AMASHINと戦慄

~STARLESS & AMASHIN BLOG~
日々ブログレッシヴに生きる

ばいちゃ

2024年03月21日 | 二酸化マンガ
この度、鳥山明先生の突然の訃報に全日本、いや、全世界がびっくらこいた!

享年68歳、あまりにも早すぎる・・・・・


まぁマンガとかアニメにはとうの昔に興味は無くしているし、べつに鳥山明マンガを収集していたワケでもない。
ただ、80年代初期に放送開始された『ドクタースランプアラレちゃん』のアニメは、日本で大センセーショナルを巻き起こし、小学校低学年だった私の心をもう鷲掴んではなさなかった。



おこずかい配給になってから、もちろんコミック本も全巻揃えてワクワクしながら読んでた。




Dr.スランプ連載前に、鳥山明が集英社に投稿した初期短編作や、特別企画作品などが収録されている『鳥山明〇作劇場』っつーのもまだ所持しててこれも好き。
少年ジャンプ読者評価でダントツのドベを記録したといわれるデビュー作『ワンダー・アイランド』とか、今読むと全然悪くない。新人だから読者も冷たかったのだろう。
Dr.スランプの元となったといわれる『ギャル刑事トマト』も秀逸(ペンギン村のキャラたちもすでに出演)。



ところで、『Dr.スランプ』は、今読み返したら昭和のバカバカしい稚拙な子供向けのギャグマンガである。
なのに、なぜいまだに捨てずに魅力を感じ続けられるのだろうか。

鳥山マンガの魅力ってのは、それはズバリ!驚異的な絵の巧さにあるかと思われる。

『Dr.スランプ』第一話の扉絵。最初にしてこのクオリティ。



そりゃあの時代、絵の巧い漫画家なんていくらでもいた。
劇画リアル志向の巧さでいうと、武論尊、北条司、寺沢武一辺りがその代表格かと。
ただ、鳥山明の描くマンガには、リアル志向な描写の中に、実にマンガらしい唯一無二のキャッチーさとポップさが溢れているのである。
そう、キャラクターはもちろん、車、バイク、家、山、看板、全てのものが丸みを帯びており、それが魔法がかったかわらいらしさを生み出している。
あの時代の子供はみんな、ペンギン村に住むのが夢だったはず!




とくに『Dr.スランプ』は表紙、トビラ絵が秀逸だったよなぁ、今みても十二分に楽しい。
プラモデラーたる作者の性だったんだろう、とにかく車、バイク、戦闘機、戦車等のメカニカルなディティールが神がかってた。




ミリタリー趣味全開だったもんな(特に第二次大戦期)。無邪気というか。
リアルとデフォルメの見事なバランス感覚!
今の時代においてもこれだけの独特で完璧なポップアート感の出せる漫画家はいないかと思われる。

週刊少年ジャンプで巻頭カラーやった時のトビラ絵の切り抜き。



『Dr.スランプ』では、ウルトラマン、ゴジラ、ガメラ、ガンダム、スーパーマンなど、あの時代正にセンセーショナルだったアイテムを無邪気に(無許可で!)マンガに取り込みまくっちゃってるところなんかも読んでて楽しかった。
しかし、よく怒られなかったよなぁ~



鳥山先生、スターウォーズも大好きだったんだろうなぁ・・・・



週刊少年ジャンプでの『Dr.スランプ』の連載が終了し、間髪入れずに始まったのが、『ドラゴンボール』。
この作品も思えば私がまだ小学生の頃に連載されたんだよなぁ、それが幾世代に渡って人気を博し続くことになる長寿マンガとなった。
とにかく世界中に熱狂的ドラゴンボールファンがいて、鳥山明の名はMANGA界ではワールドワイドに知らぬ者はいないくらいまでとなった。
もちろん私も連載が始まった当初は、コミック本発売するたびに狂喜乱舞して本屋にかけつけ購読したもんだ。

週刊少年ジャンプの付録のポスターももちろん部屋に貼ってましたよ。



ただ、程なくして中学時代に突入した私がドラゴンボールに見切りをつけるのに、そう時間はかからなかった(メタルにハマりそっちに忙しくなったってのもある)。
まぁもうこんなマンガの世界でしか通用しない設定の荒唐無稽な冒険活劇モノを楽しめる感覚は薄れていたし、トーナメント戦を何回もやるようじゃ、少年ジャンプ特有のマンネリ化のスパイラルにハマってしまってんなと(死んでもどうせまたドラゴンボール集めて生き返るんでしょ)。
第一作者本人が全然のってないなっていうのが初期の段階でヒシヒシと感じとれた。
Dr.スランプ時代のあの神がかった絵のタッチも徐々に劣化しはじめてきていたし。
もうあのシャッシャッシャーッとした画のタッチがダメだった。
思うにもう忙しすぎてほとんどアシスタント任せだったんではないかと。
そんな私の冷めた思いとは裏腹に、ドラゴンボールは益々不動の人気マンガに発展していくわけなんですけど。


鳥山明先生の訃報を受けて、どの報道番組でもトップニュースで大々的に報じられていたけど、やっぱ絶対的マンガとしてドラゴンボールがフィーチャーされてたな。
全世界で2億6千万部売り上げたから、まぁしゃーないんやけど。
わしらの世代でもドラゴンボール派が圧倒的だしね。


近年、そんな共感者皆無なDr.スランプ派の私を、小学生の頃のようにワクワクさせてくれたのが、スズキのハスラーとそのCM。



もちろん、このハスラーをデザインしたのは鳥山明先生ではない。
でもこのデザインって、ほんとペンギン村から抜け出してきたかのような、ちょっと他に類を見ないかわいらしさですよねー
いやいや、この車デザインした人は、絶対Dr.スランプの影響入ってるって!
このCMのセンスも最高だし、Dr.スランプってなんだかんだよくリバイバルされてんだよね。

私もこの車出た当時、スゲーー憧れてて、次の車にと考えてたんですよ。
でもちょっとサイズ小さいってのと、人気ありすぎるので、妥協してちょっと似ているスペーシアギアに現在乗っております。

毎日うほほい気分で田舎道をドライブしてます。
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地獄の動物園であおうぜ

2023年10月29日 | 二酸化マンガ
いろいろ忙しくてだいぶ時期を逸し過ぎちゃってアレですけど、先月8日、漫画家の寺沢武一先生が逝去されたニュースを聞かされたときは、やっぱりショックでした。

小学生の頃に夢中になって読んでた週刊少年ジャンプに掲載されてたマンガの中で、売りもせず捨てもせずいまだ全巻所持しているのは、鳥山明の『Dr.スランプ』と、寺沢武一先生のスペースオペラ漫画『コブラ』くらいのものですから。




まぁ寺沢武一先生は、元々手塚治虫先生がブラックジャックを連載していた頃のアシスタントだった人で、手塚先生は彼は背景を描くのが凄く巧かったとベタ褒めされていた。

『コブラ』第1巻の巻末にもコメントをよせた手塚治虫先生。



そして、1年くらいでさっさと手塚プロダクションを辞めて、1978年、葉巻と左腕のサイコガンがトレードマークの宇宙海賊が活躍する『コブラ』を生み出し、週刊少年ジャンプで連載開始され大ヒット!
まぁもちろん私の場合、リアルタイムでハマっていたわけではなく、私がコブラというマンガの存在を知ったのは、すでに他の人気マンガに押されて巻末の方に掲載され、もう連載が終わりかけていた頃だった。

この面子ですからなぁ~、まさに少年ジャンプ戦国時代。



確かに他のマンガ作品と比べてコブラはなんか浮いた存在だったし、小学生が読むにはちょっとアダルティーやなという印象があった。
夕方にコブラのアニメもやってたけど、その頃の私はあまり注目してなかった。


連載が終了してからコミックを集めだしたキッカケは、コブラの1巻が小学校のバザーで10円で売られていたので買って読んだらすごく面白くてハマってしまったのだ。
その頃はテレビの洋画劇場で放映されていたハリウッド映画に夢中になってたし、コブラのその辺に影響されてるアメリカンなテイストや、寺沢先生の描く『ブレードランナー』や『スターウォーズ』ばりの写実的でキメ細かなタッチのSF劇画世界に一気に引き込まれたんだと思う。




とにかくコブラは面白かった。
「イレズミの女」、「黒竜王」、「異次元レース」、「神の瞳」、「六人の勇士」、「地獄の十字軍」・・・・
どのシリーズも甲乙つけがたく秀逸。

でも、特にコブラファンからも人気あって最高傑作と言われているのが、「ラグ・ボール」。
ラグビーと野球を掛け合わせた危険極まりないスポーツにコブラが挑む物語。
その時の彼の選手名(偽名)はご存じ、ジョー・ギリアンだ。
ジョー・ギリアンのユニフォームTなんてのも商品化されたぐらいである。




コブラは敵キャラもいいよね。
サラマンダーとかパピヨンとか。

私のお気に入りはやっぱ、すでに2話目から登場する、やっつけたと思ったら全編に渡って何度も蘇ってコブラの前に立ちはだかった彼の宿命のライバルとも言うべきクリスタル・ボーイはもちろん、なんといっても古代火星人が作り出した傑作殺人マシーン、ブラックソード・ゼロ!

ヤツはゼロ!ヤツを超える者は、ヤツしかいない!




そしてコブラの仲間集めシリーズ。
「シドの女神」、「六人の勇士」の面子もいいが、なんつっても外人部隊「地獄の十字軍」の仲間たちがサイコー。




実は成人してからも、コブラはハードカバーのデラックス版で買い直してもいるんだよね。
この全集では、スーパージャンプかなんかで再び連載された「聖なる騎士伝説」の物語が新たに加わっている。
全ページデジタル彩色された大判のやつも集めてたが、なんか作画がアニメっぽくて逆に味気がなくなってしまったのとかさばるのとで途中で集めるのやめた。




寺沢先生というと、最初に漫画にデジタルを取り入れた先駆者でもあられる方で、それがコブラの後に少年ジャンプで連載された女騎士が主人公のユル~いテイストの異色作『Black Knight バット』だった。
まぁこれはコブラと比べてあまり人気なかったみたいですぐ連載終了したけど。




押入のコブラのマンガ掘り返してたら『武 TAKERU』なんてのも出てきた。
これの存在はすっかり忘れてた。あと『カブト』とか。内容なんも覚えてない。



寺沢先生の訃報を受けて、SNSではやはり追悼のTLで溢れかえってた。
コブラ以外に、けっこう『ゴクウ』推しの人が多くて意外だった。
実は私この作品通ってないんですよ。今度買って読もうかと思う。
まぁでも、武もカブトも、たぶんゴクウも人格みんなコブラやけどね。




あとは、やっぱりコブラのプレイボーイでアウトローならではの名ゼリフがSNSを賑わせていた。

「やめとけ、給料安いんだろ」、「おれは生まれてはじめて よろこんで人を殺す!!」
「笑ってごまかすさぁ」、「死ぬのはたった一度だぜ」、「地獄のあじなら知ってるさ」・・・etc.




私もいつかどこかでコブラのこれらのカッコいいセリフ使ってみたいと思ってたんだけど、これまでの人生があまりにもショボすぎて全然その機会がなかった。

このセリフもいいなぁ・・・
一応スノーボードしてたので、私だったら「上越国際ドリーム」かな。



「コブラ」は、トーナメントばっかやって話ズルズル引き伸ばしてるような他の人気マンガとは一線を画していたと思う。
そこはやっぱり手塚イズムを引き継いでいたことによるものだと。

引き際もよく、ラストの西部劇風の短編「リターンコブラ」なんて、最終話としてほんとサイコー。
だいたい長期連載マンガってのは18巻ぐらいが丁度いいんですよ。
私の好きな『Dr.スランプ』だってきっちり18巻だった。

オマエの大好きな手塚治虫先生の『ブラックジャック』は25巻もあるけど、それはどうなんだってか?

笑ってごまかすさぁ。
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踊る一寸法師 前夜

2022年04月11日 | 二酸化マンガ
明日、会社を早退して人間椅子のライブに行くことを決意したのは・・・

そう、今回の企画が『踊る一寸法師』再発を記念してのツアーだからに他ならない。
先週から青森Quarterでのライブを皮切りにすでにツアーの真っ最中である。

昨年の11月に、なんとあの幻の1995年の超名盤、5th『踊る一寸法師』が再発されるという、日本国民にとってこれほどラッキーな事があろうかと思われるほどのリイシューが実現した。
まぁ実は14年前にも再発されているんですけどね。

右は1995年11月、京都の磔磔で行われたレコ発ライブを観に行った時購入した『踊る一寸法師』ステッカー。
今回のツアーでこいつも再発されるんだってね。



あの時のライブは、人間椅子がインディーズに身を落としてからの関西での初のライブで、しかもアルバムが出る前だったので全曲全くあずかり知らん状態でのお披露目ライブだった。
CDは確か会場ですでに売ってたのでそこで買ったんだっけ?

磔磔は満員になると、もう演者が顔だけしか見えなくなる状態の、鑑賞しづらいハコなんであるが、この頃の人間椅子のライブはいつでもスッカスカ状態で、もう本当に見やすくて、もともと酒蔵だった建物を改築した土蔵のようなハコで、これ以上相応しい会場もないんじゃないかというくらい人間椅子にマッチしていた。




「暗い日曜日」、「エイズルコトナキシロモノ」、「三十歳」などを演奏してたのは、なんとなく覚えている。
「三十歳」の3番では、当時ドラマーだった土屋巌氏の貴重な生歌を聴くことができた。
確かこの時から人間椅子のドラマーは、1曲はリードで歌わなければならないという風習が定着したんだと思われる。
つか今回この「三十歳」は披露されるのだろうか?年齢変えて演るとか?

そして、こん時のハイライト、「踊る一寸法師」のオドロオドロのあやかしのドゥームナンバーが披露され、鈴木氏の狂笑、和嶋氏奏でるおぞましのヒズムギターがあまりにも鬼気迫るもので、ハコの雰囲気も相俟って、会場全体が凍りついたような戦慄に包まれたあの光景は、今でも脳に焼きついている。
あれは、まさしくホラーだった。



さて、今回の『踊る一寸法師』再発記念にあたって、全曲再現されるのかは定かではないが、タイトル曲「踊る一寸法師」が披露されることは、まず間違いないだろう。
この曲は、言わずもがな、江戸川乱歩の短編小説『踊る一寸法師』を見事に音像化したものである。

子供の身体に大人の顔を乗せたフリークとして、洋邦とわず、サーカス団、あるいは見世物小屋には付きものの一寸法師。
今の世では、倫理的に大いに物議を醸しそうであるが、乱歩先生はそれを、醜悪で悪魔的な存在に仕立て上げ、身の毛もよだつ復讐魔の狂気を描いている。

『踊る一寸法師』は、春陽堂から刊行されてる江戸川乱歩文庫シリーズの『陰獣 他三編』に収録されているが、乱歩亡き後も、様々な分野のクリエイターさんたちによって色々な媒体でリメイクがなされているので、今回の人間椅子のライブに行く前に、そのオドロオドロしい世界観を味わっておくのもいいかもしれない。




カルト映画界の巨匠、石井輝男監督の2001年作『盲獣VS一寸法師』というインディーズ映画は、私が衝撃を受けた作品のひとつ。
乱歩の『盲獣』と『踊る一寸法師』とをミックスさせたもので、そこで当時でいう“片端者”同士を猟奇的な犯罪で競わせるといった、大胆不敵なエログロ趣向を極めた変態映像作品である。
一寸法師役はリアルな侏儒であるリトル・フランキー氏が演じており(声はオーバーダブ)、哀愁感漂わすあの独特の雰囲気はなかなか印象深くて素晴らしいのだが、いかんせん踊ってはいなかった。




そして、この乱歩の『踊る一寸法師』を唯一無二の画力でもってマンガ化させたのが、やはりカルト漫画の巨匠、丸尾末広先生で、この作品は『乱歩パノラマ丸尾末広画集』に特別収録されている。




はじまり、はじまりぃ~



あはははははははははははははは



ドン ドン ドン



ほほほほほほほほほほほほほほほ




しまった、こんなことしてたら、もう朝になってもーた!

それではみなさま、今宵Umeda TRADにて!
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火の鳥 ~ラヂヲ編~

2021年04月19日 | 二酸化マンガ
さて、先週のTOBICHI京都での『好調!和田ラヂヲ展』で購入した『和田ラヂヲの火の鳥』なんですが。


ピストルズの『勝手にしやがれ』カラー装丁が鮮やかな本書は、2年前に手塚治虫生誕90周年を記念して刊行された企画雑誌『テヅコミ』にて、一年半に渡って毎月8ページ、「火の鳥」をテーマとして連載されていたのをまとめた和田ラヂヲ先生によるトリビュート作品である。




正直手塚原理主義者の私としては、このテヅコミ企画にはほとんど興味が持てなかったが、以前よりその不条理なギャグのセンスとシュールな画にただならぬ魅力を感じていた和田先生が、あの手塚治虫がライフワークともしていた壮大なスケールで描かれた不朽の超大作『火の鳥』を、一体どのように料理したのかと大変興味をそそられた。


購入したその日に京都四条大橋前の鴨川を見はるかす見晴らしのいい喫茶店で、普段なら絶対注文しない季節限定の桜どうのラテを(大ハズレ!)片手にワクワクしながら本書を熟読したのであるが・・・


う~む・・・・これは、さすがは和田先生。


手塚先生の急逝で完結することが叶わなかった『火の鳥』。
和田ラヂヲ先生がその意志を受け継ぎ、作品の抜けていたパーツを見事に補完してくれた、これは手塚治虫が最後に描こうとしていた火の鳥の『現代編』と言えるのではないか。




まぁ完結しなかったとはいえ、『火の鳥』は編ごとに時代背景も主人公も全く違う独立した物語なので、結末がとうとう謎のままに終わったぁーーっていう残尿感の残る未完作ってワケではなく、各編ごとでは十二分に完結している物語なのです。
なので手塚先生が最後に描こうとしていた『現代編(大地編)』の内容も、全く誰にも予想のつかないまた別次元の物語が用意されていたに違いない。

今回和田ラヂヲ先生は、それをさらに1話完結の物語にまとめてるんだからモノ凄い離れ技をやってのけたと言うほかない。
もともと2~4コマ(あるいは2ページ程度)マンガが主流の作家さんなので、8ページもの長編に挑んだのは今回が初めてらしく、その創作苦労とプレッシャーは我々の想像を絶するものであったかと。


まぁ本書を読んで、何人かの人は「なんだよ、火の鳥全然出てこねぇじゃねーかよ!」とか、「銘柄だけかよ!」と憤慨した方もいらっしゃるかと。



だが、『火の鳥』の原作を読み込んでいる者ならみなわかっていると思うが、手塚治虫の『火の鳥』でも、火の鳥はなかなか出てこないってこと。
平安時代末期が舞台の『乱世編』などでは、“火焔鳥”として言い伝えられるだけで、火の鳥は全く出てこないまま物語が終わったと記憶している(ただし角川文庫版での話)。
まぁ出てきても、せいぜい夢の中で主人公に語りかけるか、化身と思われる姿になって現れる程度。
そう、和田先生はその手塚の手法を自分なりの描き方で踏襲しているに過ぎないのである。

ただ、原作の火の鳥は、出てきたら出てきたでクンロクが多くよくしゃべり、お節介かつエコ贔屓も極端で、しかもイケメンに弱いときてるので(すぐ永遠の命の血を与えようとする)、手塚ファンの間では一番きらわれている存在かと。

その点和田版の火の鳥は実に寡黙で控えめなところが好感がもてる。



本書で注目に値するのが、やはりダンディ口髭のこのおじさん。



この髭のおじさんは、容姿と性癖からしておそらく同一と思われる人物として少なくとも三編に渡って登場する。
ただ、各編ごとに社会的地位が違っており、時代や国も微妙に異なっているかと思われる。

「航空編」では機長。



私はこれは、手塚が火の鳥の中で描いたテーマのひとつである“輪廻転生”を表しているのではないかと。
(でなければスターシステムの導入か?)

『火の鳥 -鳳凰編-』より。



この髭のおじさんは、なにかの罪で何度生まれ変わっても女の尻に執着するという永劫の罰を火の鳥によって課せられたのだと。
それが罰といえるのかどうかは議論の余地があるが。


「エリア51編」ではアメリカ国家機密区域施設の所長を務める。
ここでも尻ウォッチングをやめられない所長としての苦悩が描かれている。



実は第3話の「ジュピター編」でも、よく似た顔のケツアゴの口髭おじさんが登場する。
非常にシモネタが好きっぽい。
宇宙旅行が可能な時代だから、これはだいぶ未来の話と受けとることができる。
この人物があの尻ウォッチングおじさんの遠い子孫かどうかは別として、この作品にも手塚作品への強いオマージュを感じ取ることができる。

たとえば、この冷凍睡眠してる人の起こし方である。



手塚版『火の鳥』の「未来編」で実は同じような場面がある。


5千300年後・・・


そう、冷凍睡眠中の人間の起こし方には、慎重さが必要なのだ。


手塚版の「未来編」では、このように永遠の命を授かったものの孤独の苦しみや、救いようのない絶望的な未来が延々と描かれていて読んでて非常につらいのだが、だからこそ和田先生は逆に、鉄鎚で割っても平気な冷凍睡眠が可能な技術の発達した、そんな明るい未来が描きたかったのではないだろうか。

和田先生は、おそらくポジティブな性格の作家さんなのだろう。


全くといっていいほど手塚キャラらしいキャラが登場しないこの『火の鳥』に納得のいかない手塚ファンに気を使ってか、本編とはべつにメジャーな手塚キャラが登場するおまけの短編が巻末に4話ほど収録されている。

「ブラックジャック」。


合成人間であるピノコをちゃんと年相応の6~7等身の姿で描いてあげているところに先生のやさしさが窺える。


そして、本書を刊行する際に新たに書き下ろされた「旅の宿編」。



これは和田先生の出身地であり、活動拠点でもある愛媛県松山市の道後温泉からインスパイアされた物語なのではないだろうか?
まぁ和田先生なりの“望郷編”といったところだろうか。望郷ゆーてもずっとここに住んではるみたいやけど。

道後温泉はなにを隠そう、手塚治虫の『火の鳥』とコラボしてる温泉施設ですので、和田先生が『火の鳥』を描くことは必然の事だったんだと。

いつかきっと行ってみたい場所のひとつ。
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はじめての和田ラヂヲ展

2021年04月12日 | 二酸化マンガ
学生の頃からファンだったマンガ家の和田ラヂヲ先生の個展がついに京都で開催されるという情報を得て、しかも初日は和田先生が来場されサイン会を開かれるということで、この新型コロナ感染拡大再びの最中、よろこびいさんで蔓延日和の京都は四条河原町まで馳せ参じたのでした。


会場は、TOBICHI京都というアンティークな雑貨屋さんで、以前から和田先生との結びつきが深く、和田ラヂヲグッズなども取り扱っている店。
私が一昨年前、ここの高価なオリジナルほぼ日手帳を購入したのも、特典で付いてくる和田ラヂヲ描き下ろし百人一首が欲しかったからにほかならない。




グンイデルビ寿。ここらしい。



このかわいい『好調!!和田ラヂヲ展』の看板が出てなければ通り過ぎるところでした。



とうに開場時間過ぎてるのに誰も並んでないのでおかしいな?と思ったら、5階だった。
このクラシカルな階段を昇って行ったら和田先生に会えるのですね!
でもしんどいのでエレベーターで上がった。



5階に着くと、やっぱけっこう人だかりができてた。
私より若い目の人がほとんどだ。けっこう女子が多い。
整理券が配られてて、先生は15:00くらいで引き上げるそうだったのでヤバかった。
まぁなんとか行けそうだった。


なんと!あれだけの大家が、店内写真撮影自由の太っ腹対応。
今やSNSが金を呼ぶ時代。他も是非見習ってほしいものです。




実は本企画は、和田ラヂヲ先生の入稿原稿即売会という様相も呈していた。
1枚1100円。ひとり2枚まで。

密です!密です!もうそんなこといってられませんって感じ。



グッズいろいろ。欲しいのけっこうあったけど、予算もあんまなかったので原稿1枚と『和田ラヂヲの火の鳥』とシールを購入。



そして、いよいよ和田先生とご対面・・・

それほど緊張しなかったのは、和田先生の偉ぶらない雰囲気と、私の前のファンの方との気さくな接し方を見ていたからだろう。


思えば学生の頃、大学に行く前、駅の構内の本屋さんで『スカの群れ』を購入して通学電車の中で読んでて、公衆の面前でガマンできず吹き出してしまい、もうこれ以上人前で抱腹絶倒してたら恥ずかしいわと、途中で読むのを中断したあの時から約28年の歳月が流れていたんですね。




私が電車の中でツボったネタ。



一応一番最初に買った和田作品である思い入れ深い『スカの群れ』は持参してきていたんだが、経年によるカビの汚れがヒドかったので、和田ラヂヲ作品と同時期にハマってた手塚治虫の『火の鳥』との奇跡のコラボ企画マンガ『和田ラヂヲの火の鳥』本にサインしてもらうことに。
実は、1年前刊行された時から本書が気になってて買おうと思ってたんだが、東京の方ではけっこうサイン会をされていたので、関西でもいつかやってくれるのでは?という期待を胸に購入をずっとガマンしていたのでした(まぁ持参したものにもサインを頂けたようなのでガマンする必要性はなかったのですが)。


無理言ってちょっと困惑されながらも、フィッシュボーンのアンジェロ・ムーアばりに丁寧にブラックジャックの画を描いていただきました。

もう感激!!これはマジ家宝モノですよ!



和田先生の執筆姿もカメラに収めることができました!
も、サイコー!
(アクリルの向こうで一生懸命ブラックジャック描いてくれてはるところ)



28年前の思い出話もちゃんと先生に伝えることができて、感無量!
先生の横についてたアシスタントかマネージャーの女性の方も非常にノリがよく親切で、「写真撮りましょうか?」などと申し出てくれて、ほんと温かいステキな空間でした。


ちなみに今回私が購入した原稿がコチラ。
『和田ラヂヲのここにいます』の1巻か2巻かに収録されてたと思われる王貞治ネタ。
『スカの群れ』の原稿も数枚あった気がするけど、タイトルロゴが貼ってあるのが欲しかったので。



とにもかくにも、今回ほんま久々に幸せな気分になれました。

和田先生、そしてTOBICHI京都さん、ほんとうにありがとうございました。

また、和田ラヂヲ先生を京都に呼んで下さいね!
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手塚治虫のばるぼら

2020年11月18日 | 二酸化マンガ
さて、今週末にようやく日本で、待ちに待った手塚治虫原作の映画『ばるぼら』が上映されるのでありますが。


まぁ原作のマンガに関しては、だいぶ前に「オカルトエロマンガ」というタイトルですでに紹介済みなので、いまさら別に書くこともないんですが。
https://blog.goo.ne.jp/amashin666/e/86ee049eec99a7bfd82a36b600512732
じゃあ書かなきゃいいんだけど、せっかく実写化されてから約2年間、様々な障壁を経て上映されるに至ったことを祝して(でも次はコロナ禍第三波が・・・)、も一度この1973年の傑作黒手塚マンガを振り返ろうかと。

その前に、その障壁というのは、これは確かなことではないんだけれど・・・
今回映画『ばるぼら』の主人公の美倉洋介を演じるのは、元SMAPのメンバー稲垣吾朗氏。
で、私もようは知らんのやけども、2、3年前なんかあったじゃないですか?SMAPのメンバー3人がジャニーズ事務所から抜けるって騒動?
最近もよう騒がれてるけど、なにが問題なんかよーわからんけど、ジャニーズ事務所を抜けるのは、その支配力からの相当のプレッシャーがのしかかってくるみたいで。
で、その抜けたSMAPのメンバーが全然メディアに出れなくなった時期があって、それは事務所の圧力というか制裁というか、そういうのがあったって。
『ばるぼら』を撮った手塚眞監督も、そういったことをSNSでほのめかしてもいた。
な~んか業界の気持ちの悪いところが垣間見られた瞬間だった。裏社会とも繋がってるっていうし。
ジャニーズ関係がなにをしようが一生関わりないと思っていたけど、まさか自分の好きなマンガ関連の事で影響してくるとはねぇ・・・・


まぁばるぼらなんかは闇黒界に通じてるんですが・・・・




私が最初に『ばるぼら』を読んだのは高校生の時で、姉が手塚治虫好きの友達から何冊か借りてきた中にあった大都社版のやつでした。
それまで私も周りの同年代の男子と同様、少年ジャンプに載ってるような、人気にかこつけて薄っすい内容でダラダラダラダラ連載引き延ばしてるような、キャラ先行の浅はかな子供向けマンガしか読んでなかったので、この手塚治虫の幻惑的なアダルトマンガ『ばるぼら』を読んだ時は、ほんとうに衝撃でした。

後に古本屋で購入した大都社サタニックカヴァー。



まぁその頃は、ユーライア・ヒープやキング・クリムゾン、ブラック・サバスなどの70年代ブリティッシュハードロックを探求していたのもあって、その影響でオカルトや黒魔術にも興味津々だった時期でもありましたので。
手塚先生はこの作品を「オッフェンバックの『ホフマン物語』を現代版として描きたかった」と、解説でおっしゃってますが、このオペラとオカルトがなんで結びつくのかよくわからんのですが、『ばるぼら』後半の悪魔主義的な展開や解説部分は、ピーター・ヘイニングの『魔女と黒魔術』(主婦と生活社出版)という書物を参考に描いたそうです。




手塚治虫没後に角川文庫から大量に出版された文庫版。
上、下に別れていて、ま、赤盤青盤といった趣でしょうか。



実は、大都社版のは、どうしても一冊にまとめたかったのか、いくつかの話がハショられていて、後に刊行された文庫版にはそのハショられた物語が掲載されています。
『ばるぼら』の前半は、1話1話小ネタ読み切り変態短編集みたいな構成となっており、まぁ別に読まなくてもいいような話もあるのだが、第7章の「狼は鎖をもて繋げ」の話は、これはハショるべきではない重要な話だったのではないかと。

この大道占い師がここで今後の展開の伏線となる予言をしているのだ。



この頃の手塚先生の内部事情も相当ヤバかった時期で、虫プロが倒産して少年誌で手塚マンガが全然売れなくなるという。
その鬱屈とした手塚のダークサイド部分が、アダルトコミックという舞台で大爆発を起こした時期だったのだ。
まぁ確かにこの『ばるぼら』を全編通して読んでると、相当病んではるのが見て取れる。
それを主人公の美倉洋介を通して、自分の変態性を好き放題曝け出しまくっているというのが真相なのではないかと。

これは、オーストリアのウィーン幻想派画家のルドルフ・ハウズナーの作品を模写したもの。
(第9章『狂気の世界』から)



美術館の幻想画を閲覧してるうちに狂気に陥る美倉。ヤバい!



カメオ出演的に実在の?作家仲間や美倉コレクターも出てきます。


筒井康隆ならぬ筒井隆康。美倉のサタニックヌーディスト結婚式に付き添う。



松本零士ならぬ松本麗児。マンガ家で美倉のファン。




とまぁ、色々とディープな内容で、手塚眞監督は父親のこんなタブー満載の変態マンガをいかようにして映像化したのか?
手塚マニアの間では、この作品けっこう人気あると思うから、相当プレッシャーだったんじゃないかと。
まぁでも、この方二世の割には物怖じしない人みたいだから「ただ撮りたい!」って欲求だけでやり遂げたんだと思われるが、今のところ期待半分ってとこですかね。
観てみないとわからんですからなぁ。
『MW』の二の舞にならんことだけを願う。

最新情報では、イタリアの『ファンタフェスティバル』に出品したところ、最優秀作品賞を受賞したとか。
海外では、黒テヅカ作品がどれだけ浸透しているのかも気になるところではある。

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二十一世紀の人間椅子(18禁)

2020年09月18日 | 二酸化マンガ
先週ツイッターで“人間椅子”というキーワードがトレンド入りしており、まぁ私のように「え?バンドの!?」って、早合点した方がけっこういたかと思われます。
「そんなわけないやろ!」と思われるかも知れませんが、今や人間椅子は昔では考えられないくらいの売れっ子バンドになっていますので、2013年オズフェストの歴史的快挙以来、そういうことが起こっても全然不思議じゃなくなってるんです。

だって、ヤングギターの表紙も飾ってんですよ!!



でもフタを開けてみると、どうやら江戸川乱歩の短編『人間椅子』をドラマ化したのがNHK総合で深夜に放映されたらしく、それが話題に昇っていたというのが真相でした。
しかも主演が満島ひかりさん。
こんな大女優さんを使って、あんな変態エロ話をドラマ化し放映するなんて、NHKもなかなか攻めてはるなぁ~と。




『人間椅子』とは、奥様の腰かけている椅子の中に潜り込み、その不可思議な感触を密かに味わいたいという妄想が生み出した江戸川乱歩の初期の傑作小説で、ウブだった高校生の頃これを読んだ時は、そのネチッこい文章、エロス、犯罪感、サスペンス性、そして最後のユニークすぎるオチに幻惑されまくって気が変になったのを覚えております。


日本のハードロックバンド、人間椅子もこの江戸川乱歩の小説名からきてるのは言わずもがな。



で、先日、私はついに禁断のあのブツを入手してしまった!

トップ写真のコッテコテのエログロいカヴァーの書物は、以前にも紹介したカルト作家大越孝太郎氏のマンガ『猟奇刑事マルサイ』という作品である。
この作品、実は歴とした成人向けの18禁エロマンガに属するもので、2002年から2004年にかけて『ニャン2倶楽部』というかなりマニア向けのエロ雑誌にて連載されていたものである。

それにしても、まさかこの歳になってエロマンガを購入するとは思わなかった。
いや、買うとしてもまず嫌悪感しか湧いてこないこんなグロいカヴァーのものを好きこのんで選んだりはしない。
「なんだよ?どーせまたクトゥルー神話関連のものだろ?」
まぁ十分にありえるが、その類のエロマンガは全然珍しくなくけっこう出回っているが、はっきりいってそっち方面のクトゥルーには興味がない。


本書は、拉致、監禁、SM、ラブドール、カニバリズム・・・・と、ちょっと私のようなウブな感覚ではついていけないような、数々の変態的倒錯者の話が網羅されていて、その大越氏のサディスティックなエログロ全開の残虐描写にはいささかの躊躇いや容赦がない。
まぁはっきりいってエロマンガとして読むには、全くといって欲情をそそられるものではない。
それでも私が購入に踏み切ったのは、本書に江戸川乱歩の『人間椅子』をモチーフにした物語、『人間按摩椅子』が収録されていたからに他ならない。




原作『人間椅子』は、飽くまであるもの書きの妄想にとどまった話(ていうかドッキリ?)であるが、この『人間按摩椅子』は、それを実行に移してしまう男の話なのである。




平成の世の話なので、按摩椅子(電動マッサージチェア)がすでに普及してる時代の話ということで、その変態行為を実践する男が按摩椅子製造者という設定。




それにしても、よく出来た話である。
乱歩の時代だと、電動マッサージチェアはまだ普及してないから、中に入ってる人間は気取られないように微妙に体を動かすことしか出来なかったが(言うなれば、乱歩の妄想した人間椅子は、マッサージチェアの先駆けともいえる)、人間按摩椅子ならば、椅子の中で堂々と激しく触手を蠢かすことが出来るのである。
ああ、なんという変態!!


ところで、もうお気づきの方もいらっしゃると思われるが、この椅子職人の男、誰かに似てやしないだろうか?
黒縁メガネにこの髭面、寝転んでる男の傍らには人間椅子の12th『瘋痴狂』のCDが転がっている。




そう、人間椅子のギタリスト和嶋慎治氏その人である。
(今から15年くらい若いときのね)
一応名前は“和絞”としてあるが、これはもう明白であるかと。

てか作業着の胸んとこからこれ見よがしに「人」のロゴが見えてるやおまへんか!



いや、もうこれ、完全にワジーですよね。



それにしても、大越氏のこの所業は大胆不敵としかいいようがない。
乱歩の名著『人間椅子』をさらに発展させ、その物語の主人公にその人間椅子をバンド名にしているバンドのギタリストである和嶋慎治氏本人を据え、彼自身を人間椅子にしちまうという・・・
言うなれば、これは全人間椅子ファンの長年の夢を、このエロマンガの世界で叶えてくれたといっても過言ではない。


ただ、和嶋氏本人はこれを読んでどう思っただろうか?
さすがに怒ったのではないか?
だって自分がエロマンガの主人公にされて、好き勝手に描かれてんですよ!
しかもマニア向けのエロ雑誌に掲載されて・・・
これは大越氏、名誉棄損で訴えられても仕方がないかと・・・・


で、裏帯を見ると、和嶋慎治氏によるコメントが寄せられていた。
公認だったのね。



本作の中では割とソフトリーな「人間按摩椅子」も含め、各々の物語も構成がしっかりしていて、ほんとうにエグくて残虐描写もドギツいんだけど、とにかく大越氏の描く物語は読み進まずにはおれない惹きつけるなにかを持っている。
苦手苦手とは言っていても、どこか残酷で非道なモノに魅かれてる自分がいたりする。


和嶋氏のコメントの言葉が脳裏をよぎる。


「あなたは人として立派に倒錯しています」


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月喰ウ蟲

2020年07月24日 | 二酸化マンガ
ちょっとだけ奮発して、大越孝太郎の短編集『月喰ウ蟲』の初版本をようやく入手。
人間椅子ファンとしては購入が随分と遅すぎた稀覯書である。

大越孝太郎作品を今の今まで躊躇してきた理由として、改訂版の方の『月喰ウ蟲』の表紙を先に見てしまって、その画にピンとこなかったってのがある。
元来ガロ系のマンガ作品は、丸尾末広の作品にしろ、自分には敷居が高いものがあったし。


大越孝太郎といえば、ご存じ初期人間椅子のジャケット、挿絵などでかなり携わった人物として、椅子ファンの間では馴染ある作家さんであるかと。




大越氏の人間椅子での仕事はどれも素晴らしく、9th『怪人二十面相』なんかは画にかなり拘りと力が入っていて秀逸であるかと。
今回購入した『月喰ウ蟲』の初版本の表紙はわりとキャッチ―で、構図もなんとなく9thジャケと似ており、「あ、この表紙なら買いだな」と得心した次第である。

チラシのデザインなども手掛けられてて、この1992年の関西三都『百物語』ツアーのイラストなんて、もっサイコー



『月喰ウ蟲』は、浪人時代同じ予備校に通ってた人間椅子ファンの女の子に見せてもらったことがあって、表題作「月喰ウ蟲」では、はじめ近未来世界のデカダン趣味に溢れた街風景が3ページくらいにわたって映し出されるんだが、そこにさりげに(いや、これみよがしか?)ねずみ男時代の鈴木研一氏が(コマをまたいで)描かれているのを見て「オオーーッ!!」と興奮したのを覚えている。




「パノラマ境奇譚」での街風景も、よくみてみると・・・・



で、本書の巻末で解説を担当しているのが和嶋慎治氏だったりする。




『猟奇男大越孝太郎、その人と作品』というタイトルで、大越氏の人となりと作品について、いつもの文学青年ちっくな文体で解説しておられる。
その扉ページもちゃんと大越氏に描いてもらってる。

これはどちらかというと鈴木氏へ捧げた感じ?


扉ページは初版のと改訂版のとそれぞれ異なり、改訂版の方は和嶋氏がオーケンみたいないでたちで描かれていて、なんかちょっと違うような気がする。
ちなみにカバーに和嶋氏が写真付きで紹介されてるのは初版のみ。


和嶋氏の解説によると、大越氏とはガロのパーティーでお互いよそよそしい初対面を果たしたんだとか。
5ヵ月くらい前に、古本屋で『ガロ』の江戸川乱歩特集号(1994年4月)を発見し、最近推しの谷弘兒目的で購入したら、奇遇にも大越氏の作品(『妖虫』)と和嶋氏の文章が掲載されていた。
ひょっとして、この頃のことだろうか?




江戸川乱歩『妖虫』は、今回購入した初版にも掲載。



さらに和嶋氏の解説によると、この大越氏、マンガのみならず実生活においても、現代の人形倒錯者とでも言うべき本格的なプラモデル、フィギュア作成の趣味も持ち合わせており、その彼の造ったフィギュア作品が初版本の裏表紙、目次ページ’に(あと背表紙にも)堂々と掲載されている。
(本書には、特別企画として3ページにわたる模型講座も掲載されている。これも初版のみ)




そして、なにをかくそう人間椅子のインディーズ時代の名作『踊る一寸法師』のあのおどろおどろしい侏儒の造形を手掛けたのも大越氏である。





さて、肝心の短編集『月喰ウ蟲』であるが・・・
本書を読んだ限りでは、大越氏の作品は近未来が舞台のものが多く(まぁこれらは20年も前の作品であるが)、そこに怪奇、畸形、性倒錯、街の頽廃風景、猟奇犯罪、探偵趣味、SEX、DRUG、ROCK N' ROLL・・・・と、自分の好きなありとあらゆる要素を詰めに詰め込みまくるといった印象がある。
人間椅子もその要素のひとつであろう。鈴木氏が出てくる「月喰ウ蟲」は1991年の作品だから、おそらく人間椅子のジャケットを手掛ける以前から彼のお気に入りのバンドだったと見受けられる。

アンドロイド、あるいはアンドロイド化した人間を扱った作品なんかを読むと、ヤプーズの歌詞内容(バーバラセクサロイドなど)を彷彿とさせてるし、全体的に少女愛が濃厚なところは、オーケンの世界に近いものを感じる。

「織垣家の娘」、 「差出人をみたら匿名だこりゃ」 などの、丸尾末広作品を彷彿とさせる昭和初期、大正時代らへんが舞台の土着風の倫理観なしなしの近親相姦ものなんかは、人間椅子の世界にわりと近いものがあるかと。
「差出人を~」のオチなんかはなんとなく原作の人間椅子だし。




表題作「月喰ウ蟲」は、全くキャラ設定の違った内容のものが2編収録されてるんだが、後期のものは探偵趣味に溢れたなかなかポップな作風で、主人公は垂紅介(たれべにすけ)という知的猟奇趣味のオシャレなイケメン作家で、ルックスの良さゆえに女子との接し方も上手いんだけど、ちゃんと愛する従順なかわいい正妻がいたりしてちょっと鼻につくキャラだが、江戸川乱歩が明智小五郎(あるいは怪人二十面相)を自分の分身として描いたように、これはおそらく作者自身の理想像を描いてるんだと。
大越氏は、フリークス(醜怪な者)たちのやるせないコンプレックス、哀れさを代弁するかのような作品を描いてはいるんだが、初版本に掲載されてる作者の写真はけっこうイケメンだったりするので、実生活においては、この垂紅介のように案外リア充だったのではないかと。





現在人間椅子は、昔からしたら考えられないくらいの売れっ子バンドになった。
その躍進に乗じて沙村広明原作のTVアニメ『無限の住人-IMMORTAL-』の第2クール主題歌に、人間椅子の書き下ろし新曲が(ようやく)起用され、その24年振りのコラボを記念して、長年廃盤だった1996年に原作者である沙村広明の企画・依頼によって制作された漫画のイメージアルバム『無限の住人』がリマスタ化され来月再発されるという。

それに比べて、大越氏がジャケットを手掛けていた時代は、バブルが弾け、バンドブームも終わり、人間椅子の人気もどんどん落ち込んでアルバムも全然売れなくなった頃。
5th『踊る一寸法師』なんてついにメジャーから解雇された後、インディーズから出した作品だ。

にもかかわらず、バンドは極貧の中、ドラマーは安定してなかったけれど情熱だけでバンドを維持し続け、今じゃ考えられないくらいアイデア満載の傑作アルバムをリリースし続けていた。
世間からは見放された感があったが、大越孝太郎氏をはじめ、当時すでに人気を博していた漫画家沙村広明氏、『ガロ』の編集者など、人間椅子の唯一無二の音楽性に感銘を受けた感性豊かなクリエイター達が、損得勘定関係なく自ら人間椅子にアプローチをかけてくるという、今考えると、絶妙な文化交流が行われていたほんといい時代だったなぁと。






追記。

大越孝太郎作品で、もひとつ人間椅子要素濃厚というか、このキャラクターどう見ても○○やろ!!っていう作品があるみたいなんだが、この辺の作品になると、もう18禁の成人エロ漫画に属するものらしく、いよいよ購入を躊躇ってしまう。

にしても・・・・この頃になっても大越氏の中には人間椅子のことが頭の片隅に残っていたのかと思うと、感慨深いものがある。

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快傑蜃氣樓

2020年05月06日 | 二酸化マンガ
昨年、魅惑の稀覯本『薔薇と拳銃』を奇跡的に入手してからというもの・・・・

無謀にも、谷弘兒先生の作品を探し求めて止まない日々を送り続けている。
初期作品は陰溝蠅兒名義で執筆なさってたというし、”兒”という字の変換の仕方もわからない・・・
いつもコピペだ。

嗚呼・・・

谷弘兒作品蒐集は、ヘタしたら私の生涯のライフワークになるやもしれない。

とにかく不出世のマイナー作家ゆえに、単行本化されてるものも少なく、もちろんほとんどが絶版で、全然出回っていないというのが現状。
まぁ青林堂から再編刊行された『薔薇と拳銃』の単行本は、まんだらけとかで探したら割と手に入りやすいかと。


今回ご紹介する谷弘兒連続活劇漫画3部作の一つ、『快傑蜃氣樓(ミラージュ)』などは、意外とAmazonや楽天で普通に購入できたりします。



本編である『快傑蜃氣樓』は、雑誌ガロに1980年9月~11月にかけて掲載された作品で、2002年に青林工藝舎から再編刊行されている。
まぁ今回も谷先生、もうどうしようもなくやりたい放題の、ひっちゃかめっちゃかな冒険活劇を無邪気に描いておられます。
ほんと、しょーがねぇな~って感じ。

『薔薇と拳銃』に比べて、エロ・グロは今回いたって控えめ。
いわゆる怪傑ゾロみたいな覆面を被った正体不明のヒーローが、悪の組織に敢然と立ち向かうお話なんですが。
いうなれば、『新青年』に載ってる昭和初期の少年探偵団的なノリといいましょうか。


舞台はやはり、横浜・港町13番地無国籍横丁。
頽廃的な者どもが集うパブ『蝙蝠亭』から物語が始まる。




パブ『蝙蝠亭』のカウンターには、やはり私立探偵ハニー・サテンが座っている。
今回も『薔薇と拳銃』の時と同じような役割(つまり大して役に立たない)。




そしてハニーがピンチの時に、必ず颯爽と現れる我らがミラージュ!
その実態とは!?

まぁ思うにハニーのストーカーというのが一番正しいかと。




それにしても、このミラージュ・・・・
キザったくヒーローぶることには全くブレない男なんだが、立ち振る舞いとは裏腹に、全編通してビックリするくらい事件を解決しないという。
谷先生は、おそらくこれ、読者を笑わそうと思って描いているとしか思えんのですよ。
特に終盤には、もうふざけてるとしか思えないB~C級SF映画ばりのドンデン返しの結末(オチ)が用意されている。

劇中いちいち挿入される怪傑ミラージュのテーマ(笑)。



で、結局谷先生は、これが一番描きたいんですよね。
そう、エロとグロが交差する阿鼻叫喚の図。


この暗黒の帝王ドクトル・アレキサンダー・サミノルフのこの恍惚の叫びこそが谷先生の声なんですね。

そして、この蛸のような触手を備えた怪獣X。
こいつは、外宇宙より隕石に乗って地球に飛来したバケモノという設定。
言わずもがな、H.P.ラヴクラフトの『宇宙からの色』、あるいは『狂気の山脈にて』をモデルにしたSFホラー映画『遊星からの物体X』を元ネタにしているのは、明白ですわな。


まぁでも、この作品をクトゥルー漫画と分類するのはいささか抵抗を禁じえない。
これといったクトゥルー用語も出てこないし、あまりにもおざなりな結末を含め、この稚拙すぎるストーリー展開には宇宙的な何かを感じ取ることはできなかった。
それに、蛸の触手が出たからといってなんでもかんでもクトゥルーものにするという安易な慣習には、もういい加減飽き飽きしている。

でも安心して下さい。
これから紹介しようと思っている同時収録のアーティスティックな短編に、なんぼでもクトゥルー神話要素が出てきますから・・・・

それは次回のお楽しみということで。


怪傑ミラージュのテーマ 最終笑。



ちなみに本書ラストに収録されている2001年作の短編作に、再び私立探偵ハニー・サテンが登場するのであるが、約20年も経っているからか、とても同一人物とは思えないキャラ設定で、まぁたいして私立探偵らしいことしてないところは一緒。




【おまけ】

当時桜井文庫から出版された初版の『怪傑蜃気楼』はなんと文庫本で(トップ写真)、同時収録されてる『女戦士セアラ』には、マンガ化された谷弘兒先生の自画像も描かれててとてもレア。
内容は、田中圭一のマンガを遥かに凌駕する変態・破廉恥ファンタジー。
ただ、画が最高にポップでかわいい。

BIG BROTHER & THE HOLDING COMPANYの『CHEAP THRILL』のジャケ画を彷彿とさせるアメコミ感が素晴らしい。永久保存モノ。


てゆーか、当時この作品を連載してた出版社てほんまあったんかいな・・・

正気の沙汰やないでしかし。
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テヅロゴ

2019年08月15日 | 二酸化マンガ
今回の『アナザーサイドオブテヅカ』での、もうひとつというか、個人的に一番のポイントだったのが、ちゃんと手塚治虫原作そのもののグッズもこさえてくれてたこと。

特に手塚ファンにとってはもう垂涎ものの一品なのが、上写真のトートバッグ!

なにこれ!?もう、ロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴ・・・・・・ロゴだらけですやん!
ステキすぎますやん!

これは私がロゴフェチであることを見越しての商品化であろうか?
もう、弱いところついてくるなぁ~・・・・・



ブラック・ジャック、ユニコ、ブッダ、火の鳥などの誰でも知ってるメジャーどころの作品のロゴもちらほら見受けられるが、アラバスター、ばるぼら、奇子、グリンゴ、鉄の旋律、時計仕掛けのりんご、ネオ・ファウスト、シュマリ、日本発狂などの、マイナー作品や短編作品のロゴでほぼ埋め尽くされている。
正直私があずかり知らん作品のタイトルもけっこうある。
このトートバッグに敷き詰められたロゴ群をしげしげと眺めるにつけ、改めて手塚先生の作品に対しての凄まじい拘りと熱意が感じ取れようというものだ。


確かに手塚先生は、数あるマンガ作品タイトルひとつひとつに、実にユニークで創意性あふれるロゴを考案され、その迫力満点の画力でもって表紙や扉ページにデーーンとかかげてらっしゃるんですよね。
それこそ代表作から短編に至るまで。
読み手にその作品の持つイメージを伝えるため、やはりタイトルロゴには並々ならぬ拘りと比重をおかれてたのだと思われます。




ただ、残念なことに、コミック本ではとくに短編集などの作品は扉ページがハショられてることが殆どで、手塚先生がアイデアを練ってデザインされた作品タイトルのロゴをお目にかけられない事の方が多かったりする。

手塚先生が逝去された直後に大量に刊行されたハードカバーものや文庫版の表紙は、なぜか手塚先生が描かれたイラストが採用されず、やたら写実的なイラストや絵本みたいな画でリメイクされたものがほとんどだった。
もちろんオリジナルのタイトルロゴなど再現されるハズもない。
私もちょうどこの頃手塚作品にハマった時期だったので、最初の頃はこれらのショボい表紙のやつを購読していた。
今考えると、これは手塚先生のアーティスティックな部分を蔑ろにした、とてもナンセンスで冒涜的な行為だと思われる。

当時は内容のおもしろさに夢中で、表紙のことなんかあまり気にならなかったんよね。



なのでお気に入りの作品は、昭和期に大都社などから刊行されたものをシコシコと買い直している。



その他、二次創作でない手塚キャラキーホルダーも数点(全部はさすがに買えなかった)。
やっぱロゴがいいね。



ヒョウタンツギはさっそく車のキーにつけさせていただいた。
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黒テヅとRockin' Jelly Bean氏

2019年08月14日 | 二酸化マンガ
我が敬愛するマンガ家、手塚治虫先生の生誕90周年の催し事はまだまだ継続中で、今年に入ってからは娘さんの手塚るみ子さんや、手塚作品に影響を受けたマンガ家さんらが結託して、「手塚マンガは、なにもアトムやジャングル大帝みたいな健全なマンガばかりじゃないんだぞ!」と、世間一般にはあまり知られてない、いわゆる黒手塚作品に焦点を当てたシンポジウムなどが密かに催されるなどの動きが見受けられる。


で、先月、『アナザーサイドオブテヅカ -オレたちの黒いテヅカ-』なる5人のクリエイターさんたちによる二次創作企画が東京の方で行われていたことには、大変心騒がされていた。
発起人は、ロッキン・ジェリービーンという、主にムチムチ感のある女体を扱ったエログラフィックを得意とする常に覆面をした謎の画家さん。
実はジェリービーン氏の作品は以前からよく知っていたのであるが、彼が日本人で、しかもミュージシャンでもあったことは全然知らなかった。

Rockin' Jerry Bean氏



20代の頃、若気の至りで鑑賞した『キラー・コンドーム』というドイツのシモネタホラー映画のイラストで彼の作品に初めて触れたんだと思う。
キラー・コンドームのクリーチャー・デザインを手掛けたのがあのH.R.ギーガー氏で、当時のわたしとしては、もう注目せずにはおれんかったわけです。
まぁ内容はほんまに下らないオゲレツB級映画でゲンナリさせられたが、主題歌のテクノナンバー、そしてジェリービーン氏が描くイラストデサインがほんとうに素晴らしく、コンドームのパックをあしらった特殊加工ジャケのサントラCDまで購入してしまった。

映画パンフレットもコンドームの箱をあしらったスペシャリーな作りとなっている。



で、ツイッター情報で紹介されてた今回の『アナザーサイドオブテヅカ』の催し会場で売られていたグッズがほんとうに魅力的で、京都に住んでる私にはどうすることもできず(遠征もちょっと考えたが)、「頼むから通販してくれくれくれくれェェェ~~」と、夢野久作調で悶えながら祈っていると、イベント終了後それがすぐに叶ってもうなりふり構わず即発注!!まぁまぁな散財をしてしまった。
しかし、本企画のヴィジュアルブックまでカゴに入れてしまうとは(写真トップ)・・・これは完全にジャケ買いやったな。

やはり魅力的なのはジェリービーン氏のエロティックなイラストで、本企画では『アポロの歌』(不健全図書に指定された作品)、『地球を呑む』、『ふしぎなメルモ』、『きりひと賛歌』の4作品からの女性キャラを題材として、二次創作に挑まれている。

今回この4作品の絵があしらわれたハンドタオルが商品化されてたんだが、私がオーダーしようとした頃にはすでに2種類のが完売していて、残ったのから一枚だけ選んで購入。

まぁこの軟体ポーズでわかる人にはわかると思うんですが、『きりひと賛歌』に出てくる麗花です。



台湾の上流階級の秘密クラブ専属の女芸人。“人間天ぷら”という危険な見世物を得意とする。
サテリアージスという変態異常性欲の持ち主で、主人公桐人にその病気から救われる。



まぁ私の大好きな手塚作品『きりひと賛歌』に着目して麗花なんてレアな女キャラを題材に取り上げてくれたのは嬉しいんだが、背景がただ中華っぽいだけってのがもの足りないし、作品の特色もあまり出ていない(たぶん、あんま時間がなかったんだろう)。

全体図が非常に凝っていて秀逸だったのが、やはり『ふしぎなメルモ』。


なかなかエロい構図だが、なんといっても左上奥の背景図が素晴らしい。
アニメのオープニングテーマで展開するあの赤いキャンディーと青いキャンディーを星の子たちが製造してるシーンが描かれてる!
火の鳥までちゃんと描かれてるとこがいいね!(そりゃすぐ売り切れるよ)


Killer Condom Trailer

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イタコマンガ

2018年12月20日 | 二酸化マンガ
先日のキング・クリムゾン大阪公演に向かう前に、船場センタービルで催されていたある作家さんの原画展へ立ち寄った。
まぁ先月手塚治虫先生のトリビュートフェス『キチムシ』に赴いたばかりだが、今回もそれとよく似た感じ。




数年前、素人作家さんの描く手塚治虫のパロディマンガがツイッター界隈を騒がせていた。
その手塚クオリティがハンパなくて、インディーズで商品化されるまでにいたった。

構図がマニアック。あえて黄変紙になってるところにこだわりを感じる。
私の所有している手塚マンガもだいたい黄変してるから。



つのがいという作家さんで、噂によると女性らしい。



作家になる前は凄まじいどん底生活を送っていたらしく、ある日ふとマンガを描いてみたくなって、誰でも知っている手塚治虫のマンガを手始めに、その画風を模写し出したのがキッカケらしい。
それまでは手塚マンガには触れたことがなかったとか。
そしてそれを非公式でツイッターにアップしていると、かなりの反響があったらしく、ついには手塚プロダクションの取締役である手塚るみ子さんからコンタクトがきたという。
で、訴えられるどころか手塚プロダクションの公式おかかえイラストレーターに抜擢されるという、まぁ言うなれば、現ジャーニーのフィリピン人ヴォーカリスト、アーネル・ピネダと同じようなシンデレラ経緯を辿っている。


今回のは公式採用されてから刊行した作品『#こんなブラック・ジャックはイヤだ』の第二巻の発売企画。
私も最初の第一巻は購入した。




私が赴いたのは原画展最終日。なので混雑はしてなかった。
それにしても、ギャラリーに訪れているのは女性ばっか。男は私ひとり。
子連れ、女子高生、フランス人と、老若女。




マンガ『#こんなブラック・ジャックはイヤだ』のレギュラー陣は、間黒男、ピノコの他、ドクターキリコ、その妹ユリ、ロック・ホーム。
この連中がドタバタコメディを繰り広げるというもの。

この展示マンガ読んでその場で爆笑している主婦もいた。



SNSマンガだけに意欲的にSNSアップを奨励(ただ、私はスマフォじゃない)。



クオリティも凄まじいが、手塚キャラを使って手塚プロダクションなどではありえないアレンジを施せるセンスがつのがいさんの魅力。



グッズもいろいろあったけど、BJもの中心で(まぁそれの原画展だから仕方がない)あまり欲しいものはなかった。



ガチャガチャ一回だけ。ハワイアンピノコが当たった。まぁまぁ。



マグネットも何の絵柄が当たるかわからん銀袋に包まれたやつだったが、一番欲しかった七色いんこを一発で引き当てた!



ほぼBJ作品だったが、イラストには奇子とかマニアックなキャラもチラホラ。



つのがいさんは元々手塚ファンじゃなかった人だから、まだそんなに手塚作品は手広く読みこんではいらっしゃらないのだろう。
でもこの人の手塚キャラ描写はほんと完コピというか、驚異的にクオリティが高い。
思うに手塚治虫が転生して、つのがいさんの右手の部分に憑依したんでねべがと。


なので、ブラック・ジャックもいいけど、我王、ハム・エッグ、アセチレン・ランプ、丸首ブーン、スカンク草井、たづ、占部、デーパ、ロビタ、平助、フースケ、シュマリ、イウレガ星人、ブグツギキュ・・・etc、いろいろな手塚キャラを描いていってもらいたい。





今日の1曲:『Don't Stop Believin'』/ JOURNEY
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ビッグ・コミック

2018年03月08日 | 二酸化マンガ
十代の頃から、マンガ雑誌を購読するという習慣はないが、先日生まれて初めて『ビッグ・コミック』を買ってしまった。

どうやら『ビッグ・コミック』は先月50周年を迎えたらしく、それを記念して50年前に刊行した創刊号をまるまる一冊復刻し(ただし、都合により割愛されてる広告欄もある)、それを抱き合わせた特別限定セットを出すってんで、いくらマンガに興味失ってしまった私でも「なかなかビッグなことするじゃないか」と、心騒がされたわけですよ。




ビッグコミックが創刊されたのは、私がまだ生まれてもない頃で、1968年の2月29日。
「マンガは子どもが読むもの」と誰もがそう思っていた時代に、日本で初めて「大人が読むマンガ雑誌」として登場したのがこのビッグ・コミック。
このパイオニア的な雑誌創刊の一大企画に、白土三平、手塚治虫、石ノ森章太郎(この時はまだ石森と名のっていた)、水木しげる、さいとう・たかをと、まさにビッグな、当時トップクラスの錚々たる作家が名を連ねている。

        


確かに大人向けのマンガ雑誌だけあって、いきなりエロい。



裏広告。この頃日立のソリッドステートステレオ<ローゼン>が売り出し中。いい音そう。



この創刊号の中で、一番「大人」を感じれる作品だったのが、巻頭を飾る白土三平の読み切りマンガ『野犬』。


非常に読みやすく、野犬の俯瞰した視点から、人間と犬の関係性を語るといった趣旨のもの。
犬の行動はいたってリアルで自然な振る舞いに描かれているが、そこに勝手に犬の本音を付け加えるという。これがなかなかニヒルでおもしろい。
これをペットに「ワンちゃん」という呼び方を強要する愛犬家に読ませたらどんな反応を示すだろうか。
最後の結末はかなりひいたけど。


水木しげるは、世界怪奇モノシリーズ。
ドイツのとある小都市を舞台に、日本人が「妖花アラウネ」(マンドラゴラっぽい)をめぐって不思議な体験をする話。


ヴィジュアル的に一番アート性と独自性が際立っており、ヨーロピアンな街風景とか雰囲気があってほんと素晴らしい。
ただ、いかんせん、水木しげるマンガはどうも人物描写が弱い。よって物語にもあまり感情移入できない。ただただ不思議な話を読む。それだけ。


石森章太郎の『佐武と市捕物控』は、捕物帳時代劇を普通に描いてるもので特筆すべきことはない。
画はアシスタントをやってたのが影響したのだろう、モロ手塚タッチ。



そして、手塚治虫にとってもこれが大人向けマンガの出発点だったのか、この創刊号で『地球を呑む』の連載をスタートさせている。


まぁしかしこの物語、手塚マンガを漁っていた20代の頃に読んだんだが、内容をすっかり忘れてしまうくらいつまらなかった印象がある。
いわゆる冒険活劇もので、他の作者の作品よりはかなり壮大なスケールの物語ではあるし、女体も出てくるのだが、それまでアトムだのジャングル大帝だのワンダー3だのと、子供向けのマンガを描きまくってたものだから、まだまだそのノリが抜けきっていないというか、絵柄も含め、大人が読むにはチトしんどい。

で、この頃の手塚治虫というと、少年誌での人気がガタ落ち。手塚マンガはもう古いとされ、冬の時代を迎えんとしていた。

一方、さいとう・たかをが手塚マンガに対抗するべく生み出した“劇画”が大ブームとなってきていた。
この創刊号でも、さいとう・たかをの007風ハードボイルド読み切りマンガ『捜し屋はげ鷹登場!!』がメインディッシュとばかりに巻末に掲載されていて、扉ページも他のマンガとは違う紙質のいいカラー。あきらかに扱いが違う。

これだけ見るとさぶっぽい。


この翌年、『ゴルゴ13』シリーズが連載開始され大ヒット!今日まで約半世紀続くという・・・・
50周年を迎えた今月号にも第579話が掲載されているが、パターンは一緒ながら確かに続きが読みたくなる安定のおもしろさだ。


でもね、我らが手塚治虫も負けちゃいなかったんだよ。
このビッグ・コミック誌において、手塚は『I.L』、『きりひと賛歌』、『奇子』、『ばるぼら』、『シュマリ』、『MW』、そして『陽だまりの樹』と、その知性と変態性と構成力とが見事結実した、神憑り的な本格派の傑作アダルトマンガを立て続けに生み出してゆくのだ。
ドロドロとしたいわゆる“黒手塚”テイストが大爆発した時期だったのである。




これは、当時若者の間で流行していたという「アングラブーム」にも呼応したものであったかと。
本誌にもその奨励記事が掲載されている。



まぁ幼少の頃にアトムとかジャングル大帝とかの子供向けマンガをリアルタイムで体感した年代の方はおいといて、だいたいの手塚マンガ好きは、この冬の時代に描かれた手塚諸作品が一番おもしろいと口を揃えて言うのだそうだ。
没後、私が手塚マンガに傾倒したのも、ここらへんの作品に触れたからにほかならない。


なので、この辺の冬の時代の手塚作品を切りもせず掲載し続けたビッグコミックの器はビッグであり、その功績もまたビッグであるというほかないのである。


今日の1曲:『Send Me A Postcard』/ Shocking Blue
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未完!&グギャア!

2015年05月16日 | 二酸化マンガ
手塚治虫作品で、晩年に描かれていたものには、残念なことに未完の作品がいくつかある。
『ネオ・ファウスト』、『グリンゴ』など・・・・『火の鳥』シリーズだってまだまだ続編を構想しておられたそうだ。
その未完作品のどれもが、実に構成力豊かで面白くて、この先どういう展開になるのかとワクワクさせられるものばかりなだけに、その早すぎる死が悔やまれてならないのだ。ほんとうに手塚先生は我々手塚フリークスにとって罪深いお人だ。

その手塚未完三大傑作のひとつ『ルードウィヒ・B』の愛蔵版を、ブックオフの108円コーナーでみっけたので購入して久しぶりに読みなおしてみた。
本作は、あのドイツの大音楽家ルードウィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの物語で、彼の数奇な運命を情熱的かつコミカルに描くと同時に、彼に激しい憎悪を募らせる貴族出身のフランツ・クロイツシュタインの呪われた生き様を、主人公と同じくらい、いやそれ以上と言ってもいいくらい重点的に描いた、愛憎もつれる実にドラマ性溢れる傑作伝記マンガである。

しかし、手塚先生はほんとうにベートーヴェンが大好きだったんだろうなぁ。
この物語の構想にあたってはるばるウィーンのベートーヴェンの住んでいた下宿まで赴いており、その時のレポートが巻末の先生の筆による「絵ッセイ」に描かれている。
まぁ『三つ目が通る』にも運命警部っていう人物が出てくるくらいだし。




おそらくフランツは創作上の人物であるが、彼は『ブッダ』におけるダイバダッタ、『アドルフに告ぐ』におけるアドルフ・カウフマン的な役割を担う、憎むべきベートーヴェンの敵であり、しかし悲しい運命を背負った憐れな人物でもある。
このフランツがこの物語では実にいい味を出しており、彼の人物像は実に複雑で矛盾したもので、その深層心理がとても壮絶に描かれているところが手塚先生の巧いところである。

まぁ手塚ファンの間では『ルードウィヒ・B』と聞くと、ほとんどの人が「グギャア!」という鳴き声を発するといってもいいほど、このキーワードはこの物語にとって重要なフレーズである。
これがフランツを逃れられない悲劇の運命を背負わせたといっても過言ではない。
彼が出生する時に、クロイツシュタイン家で飼われていたクジャクが発した鳴き声でフランツの母は早産ショックで亡くなってしまう。

そのクジャクの名前がルードウィヒ。
そのことが原因で、フランツは父から「ルードウィヒは不倶戴天の敵だ」ということを幼少の頃から叩きこまれるのである。
しかし、彼が感情をあらわすときには、どうしても「グギャア!!」という声を発してしまうという、なんとも皮肉な身の上に。



ただ、ここで手塚先生のミスか故意か、不可解な筋違いが生じているのを手塚ファンの方はお気づきであろうか?
第一ページ目を見返していただきたい。
クジャクのルードウィヒが発した鳴き声は実は「グギャア」ではなく、「グキャア」なのである。




このことが、今回私が読み返して気づいてしまった新事実である。
この「グギャア」の謎、そしてベートーヴェンとフランツがグィチャルディ邸で対峙したときの勝負の結末はいかに?

この場面を最後に『ルードウィヒ・B』は未完に終わる。


さらに、フランツが戦場の農家で拾った溺愛してやまぬ養子の息子ユリシーズが、その後ひとりの人間の一生を決めるような重大さをもっているとほのめかされているが、その続きを描かぬまま手塚先生はこの世から去っていってしまわれた。
残された我々手塚作品愛読者は、この結末が読みたいという身悶えするほどのモヤモヤ、残尿感をどう処理すればよいのか?!
あんまりです!先生!!

グギャア!!


ねぇねぇ、どっかに手塚先生のDNAとか保存されてへん?
治虫クローン人間とか作れない?




今日の1曲:『Beethoven's Piano Sonata Patnetique 2』/ Hiromi THE TRIO PROJECT feat. Anthony Jackson & Simon Phillips
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サイテーマンガ

2014年09月28日 | 二酸化マンガ
先日の名古屋遠征の行きし、四日市市街の1号線の大渋滞に巻き込まれイライラしてたので(ケチって下道で行くから・・・)、出発前にポストに投函されてた田中圭一氏のマンガ『神罰』を熟読して精神の安定を図っていた。
いわゆる下ネタマンガで、私が下系のマンガ本を購読することは滅多になく、徳弘正也の『ふんどし刑事ケンちゃんとチャコちゃん』、あるいは相原コージの『神の見えざる金玉』以来であろうか。

田中圭一のタチの悪いところは、巨匠クラスの漫画家の作品をパロディ化してドギツい下ネタを描くという点にある。
特にベースになってるのが手塚治虫キャラで、以前奈良のヴィレッジ・ヴァンガードで本書を見かけ、冒瀆的というか、その大胆不敵なカヴァーイラストにただならぬ魅力を感じ、いつか購入してやろうと思ってて気づいたら10数年の歳月が過ぎていたのであった。

おふざけ感が甚だしい。


田中圭一氏。世の中なめきっとんな。


中身は田中氏が自ら提唱するように、頭おかしいんちゃうか?と思うくらい下ネタ満載のサイテーマンガである。
もし、彼の親がこのマンガを見たら感動するどころか、勘当することは間違いないかと。
まぁ漫画家ってのは、自分の妄想を原稿用紙に具現化して商売にしてるってよく言うけど、ここまで己のヨゴレ感覚を曝け出してもよいものかと。中学生じゃあるまいし。
終盤に掲載されている『局部くん』シリーズなんてサイテーの極みで(ホンマにナニが主人公)、いや、これ、完全にアウトとちゃうか?っていうぐらいの猥褻描写で、全編に渡ってモザイク処理が施されてもおかしくないオゲレツ極まりない内容である。


キャラデザインは基本手塚タッチなのであるが、本宮ひろ志、藤子不二雄、永井豪など、様々なキャラ画で下ネタパロディマンガを楽しめる内容となっており、手塚マンガをパロディ化した話は本編には出てこず、実は表紙カヴァーの裏に一作だけシークレット掲載されてある仕掛けとなっている。

内容はギャルゲーネタ。「次は、奇子だ」ってセリフがディープ。


確かに冒瀆的で下品でサイテーのマンガだ。
当時『ジャングル大帝』のアニメ作品に感銘を受けた人は、これ読んで怒り狂うかもしれない。
まぁ『鉄腕アトム』、『ブラックジャック』、『リボンの騎士』ぐらいしか手塚マンガを知らないって方は、「手塚治虫=健全」というイメージを持ってて、テレビやマスコミもそういう部分しか見せない。
しかし、手塚マンガを数多く読み込んでいる人なら、みんな知っている。
手塚先生が実は、とんでもないエログロナンセンス性を秘めた変態作家であったということを!!

劇画タッチの『ばるぼら』、『MW』、『奇子』などを手にとって読んでみるといい。そこには数々の変態エロ描写がこれでもか!とばかりに満載されている。
ま、この辺はエロというより、倒錯的なグロっぽい性描写なのであるが。
少年向けでも、田中圭一氏を始め、私より10歳くらい年配の方は思春期の頃に『やけっぱちのマリア』や『ふしぎなメルモ』にただならぬエロティシズムを感じていたと言う話はよく耳にする。
まぁ上記の二作は、手塚治虫が性教育の一環として描いていたマンガらしいからな。
田中氏も巻末のインタビューで言っておられたが、彼の描く女体というより、日本特有の女性が恥じらうその表情にエロティシズムを感じていたのだとか。そこが手塚先生の巧みな部分であるのだと。
少年マンガにおけるエロってのは世代世代様々だが、そう言われると私も思い当たるフシがある。
今のワンピースとかみたいに、とにかく巨乳の女キャラを破廉恥なカッコウで描けばいいといった安易な感じとはワケが違う普遍的な内面性エロ描写といったところか。


最近、手塚治虫の書斎机の開かずの引き出しが25年振りに開けられて、その中からは『ネオ・ファウスト』や『グリンゴ』などの未完になった作品の断片やイラストの他、田中圭一の描いたイラストではないかと思われるような、エロでヒワイな絵が数点発掘されたのだとか。

本書の帯に直筆で「訴えます!!」とコメントを寄せた手塚治虫の娘さんであられる手塚るみ子さんもその現場に当然立ち会っており、そこで面白い指摘をしておられる。
「もしも、父の霊が私に憑依して、田中さんとエロマンガ対決しても、圧勝できる!」と。
それほどまでに手塚先生の描くマンガは、底知れぬエロティシズムを秘めているということなんでしょうな。


ぐるなびのサイトで現在連載中の田中氏描くグルメレポ漫画『ペンと箸』。
http://r.gnavi.co.jp/g-interview/entry/1380
第2話で手塚るみ子さんがゲストで登場。上記のことが詳しく述べられている。


実際田中氏とるみ子さんは、リツイートし合うほど仲がいい?


あと、電気グルーヴの今年のオフィシャルフェイスタオルのデザインを手掛けたのも田中圭一氏。
田中圭一マンガのファンではないが、似非手塚キャラの絵柄がステキすぎて思わず購入。



今日の1曲:『ニセモノフーリガン』/ 電気グルーヴ
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