AMASHINと戦慄

~STARLESS & AMASHIN BLOG~
日々ブログレッシヴに生きる

地獄の第一回フジ・ロック~回想録~

2007年07月29日 | コンサート
そういえば、現在フジ・ロック・フェスティバルの真っ最中なんですよね。
もうあれから10年も経ったんやなぁ~
私が、あの地獄の第一回フジ・ロック・フェスティバルを体験してから・・・


10年前、私は姉に誘われるがまま、姉の知り合いの薬剤師さん含め3人で車で第一回フジロックフェスの行われる山梨県鳴沢村、富士山の麓にある天神山スキー場へと赴いた。

もちろん野外フェス体験は初めてで、メタル離れしていたその頃の私はオルタナ、エレクトロ系にガッツリ首を突っ込んでいた時期でもあり、期待と不安に胸躍らせながら、この記念すべき初の日本最大級の野外ロックイベントに参戦したのでした。
しかし運の悪いことに、出発前に私は持病の腹痛を誘発させており、姉はペーパードライバーだったため行きの運転は殆ど薬剤師さんにまかせっきりでした。
もしこのブログを見ていらっしゃいましたら(んなわけねーだろうけど)、あの時は本当にご迷惑をお掛けしました。

時代はケータイ電話がようやく出だした頃で、デジタルカメラなんかはまだ普及しておらず、姉が持参してた使い捨てカメラで撮った写真が数枚ございましたが、現像した写真もフィルムも今ではどこいったかわかりません。
なので、画像はほとんど音楽雑誌、映像からの抜粋です。




会場に着き、腹の痛さに私はもう貧血状態。ゲロゲ~ロと胃の中のものを全て嘔吐することに専念しておりました。
アメリカの田舎モンバンドSOUTHERN CULTURE ON THE SKIDSの能天気な演奏でフジロックの幕が開け、天神山会場はまぁまぁの盛り上がりを見せてはいたが、それとは対照的にもう午前中から上空はどんよりとした雨雲に覆われておりました。
雨もかなり降ってきており、オーディエンス達のほとんどが雨具の用意をしていなかったらしく、お手製のタワレコビニル袋黄合羽に身を包む者がチラホラ。
MAINステージではレイジとレッチリしか見たいものがなかったので、腹の具合も幾分かマシになった私はSECONDステージを見学に。
これが想定してたより結構な道のりでかなり疲れた。
着いた時ちょうどボアダムズの山塚アイ氏の雨乞いのようなパフォーマンスが展開されていた。この理解不能な音楽性についていけず、彼の祈祷が通じたのか、雨もいよいよ本降り化してきて、もうその場にいたたまれず再びMAINステージへと退き返す。

MAINステージではFOO FIGHTERSのショウが展開されており(フーファイはこの頃あまり知らなくて、今思うと貴重なライブでちゃんと観とけばよかったかと)、盛り上がるファンの間を掻き分け会場の中央まで移動した。
FOO FIGHTERSのライヴが終わり、そしていよいよレイジの出番!
しかし、雨はもう土砂降り状態!雨曝しの格好で寒さにブルブルうち震えながら開演まで約30分以上もその場に突っ立って待たされる羽目になりました。
この時私は一瞬「俺今日死ぬかも・・・」と思いました。




ギャイヤイヤイ!というトムのギタースクラッチ音が鳴り響き、レイジの怒涛のライヴがスタート!
実は私はようやくレイジの音楽の良さが分かり始めた頃だったので、どうなんだろうと思ってたんですが、「世界最強のライヴバンド」という呼び名はダテではなかったことを思い知らされるハメとなりました。

この時ばかりはこの無情に降りしきる豪雨が、ステージに絶妙な好演出をもたらしておりました。
その中を劈くような3人の繰り出す轟音に、ピョンピョン飛び跳ねながら怒りのラップをぶちまけるザックの姿を目の当たりにし、私は今までにないくらいの血湧き肉踊る興奮状態に陥り、スラッシュメタルとはまた違う、このオルタナバンドならではのグルーヴ感によるモッシュのノリというものを初めて体験することになったのです。
会場では瞬く間に巨大なモッシュの渦が形成され、泥んこの中を客と客とが交差する肉弾戦が繰り広げられ、凄まじ過ぎる狂熱の坩堝と化していた。
とは言え、モッシュの渦にのまれて転びそうになる人をお互い支え起こしてあげるという、この過酷な状況下に置かれた者同士の不思議な連帯感も生まれておりました。




なにがヤバかったかって、「BULLET IN THE HEAD」の演奏時に一瞬雨が止み、モワ~~~と幻想的な白い煙が立ち込め、その隙間から垣間見えるステージ上のザックの神々しい勇姿である!この白い煙ってのは実は雨水と客の体温が織り成す蒸気なのだ。
この光景はマジヤバかった!もう71年の箱根アフロディーテのフロイドライヴに匹敵する程の神秘現象だったのではないだろうか!
いや、まだ生まれてなかったんで知らんけど。

おまけになんと!2日目出演予定であったPRODIGYのキースとマキシマムがステージに飛び入りするというビッグサプライズ!!
そこでザック&キース&マキシマムによる即興ラップバトルが繰り広げられるという貴重な場面を目撃することができた。もちろん会場全体も大興奮状態。
これが伝説のライヴと言われる由縁である。




レイジのライヴが終わり、天候はますます荒れ模様になってきた。
まさにレイジが嵐を呼び込んだとしか考えられなかった。
暴れに暴れまくった私であったが、イエモンの次のレッチリまでの待ち時間、ロングTシャツはおろか、着替えの用意など一切してなかった私は、物販ブースに赴きレッチリのかわいいONE HOT MINITES柄Tシャツを購入しすぐさま着替えたんですが、それすらも雨ですぐグチョグチョになり、リフト格納庫の中で(立ち入り禁止の柵があったけど、そんなことは言ってられなかったのです)避難してきた他の客たちと一緒にずっとガタガタ震えながら体育座りで縮こまっておりました。




その時の私には、もうすでにSECONDステージまで見に行く気力は残っておりませんでした。
おかげでATARI TEENAGE RIOT、電気グルーヴ、APHEX TWINなどのユニークなショウを見逃がしてしまった(悔)。

今思うとSECOND STAGEの方が見応えのあるメンツが揃ってたなぁ。



そして、満を持しての大トリ大本命のレッチリだったが、アンソニーがギプス姿で現れた時はかなり興ざめた。
私にとって初レッチリだったが、この時は元JANE'S ADDICTIONのデイヴ・ナヴァロが在籍していた時期で、この編成としては最初で最後のある意味貴重なライブ?
ライヴ開始早々前の方からグッタリした女の子が数名運ばれていった。確か救急車も来てたんじゃないかな。

まぁレイジと違い、レッチリはやはり女子ファンが多い。
女子ファンってのはちょっとでも憧れのアーティストを近くで観たいという願望が強い傾向にあるので、みんながみんな一斉に前方に押し寄せてしまう。そして当然の結果、圧迫され意識を失ってしまうハメとなる。
それを思うと、男性同士で繰り広げられるモッシュサークルの方がどれだけ安全だかがわかる。

そして、台風急接近で30分ぐらいで「Give It Away」を最後にレッチリのステージが終了。
ヤケクソとばかりにメンバーがチャドのドラムセットを破壊し、去り際、サービスとばかりにフリーがチン○出してた。




とにかく、完全にレイジに食われたという感じだった。
私の中でもレッチリ>レイジであったのが、完全にレッチリ<レイジと入れ替わった瞬間でもあった。

フジロック97後の当時の『ミュージック・ライフ』。
大トリのレッチリを差し置き、一面表紙をレイジが飾ったことからも、フジロック97でのレイジがいかに凄かったが窺い知れる。



ステージ後のショット。いい写真。




全プログラム終了後、我々にはさらなる地獄が待ち受けていた。
嵐の影響でシャトルバスが何時間も遅れ、富士の山の麓に取り残された我々は、叩きつける雨に打たれながら、いつ来るかもわからないバスをず~~と待ち続けなければならなかったのだ。
バス一台が到着するごとに、どの方面であろうが人が一斉に押し寄せる軽い暴動状態となっていた。
男どもはなかば暴徒と化し「乗せろウラーー!!」とバスに向かって叫ぶ。女の子は絶望的な声で「もう死ぬ~~~!!」と泣き出す。
あの阿鼻叫喚の『蜘蛛の糸』ばりの地獄絵図はホンマ酷かった。


湖の畔にある私達の宿泊先である旅館にようやく辿り着いて、風呂に浸かった時は心底「生き返った!」と思える瞬間だったなぁ~
で、二日目会場に行くとゲートに「本日は台風のため中止となりました。」という張り紙が貼られてありア然ボー然。
でも、心の中では、なんだかホッとしている自分がおりました。


しかし、この幻となった二日目もPRODIGY、BECK、GREEN DAY、MASSIVE ATTACK、LEE PERRYと、今考えると凄い面子やったなぁ~




~まとめ?~

・なんの備えもせず、野外フェスをなめてた。
・レイジの嵐の中の伝説のパフォーマンスを体感できただけでも行った価値があった。
・買ったばかりのおニューの靴とズボン、その後泥臭くて装着不能になりました。
・一緒に行ったあの時の薬剤師さん、元気ですか?
・返金のため送り返した記念のリストバンド返して!!




今日の1曲:『VIETNOW』/ RAGE AGAINST THE MACHINE
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

追撃!トリプル・ドム

2007年07月12日 | ミノフスキー粒子
買おう買おうと思ってて、ついつい買いそびれてしまっていた貝印カミソリTETRA4の“ドム黒い三連星仕様”モデル。
最近はシャアザクモデルが新発売されていて、ドムのはもう殆どの薬局で品切れ状態になっておったのであきらめかけていたのだが、先日近所のドラッグユタカで商品棚の奥の方にぶら下がっていたのを発見!!しかも約半額のお値段で超ラッキー。

4ヶ所のスムーザーでさらに熱核ホバー走行のように滑らかな肌あたり。
手になじみやすいフォルム、ハード&ソフトのジェット・ストリーム・アタックばりのコンビネーションハンドル!
人間生活工学を取り入れた、黒いボディーの斬新なハンドルデザイン!替刃3個付き。
さらに、ジャイアントバズーカを携えたドムを模った吸盤式剃刀ホルダーまで付いてる!カッコいい!!

これは使えねぇ。これは当分使えねぇ・・・・

ちなみに写真右上はマグネットドム(オルテガ機)。写真右下はプロトタイプ・ドム(デザート地用)のプラモの箱イラスト。

今日の1曲:『SOLDIER』/ PUSHIM
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

善き人のためのソナタ

2007年07月10日 | しねしねシネマ
『硫黄島からの手紙』を観てから次に向かったのは橿原シネマアークという行ったこともない映画館でした。
一応シネコン形式をとった映画館なのですが、純喫茶などが立ち並ぶ昭和の雰囲気をとどめた駅前の路地裏にある古めかしい場末の映画館といった感じの所で、なんだかタイムスリップした気分になりました。
で、ここでやっとこさ奈良にもフィルムが回ってきたドイツ映画『善き人のためのソナタ』を観ることができました。
いやいや~、久々に名作映画にありつけたなと思いました。
これを観てけなす人はあまりいないんじゃないでしょうか?おそらく今年のしねしねシネマアワード最優秀賞(そんなもんないけど)に輝くことになるかと思われます。

舞台はドイツがまだ西と東に分断されていた時代で、1989年の“ベルリンの壁”崩壊の4年前の話。
私の幼少時代のことですからこの寒い時代のドイツの情勢は結構リアルタイムで伝わってきておりました。
確か石ノ森章太郎の漫画「サイボーグ009」で全身兵器男の004が東ドイツ出身で、恋人をライオンの着ぐるみで隠して東ドイツからトラックで亡命することを試みて、検問所でバレて恋人が銃弾に撃たれて死んでしまうエピソードを読んだのがこの国の情勢をキッカケだったと思います。

話の内容は、東西冷戦下の社会主義国家東ベルリン。冷徹で職務に忠実な国家保安省局員“シュタージ”のヴィースラーは、同棲中の活動家の劇作家と舞台女優の調査を命じられる。
盗聴器を通して知る、愛と自由、音楽。彼らを通して人間らしい自由人の別世界を知ることで、ヴィースラー自身の心境が少しづつ変わってゆくのであった・・・
タイトルからして最初ピアニストの話かと思ってたんですが、劇作家が劇中でたった一度だけこの“善き人のためのソナタ”のスコアを弾いて、それを盗聴していたヴィースラーはコロっとやられてしまうわけです。
とにかくこのヴィースラー役を演じるウルリッヒ・ミューエのキャラクターがかなりの魅力を放っておりまして、冗談を言っても表情ひとつ変えない男が1曲のソナタで涙してしまう程に感動に打ち震えるこの劇的な表情の変化が素晴らしい!いったいどんだけいいヘッドフォンで盗聴しとったんや?
この“善き人のためソナタ”を聴いてからの彼は監視人というより殆どストーカー。恋人たちの生活を盗聴し、ファンになりすまして酒場で助言を与えたり、謀議をキャッチしながらも右から左へ受け流す~♪とっても善いストーカー。
そして寡黙な彼の私生活での孤独感がまたこの映画を一段と感慨深いものにしております。この役者から醸し出されるとてつもない哀愁感は一体なんなんのだろう?
実際彼は東ドイツ出身でシュタージに監視されてたらしいです。そしてなんと女優である奥さんに10数年間当局に密告され続けていたとか!
そんな辛い過去が彼をここまで哀愁漂わす名優に仕立て上げたのではないでしょうか。
いや~『硫黄島』の渡辺健といい、今回のウルリッヒさんといい、ハゲ俳優が映えてますね!ハゲカッコいい時代が到来したのではないでしょうか!実は私もかなりキテますんで・・・(これ内緒ね!)

しかしこの監督さんもかなりの優れものですねぇ。
東独時代のベールに包まれていた監視社会の冷徹さを、史実に基づいてリアルに浮き彫りにし(それは自白の強要だったり、身内の密告だったり)、そこにピアノ曲を通じて心を動かされる監視人が思いがけない行動をとっていくといったドラマ性を盛り込み、サスペンス風味をほんのり盛り込んだ悲劇的な山場へと展開させ、さらにラストにほんのりと心救われる感動で締めくくるこの監督の手腕は見事である。

ピアノ曲をテーマとした映画で『暗い日曜日』という感動作がありましたが、これもやはりドイツ/ハンガリー映画で、ピアノ曲だけで観る者をグっと物語に惹きこませるのはやっぱクラシックが盛んなこの辺ならではの伝統が成せる技といったところでしょうか。

オススメ度:★★★★★

今日の1曲:『善き人のためのソナタ』/ Gabriel Yared & Stephane Moucha
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

硫黄島からの手紙

2007年07月02日 | しねしねシネマ
昨日は映画の日ということもあり、映画館2軒ハシゴしました。
まず一軒目は車で3分のマイカルで『硫黄島からの手紙』が500円でアンコール上映されておったのを姉と朝10時から見てきました。

昨年公開のこの作品、気にはなっていたのですが、監督がクリント・イーストウッドだったので「なんか胡散臭そうやな~、どうせ退屈極まりない日本人ご機嫌とり映画やろ」と、この作品を敬遠しておりました。なんせ自分、彼監督の映画『ミスティック・リバー』を劇場鑑賞中、イビキかいて寝てしまった過去がありますんで。
この日も3時間くらいの睡眠しかとってませんでしたが、まぁそこはさすが『プラトーン』や『プライベート・ライアン』などの傑作戦争映画を輩出した国アメリカ。映像美もバッチリだし、戦闘シーンもそれなりに見せてくれるので、前回のように寝るようなことはありませんでした。
でもまぁようある敗戦国日本を描いた戦争映画です。
威張り散らし、殴り蹴る鬼上官。それを嗜める理解あるいい指揮官。玉砕シーン。生き残る主人公。この要素でだいたいこの手の映画が作れます。まぁ負け戦の戦争映画なんて誰がどう描いてもこういうデキになってしまうのでしょう。
渡辺健演じる栗林中将はさすが貫禄タップリ!こういう役柄はもうご用達ってとこでしょうか。
でもラストは結局ラストサムライになってましたねぇ。

しかし他の者の描かれ方がなんかお粗末過ぎ!西郷という兵士を演じる嵐のメンバーの兄ちゃんですが、演技は思ったよりイケてるのだが、この時代にしてはキャラが浮きすぎというかチャラい。だいたいあんなしゃべり口調の日本兵士がおるか?
はじめから「こんな島沈めればいいんだ」とかほざいたり、あまり果敢に戦うこともなくひたすら逃げ回り、その割には島の周りを連合艦隊が取り囲んでるのを目撃してもクソの入ったバケツを落として減らず口を叩く。なんやこいつの緊張感のなさは!?
硫黄島が米軍に占領されたら本土爆撃の活動拠点となる恐れがあり、そうなれば自分の妻子たちの命も脅かされるというのに、生きて帰ることしか考えてないこやつの軽薄さ。この西郷は我々に何を伝えたかったのでしょうか?たんなる手紙調達人か?

この硫黄島での戦いはかなり熾烈を極め、5日で落ちると目されていたのが36日にも及ぶ長期戦となり、米軍側は約25000人の死傷者を出したという。それに大して硫黄島の日本軍兵士の総数は23000人である。陸上戦闘で米軍の損害が日本軍を上回ったのは、この硫黄島だけだったという。
そういうしぶとい日本軍の根性とか勇ましさをこの映画はあまり描いていない。実際摺鉢山の陣地では奪い奪われの争奪戦が何回も繰り広げられたというし。
イーストウッドは栗林中将の戦術の素晴らしさに惹かれ、この映画を作ったという。確かに玉砕突撃(バンザイ突撃)を最期の最期まで許さず、島内各所に坑道陣地を設け、持久戦に持ち込むといったところはちゃんと描かれておりました。その辺の描写はさすがです。
でも結局この作品で何を伝えたかったのはかなり曖昧です。
「無駄死にするな。投降したら殺されるかもしれないけど助かる場合もある。」といったところでしょうか。

しかしこういった重い敗戦映画はもうウンザリですわ。
別に戦争を美化したいわけやなけど、やっぱり自分の国が勝っている時の痛快な戦争映画がそろそろ見たい。

オススメ度:★★


2軒目の映画館では『善き人のためのソナタ』を観たのですが感想はまた次回にて。

今日の1曲:『WAR』/ MACE
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする