AMASHINと戦慄

~STARLESS & AMASHIN BLOG~
日々ブログレッシヴに生きる

妖怪ドアからニョロリ

2013年04月28日 | やっぱりメタル!!
ストーム・トーガソン追悼に連動して、レインボーの後期の作品について言及しようかと。
そういえば、今まで当ブログでレインボーのこと取り上げたことなかったっけ。

後期レインボーといえば、先月「VOICE OF RAINBOW」企画で来日したジョー・リン・ターナー(ちなみに、バックバンドでドラムを担当したのは、人間椅子のナカジマノブ氏)。
私にとってのレインボー初体験曲が、ラジオから流れてきた“Death Early Driver”だったこともあるのだろうが、3人の名だたるヴォーカリストの中でも、ジョーリン時代には特に思い入れが強かったりする。
ジョー・リン・ターナー期三部作といえば、ヒプノシスジャケ三部作でもあるわけで。
中でも最終章『BENT OUT OF SHAPE』がトータル的に一番好きなアルバムで、ジャケットのわけのわからなさも一番ヒプノシスっぽい。
にしても、これまたなんとも形容しがたい不条理きわまりない構図で、ロニー時代の華やかで様式美なレインボーと比べても、随分と毛色が違う。まず、ジャケ買いはしないだろう。
少し卑猥な意味合いも感じとれる。

そういえば、寺沢武一先生のマンガ『コブラ』に、これとよく似たゴム人間みたいな女サイボーグがでてきたな。



で、ロジャー・グローヴァーがベースとプロデュースを兼任したこの作品、先月刊行された『METALLION』にいわせると、メロディアス・ハードの部類に入るらしい。
確かに、楽曲はいたってキャッチーかつポップで、全体的にもジョー・リン・ターナーの歌メロを全面に出すことを意識した曲作りが窺える。リッチー・ブラックモアのギターもフォリナータイプの#1“Stranded”からしてあんま弾きまくっておらず、妙に渋めのフレーズを奏で、ソロもいたって短め。
#2“Can't Let You Go”のイントロでは、厳かで壮大なパイプオルガンが鳴り響くも、歌が始まればいたってシンプルなポップソングが展開する。これもソロは短め。一応PVもあるけど、これなら作らんかったほうがマシな内容。



とはいっても、#5“Anybody There”や、♯9“Snowman”など、厳かなシンセサイザーをバックに、リッチーが泣きのソロを奏でまくるやけに幻惑的なインストゥルメンタルが2曲収録されており、ちゃんとそれなりに見せ場を作っている。
この作品では、邦題にもなってる最もポップな“Street Of Dreams”がよく取り上げられているが、個人的には、デイヴ・ローゼンタールのキーボードが前面にフィーチャーされた疾走ナンバー#4“Fire Dance”なんか、レインボーの中でも1、2を争う名曲だと思うんだけど。いまいち迫力に欠ける歌唱力のジョーが頑張ってシャウトしまくるハードナンバー#8“Drinking With The Devil”も合わせて、従来のリッチーらしいハードなソロも炸裂している。

結果、この作品は地味でポップな印象でありながら、アグレッシヴな面もそこそこ備わっており、けっこうバラエティに富んだ楽曲が揃っている充実の内容だということ。
サウンドプロダクションが以前の作品と比べて著しく向上しており(この辺はロジャーのプロデュース能力の凄さ?)、全体的にも格調高い仕上がりで、そこがレインボーの作品の中でも異質だと思わせる部分なのかもしれない。
クラシカル成分ももちろん含まれているが、これみよがしではなく、飽くまで自然に溶け込ませた感じで、まったくクサ味がないところが、私が中学生の頃からいまだにこの作品を愛聴し続けている理由かもしれない。



今日の1曲:『Fire Dance』/ RAINBOW
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追悼ヒプノシス展(及びジャケ買い奨励ログ)

2013年04月21日 | ♪音楽総合♪
ヒプノシスでの活躍でも知られる、アルバム・カヴァー・アートの巨匠、ストーム・トーガソン氏が、4月18日癌のため死去された。享年69歳。

洋楽のロックを嗜んでいる者なら、だれでも知らず知らずのうちに、ヒプノシスのアートワークは馴染み深いものとなっていることだろう。
ヒプノシスは、ストーム・ソーガソンとオーブリー・パウエルが1968年に結成したアート集団。
ストーム・トーガソンがアート・カレッジで知り合ったピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズからの依頼で、2ndアルバム『神秘』のアルバム・ジャケットを手がけたことをきっかけに、本格的にアルバム・ジャケットのデザインを手がけて行く。



時には頭のこんがらがったような不条理な構図、時には色彩豊かな幻想画、そして時にはオゲレツかつエロティックなヒプノシスのジャケットは、一度見たら忘れらない強烈なインパクトを我々リスナーに与えると同時に、「このアルバムには一体どんな音が詰め込まれるのかしら?」と、大いに好奇心を掻き立てられ、思わずジャケ買いしてしまう衝動に走らせるのである。

ちなみに、私が中学の時に初めて買ったヒプノシスジャケアルバムは、レインボーの『闇からの一撃』。
当時の恥ずかしい写真。



探究心旺盛だった高校時代、私をジャケ買いへとかりたてたヒプノシスの影響力は計り知れない。
三条通りのとある中古屋で、ピンク・フロイドの『原子心母』のアナログ盤を掘りだした時は、この振り返り牛のジャケットから漂うなんとも不可思議な魔力と、シンプルな構図に心騒がされ、すでにCD主流の世の中であったのにもかかわらず、ワクワクしながらレジに持っていったのを覚えている。
レッド・ツェッペリンの『聖なる館』なんかも捨てがたいが、ヒプノシスのアートワークの中で、今でも一番好きなジャケットを挙げるとすれば、やはりこの『原子心母』になる。
浪人時代は、予備校のカリキュラムが終わってから、四条通りのジュンク堂に足しげく通って、柄にもなく美術コーナーに立ち入り、そこで分厚いヒプノシスのアートワーク集を発見し、毎度毎度立ち読みしては、この6000円以上もする高価本を何度もレジに持っていこうとしては思いとどまったっけか・・・・・イズミヤ閉店後の掃除のバイトだけでは、よー買えんかった。
今思うと、ヒプノシスの魅惑のアートワークは、私の青春時代と共にあったといってもいいかもしれない。


80年代に入ると、需要とともにヒプノシスのアートワークは、けっこうハードロック、メタルバンドにも適用されるようになり、発禁となったSCORPINOSの諸作品をはじめ、RAINBOWの『Difficult to Cure』、MSGの『神~帰ってきたフライング野郎~』 、DEF LEPPARDの『High 'n' Dry』、ヒプノシス解散後、トーガソンがソロで手掛けたものでは、HELLOWEENの『Pink Bubbles Go Ape』、ANTHRAXの『Stomp 442』、 DREAM THEATERの『Falling Into Infinity』、MEGADETHの『Rude Awakening』と、挙げていけば枚挙に暇がない。

            
 
今世紀に入ってからのでは、AUDIOSLAVEの1st『Audioslave』がトーガソンのアートワークだったのには、ちょっと驚かされた。

あと、レジに持っていくのもはばかれるほど、強烈なインパクトを与えたものといえば、SCORPIONSのこのおっぱいビニョ~~~~ンジャケット。不条理きわまりない。
Lovedrive / SCORPIONS


もひとつはこれ。見てるだけで口ん中がカラッカラになってきます。
Tightly Knit / CLIMAX BLUES BAND



今のデータ配信のご時世では、ヒプノシスだの、ジャケ買いだのいったって、懐古趣味のオッサンのタワゴトにしか聞えず、投票券やサイン会参加券付きとか、有名芸能人やかわいい女の子をあしらったジャケットでもなければ、CDなんて売れないのかもしれません。
i-Podとかでも、ネットで落としてきていくらでもジャケット貼り付けられますしね。

でもやっぱ、自分のお気に入りのアルバムは現物として手元に持っておきたいものですし、その媒体を自分の手に持ったときのワクワクドキドキ感は、その音楽を聴くときのモチベーションを自ずと高めてくれるものですし、そこに描かれたアートワークとともに、生涯あなたのこころの奥に深く刻まれるかと思うのです。

特に、ヒプノシスの手掛けた魅惑的なジャケットのアルバムは、アナログ盤か紙ジャケで取り揃えておきたいものです。



今日の1曲:『Atom Heart Mother』/ Pink Floyd
 
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テケリズム

2013年04月16日 | アーマの発狂日誌
これから私が語ろうとすることは、ある種の原初的できわめて困惑させられる神話体系に照らして考察したある考えのことである。
私が今まで封印してきた、南極での一部始終のこと。そこで起こった慄然たる出来事。未知との遭遇。
あの氷の世界に閉ざされているものには、絶対触れてはならないのだ。
トラップト・アンダー・アイス!

私がミスカトニック探検隊の調査団の一員として南極圏に渡ったのは20××年9月12日のことだった。
我々はそこで、人類誕生以前のものと思われる、悠久の太古からの恐るべき残存物・・・・・ヒマラヤ山脈をはるかに凌ぐ、踏破あたわざる黒々と聳える狂気的な未知の山脈、海星状の頭部と樽状の胴体を備えた高さおよそ8フィートにおよぶ先住種族の氷漬けの標本を目にし、慄然たる原初の神話に思いを巡らせ、その計り知れない太古からの宇宙的恐怖にすくみあがったのであった。
詳細については、当時の地元誌『アーカム・アドヴァタイザー』を参照されたし。

そして、私を心底震え上がらせたのが、その狂気の山脈の奥地に広がるありえざる人口都市を目にした時であった!
悠久の太古に死に絶えた、その原初の建築物の、洞窟にも似た蜂の巣状の内部には、壁一面を覆う精緻な彫刻が施されていた。
そこには、何語ともつかぬ凶々しくも忌まわしいスラッシュメタルバンドのロゴが、ところ狭しと刻まれていた!
そして私は、今は亡き近所のワルツ堂で、あのすさまじい『METALLION VOL.3』を立ち読みしたことを心から悔むのであった。



いや、それでも、私にブラックメタル趣味がなかっただけ、まだマシだったかもしれない。あの、あまりにも冒涜的なブラックメタル勢の判別あたわざるバンドロゴを目にしていれば、その場で発狂していたことはまず間違いない。
これは、思春期より「スラッシュ・ティル・デス」という信念を誇示しつづけてきた私にとっては、あまりにも衝撃的な発見であり、脳内でモッシュサークルが渦巻く意識の中で、かつて忌まわしい『METALLION VOL.3』を読み、不快なほどに博識なスラッシュ評論家のアッサン氏と高校でよく話しあっていたことを悔むのであった。

しかし、本当の恐怖はこれからであった!
その時、氷に覆われた開口部の深淵から、あの広範囲に響き渡る慄然たる笛を吹くようなリズムが聴こえてきたのであった。
それはあらゆる奇怪な調べや不気味な調べより空恐ろしい、まったく思いがけないものだった。
宇宙の調和に対する我々の概念をことごとく、新たに覆すものだったのだ。

その響きは、かつて私がミスカトニック大学の付属図書館で閲覧した『ネクロノミコン』に掲載されていた“死霊秘法”にしたがって、バルザイの偃月刀とズカウバの薫香を用いて、三角連続体の彼方から召喚したアトランティスの大女官カシュ=カと対峙した時、彼女が私に繰り返しほのめかしていた「テケリズム」なる謎めいた言葉に恐ろしくも似通っているようだった。
それは地球上で知られるどんなリズムとも異なる狂おしいリズムを繰り返していた。

そう、「テケリ・リ、テケリ・リ」と・・・・・・

テクノ大女官カシュ=カ


この狂おしいリズムのせいで、私と南極探検に同行していた同僚の段呆介は、「た、大切なのはマカロニだ!オオオ・・・OMAJINAI☆‰⊿ペロペロ、ペロリ太郎ォォォ~~・・・・・チュチュチュッ!」などと、意味不明の言葉をわめき散らしながら発狂してしまった。現在はアーカム郊外の精神病院で療養中だ。

気の毒な段呆介・・・・・・

事実、彼は、大学の付属図書館で、相原コージが著したあの虫食いだらけの『神の見えざる金玉』を最後まで読みとおしたごくわずかな者のひとりとして知られているのだ。




私は狂気山脈から帰還した後、インターネットラジオを応用したSNS、last.fmに加入し、(普段PCで音楽を鑑賞する習慣はなかったが)所持している音源をPCにかたっぱしから取り入れて、lastfmlogosという自動バンドロゴ生成機にかけまくることに没頭した。それは、もう寝る暇も惜しんで。
するとどうだ。そこに生成されたあまりにも混沌とした、あまりにも冒涜的なロゴが列挙されたこの構図を目の当たりにして、私は正気を保つことにかなりの神経をすり減らさねばならぬ事態に陥った。
と、同時になんだかノスタルジックで満たされたような幸福感、恍惚感もが全身に込み上げてくるという、なんとも名状し難い不可思議な心理状態にあった。



そこで、私の音楽に対するがんじがらめの固定観念が根底から覆されたような気がした。
ロックだとかメタルだとか、そんなことはもうどうでもよくなった。偏狭なロック愛好家が忌み嫌うエレクトロやヒップ・ホップまでをも甘受することによって、混沌とした異世界が開け、窮極の高みへと成就する。
音を楽しむと書いて「音楽」。サンプリングされた電子音であれ、非人間的なガテラルヴォイスであれ、その音の響き、フレーズの心地よさを全身で感じるのだ!古い固定観念をかなぐり捨てよ!テケリズムの反復する音に身を委ね、フォックストロット、ジダンダ、ステップせよ!

それにしても、「テケリズム」という言葉の響きには、どことなく聴覚を鋭敏にさせる、ある種のアルカロイドを含んだ薬草を噛んだ時のような幻惑的な作用が含まれているように思われてならない。
同じ空間にて、異なる性質の音楽を共存させること。すなわちこれが「テケリズム」であると!
この音楽に対する考えは、飽きっぽくて冷めやすい私の性格に恐ろしくもピッタリと符合しているようであった。

この神をも恐れぬ冒涜的な考えに至った時、大いなる三角連続体の彼方から、大女官カシュ=カが、オートチューンがかった声でほのめかしていた、あの慄然たる詩が再び私の脳裏に甦るのであった・・・・・


くり返す このテケリズム

あの衝動は まるでコスだね

くり返す ショゴスみたいな

あの形状が 甦るの

くり返す このテケリズム

あの叛乱が うそみたいだね

くり返す このテケループ

いにしえのものみたいな声だ

またくり返す このテケリズム

テケリズム テケリズム テケリズム テケリズム テケリズム・・・・・・・・

テケリ テケリ テケリ テケリ テケリ・・・・・・・・・

リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・リ・・・・・・・・・



今日の1曲:『いにしえより』/ Morbid Angel

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P・A・L・っ・ス(゜o゜)

2013年04月06日 | ♪音楽総合♪
いや、実は今までFAITHLESSのライブ映像を見たことがなかって、YOU TUBEで何気に視聴しやると、なんとバンド形態であったことを初めて知った。しかも、これがごっさカッコいい!!
で、即座にライブDVD『LIVE AT ALEXANDRA PALACE』(もちろん輸入盤のみ)購入に踏み切って、2週間待たされ商品が届けられたわけだが、これがフタを開けてみると、PAL方式で日本製のDVDデッキでは再生できないという事態。
自分の軽率さを呪いながら、他のヴァージョンを検索してみると、イタリア盤が1枚だけあったけど、こちらもどうやらPAL方式。

このような不甲斐ない状況に陥らせたのは一体誰のせい?
他でもない、私を含め、長年FAITHLESSへ目を向けてこなかった我々日本人の落ち度である。

5.1chで爆音で楽しみたかったが、仕方ないのでPCで鑑賞。
やはりカッコいい!!いや、このカッコよさはもう、想定の埒外であった。
これがなんで日本で売れなかったんだ!?ほんと謎すぎる!
興奮のあまり、私はニューマシンVALUESTARVN370/Hの前で、ライブ会場でも滅多にやらない手拍子、そして地団駄ツーステップを踏んでしまったことを告白しておこう。



本作は4thアルバム『No Roots』リリースに伴なうツアーでの、2005年ロンドンのアレクサンドラ・パレスで行われたライブ模様を収録したもの。
実は、この前年にFAITHLESSはたった1度だけ朝霧JAMで来日しているのだ!このステージを目撃した当時から耳の肥えたオーディエンスはとてもラッキーだというほかない!
【来日時のインタビュー】
しかも大阪公演も予定されていたらしいが、スケジュールの都合がどうのこうので突如中止になってしまったらしい(つーか、チケットの売れ行きが芳しくなかったのだとにらんでいる)。
まぁ私なんか、FAITHLESSの名前をやっと知ったかくらいの頃だったから、悔む資格はないのだが。
もともとDJがツマミをいじってるだけという印象が強いエレクトロ系のライブには昔から懐疑的で、20代の頃まあまあハマっていたUnderworldのライブDVD『Everything Everything』さえ最後まで見たかどうか記憶にないくらいだ。

『No Roots』は思い返せばロック成分多めのアルバムで、FAITHLESSがいつからこのようなバンド形態のライブを演るようになったかは定かではないが、これはもうほとんどロックコンサートであるといっていい。
ライブアレンジや演出は、個人的にピンク・フロイドの『P・u・l・s・e』を彷彿とさせるものがあり、楽曲なども『対』あたりの雰囲気を思わせる。中央にでっかいパーカッションセット、そしてその左横にリアンナ、そしてアルバムにも参加しているL.S.Kのコーラス隊を添える配置からも、それを窺わせるものがある。
ただ、クラブ・アクトとしての自分たちの領分はキッチリわきまえており、決してガキっぽいデジロックなどに陥ることはない。
四つ打ちビートのエレクトロサウンドがループする中、アコースティックギターを効果的にのっけてくる味付けは、どこか哀愁を感じさすFAITHESSの楽曲をドラマティックに引き立てる役割を見事に果たしている。

No Roots



しかし、なんつってもMCマキシ・ジャズのステージでの立ち振る舞いが目を惹く。
ステージ中央より春日よろしく威風堂々と登場するそのシルエット姿を見ただけでも鳥肌ものである。そして観客を見下ろす時の佇まいといい、長細い両腕を広げてジャンプしながらオーディエンスを煽るアグレッシヴな躍動感といい、彼から放たれる一種異様なカリスマ性は痛烈である!
マキシはレコーディングでのつぶやくようなMCではなく、いつもより少しトーン高めのラップをまくしたてるといったスタイル。
そして、ブレイクの場面ではお辞儀をペコリ。さすがは仏教信者である。
こんな崇高で礼儀正しいラッパーは、マキシのほかに知らない。




なお、FAITHLESSは2012年8月のクロアチアでのライブを最後に解散してしまった。
だから、私はこのDVD作品をみなさんにオススメしない。そんなことはできない。
なぜなら、このダンサブルで完成度の高すぎるライブ映像を見れば、私のように朝霧JAMでのライブを見逃したことを一生後悔することになるだろうから。
(まぁあと、PAL方式ってのもある)

今日の1曲:『Insomnia』/ FAITHLESS
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