銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

後藤健二さんの再婚も、例の初婚も、伊藤玄二郎が裏で、采配をしたお見合いであろうと、私は考える。それは、新しい形の政略結婚だ

2016-10-13 11:54:25 | 政治

  この一文は、14日の夜9時半まで、総タイトルを、『鎌倉付属小・2年の男の子たちは、どうして、共感性とか、想像力が欠けているのだろうか?』としておりました。が、実際には、その部分まで到達をしていませんでしたので、総タイトルを変更いたしました。

副題1、『子供って誰にとっても、大切でしょう?』

 瓜食めば、子らのしのばゆ・・・・という有名な短歌があります。地方の官僚として転出して行った、大伴家持が、おいしい瓜を食べた時に、都に残してきた、子供たちを思い出すという話です。

 ところでそちらのエピソードは、人間の子供の話ですが、これから猫の話に入っていきます。今朝草取りをしていた時に、禾本科の雑草が、小さい段階で、ちょこちょこと生えているのを見つけました。これは、成長すると硬くなりますが、現在の様に、背丈が、7センチ程度だと、まことに柔らかそうに見えます。この植物は、猫を飼っていると必要になるもので、園芸店などで、猫用草と、言って、似た種類のものが売っています。胃の中に溜まった毛玉を取る為に、必要です。それを抜きながら、もし、猫がまだ生きて居たら、これを抜かないだろうなあと、思いました。この6月に、17歳で死にましたが、主人が、大病後、体を動かすという方面での、不自由が一切なくて、そちらの側面では、後遺症が残っていないのは、あの子が身代わりになってくれたかなあと、思うことが有ります。

 村上春樹が、「ネコには、すかと、あたりと、二種類ある」と言っていましたが、頭の良さという意味では、抜群の猫でした。または、心が複雑で、豊かだという意味でも抜群の猫でした。

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副題2、『犬から逆説的に学ぼう。婚活の極意を』

 猫とか犬と言うのは、子供に似ています。実際に子供が居る人にとっては、ペットとしての扱いでしょうが、子供のいない人にとっては、ほぼ、100%子ども扱いとなります。そして、自分の子供が巣立って行ってしまった家にとっても、ほぼ、子ども扱いになります。そして子供よりも愛しいものとなります。最近、事件が多発しています。北海道で、娘さんが、祖父母と母を殺した事件がありました。ぎすぎすした人間関係が、事件の前にあったのだろうと、推察しますが、もし、ペットを飼っていて、家族中でそれをかわいがっていたら、事件など、起きなかったと、思っています。一戸建ての家に住んでいて、誰にも、制限を受けないだろうに、ペットを飼っていなかったとしたら、残念な事でした。

 このブログでは、ほとんどのケースで、猫を取り上げ、犬を取り上げません。どうしてかというと、一生で、一回だけ、実家で、捨てられたスピッツを飼ったことが有るのです。大人になってから拾った犬なので、もちろん、庭で飼っているわけですが、いつも掃き出し窓のところで、私達家族に向かって、「かまって頂戴、愛して頂戴」と、呼ぶのです。これは、1960年代の話なので、部屋の中で、飼う習慣が、日本中に無かったので、わが家が虐待をしたわけではありません。

 だけど、スピッツちゃんから、いつもいつも、「愛して頂戴」と、求められると、つらくて、負担が大きかったですね。犬種によっては、性格が違うのだと、思いますが、でも、猫に比べると、人間に対する依存度が、強いと感じました。犬を飼うのは、こちら側に、相当な、時間と、体力の余裕がないと、駄目です。

 ここから、若い女性に対する忠告が生まれます。かわいらしいと言う事とか、愛情豊かな感性を持っていると言う事が、大切ですが、一方で、芯のところでは、自立心を持っていることも大切です。恋愛中だとか、婚活中に、もし、あなたが、振られるということが有ったら、
 「もしかしたら、今の自分は、一途に相手を追い求めすぎていないだろうか?」と、自問自答をしてみてください。すがったり、「愛して頂戴」と、言うのは、かわいらしいしぐさで、相手から、表向きには、批判を受けない態度ですが、相手は、内心では、『負担だなあ。もう逃げたいよ』と、思っているかもしれないからです。

 今の核家族の家庭内では、家族の間の心の交流が、密ではない感じがします。そうなると、男も女も、相手が、べたべたすると、逃げたいと、思う可能性が生まれます。

 男がストーカー化するのは、もちろんのこと、男の方に、問題があるとは思いますが、全体的に、女の人が、クールになりすぎていて、関係性を、限定したいと、思う傾向が強いのもを関係しているかもしれません。

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副題3、『古い制度が、良かったところもあるのだ』

 昔は、女性は、経済的に自立をしていないものと、決まっていて、したがって、ある程度の年齢になったら、結婚をするモノと決まっていました。裕福な家では、女性は、20ぐらいまでに、結婚をしたと、思います。

 戦後も長らく、その風習は、継続をしていて、年齢だけが、25歳になって居ると、言われていました。それを、古い風習だとして、蹴り捨てたり、無視していた女性も多いでしょうが、ある程度の、存在価値のある制度だったと、思います。というのも放っておかれるわけでは無くて、25歳までに結婚をさせようと周辺が、いろいろ、努力をしたからです。それで、お見合い制度というのが機能していました。それが、今でも、しかるべきところでは通用しているのですよ。

 それは、日本には、公的な社交場と言うのがありません。欧米では、ダンスパーティとかサロンでの、出会いというモノがあるけれど、日本ではそれがないです。その上、日本人は、控えめを美徳としていたので、出会いがあっても、普通は知らないひと同志だと、その段階では、お互いに話しかけないものだからです。

 そういう際に、中年の男女(特に50歳以上)が、20代の、男女の出会いを用意して、紹介しあう制度がお見合いでした。それで、実家の格が、同程度の男女を紹介しあったのです。というのは、実家の経済状態と、社会的地位等が、同じだと、若い当事者同士もその価値観が、共通する場合が多いので、安心だとみなされていたのでした。そして、紹介者がいるし、家の格等と、親戚づきあいなどが、お互いに共通する部分が多いのだし、お互いの、間に、知れ渡り、重合している部分が多いことが、ある種の足かせとなって、離婚もやりにくかったのです。

 今は、そういうしっかりした紹介者がいないので、学校や、会社などで、出会いを求めるわけですが、なかなか、うまくいかない場合に、ネットとか婚活サークル等で、見つけることとなるわけらしいです。しかし、その際に、もっとも、大きな要素として、フェロモン的に引き合うかどうかが、問題にされるでしょう。それも、重要な要素だとは思うけれど、ある程度味わいつくしたら、次に別の要素が、重要になってくるのですね。で、離婚をしたくなってしまう。そうすると、どちらにとっても、大損失になるのが、昨今です。

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副題4、『妙本寺のお若いお坊さんのお嫁さんが、10年前まで、わが家の西隣に住んでいたE家のお嬢様だと、二年前ぐらいに、T夫人が私に教えてくれたのだが、それは、お見合いだったと、考えられる』

 さて、上で、お見合いの効用を述べております。ところで、この失われた制度ですが、一部の人達は、それを未だに、頻繁に利用をしているのですよ。仲人をする側が、自分が特権を持っていることを確認するためにです。または、上位の人間であることを、自己確認するために、または、他者に、それを認めさせるために、頻繁に利用をしているのです。

 鎌倉春秋社社長、伊藤玄二郎氏は、その商業活動だけでも、有力者ですが、私の見るところ、さらに、CIAの最大のエージェントと、しっかりと結びついていますので、人的コネをたくさん持っています。それで、お見合いをお世話する立場になって居ます。彼が関与したであろうお見合いを、私はすでに、3つ発見をしております。

 どうして、発見をしてしまうかと言うと、その三つとも、私をやっつけてやろうとか負かしてやろうという発想で、行われているので、気が付いてしまうのです。もちろん、彼が、料亭(もしくはホテル)に仲人として、出席するとは限りません。彼が、依頼をして、その組み合わせについては、最も適切な、人物が選ばれて、紹介の労を取る可能性は大きいです。今日問題にする妙本寺の、若いおぼうさんの、お見合いは、覚園寺さんか、浄智寺さんのどちらかが間に立った可能性は、強いです。お嬢さん側の仲人は、わが家の地境地主である川合さん(息子さんの方)か、同じく、北鎌倉女学院の先生である、児嶋百代先生である可能性が強いです。

 ところで、その3個のうちには入らないけれど、皆様、大勢が知っている有名人ご夫婦の結びつきが、お見合いだっただろうと、私は、まず主張をしたいですね。そして、それは、伊藤玄二郎も発案に加わっているだろうと、見ています。

 それは、IS国に惨殺をされたと言う事で、大騒ぎとなった後藤健二さん夫妻です。関与した人物は、緒方貞子さんとか、川名昭宣(元、河出書房新社編集員)夫妻等も含まれているでしょう。というのも、渋谷では女衒みたいなことをしていたこともある後藤健二さんが、田園調布の、教会のメンバーになって居るそうですから、緒方貞子さんなどの、上流階級の引きがあったと、見るのが当然でしょう。緒方貞子さんは、鎌倉の住民だと、感じていますので、伊藤玄二郎たちとは、ツウツウの間柄だと、推察されますし。 

 そして、無論の事、公的には死んだことにしているが、実際には、いまだ生きている井上ひさしも関与しているだろうし、石塚雅彦(元日経新聞論説委員で、今は早稲田大学の教授)さんも関与しているでしょう。私は後藤健二さんは、いまだ生きていて、実名(事件当時から、本籍上の名前は、奥様の方を使っていると言われていた。後藤健二は、通称である)を使って、一家で、海外で暮らしていると、推察していますが、違うかしら?

 この推察は、過去に数度、公開をしていますが、もし、私が間違っていたら、マスメディアが、<後藤健二未亡人や、お子様方の、その後>という報道記事を流すはずです。が、一回もそういうものが出ていないので、あっているでしょう。あの事件も、作られた謀略です。同時に、確保されていた湯川さんは、殺されている可能性が高いですが。安倍総理大臣が、256億円をエジプトに援助すると言ったとたんに、256億円の身代金を請求されました。政府もぐるになって居たと思いますが、それの、遂行に当たっては、谷垣禎一さんなどが、裏で、伊藤玄二郎と、安倍総理との間の、連絡係を果たしていたと、私は推察しています。

 この様に派手なケースではなくて、ほとんど、世の中の人が知らないケースですが、対、私弾圧のためには、大いなる効果を上げるだろうと、彼等鎌倉エージェントたちが、考えて、実行したお見合いが三つあって、そのうちの二つでは、親しかった、友人が、決定的に離れていきました。利益を得たわけで、そのバーター取引の、結果、「雨宮舜(=川崎千恵子)とは、別れなさい」という命令を受けたのだと、推察しています。しかし、そのやり方は、単純ではないので、関係者、ご本人たちは、どう思っているかは知りません。だけど、天は、みそなわしておられますので、確かな事だと、思っています。

 そのうちの一つは、私が、1998年に、パリへ、文化庁の在外研修生として滞在をしていた頃に知り合った上智大学出身の日本人画家である女性です。彼女は50歳を過ぎていましたが、子供を産まないでもいい旦那さんと、お見合いで、結婚をしました。そのお相手は、すでに、お子様がある年齢であって、奥様を亡くされた方みたいです。仕事としては、高校野球を朝日新聞側からサポートをして居る人だったので、奥島隆康氏が、関与している筈です。で、奥島氏と、鎌倉エージェントの間には、その際に、しっかりした交流ができていた筈です。

 だからこそ、大相撲壊滅作戦の時に、高校野球のトップであり、相撲とは、何の関係もない奥島氏が、急きょ【独立ガバナンスの何とか委員会】というのの、委員長を頼まれたのです。そしてマスメディア的には、氏の一生で、これが、もっとも露出が激しかった項目なのに、今は、wikipedia には、影も形も残っておりません。それは、このおお相撲壊滅作戦というモノが、謀略だったので、歴史(特に正史)には、残しておきたくない項目だからです。で、いつの間にか、消し去られつつある現象だからです。

 そして、その女流画家の、お見合い相手のご主人の方も、すでに亡くなっています。そして、私のパリ時代の友達は、非常に態度を変えて来ていて、今では、友情のかけらも残っていない間柄になって居るので、このケースをブログの中で、書いてもいいこととなって居ます。または、書くという行為が良心の、疚しさを伴わない、簡単な事となって居ます。

 二つ目は、今は、書きにくい事情があるのですが、そちらのケースでも、私の友人がすさまじいレベルで、裏切って来ています。私が、よく、「自分の損失は語りません」と言ったり、また、別の場合には、損害は、「10億円を超えます」と、言ったりするのは、この様な策略を用いて、友人がどんどん、奪われて行っていることをも勘案すると、そう言う事となるわけです。決して、誇張して語っているわけではありません。

 さて、この二つのケースでは、私と友人たちの間は、そのお見合いが設定される前は、対等の間柄でした。そして、友情も厚いものでした。ところが、電話の盗聴、メールのハッキング等を通じて、その友情の深さを、彼等鎌倉エージェント側が、知ったからこそ、狙い定めて、私から、剥がしていったと、思われる、ケースです。 

 しかし、妙本寺のお若いお坊さんのお嫁さんが、お隣のお嬢さんだったというケースは、上とは、相当に違う内容を含んでいます。お隣とは、私が、最近のシリーズ内では、超肥満体夫人と呼んでいる、イニシャルがEで始まる奥様の事です。その、ケースでは、もっと、深いレベルで、憎しみが込められています。

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副題5、『このお見合いは、当事者にとっては万々歳だろうが、初期の目的が深い憎しみと復讐にあるのだから、西欧的キリスト教精神で考えると、ひどく恐ろしいものでもあるのだった。・・・・仏教では、そういう観点はないのだろうか? よく、吉祥天と、暗黒天と言う言葉を聞くのだが?』

 後藤健二さんを入れると、4つのお見合いが、伊藤玄二郎達、鎌倉エージェントの働きによって、私を弾圧する為(または、間接的に暗殺していくため)に、企画をされていますが、最も激しい悪意に満ちているのが、この、妙本寺の若いお坊さんと、E夫人(超肥満体夫人)との結婚のケースです。

 そこに於いて、お嫁さんの母である、E夫人と私は、隣人であったけれど、友人ではありません。元から、信頼しあっていないのですから、友情を引っ剥がすことは、何の効果をも与えません。しかし、別の効果を狙っています。それは、『あんた(=私の事)が目下だと、考えていたE夫人が、もう、今では、ぐっと、階級が上になって居るのだよ、どうだ、哀しいだろう』と、言う事を明示している案件なのです。

 では、なぜ、『E夫人を自分より、目下だと、彼女は、考えている筈だ』と、伊藤玄二郎たちが考えていたかを語りましょう。7つぐらい条件があります。だが、最も大きい条件とは、彼女が、大きな嘘をつくと言う事と、人のことなど、まったく顧慮していないわがままいっぱいの人だと言う事を、私が知っているという点にあります。

 そのうちの一つは、自分の家の庭の落ち葉ごみを、毎日清掃をするのですが、一メートル低いうえに間に塀がないわが家へ、毎日掃きこむという、だらしのない、不道徳な生活態度の事と、それを、ある年の大みそかに、我慢の緒が切れて、とうとう注意したら、「やっていません」と、言ったことを指します。そして、それは、すでに書いています。(後注1)

 しかし、本日は全く違う事を書きます。ただし、その前に、いろいろと、準備項目を、書き進めましょう。彼女より、何が私の方が優越していたかというと、*1)、先に住んでいたということ。*2)、私は、ここを買い取って、住み始めたのだけれど、彼女たちは、当初は借家として住み始めたのだった。(最終段階では、土地を買い取ったみたいですが)、etc いっぱいあるのです。

 しかし、それが、一気に逆転をしたというわけです。特に鎌倉市内における地位として、逆転をしたというわけです。その若いお坊さんの、苗字を私は知りません。住まいは、妙本寺内ではないと、聞いています。
 だけど、舅姑とは、離れて暮らすという意味で、比企が谷(やつ)から、遠く離れた場所に住んで入るモノの、正当な後継者かもしれませんよね。そうすると、大変な大金持ちと結婚をしたわけです。今、横浜銀行鎌倉支店の、貸金庫の怪を同時並行的に、語っていますが、もし、私が、妙本寺の、現在のトップの方のお嫁さんだったら、絶対に、こういう異常なことは起きないでしょう。雑誌を図書館の変換ボックスから盗んだのが、警察の殺人用別働隊であって、それが、私が文章を書いてばれていることが分かったので、困った警察が、浜銀・支店長に頼んで、裏から自由に開閉できる仕組みを利用して、そこへ、入れ込んだと、推察していますが、もし、私が、妙本寺の、奥さんだったら、支店長が気を使って、いくら警察が頼んだとしても、そこまでの異様なことをさせないと思いますよ。浜銀鎌倉支店からは、それ以外の、不親切な目にも出会っていますが、それも起きなかったと思います。過去に起きた、・・・・・カードが、急に使えなくなって、証券会社への、支払いリミットが、遅れそうになった時に、すぐカードを作り直してくれなかった・・・・・とか、・・・・・今貸金庫室の、電源用プラグが、閉じられている・・・・・とか、という様なほかの種類の、嫌がらせ現象も、起きなかったでしょう。

 というのも妙本寺様は、数十億円の、預金を、浜銀、鎌倉支店に預けておられると、想像するからです。無論の事、三菱銀行鎌倉支店にも、みずほ銀行鎌倉支店にも分けて、お預けになって居ると、思われます。それが、800年近く前に、ご先祖様が、苦労をなさったことへの天のお恵みになって居て、駅近くの、地価の高い場所に、大量の借地を持っておられ、大金持ちになっておられると言う事の、メリットです。大金持ちだと言う事は、強い事です。

 というわけで、「どうだ、負けたんだ。E夫人は、おまえと喧嘩を過去にしたからこそ、こっちは、大切に扱って、妙本寺さんへ、お嫁入させたんだ」と、伊藤玄二郎は、高笑いしている事と思います。

 しかも、この事実を、この、二年以内に、T夫人が私にわざわざ教えてくれると言う事が、さらに、変だという、感覚を私に与えたわけです。そのT夫人と言う方は、今般、リアルな世界で、最大の、屈辱を与えて、私を壊滅的にやっつけてやろうとした、高枝切の主役ですから、驚いた私は、三すくみの論を用いて、T家にまつわる、いろいろな瑕疵も書いたし(後注2)、こちらのE家(浄妙寺に住む超肥満体夫人を中心とした一家)の、裏側も書き始めているというわけです。(後注1)後注1を簡単にまとめると、高枝切と言う攻撃的謀略は、伊藤玄二郎と、前田祝一が後ろにいたと、考えますので、この妙本寺の、お見合い事件を真っ先に思い出したというわけです。それもまた、伊藤玄二郎と、前田祝一たちが、計画、企画をした事案だからです。

 次に、後注2では、後注1が、二万字を超えたので、その章内には書けなかった、T家のご次男の、すごい中2時代を書いています。暴力事件を起こして、わが家の子供が傷だらけになって帰って来たそうですが、洋服に隠れている処だけ狙われたので、子供が知らせなかったので、私は、当時(1984年)は、知りませんでした。また、路上喫煙の、常習者でもあったということをです。

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副題6、『彼らは感情と、欲望のままに動く、悪魔みたいな集団で、かつ単純極まりないのだけれど、私の方は、冷静極まりなくて、落ち着き払って、午後、4時半に鎌倉市役所に行ったほどだった』

 さて、私はよく神様が、お助け下さると言っています。それは、何故かというと、私が真実を語っているがゆえに、弾圧をしたい連中が、私と何らかの対立点がある人をすぐさま見つけ出し、そちらに過大な、評価や、ご褒美を与え、金銭的にも恵んでいき、社会的、地位も上げてあげるのですが、それと表裏一体の事として、私の方には多大な損失を与えるのです。社会的な、金銭に還元されるものもあるけれど、主に精神の上に打撃を加えようとするものです。しかし、ある時点から、その手の作業に使役をされていた人々が、苦難に出会うことを発見して、ずいぶんと落ち着きました。それは、鶴岡八幡宮の大銀杏の倒壊(2010年3月)とか瓜南直子さんの死(2012年6月)とかに象徴をされていますが、他にもあるのです。

 そして、彼らが、いくら攻撃をしてきても、こちら側は、復讐をせず、生活の中にささやかな楽しみを見つけて、静かな生活を楽しむ様にしております。特に彼らの様に熟考をし、練り上げて、国税や地方税を使って、攻撃をしてくるなどと言う事は一切しておりません。また、この結婚も、T夫人が知らせてくれたトタンに、今考察しているところまで、思考は及びましたよ。だけど、その時点で、動いていませんね。妙本寺へ、お手紙を送って、「伊藤玄二郎一派は、多数の殺人事件と、連動をしていますよ。もし、浄智寺さん等の、ご紹介なら、浄智寺さんに、伊藤玄二郎から、お話が入ったのではないですかと、問い合わせてごらんなさい」などと、お教えすることはありません。それこそ、一番大きな真実です。だけど、それを言う事は無くて、ただ、ただ、私は静かに自分の机で、考察を繰り返し、考えたことを文章に表すだけです。一種の哲学の論文としてこれを書いていますよ。だけど、一種のミステリーでもあるのです。人間というモノ、これほど、ミステリアスなものもないからです。人間を探求すると言う事は、深くて、大きな森へ入り出口を探す様なものですから。

 で、前田祝一一派の様に、『おお、勝ったぞ、俺たちは!』と舞い上がって、天井灯を煌々と点ける様な、復讐行為は一切しないのです。で、手ひどい攻撃の、高枝切の当日も、いつものペースを守って園芸と、家事をしてから外出をしたわけですね。それが、四時ごろで、銀行に寄ったりした鎌倉市内での用事を済ませたうえで、やっと、市役所に着いたのは、午後、4時45分でした。

 そこから先の事は後注3に書いてあります。

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副題7、『壁にサッカーボールを蹴り込まれたことが有り、しかも、母親のE夫人からは、<やっていません>と言われたことが有る。あれには、本当に驚いた』

 以下の太字の部分は、10月10日の深夜、書いて、一回、短時間さらしています。ただ、その省の主要テーマは、大来寿子さんなのです。で、その章には、現在国立劇場の支配人をしている、キッコウマンの、茂木七左衛門氏とか、元外相の、大来佐武郎氏とか、その子息だと推察される、大来洋一氏等が、登場するので、絶対に誤変換を残してはならないので、一回、引き下げてあります。
 ただし、その中で、E夫人に関するエピソードを二つ思い出しています。その中の一つが、以下の太字の部分です。ほかの章の流れの中で、書いているので、この章とは、文体とか、勢いが違うと思いますが、ひどまず、これを、さらさせてくださいませ。

 あ、これで思い出した。坊やの方ですが、付属小学校へ通っていました。近いので、友達が来ると言う事もありました。で、四、五人で、サッカーボールを我が家の壁に蹴りつけ始めました。今は、リフォームして違うのですが、その当時は、莫大な音がする材量が使ってありました。その音は、わが家内にいる私にも響いたし、相手方にも響いたと、思われるのですが、子供たちは、一切顧慮せずに、蹴り続けたのです。
 これは、私に言わせると、信じがたい事であって、いろいろ考察を続けているところです。

 西側の壁と言うのは前の持ち主が、安普請で建てて在り、トタン板でできていて、その下に保温材(グラスウール)なども入っていない形式でした。そして、その人は、お隣と接触したくないと言う趣旨を持っていて、窓を、トイレだけにしか作っていなかったのです。

 私が父の遺産を利用して、30年前にすでに、坪単価100万円をかけて、15坪、増築をしてあります。そちらは、さすが、坪100万円取られただけに、しっかりした材料で、しっかりした構造の建築です。そこは、しっかりとしているのですが、古家部分は、外壁が、トタンだから、すごい音なのです。

 しかし、私はね。北久里浜時代に、家を幼稚園状態にして、五,六人は常に面倒を見ておりました。プレ幼稚園時代の事です。だから、子供の事は良く知っていて、せっかく、お母さんがいない時で、のびのびと遊んでいるわけだから、そのままにしておこうと、思って、見逃しました。そして、お母さんが、帰宅をしたころを狙って、電話をかけて、注意をしたら、「やっていません」と、子供に聞くでもない形で答えたのでした。驚きました。この時点では、まだ、ごみを掃き入れていることを注意する前でしたので、ただ、ただ、驚き入りました。億秒なのか、ずうずうしいのかが、さっぱりわかりません。

 ここですが、三日目になって、考察をさらに深めると、当日に、電話を掛けたのではなかったと思い出しました。ずっと、放っておいて、後日、道路で、出会った時に、ふとと言う感じで語ったのでした。すると、激しい勢いで否定をされたので、驚き入ったのです。

 そして、その瞬間、「この人は、継母に育てられたのではないかしら?」と思いました。何を言ってもねちねちといじめられ続けて、許してもらえないタイプの母親に育てられたのではないかしらと、思い到ったのです。いや、実母かもしれません。だが、偏愛の対象があって、こちらはいじめきって育てたとか。でね、何でもかんでも、自分に落ち度があった場合には、瞬時に否定しないと、生き延びてくることができなかったと、そういう家庭で、育ったのではないかとも思い当たったのです。ただ、非常に参りました。そして、この事案が、深い印象で、心に記憶をされたのでした。

 この件に関する考察は、無論続きますが、本日はここまでとさせてくださいませ。

 なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3716668です。誤変換を直したら、書いた日付と、署名を入れます。


後注1、

高枝切と言う大攻撃があったが故に、超・肥満体である隣の奥様について、思い出が溢れ返ってしまうのだった   2016-10-01 00:58:46 | 政治 

後注2、

鎌倉市立・御成中・生徒が、路上喫煙をしていた場所・将にここ雪ノ下で、禁煙ファッショが始まり、大口病院事件も起こされた   2016-10-03 03:04:34 | 政治 

後注3、 

鎌倉市職員、阪中英夫こそが、御成中学校に多大な不名誉を招いたのだった。雪ノ下少年リンチ事件ー3△   2016-10-04 00:23:11 | 政治

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