
小説『ジョーイの出立』
第一部、タイムズスクエアーの家、
第六章『NYで、マンションを買えと勧められ仰天をする』(フォレストヒルズー2)』
・・・・・[前号までのあらすじ]百合子(57)は、ニューヨークで住まいを探すが、ひとりぽっちでやるので、困難がいろいろあって・・・・・
ある朝、馬の蹄の音で目が覚めた。ぱか、ぱか、ぱかと言う音は映画の中で聞いただけの音だ。夢かしらと思いながら飛び起きて、窓から下を覗く。南北に通っている、アヴェニュー(五番街が特に有名だが)と言う大通りを、騎馬警官が南に向かって、進んでいくのが見えた。とおりには一台の車も通っていない、ので、馬は歩道よりだが、落ち着いて安心して進んでいく。
『うわあー、これを見ることが出来ただけでも、このうちに住んだ価値はある』と思うが、親切な老夫婦のきちんとしたたたずまいを見た後では、百合子も本来は、思考する人間なのだから、その落ち着いた環境が絶対に必要で、早く引っ越し先を見つけないと駄目だと改めて、覚悟する。
その日は、昼間は大学院の講義がない日だったので、早めに出かけた。前日の経験からフォレスト・ヒルズといっても相当に範囲が広い事がわかったので、今日は、別の駅で降りてみる。すると、お店などが集中している通りから、少し歩くと、昨日とは違った林に出た。もっと若い木々。そして、人工的に植樹された種々さまざまな木が、植えられている細長い林に出会う。
それに沿って、奥行きは普通だが幅(というか、長さ)は100メートル以上のビルを使ったマンションが、あった。大理石を壁に貼ったようなとても新しいしかも高級なマンションだ。ここら辺りは、若い人が多く住んでいるのか、人通りが昨日より多い。こんなマンションに住めたらいいなあと、ぼんやりと入り口にたたずんでいると、どうも日本人らしいと思われる40代の男性が通りかかった。百合子は立ち話で、かくかくしかじかなので、このマンションに空きがありませんかと、聞いてみる。
非常に親切に話を聞いてくれて、「後で、よい、不動産屋を紹介してあげます」といってくれるが、その前に、「自分の部屋を見せてあげます」ともいってくれた。
~~~~~~~~~~
そのひとの部屋に入って仰天をした。片付いていると言うレベルが半端ではないのだ。クラシック音楽を聴くのが趣味だと聞いたが、どこにもレコードやCDが置いていない。別の部屋にあるのだろう。昔は商社マンだったが今は独立した社長さんだそうだから、もちろんPCもあるのだろうが、それもその応接スペースには置いてない。
部屋は、細長い二十畳ぐらいで、間に十分なスペースを空けて、ソファー、デスク、チェストなどが配置してある。画廊も清潔感に満ちている空間だが、だいたい白い雰囲気だ。しかし、このお部屋はグレー、しかも濃い目のグレーである。家具のデザインは、モダンすぎず、かつアンティークでもない。普通の常識のある人用のものだが、上質な素材のもの。それらが、ぴっかぴかの清潔感の中に、きれいに納まっている。三階なので、葉っぱが見えるのだけれど、それらの葉っぱは、プラタナスなどの薄い色の緑で明るい。厚い葉の常緑樹ではない。
百合子は内心で驚嘆したものの、その現場では、褒めた言葉は出さなかったと思う。そんなにぺらぺらと口が回るほうでもない。ただ、自分の事を話していただけだ。でも、そこに入室する前に、玄関先で話した内容で、百合子が、とんでもない低級なレベルの物件で、800ドルもとられそうに成った事をしったから、『もっとちゃんとした家もあるんですよ』という事を教えたかったのであろう。ことに当たって、無理が無く、順調に運ぶ人もこの世の中にはいるのだ。もちろん、その人にはその人の悩みもあるのかもしれないが、こと、住宅に関してはその人は安全で恵まれている。
さて、大体の話を聴いてくれた上で、その人は「僕の知っている不動産屋を紹介してあげますよ」といってくれて、そのオフィスまで案内してくれた。今度の事務所は日本人の経営でしかも女性社長だ。
紹介者が帰った後で、そちらの人は、「うちは、駐在員で無いと扱わないんですよ。特に三ヶ月程度だと、扱わない」という。そのときに突然に、このオフィス内は、日本が再現していると感じた。
日本ってそうなのだ。現代アートをやっています』といったって、何の効力も無い国だ。先生をしています。特に大学教授をしています」などとなると、アーチストでもちゃんと扱ってもらえる。また、売れている、金銭的にもマスコミ的にも、売れているひとなら、またこれも尊敬の対象になるだろう。だけど、普通は現代アートの作家など、大衆的には無名であり、収入も少ないものだ。だから、信用が無い。社会からの扱いも粗末である。
しかし、百合子の方は、パリで大切に扱われ、このニューヨークでも、作品を見せただけで、大学院へ入学許可だったから、西欧の国では、実力主義で、しかも作品本位なのをしって、ある種の誇りを持っていたから、鼻をへし折られたと言うか、突然に、天から突き落とされたような気がして、へしゃげてしまった。すると、暫時の余裕を置いて、「あなた、お金は持っているの」と質問をされた。まあ、三ヶ月だけとはいっても海外へ、修行に来たいとか、行かれるなどと言うのは、経済的には余裕があるとみなされても当然だ。で、百合子はそのときの貯金残高を言った。すると、『それなら、マンションを買いなさい。あなたが、秋に三ヶ月使う。後の期間は私が管理して収入を上げてあげます』といわれた。
まったく予期していなかった提案だから、とっさには彼女の思考についていけず、もちろん、断った。だけど、今にして思えば、あれはチャンスだったかもしれない。あそこでマンションでも買ってしまった方が、生きガネをつかったと言うことになるのかな?
だけど、たら、ればと、今の時点で、仮定をしてもしかたが無いので、その時点へ戻って、先へ進もう。
~~~~~~~~~~
彼女の発言を聞きながら、百合子が考えた事は、『ああ、もう、フォレスト・ヒルズの探索はやめよう』と言うことだった。ここは、日本で言えば、吉祥寺といったところか。デパートこそ無いが、中産階級に人気があって、最初に出来た住宅地の周りに、マンションとか、商店が集まってきている。都心から30分程度の距離があるが、日常生活は都心まで出かけなくても、すべてまかなえると言う場所だ。環境としては、今望みうる最高のところだけど、自分はたった三ヶ月しかいないし、収入が心配でしたがって支払いも心配だと、世間からみなされる不安定な立場なのだ。『あそこにアパートを探すのは、もう終わり、明日から、違うところを探すわ』というのがその日の結論だった。
2010年7月6日、これを書く。送るのは、7日 雨宮 舜
第一部、タイムズスクエアーの家、
第六章『NYで、マンションを買えと勧められ仰天をする』(フォレストヒルズー2)』
・・・・・[前号までのあらすじ]百合子(57)は、ニューヨークで住まいを探すが、ひとりぽっちでやるので、困難がいろいろあって・・・・・
ある朝、馬の蹄の音で目が覚めた。ぱか、ぱか、ぱかと言う音は映画の中で聞いただけの音だ。夢かしらと思いながら飛び起きて、窓から下を覗く。南北に通っている、アヴェニュー(五番街が特に有名だが)と言う大通りを、騎馬警官が南に向かって、進んでいくのが見えた。とおりには一台の車も通っていない、ので、馬は歩道よりだが、落ち着いて安心して進んでいく。
『うわあー、これを見ることが出来ただけでも、このうちに住んだ価値はある』と思うが、親切な老夫婦のきちんとしたたたずまいを見た後では、百合子も本来は、思考する人間なのだから、その落ち着いた環境が絶対に必要で、早く引っ越し先を見つけないと駄目だと改めて、覚悟する。
その日は、昼間は大学院の講義がない日だったので、早めに出かけた。前日の経験からフォレスト・ヒルズといっても相当に範囲が広い事がわかったので、今日は、別の駅で降りてみる。すると、お店などが集中している通りから、少し歩くと、昨日とは違った林に出た。もっと若い木々。そして、人工的に植樹された種々さまざまな木が、植えられている細長い林に出会う。
それに沿って、奥行きは普通だが幅(というか、長さ)は100メートル以上のビルを使ったマンションが、あった。大理石を壁に貼ったようなとても新しいしかも高級なマンションだ。ここら辺りは、若い人が多く住んでいるのか、人通りが昨日より多い。こんなマンションに住めたらいいなあと、ぼんやりと入り口にたたずんでいると、どうも日本人らしいと思われる40代の男性が通りかかった。百合子は立ち話で、かくかくしかじかなので、このマンションに空きがありませんかと、聞いてみる。
非常に親切に話を聞いてくれて、「後で、よい、不動産屋を紹介してあげます」といってくれるが、その前に、「自分の部屋を見せてあげます」ともいってくれた。
~~~~~~~~~~
そのひとの部屋に入って仰天をした。片付いていると言うレベルが半端ではないのだ。クラシック音楽を聴くのが趣味だと聞いたが、どこにもレコードやCDが置いていない。別の部屋にあるのだろう。昔は商社マンだったが今は独立した社長さんだそうだから、もちろんPCもあるのだろうが、それもその応接スペースには置いてない。
部屋は、細長い二十畳ぐらいで、間に十分なスペースを空けて、ソファー、デスク、チェストなどが配置してある。画廊も清潔感に満ちている空間だが、だいたい白い雰囲気だ。しかし、このお部屋はグレー、しかも濃い目のグレーである。家具のデザインは、モダンすぎず、かつアンティークでもない。普通の常識のある人用のものだが、上質な素材のもの。それらが、ぴっかぴかの清潔感の中に、きれいに納まっている。三階なので、葉っぱが見えるのだけれど、それらの葉っぱは、プラタナスなどの薄い色の緑で明るい。厚い葉の常緑樹ではない。
百合子は内心で驚嘆したものの、その現場では、褒めた言葉は出さなかったと思う。そんなにぺらぺらと口が回るほうでもない。ただ、自分の事を話していただけだ。でも、そこに入室する前に、玄関先で話した内容で、百合子が、とんでもない低級なレベルの物件で、800ドルもとられそうに成った事をしったから、『もっとちゃんとした家もあるんですよ』という事を教えたかったのであろう。ことに当たって、無理が無く、順調に運ぶ人もこの世の中にはいるのだ。もちろん、その人にはその人の悩みもあるのかもしれないが、こと、住宅に関してはその人は安全で恵まれている。
さて、大体の話を聴いてくれた上で、その人は「僕の知っている不動産屋を紹介してあげますよ」といってくれて、そのオフィスまで案内してくれた。今度の事務所は日本人の経営でしかも女性社長だ。
紹介者が帰った後で、そちらの人は、「うちは、駐在員で無いと扱わないんですよ。特に三ヶ月程度だと、扱わない」という。そのときに突然に、このオフィス内は、日本が再現していると感じた。
日本ってそうなのだ。現代アートをやっています』といったって、何の効力も無い国だ。先生をしています。特に大学教授をしています」などとなると、アーチストでもちゃんと扱ってもらえる。また、売れている、金銭的にもマスコミ的にも、売れているひとなら、またこれも尊敬の対象になるだろう。だけど、普通は現代アートの作家など、大衆的には無名であり、収入も少ないものだ。だから、信用が無い。社会からの扱いも粗末である。
しかし、百合子の方は、パリで大切に扱われ、このニューヨークでも、作品を見せただけで、大学院へ入学許可だったから、西欧の国では、実力主義で、しかも作品本位なのをしって、ある種の誇りを持っていたから、鼻をへし折られたと言うか、突然に、天から突き落とされたような気がして、へしゃげてしまった。すると、暫時の余裕を置いて、「あなた、お金は持っているの」と質問をされた。まあ、三ヶ月だけとはいっても海外へ、修行に来たいとか、行かれるなどと言うのは、経済的には余裕があるとみなされても当然だ。で、百合子はそのときの貯金残高を言った。すると、『それなら、マンションを買いなさい。あなたが、秋に三ヶ月使う。後の期間は私が管理して収入を上げてあげます』といわれた。
まったく予期していなかった提案だから、とっさには彼女の思考についていけず、もちろん、断った。だけど、今にして思えば、あれはチャンスだったかもしれない。あそこでマンションでも買ってしまった方が、生きガネをつかったと言うことになるのかな?
だけど、たら、ればと、今の時点で、仮定をしてもしかたが無いので、その時点へ戻って、先へ進もう。
~~~~~~~~~~
彼女の発言を聞きながら、百合子が考えた事は、『ああ、もう、フォレスト・ヒルズの探索はやめよう』と言うことだった。ここは、日本で言えば、吉祥寺といったところか。デパートこそ無いが、中産階級に人気があって、最初に出来た住宅地の周りに、マンションとか、商店が集まってきている。都心から30分程度の距離があるが、日常生活は都心まで出かけなくても、すべてまかなえると言う場所だ。環境としては、今望みうる最高のところだけど、自分はたった三ヶ月しかいないし、収入が心配でしたがって支払いも心配だと、世間からみなされる不安定な立場なのだ。『あそこにアパートを探すのは、もう終わり、明日から、違うところを探すわ』というのがその日の結論だった。
2010年7月6日、これを書く。送るのは、7日 雨宮 舜
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます