孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

パキスタン  チョードリー最高裁長官、国民和解令の無効を決定 大統領窮地に

2009-12-18 22:21:36 | 国際情勢

(写真右側の男性がチョードリー最高裁長官 07年3月9日、ムシャラフ大統領(当時)の陸軍参謀総長兼務やその政治手法に批判的だったチョードリー長官に対し、ムシャラフ大統領が最高裁長官の職務停止を宣言 以来、パキスタンの政治は彼の解任・復職を軸に揺れ動いてきました。
“flickr”より By chief_justice_mg4
http://www.flickr.com/photos/jaanisaarovcj/2604130116/)

【国民和解令は無効】
パキスタン最高裁は16日、チョードリー最高裁長官が主任判事を務める形で、ザルダリ大統領と政府高官らの訴追を免除してきた国民和解令(NRO)を無効とする決定を下しました。

“NROは2007年10月、民主的な選挙を実施し、約8年間におよぶ軍政を終わらせるよう求める国際社会の圧力を受けた当時のムシャラフ大統領が、ザルダリ現大統領とその妻の故ベナジル・ブット元首相が選挙に立候補できるように出したもの。ブット元首相はその2か月後の07年12月に暗殺された。マリク内相やムフタル国防相ら30人あまりの主要政治家を含む約8000人がこの和解令のもとで保護されてきた。
殺人、着服、権力の乱用、数百万ドル(数億円)相当の銀行貸付の踏み倒しなど3478件の事件が国民和解令の対象になっていた。最高裁の決定を受け、国民和解令の対象となったすべての事件は07年10月5日時点の状態に戻り、法的手続きが自動的に再開されることになる。
ザルダリ氏のパキスタン人民党は08年の選挙に勝ち、同国は民政復帰を果たした。NROは前月末に期限が切れたが、PPPは国民和解令の更新に必要な支持を議会で得ることができなかった。
NROによって汚職が増え、犯罪者が法の裁きを逃れているとして、弁護士や活動家らがNROに反対していた。【12月17日 AFP】

パキスタン民主化運動の象徴的存在で、国民から圧倒的な支持を受けるチョードリー最高裁長官とムシャラフ前大統領の確執、長官の解任・復職を軸として動いてきたパキスタンの政局、長官復職が意味するザルダリ大統領の危機などについては、8月3日ブログ「パキスタン 復職したチョードリー最高裁長官の違憲判断で政局流動化のおそれ」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090803)などで取り上げてきたところです。

今回の最高裁判断によって、ザルダリ大統領が関与したとされる総額15億ドルの7件の汚職罪の審理再開が可能となりました。
その内容は、90年代のブット政権時代、首相公邸に公費でポロ競技場を建設し、私的に使用した▽脱税目的で資産を隠匿した▽金銀取引に公金を流用し、国に損失を与えた▽スイス企業からリベートとして725万ドルを得た--などです。
ザルダリ大統領は、妻のブットが首相のときに政府の契約に関連し、その額の10%のリベートを要求するとのことで「ミスター10%」とも呼ばれていました。

【大統領の求心力低下】
最高裁決定を受け、最大野党「イスラム教徒連盟ナワズ・シャリフ派」など野党勢力幹部は17日、「大統領は辞任すべきだ」と弾劾手続きの開始を示唆しています。辞任要求は与党連合内でもくすぶり始め、ザルダリ氏を支援することでパキスタンでの対テロ戦を強化してきたアメリカは、戦略の大幅な見直しを迫られそうな事態となっています。

****パキスタン:野党、大統領の弾劾示唆 最高裁が免罪破棄*****
最高裁命令に関し、大統領府は17日、「何の問題もない」と辞任を否定。だが、首相府は「命令を尊重する」と、審理再開を求める姿勢を見せ、立場の違いを浮き彫りにした。
(中略)
和解協定で公民権を回復し大統領に就任したザルダリ氏だったが、同協定に反発するチャウダリー氏の復職を拒み続け、野党勢力や与党の一部からも反発は高まっていた。
ザルダリ氏は、ムシャラフ氏が対テロ戦遂行を理由に拡大した大統領権限を維持し、対米協力路線を強化。オバマ米政権も「パキスタンの民政支援」をアフガニスタン新戦略に掲げるとともに、無人機を使ったミサイル攻撃を拡大。これにキヤニ陸軍参謀長らパキスタン軍部は「主権無視」と反発している。
オバマ米政権がパキスタンに軍事作戦強化を求めた結果、爆破テロも相次いでいる。国民の間にはザルダリ氏への批判とともに、対米協力の転換を求める声が強まっている。
審理が再開されれば、ザルダリ氏が政治的求心力を失うのは確実で、「アフガンの安定にはパキスタンの協力が不可欠」とみるオバマ政権の新戦略は大きく狂うことになる。【12月17日 毎日】
**************************

“首相府は「命令を尊重する」と、審理再開を求める姿勢を見せ”ということで、ギラニ首相など与党幹部は、与党内の基盤の弱いザルダリ大統領を突き放しているようにも見えます。

【国軍の動向】
更に、注目されるのが軍部の動向です。ムシャラフ前大統領と違って文民出身のザルダリ大統領は軍部には全く基盤がありません。
アフガニスタンでの戦闘に関連して、国軍の政治介入排除を要求するアメリカ、そのアメリカに追随するザルダリ政権、アメリカのパキスタン領内での無人機攻撃の拡大、アメリカに協力してタリバンと絶縁することはアフガニスタンでの影響力を失うことになること・・・などに軍部は反発を強めています。
今回事態で、軍によるクーデターの噂も取り沙汰される混乱が起きています。

****パキスタン:ムフタル国防相の出国差し止めか 恩赦無効で****
米CNNは17日、駐英パキスタン高等弁務官の話として、中国訪問に出発しようとしたパキスタンのムフタル国防相が同国の空港で出国を差し止められたと報じた。
パキスタン最高裁は16日、政治家や官僚らの刑事事件に恩赦を出した大統領令を無効とする判断を下しており、出国差し止めは事件捜査のためとみられる。ムフタル氏も恩赦対象となった一人。
高等弁務官はCNNに対し、最高裁が軍部の影響下にある可能性を指摘した。パキスタンの駐米大使は、クーデターの可能性について「そうではないことを願う」と語った。【12月18日 毎日】
**************************
パキスタンの大統領報道官も18日、「クーデターは起きていない」と噂を否定しています。

【厳しさを増すアメリカとの関係】ただ、アメリカとの今後の厳しい関係を示唆するような事態も報じられています。
****パキスタン:米外交官などにビザ更新せず 嫌がらせ戦略か****
パキスタンでテロ対策や経済復興にあたる米国の外交官、民間業者ら数百人分のビザ(査証)について、パキスタン政府による発給や更新が滞る事態が続いている。米国務省のウッド副報道官は17日、パキスタン側の意図を「不明」と語ったが、反米感情を持つパキスタン軍や情報機関の一部が加担した「嫌がらせ戦略」と米メディアは報じている。パキスタンの安定と協力が必要な米国のアフガニスタン新戦略に、深刻な影響を及ぼす可能性が出てきた。
副報道官は、ビザの発給・更新の遅延は数カ月続いているとして、「重大な懸念」を表明。「パキスタン側も懸念をよく分かっているはず」といら立ちを隠さなかった。

アフガンで活動する武装勢力タリバンは、拠点をパキスタン側の国境地域に置いており、米国はパキスタンに掃討強化を要請。またテロの土壌となる貧困の改善やザルダリ政権のてこ入れのため、5年間で計75億ドル(約6700億円)の民生支援も決定した。
だが、パキスタン軍は情報機関(ISI)が歴史的にタリバンと深い関係があり、米国の支援についても、軍部の政治介入を排除する「内政干渉」として反発。米国の無人偵察機による武装勢力掃討で民間人犠牲者が出ていることも、パキスタン国内の反米感情を増大させている。(中略)
副報道官は「パキスタン側と事態打開に向けて協議している」と説明。「とても高いレベル」として、クリントン長官が関与している可能性を示唆した。【12月18日 毎日】
**************************

【予想された事態】
ザルダリ大統領が今後の審理で「有罪」とされた場合でも、現職大統領の任期満了を保証している憲法規定によって、即時免職はありません。ただ、国会が弾劾手続きを始める可能性があります。【12月17日 毎日より】
軍のクーデターすら噂されるような不穏な情勢、強まる野党からの辞任要求、大統領弾劾の可能性、悪化するアメリカとの関係・・・今回の最高裁決定は、これまでイスラム武装勢力とアメリカの板挟みで“テロ地獄”に陥っていたパキスタンの政情を激しく揺るがし、アメリカの新戦略にも影響します。

ただ、こうした事態は“脛に傷ある”「ミスター10%」が大統領になった時点で懸念されていたことであり、特に、今年3月にシャリフ元首相などの野党勢力や司法関係者の圧力でチョードリー氏が最高裁長官に再度復職した時点で、ほぼ予想されていたことでもあります。
ギラニ首相など与党幹部、キヤニ陸軍参謀長らパキスタン軍幹部、シャリフ元首相などの野党勢力、更にはアメリカ・クリントン長官など関係者は“おり込み済み”のところかとも思われます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする