経緯がある。【5月30日 産経】
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ただ、日本の制裁一部解除で北朝鮮の経済がすぐにどうこうなるものでもなく、“北朝鮮には、安倍政権との接近で米韓を揺さぶる狙いがあるとの見方”もあるようです。

****北朝鮮 孤立と食糧難、打開狙う****
北朝鮮は拉致問題の再調査で制裁の一部解除を手にする一方、実際の狙いは孤立した現状を打破することにあるとみられる。

経済建設と核開発の「並進路線」を続ける北朝鮮だが、経済は決して順調ではない。金正恩(キムジョンウン)第1書記は今年1月の「新年の辞」で、「農業に全ての力を集中すべきだ」と強調していたが、2月中旬からの干ばつで、麦やジャガイモに被害が出ていると伝えられる。4月の最高人民会議では、石炭が不足して電力供給に支障が出たり、病院では医薬品が不足したりといった報告もあった。

今回の合意には、人的往来や北朝鮮籍の船舶の日本への入港禁止措置を一部解除する内容が盛り込まれた。実現すれば医薬品など必要な物資が一定量、北朝鮮に渡る。さらに、「適切な時期に人道支援の実施を検討」とされており、経済の困窮の裏返しとも言える。

とはいえ、これだけで北朝鮮の経済や暮らしが一気に良くなるわけではない。
そもそも北朝鮮経済は中国に深く依存しており、日本から北朝鮮への輸出は、制裁前の2005年でわずか69億円に過ぎなかった。09年の核実験で全面禁止となった北朝鮮への輸出については、今回の制裁解除の対象に入っていない。

むしろ、北朝鮮には、安倍政権との接近で米韓を揺さぶる狙いがあるとの見方がある。
北朝鮮の朝鮮中央通信は29日、安倍首相の発表に合わせて合意内容を報道し、「金正恩体制の本気度」(北朝鮮関係者)をアピール。韓国政府関係者は合意について「韓米日の連携を乱し、孤立した局面の打開に成功した」と指摘する。

ただ、北朝鮮は核とミサイルの挑発をやめる気配はなく、仮に核実験を強行したり、弾道ミサイルを発射したりすれば、安倍政権は米国、韓国とともに非難し、追加制裁を科さざるを得ない。その場合、北朝鮮は再調査を打ち切る可能性もある。北朝鮮関係筋は「平壌は安倍首相が米国と韓国にどう向き合うか注目している」と話す。【5月30日 朝日】
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もっとも、“北朝鮮にとって、拉致問題は「人道問題ではなく、日本からの経済支援を引き出す最大のカード」(別の日本政府関係者)。核やミサイル問題を脇に置き、拉致問題の解決だけで、国交正常化で想定されるような巨額の経済支援を迫ってくる可能性は極めて高い。”【5月30日 朝日】というように、経済的苦境にある北朝鮮側が今後要求を拡大させてくることも考えられます。

中国:韓国をより緊密な協力パートナーに選びたい
“安倍政権との接近で米韓を揺さぶる狙い”ということに関しては、むしろ関係が冷え込んでいる中国を牽制する狙いがあるようにも思えます。

北朝鮮が核問題などで中国のコントロールを素直に受け入れないこと、更には北朝鮮内部での親中国派の粛清という事態に、中国は前出【5月30日 産経】にもあるように北朝鮮へ厳しい対応に出ています。

更に、中国は韓国との関係を強めています。

****北朝鮮の核は不要」=対日は話し合わず―中韓外相****
中国の王毅外相は26日、ソウルの韓国外務省で尹炳世外相と会談した。韓国側によると、両外相は北朝鮮の核兵器は不要であり、開発を進展させないため、意味のある対話の再開が必要との認識で一致した。

韓国政府関係者によれば、会談では日中韓3カ国の協力の重要性を確認したが、歴史問題などでの日本への対応は話し合わなかった。

王外相は冒頭、「地域情勢や国際情勢に深刻な変化が起きているので、韓国をより緊密な協力パートナーに選びたい」と強調。4回目の核実験強行の構えをちらつかせる北朝鮮をけん制した。

尹外相は「(会談は)北朝鮮の核は不要との明確なメッセージを送るいい機会だ」と語った。【5月26日 時事】
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「地域情勢や国際情勢に深刻な変化が起きているので、韓国をより緊密な協力パートナーに選びたい」・・・・文字どおり解釈すれば、中国が「血の盟友」と言われ続けてきた北朝鮮を切り捨てることもありうるともとれます。

****血の盟友」中国が韓国に接近****
(北朝鮮が日本との交渉に前向きになった)その理由には、北朝鮮とともに朝鮮戦争で一緒に戦い、「血の盟友」と言われ続けてきた中国が昨年以来、韓国に急激に接近していることが挙げられる。

中国の王毅外相は今週初めに、韓国を訪問し、朴槿恵大統領や尹炳世外相と会談、中韓関係について「これまでで最良」との認識を示した。

王毅外相は、年内に予定されている習近平・中国国家主席の初の訪韓日程についても調整したと報じられている。日本との歴史問題をめぐって、中韓が共闘を強めていることは読者もよくご存じだろう。

こうした中韓の親密ぶりが北朝鮮に強いプレッシャーを与えていることは間違いない。北朝鮮にしてみれば、その対抗策として、譲歩覚悟で日本に接近している。

特に韓国に対し、頭ごなしで日本と交渉することは、イライラや出し抜け感を募らせる北の有効手段となっている。
では、中国はなぜ、韓国に接近しているのか。

その理由としては、中国が経済的に韓国との相互依存を深め、かりに将来、韓国主導で朝鮮半島が統一されても、統一朝鮮が反中にはならないとの判断に傾いていることがあるとみられる。

また、米中がお互いの利益を尊重する協調主義的な「新型大国間関係」を強め、中国は米国に対しての自信を強めている。今や太平洋の東半分と西半分の「棲み分け」を米国に提案するくらいだ。

そんな中、自信あふれる昨今の中国にとっては、米韓に対する緩衝地帯(バッファーゾーン)としての北朝鮮の戦略的価値が低下しているとみられる。(後略)【5月30日 東洋経済】
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中国国内では、朝鮮半島は北朝鮮でなく、韓国でもいいじゃないか・・・という議論が以前からあります。
そうは言っても「血の盟友」の関係だから・・・というのが、これまでの常識でしたが、“地域情勢や国際情勢の深刻な変化”で、そのあたりも変わってくるのでしょうか。

韓国に接近する中国、日本と交渉を開始する北朝鮮が、互いに相手を牽制しているようにも見えます。

北朝鮮との交渉に乗り出した安倍総理の“賭け”がうまくいくかどうかも、“地域情勢や国際情勢”次第です。
“調査”と言っても、北朝鮮は拉致被害者の情報は管理しているでしょうから、あとはどのタイミングで出すか・・・というだけです。

韓国:韓米日の対北朝鮮協調への悪影響を懸念する声が少なくない
一方、韓国の反応は微妙ですが、“韓国政府内では韓米日の対北朝鮮協調への悪影響を懸念する声が少なくない”とも報じられています。

****日朝合意に複雑な心境 韓米日協調への影響懸念=韓国****
北朝鮮と日本が29日発表した日本人拉致問題の再調査合意と調査開始後の日本による独自制裁の一部解除について、韓国政府は朝鮮半島情勢への影響を注視しているようだ。

日朝合意発表から約5時間後に韓国政府当局者が表明した政府の立場は、人道的な次元で日本人拉致問題に対する日本の立場を理解するとしながらも、北朝鮮の非核化問題に関しては対北朝鮮協調を持続させる必要性を強調するものだった。 

北朝鮮では4回目核実験を準備する動きが観測されている。こうした微妙な状況で日本が拉致問題の解決を理由に北朝鮮との関係改善に向かおうとしていることに、韓国政府内では韓米日の対北朝鮮協調への悪影響を懸念する声が少なくないとされる。

韓国政府は、日本の発表直前に外交ルートを通じ合意内容を知らされたもようだ。合意内容そのものはおおむね予想されていた水準だが、突然の妥結と合意発表のニュースに当惑した。そのため、韓国が日本に「不意打ち」を食らったのではないかという指摘も一部で出ている。

韓国はこれまで、「日本人拉致問題など日朝協議も北朝鮮の核・ミサイル問題と同様に、韓米日間の緊密な意思疎通と協議の下で対応すべきだ」と強調してきた。

外交の専門家からは「北朝鮮核問題が大変微妙な時期での日朝合意が、国際協調、韓米日協調の弱体化につながらないことを願う」との意見もある。

北朝鮮核問題の解決に向け国際的に団結すべき重要な時期での安倍内閣の独断行動に、韓国政府は心中穏やかでない。ある政府筋は「日本の北朝鮮制裁は拉致問題でなく、北朝鮮の核・ミサイル問題に対し取られた措置」と指摘した。核・ミサイル問題に進展がない状態で北朝鮮制裁が緩和されることを警戒する発言といえる。

政府内では、北朝鮮が拉致問題に対する日本の高い関心を利用して対北朝鮮協調を乱し、さらには経済的な支援を得る思惑で合意したのではないかとの分析がある。

別の政府筋は、北朝鮮としては制裁が大きく緩まることはなさそうで、むしろ日本のほうが国内の政治状況もあって積極的に動いたのではないかと話している。

一方、北朝鮮は今回、対話に向けたシグナルを明確にしておらず、この合意に対話攻勢が伴うとみるのは難しいとの分析が多い。

日朝合意が今後実質的な関係改善に進展するかについても、韓国政府内では慎重な意見が多い。拉致問題に対し双方の立場に隔たりがあり解決が容易でない上、日本の独断的な行動に米国などが歯止めをかけようとする可能性もあるためだ。

韓国だけでなく米国も、北朝鮮核・ミサイル問題という枠組みの中で拉致問題も進展させる必要があるとの立場だ。
ある北朝鮮問題の専門家は「究極的には日本も、北朝鮮核問題の進展がないまま拉致問題だけを進めることはできないだろう」との見解を示した。【5月30日 聯合ニュース】
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北朝鮮との交渉では、これまでのいろんな経緯はありますが、今の段階では北朝鮮側もその気があるように思えます。

ただ、前出【5月30日 朝日】にあるように、“北朝鮮は核とミサイルの挑発をやめる気配はなく、仮に核実験を強行したり、弾道ミサイルを発射したりすれば、安倍政権は米国、韓国とともに非難し、追加制裁を科さざるを得ない。その場合、北朝鮮は再調査を打ち切る可能性もある。”という状況次第のリスクがあります。

“追加制裁を科さざるを得ない”とありますが、“北朝鮮が再び軍事挑発に出た場合にどう対処するのか、日本政府は明確な方針を持っていない。”【5月30日 朝日】のが実情でしょう。

“ウクライナ情勢をめぐって批判が集まるロシアへの接近をやめない安倍外交が米欧の懸念を呼ぶなか、日朝の急接近はさらなる日本外交への不信をかき立てる危険も帯びている。”【同上】という懸念も指摘されています。

そういうリスクはありますが、決断にはリスクはつきものです。
安倍政権の国内政策をすべて是とするものではありませんが、外交において決断を下した指導力は評価に値するものでしょう。
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