孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

パキスタン  復職したチョードリー最高裁長官の違憲判断で政局流動化のおそれ

2009-08-03 21:33:38 | 国際情勢

(5月6日 クリントン米国務長官を挟んで、アフガニスタンのカルザイ大統領(左)とパキスタンのザルダリ大統領(右) ザルダリ大統領はこの訪米中のインタビューで、アメリカの議員からザルダリ大統領の指導力を疑問視する声が高まっていることについて、「パキスタンが崩壊することはない。パキスタンの人口は1億8000万人で、これは反政府勢力とは比較にならないほど多い」と語っていました。
しかし、大統領自身の正当性についての疑問が表面化しそうな状況です。
“flickr”より By U.S. Department of State
http://www.flickr.com/photos/statephotos/3582696771/)

【ムシャラフ前大統領 死刑か終身刑の可能性も】
パキスタンは、アメリカのアフガニスタン戦略の要の位置にありながら、極めて不安定な情勢が続いています。
北西部でのイスラム原理主義武装勢力との戦い、民間人犠牲者の増加、大量の避難民、国民に根強い反米感情、国内での爆弾テロ、与野党の対立、ムンバイ同時テロで悪化したインドとの関係・・・・問題山積です。
そんなパキスタン政局が、更に大きく揺さぶられることになりそうです。

パキスタン最高裁判所は7月31日、07年11月にムシャラフ前大統領が発令した非常事態宣言を違憲と判断し、宣言下で発令された暫定憲法や判事の解任などすべての大統領令を無効としました。
この最高裁判断は、非常事態宣言でムシャラフ前大統領から解任され、その後、司法勢力と野党の激しい要求にザルダリ大統領が屈する形で、今年3月に復職が認められたチョードリー(チャウダリー)最高裁長官が主任判事を務めています。

最高裁はムシャラフ氏を訴追するかどうかの判断を国会に委ねたため、今後、ムシャラフ前大統領の処遇を巡る党派間論争が活発化し、政局が流動化することになりそうです。
もし、議会が憲法に基づいてムシャラフ前大統領に反逆罪を適用すれば、死刑か終身刑に処される可能性がありますが、一方で、ムシャラフ前大統領を有罪とすることに軍が反発する可能性もあります。

しかし、問題はムシャラフ前大統領の処遇にとどまりません。
ムシャラフ政権時の国民和解協定(07年10月制定)によって汚職罪を無罪とされて政界へ復帰したザルダリ大統領の正当性にも大きくかかわってきます。

****パキスタン:07年の非常事態宣言は違憲 最高裁が判断*****
チャウダリー最高裁長官は、ザルダリ大統領やブット元首相(07年12月暗殺)らの汚職罪を無罪とした、ムシャラフ政権の国民和解協定(07年10月制定)も違憲とみなす一方、ザルダリ氏が持つ強大な大統領権限を保障する現憲法(02年改正)にも反発しているとされる。このため、ザルダリ氏の与党「パキスタン人民党」は、最高裁の出方を注視しつつ、議会対応を図るとみられる。

一方、全国的な抗議デモでチャウダリー氏の復職をザルダリ氏に認めさせた、シャリフ元首相の「イスラム教徒連盟ナワズ・シャリフ派」は、ムシャラフ氏の訴追を強硬に求める方針。シャリフ氏は99年10月、ムシャラフ氏のクーデターで政権を追われたが、最高裁は今年7月、クーデターへの対抗措置に関するシャリフ氏の有罪判決を破棄し、無罪とした。
公民権を回復したシャリフ氏は、下院議会の補欠選の早期実施を政府に求めており、人民党との駆け引きが水面下で活発化しそうだ。これに対し、ムシャラフ氏を支持した「ムータヒダ民族運動」は、同氏の訴追に難色を示すとみられる。

だが、反米世論の強いパキスタンでは、米国に協力して対テロ戦を開始したムシャラフ氏への反感は根強く、同氏を擁護する国民は少ない。
ムシャラフ氏は現在、英国などで生活している。今回の審理は6月に南部カラチの弁護士らの上訴で開始した。ムシャラフ氏側は出廷せず、答弁書も提出しないまま結審した。【8月1日 毎日】
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【揺らぐザルダリ大統領の正当性】
チョードリー最高裁長官の復職が、ザルダリ大統領の政治基盤を揺るがすことになる・・・ということは、復職当時から予想されていたことです。
だからこそ、ザルダリ大統領は復職に反対したのですが、結局シャリフ氏らの与党勢力と司法勢力に押し切られ、これを認めるところとなりました。

一方、シャリフ元首相については、7月17日に最高裁は、99年10月にシャリフ首相(当時)がムシャラフ陸軍参謀長(同)の乗っていた旅客機の着陸を禁じたとされる事件に関して、「証拠不十分」を理由にシャリフ元首相の有罪判決を破棄しています。
シャリフ元首相は公民権を回復し、下院補欠選挙に立候補する見通しです。
国民的人気の点では、ブット元首相を凌ぐとも言われていたぐらいですから、今後のパキスタン政局を左右する存在になりそうです。
また、ギラニ首相などの人民党幹部や軍首脳部がどこかの時点でザルダリ大統領を見限る・・・という展開もありえます。

【チョードリー最高裁長官】
それにしても、ここ数年のパキスタン政局におけるチョードリー最高裁長官の存在は極めて大きなものがあります。
政局は彼を軸に揺れ続けたとも言えます。
ムシャラフ前大統領の政権を揺さぶったのもチョードリー最高裁長官でしたが、今また、ザルダリ政権も彼の判断で追い詰められることにもなりかねない状況です。

かつて陸軍参謀総長を辞任したムシャラフ大統領(当時)は、「彼の背後には巧妙に仕組まれた陰謀がある可能性がある。こうした陰謀が行政トップの機能と議会の独立性に負の影響を及ぼした」と、チョードリー長官に対する激しい不満を語っています。

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兼務していた陸軍参謀総長を十一月二十八日に辞任し、四十六年ぶりに文民となったパキスタンのペルベズ・ムシャラフ大統領は会見で、この数カ月間、自らの政権基盤を揺るがしつづけ、いまや民主化運動の象徴的存在となったイフティカル・モハマド・チョードリー前最高裁長官(五九)に対する不満をぶちまけた。
「前長官は民主化への移行プロセスを脱線させようとしている。彼の背後には巧妙に仕組まれた陰謀がある可能性がある。こうした陰謀が行政トップの機能と議会の独立性に負の影響を及ぼした」。ムシャラフはこう語り、チョードリー前長官が政府との対決姿勢をとったために、自ら進めようとしていたパキスタンの「本当の民主化」が潰されそうになっていると非難した。

実際には、チョードリーは十一月三日の非常事態宣言とともに最高裁長官をクビになり、事実上の自宅軟禁状態にある。
だが、チョードリーを更迭し、政権寄りの長官を指名したことが、憲法を停止してまで自らの再選を可能にしたムシャラフ大統領の正統性に疑義が寄せられる最大の理由となっていることに変わりはない。
 
パキスタンが政治的危機に陥ったのは、二〇〇七年三月九日、ムシャラフの陸軍参謀総長兼務やその政治手法に批判的だったチョードリーに対し、ムシャラフが最高裁長官の職務停止を宣言したことに端を発している。国内外からは猛烈な非難が起き、七月、ムシャラフはチョードリーを復職させざるを得なかった。だが四カ月後の十一月、ムシャラフはチョードリーを再度解任。軍籍を維持したまま十月に大統領として再選(国会議員と四州議会議員による投票)されたのは憲法違反であるとの判決を最高裁が下すことへの恐れからだった。(後略)【新潮社 フォーサイト 08年1月 より】
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司法が強権的に与党を解党させるような事態はタイやトルコでも見られますが、そうした多くのケースでは司法判断は特定の政治勢力や軍の意向を代弁したものでもあります。
パキスタンの場合、司法が大きな力を行使しているという以上に、民主化運動の象徴的存在としてのチョードリー最高裁長官に対する司法界・国民の支持というカリスマ性に特色があります。
ムシャラフ前大統領やザルダリ現大統領にとっては、はなはだやりにくい環境でもあります。

コメント
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