銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

玉木宏 VS 佐藤浩一 (絵空事を、魅せてくれる、俳優)

2010-01-29 09:16:16 | Weblog
 前回で、なぜ、少女向けの映画であろう『のだめカンタービレ』を、67歳の私が劇場にまで足を運んで見たかといえば、それが、海外で上映をされたときに、気恥ずかしくないかどうかをチェックするためだと申し上げました。

 特に男らしさをもっとも表現する職業といわれる・指揮者・役の『玉木宏に、非現実的な格好よさが与えられていると、かえって、気恥ずかしさが生じてしまうはずだ』と心配したのです。そこが、非常にうまくクリアーされていて、救われました。

 玉木宏というのは、初めて見た男優です。俳優というより、いわゆるタレントという範疇のヒトだと思っていましたが、それなりに、苦難とか、思い惑う場面の表現がきちんとできるヒトで、かつ、声に魅力がある存在でした。そうです。格上げして『男優』と規定してもよいと思いました。

 『のだめカンタービレ』は、全編、実写ファンタジーの要素が強くて、しかも漫画が原作ですので、突然に演技が変わって、ずっこける場面も多いので、そこについては、主演の上野樹理を含めて、賛否両論があると思います。が、最大に格好よい存在として描かれる、指揮者千秋役の、玉木宏が、気恥ずかしくなかったというのは、大きな収穫でした。これが、アジアに向けて海外上映されるのは、グッドでしょう? 欧米ではどうかな?
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 さて、ここで、一種のさしみのつまといっては失礼ながら、佐藤浩一と比較したいと感じました。どちらがよいとか、悪いという表現ではなくて、対照例として、映画『マジックアワー』の中での、佐藤浩一を思い出したからです。

 そちらは、テレビ放映をされたのを録画しておいて後で見たので、鑑賞環境は悪かったのですが、一種の実写ファンタジーという意味では、共通するものがあるから急に思い起こしたのです。絵空事に、いかに観客を引き込むかといえば、主演の俳優にどれだけの魅力があるか、または、ないかに、すべてがかかっているからです。

 佐藤浩一というヒトは、玉木宏に比べれば経験と、実績と知名度という意味で圧倒的に上の存在でしょう。しかも主役を張ることのできる美形の一人とも考えられているらしいです。最近雑誌『日経エンタメ』か、『ぴあ』の中(?)で誰かが語り合っていたのですが、・・・・・NHK大河ドラマの『龍馬伝』のなかで、岩崎弥太郎役を、香川照之ではなくて、もし、佐藤浩一にやらせたらどうなるかと、言えば、「それでは、主役の福山雅治がかすんでしまう・・・・・という話でした。
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 ここで、スピンオフというか、突然、佐藤浩一の父である三国連太郎の思い出に入ります。55年以上前に、私はハイカラ好みの父に連れられて、よく横浜港の大桟橋に出かけていました。その屋上から、7、8メートル下をふと見下ろすと三国連太郎が、コマーシャル写真(当時は白黒のスチール写真の時代です)を、品種・トレンチコートでやっていました。大人の男性の魅力があるヒトなのだろうと、こどもながらに、薄ぼんやりと感じました。当時の子供にとってのスターとは、中村錦之介の時代ですから、ぐっと違う魅力を振りまいている、三国連太郎をちょっと不思議な思いで見つめたものです。
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 その息子ですから、佐藤浩一は、男優としては、実力のあるひとのはずで、特にこの映画『マジックアワー』の中では好感度の高い人物(主役)演じています。

 それは、エンタメ界の実力者、三谷幸喜が脚本監督をした映画で、映画業界へのオマージュとしてのファンタジーです。アメリカ映画『イヴのすべて』とか、『スター誕生』とおなじく、業界の内巻ものですが、さらにひねってあって、ファンタジーとなっています。その中で、佐藤浩一は売れない二流の俳優を演じています。しかもヒトがよすぎて騙されきっているという設定です。

 観客は嫉妬することなく、感情移入ができるという設定です。

 それは、今回の『のだめカンタービレ』内での、玉木宏の役どころとはまったく違ったものです。玉木宏演じる、指揮者千秋は、エリートの両親を持ち、好みのインテリアは、モダンで、フレンチやイタリアンの料理さえ上手に自分で作ることができます。漫画の原作では飛行機恐怖症という過去があるそうですが、映画内ではそれは出てこず、ありとあらゆる意味で、現代の少女があこがれるであろう役どころです。

 ポスターを見ると、肌はつやつや、つまり、少年時代、にきびなんか出たこともなさそうな肌で、しかもほほがこそげ落ちています。現代の漫画に出てくる美青年を絵で描いた様な面立ちですが、これが、ちょっとはずすと、見ているこちらが側が、お尻がこそばゆくて仕方がなくなるタイプだと思うのです。美形過ぎるから。

 今回の『のだめカンタービレ』の最大の特徴というか成功ポイントは、そこにあったと思います。劇中では、彼に具体的な試練を与えて、それを乗り越えて行く過程が、結構なリアリティを持っていたことが重要です。普通なら鼻持ちなら無いとも思われる役柄に、感情移入することができます。

 佐藤浩一の方は、そこまでの美形扱いをされておらず、お定まりの、欠点を持つ人物造形で使われているので、昔からの流れに乗っている俳優さんです。そして、日本の少年にありがちな、昔はにきびがあったであろうと思われるような肌で、しかも、やや肉付きのよい顔立ちです。言葉を変えれば、造形的には平凡とも言われる日本人です。美形ではないともいえるかな。目は大きいけれど。でもというか、だからこそ、ここまで大物になってきたのは偉いです。特に、父が大物であるのに、ここまで伸してきたのは偉いです。

 父子がともに、大物であるケースは少ないので、偉いです。きっと、舞台裏(業界内反応)も好感度が、高いのでしょう。

 引き比べて、一代目としてこれから、さらに成長を重ねるであろう、玉木宏は、これから、ミュージシャンとしてアジアツアーに行くそうです。所属事務所は、映画『のだめカンタービレ』があたっているうちに大もうけをしようという魂胆なのかな?

 ともかく、こき使われることによって、つぶれないで、伸びていって欲しいです。今回の役柄と同じく、自己主張もある考える大人になっていって欲しいと思います。

 40代や五十代になったときに、『ハゲタカ』の大森南朗役ができるくらいに成長していて欲しいです。冷血成る悪役などもできそうです。

 ここで、無理にでもまとめれば、・・・・・ポスターで表現されているよりも、玉木宏が、実質的かつ内面的に、より魅力な人物として造形されていたことが、この映画の成功を支えている一因だった・・・・・と、私は思いました・・・・・ということです。なお、今回は、たった12時間で更新していますので、下もごらんをいただきたく。

 ところで、小さなお断りですが、本日のブログパーツは、私のアイドルです。しかし、小さな時は彼女の写真など撮らなかったので、写真を撮り始めて、半年たった今でも、カメラに慣れておらず、カメラを向けると、・・・・それが、すぐ傍においてある携帯でも、・・・・ピッと警戒します。この写真でも耳が警戒心をあらわにしています。だから、比較すると、俳優という職業の人たちの豪胆さ(?)には、驚きますね。
               では、2009年1月29日、        雨宮 舜
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