銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

CREA、でも、大活躍の室井佑月、(その4)、彼女は本当の母でした。

2010-06-14 13:10:32 | Weblog
 今週、六月の第一週は、室井佑月さんが、私にとっては、相当大きい存在として目に映り、心に引っかかってきました。それで、文章を書き続けたわけですが、第一回目には、「室井さんは手元に、お子さんを置いて育てていらっしゃるから、その点で、瀬戸内寂聴さんとは違う。

 そして、そのほかのポイントでも相当に違うが、
 これから、伸びていって、同じ程度のポジション(社会的有名度)を獲得するでしょう」と、推定しています。

 この場合ですが、手元においているとは、親権を夫側には、渡さなかったということを意味していて、実際に彼女が手塩にかけて育てているとは思っていなかったのです。それを第三回目に述べています。
 ご自分の実の両親が都内、または、近県に住んでいて、そちらからの支援があるはずだと見ていました。しかし、そうではなくて、同じ屋根の下(または同じドアのうち、)にお子さんと二人でお住まいのようです。お子さんは、9歳とのこと。今、安定期に入り、これから、反抗期が始まるまで、4,5年余裕があります。ただ、学校から帰ったときに、お母さんがいないとか、おかあさんがいつも、忙しくしていて、無駄話につきあってくれないとか、いう状況が続きすぎると、後で問題が出てきます。

 お母さんを独り占めできる、落ち着いた静かな時間がないと、子供は、自分がひそかに抱えている、その時期の根源的な悩み、男性としての機能が始まってくること、とか、その程度の早い、遅いのこと。友達関係の中にある小さな悩みなど・・・・・を、話してこころを開放することができません。それが、あとで、引きこもりなどを生んだりします。
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 しかし、室井さんのえらいところは、それらが、おきることを、大体予測しておられるところです。で、さまざまな工夫をするべきだと考えておられるところです。

 雑誌は、『人間関係の悩み解決特集号』と、銘打ってあって、彼女と千秋(小さいお嬢さんがいて、手芸も得意であるということで有名なタレント)が、会話を交わしながら、読者から寄せられた人間関係上の悩みに答えるという形式になっています。

 CREAの読者は、25歳以上の女性だと思いますが、これくらいの年齢だと早い人は、お子さんがあって、いわゆるママ友と、称される、地域社会のお母さん連中の付き合いが始まります。それがなかなか大変なのです。

 昔日の感があって、一種の感無量状態に陥ります。

 今、は、こういう問題があることが、顕現しています。そして、売ることを優先している、ムックに近い派手な雑誌(CREA)内で、堂々とそれが、問題にされていることに。CREAとか、FRAUという雑誌は、冒頭にカルティエ、とか、エルメス、とか、ヴィトン、とか、シャネルの大広告が続く、華やかな雑誌なのです。

 版型がより小さくて、頁数も少なくて、広告も少なくて、読む部分の多い、『婦人之友』ではない。そして、時々は若くてかつ働いている女性に役に立つ記事を載せるAERAでもない。

 そこに、この手の、記事が乗ることの、現代・・・・・

 それには、やはり、進歩というものを感じます。

 私の子供は、40ですが、彼らが子供時代は、新興住宅地の勃興期で、かつ、マンションの数が少なく、生活のルールが確立していませんでした。主婦が外へ働きに出るケースも少なく、幼児を抱えた主婦は、ほとんどが、専業主婦として、自分の子供を育てることにかかりっきりでした。

 だから、雑誌の世界も男性が、主体として作っていて、そこに、数少なく存在する女性編集者も、子持ちであっても、ご自分を特殊な存在としてとらえることも少なく、こどもがもたらす厄介ごと、(つまり、心を暗くするような問題)を取り上げることはなかったのです。ただ、彼女たちには大きな誇りはありましたよ。私が、こどもが小学生になったので、再び世に出たがったら、三人の子供を育て注であるという編集者から大叱られをしました。いったん家庭に入って、楽をしながら子育てをしている女性が再び社会へでようなどとは、贅沢で甘えていると・・・・・今、再びお会いしてみたいですけれどね。ふ、ふ、ふ。

 ともかく、大昔30年ほど前に戻れば、マンションの生活ルールは確立しておらず、地域社会では、新しく引っ越してきた見知らぬ人同士で、新しい村を作り上げるわけで、住民間の過去がわからないわけですから、そこで、うまくやって、上の存在として振る舞い、自らの自己存在証明の欲求(つまり、見える範囲の間で、『自分は偉いのだ。あんたより上なんだよ』と、いばり、役得を占めること)を狙う人種は男であれ、女であれ、必ず出てくるのです。

 ですから、幼児を地域社会の中で、育てるのは、相当大変なことなのでした。都心に近い住民が、小学校時代から、お受験に励むのは、育ちのよいお嬢ちゃまタイプのママが、近隣交渉を避けたくて、お受験用の塾に逃げ込む、そういう逃げの姿勢も加味していると思います。または、そういう生き方でしか、自分を守れないほど、彼女たちは弱いというか。

 同じ目的を持っている、同じ程度の社会的階層の人と付き合うのは、過去の育ちなんかも似ているので、とても、楽なことなのです。

 しかし、普通の場合は、小学校から私立へ通わせることは考えられず、いろいろなママ友に付き合う中で、時には、番長風主婦に牛耳られながら、それなりに、気の合う人同士が、ママ友グループを作り上げていくわけですが、その過程で、悩みはおきやすいものなのです。

 お母さん自身が、そこから、落ちこぼれるということで、やがて、付き合いをやめてしまうケースもあるでしょう。こどもは子供なりに、保育所、幼稚園・学校等の組織内で友達を得られる増すからね。見かけ上は大丈夫です。そこで、できる子ども自身の友人関係だけにまかせて、それ以上のママ友との、付き合いをしない、のは、実は、小学校時代前までは、避けなければならない模様です。

 その手の、ご家庭から、引きこもりの問題が、10年後ぐらいに出てくると思います。

 この厄介な、そして、一見すると、生産性の低い(誰も、ほとんどの場合は、お金では、お礼というものをしてくれない関係ですからね。賢い主婦同士ですと、あい見たがいとなって、今回はお世話になったから、今度はこちらで、となるのですが、わたくしなど、人がよいとみなされていて、かつ、ガキ大将だともみなされていたからかな? 365にち、朝の8時15分から、夜の6時まで、ほかのお母さんから、預けられっぱなしでした。午前中は、五,六人でも、幼稚園が終わると、それらも混じって、七、八人になりますが、結構無関係なご家庭の塀や、植木にいたずらもするので、目が離せず、四、六時中の重労働でした。本当に死ぬ思いをしました。人がいいから、「あなたに任せておけば、平等に扱ってくれるし、おお安心だ』と面と向かっていわれましたけれど、「あなたも交代して」といえないほど、当時は、おとなしかった私は、まさに、シンデレラ状態で、自分の子と、ご近所の子合わせて、7、8人を一緒に面倒を見ていたものです。

 中学時代から、前歯に金を入れているほど、歯が弱かった私は、この時期、3、4本さらにだめにして、インプラントを、やりました。エネルギーいっぱいの幼児たちを自由に動かしあそばせながら面倒を見るのは、現在社会では、本当に大変です。車がなくて、地域社会のどこにでも、こどもが遊んでいた時代ではないから。

 そのころ、こういうポイントで、大きな問題があり、特に主婦間で、いじめ、いじめられもあり、これは、社会を暗くする問題だと、確信した私は、メディア等で、改善に向けて、特集啓蒙記事を作り上げてほしい。でないと、少年たちが起こしている、リンチ殺人事件問題は、このママ間、競争の反省でもあるのだからと、考えました。そのころは、今に比べて、幼時を育てている母親の抱えている問題など、どこも取り上げてはいなかったのです。

 そして、カッコウの託卵ではないが、育児というか、しつけの大切さに、社会全体がまったく気づいていない時代だったのです。リンチ策人事権などの多発も、そこに、起因をしている。人に子供を預けっぱなしにして、大切なことをやっていないママのこどもの間から、将来、親の生活態度をまねして、他人をいじめたり、集団で、弱い人間をリンチしたりする人間が出る・・・・・と確信をしたので、

 大学時代、同期であり、大新聞社に勤めている、男性に、電話で提言したら、「あんた、俺に職を、失わせるつもりか?」と怒鳴られてしまいました。あれから、25年以上が過ぎ、かれも、67歳で退職済みだと思うので、新聞社名を明かせば、朝日新聞です。

 朝日新聞って、ほとんどの、記事が啓蒙主義なのに、大切な問題に、『ふたをする新聞だなあ』と感じました。

 このことで、女子高生コンクリート詰め殺人事件に、私の発想が進んでいくのですが、それに触れると長くなりますので、その事件は、別の機会に述べるとして、元に戻れば、

 CREAがこのような記事を書いて載せたことには、びっくりですが、ありがたいことで、進歩だと思いました。こういう場所にいる編集者は有名大学を出た人が多いのです。それは、似たような雑誌のFRAUの猫編集長レナという頁があって、それを、読むとFRAUは東大卒オンパレードですから、類推が可能です。でも、本当に大切な記事を企画すれば、読者には受けるでしょう。で、部数も伸びるでしょうから、それは、一見すると地味で、昔からの雑誌の気風には、合わなくても、この方向は、編集方針としては正しいと思います。

 で、そこで、室井さんは、ママ友同士の付き合い方として、ママ友とまで行かなくても、『ママつきあい』程度でいいのではないかと提案しておられます。室井さんらしい。特に室井さんは誰の目にも見えるほど忙しい人だから、それで、パスされて許されるかもしれないけれど、実際の現場では、腰掛程度の気持ちだと、グループから追い出されちゃいますよね。

 だけど、限界ぎりぎりいっぱいでも、そして、不十分でも、付き合ったほうがよいのです。賢い彼女は、・・・・「いじめられていたりしたら、ママ友から、知らせてもらえる可能性があるしね」といっていますが、それは、本当に重要なことです。子供は親にすべてを伝えるわけではありません。特にお母さんを心配させることだと思えば、黙っている可能性はあります。

 でも、いじめの当事者ではない子が、見ていて切なくて、お母さんに告げる。そのお母さんが、これは大変だと思って、ママ友どうしで、いじめられている当事者に、知らせてあげることはあるでしょう。育児とは本から学んだりすることよりも、事実を、見つめて、対処することが必要で、そのためには、情報は大切です。生の情報を、しかも愛情を持って教えてもらうことが必要です。

 それには、ママ友を、利用する気持ちだけではなく、信頼する気持ちで、仲良くしなければならないのですが、それでも、そこに難しいところがあるのも事実です。でも、それが大切だと、いっている室井さんの感性は、その点では、とても正しくて、男の子のお母さんとして、頼もしく信頼ができます。

 ほかに、親子二人だけの人間関係では煮詰まるというのもあって、両親(祖父母)の大切さや、ママ友や母そのものの友達との交流を、大切だと、いっておられるのも、非常に健康的です。

 さらに、二人の話題は転じていきますが、長くなるので、ここで、きりましょう。

 私が室井佑月の三で、彼女は実の両親にお子さんを育ててもらっているのであろうと、いったのが、間違いだったのが、わかりましたので、ここで、それを訂正しておきます。
しかもそれは、偶然ですが、立ち読みしたことでわかり、しかも、たった、一日以内で、わかったのも奇跡でした。相当室井佑月さんに、こころが集中していたせいでしょう。だって、婦人雑誌を書店で立ち読みするなんて、ほご、一年ぶりぐらいのことなのです。
 最近、体力が落ちてきたので、以前だったら、画廊めぐりの帰りに必ず寄った書店にもあまり寄らなくなりましたので。それなのに、室井さんの意見に接することができたわけですから、不思議、不思議。      では、2010年6月14日      雨宮舜
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