AMASHINと戦慄

~STARLESS & AMASHIN BLOG~
日々ブログレッシヴに生きる

ロボット編(シカシダンナサマ)

2019年11月23日 | まったり邦楽
今回の火の鳥コンピレーションアルバム『NEW GENE Inspired from Phoenix』には、ヴァーチャルな存在も参加していて、それがKizuna AIなる自称人工知能(AI)のユーチューバーらしいのだが。
最初「なんのこっちゃい?」とググると、萌えアニメ少女の絵が出てきて、まぁ初音ミクみたいなものなのかなと。

で、手塚るみ子さんとこのAIとの座談会みたいなのも出てきて、その対談を読んでますます謎が深まっていったワケなんだが。
『火の鳥』座談会 “漫画の神”が託す遺伝子



ここまで感情的に流暢に言葉を交わし、しかも『火の鳥』のマンガを読んで、そっからインスパイアされた詞まで綴るAI(人工知能)など、今の技術ではまだ無理だろうと。
おそらくどっかの声優さんか何かが、この萌えアニメ少女を通してネット上で芸能活動をしてはるんであって、このKizuna AIってキャラはゆるキャラの着ぐるみみたいなもので、それがAIっていう設定でエンターテイメントを繰り広げてはるのやと。まぁふなっしーみたいなものだ。
だからこうやってネホリハホリ詮索するのははヤボなことなんだろうな。

楽曲はTeddyLoidっていう新進気鋭のサウンドクリエイターが担当しており、最初想像してたアニソンっぽい曲でも初音ミク風のイタいVoでもなく、capsule系のバッキバキのおしゃれなエレクトロチューンで普通にカッコいい。

Kizuna AI本人が作詞したという、ほぼ英詩で所々火の鳥キーワードが散りばめられてる言葉のセンスはなかなかのもので、とても人工知能が考えたものとは思えない。
あと鳥の鳴き声もミックスされてある。




まぁ『火の鳥』には、人間より優位な存在となって人類のまつりごとを決定する末期的頭脳コンピューター「ハレルヤ」(『未来編』)や、事務ロボット「チヒロ61298号」(『復活編』)などのAIロボットが登場し、中には人を好きになるとう感情を芽生えさせたりもする。
それをイメージしたコラボレーションとして、今回のTeddyLoid氏とKizuna AIとの共演は意味深いものなのかもしれない。

    


事故の後遺症で、生身の人間がガラクタに、ロボット(無機物)が生あるものに見えてしまうという視覚障害を患ったレオナ。
そんな不憫な彼が、ある日偶然見かけた大企業の事務用ロボットであるチヒロに恋をしてしまう。
そして無我夢中でチヒロにマジ告白し猛アタックした結果、チヒロの頭脳回路に変化が生じる。

チヒロの本当の姿↓



個人的に、最初このシーンを彷彿とさせた曲といえば、Perfumeの「コンピューターシティ」。

絶対故障だ ていうかありえない

僕が君の言葉で悩むはずはない♪

という、無機質でどこか切ないフレーズと、アンドロイドっぽいエフェクト声。
近未来テクノポップユニットとして売り出したPerfumeだったが、最初まったくブレイクすることなく、自分たちがやらされてる歌いあげることを許されない無機質な音楽も全然好きになれなかった彼女たちが、この「コンピューターシティ」ではじめて「これ、カッコいい!」と、突如覚醒する。
この変化は、上記の歌詞にも通ずるところがある。
「エレクトロワールド」の破滅的な暗い世界観も手塚マンガに通ずるもんを感じるし、中田氏はひょっとして手塚マンガ読者なんじゃないだろうかと。




あとコンピアルバム『GENE』の中で、AIというか、近未来的な雰囲気を醸し出してるのが、相対性理論のVoやくしまるえつこの語りのみの「Human Is」という曲。
まぁ個人的には、なんか作詞者のオリジナルな世界観が強すぎてけっこう苦手。
言うてることが中二病の戯言というか、なにをウジウジ言うてんのやと。

語っているのは冷凍カプセルで眠りにつこうとするクルーという設定みたいで、カプセルといえば火の鳥の『宇宙編』に出てくる。




この話は、5人の乗組員が宇宙船という密室の中で、一人の美女隊員を巡ってお互い反目し合い疑心暗鬼に陥る、とっても気の滅入る陰湿なストーリーでこれもちょっと苦手。
まぁこういったことは現実の世界でも度々起こることで、これは環境的にも必然的な人間の本能行為で、もうどうしようもないんですよね。イヤだねぇ。
物語は、4人の搭乗員が冷凍カプセルで冬眠している間に、ひとりのクルーが操縦席で干からびて死んでいたところから始まる。

「牧村を殺したのはだれだ!?」

宇宙船が座礁し、それぞれカプセルで脱出した隊員たちの会話のみの回想録を交えた探り合いが繰り広げられる。
そして、彼らのカプセルの後を幽霊のごとく追ってくるもうひとつのカプセルの正体とは!?
ラストはなんか、『2001年宇宙の旅』みたいな感じで、映画媒体を意識した手塚のSF作家としての発想力と構成力が炸裂した傑作ではある。

ただ、コマ回しがヘンタイすぎるんよ!!実験的にもほどがある!



で、この「Human Is」という曲、なにやら惑星浄化システム(AI?)が一瞬人間としての部分を垣間見せるといったふうの内容なので、『復活編』に登場する「ロビタ」をイメージした曲なのかなと。

  


まぁロビタはAIというより、もともと人間であったレオナとチヒロの精神が融合した慣れの果ての姿である。
ドク・ウィークデー博士の術式によって、ノーラン・デュバリ氏液に浸されたレオナの脳髄の記憶を電子頭脳に移し替え、レオナとチヒロは精神的に結ばれるのだ。



ただ、博士の手抜きで、二人の融合体の受け皿にされた媒体が不格好なポンコツロボだった。
残念!!

ロビタ・プロトタイプ。(後に「足なんて飾りです」とばかりに滑車走行型に改良される)
    


といったように、実に複雑な経緯をたどっているロビタという存在は、手塚マンガ好きにとってはアトムよりも重要な位置づけにあるロボットキャラだと思われる。
なにを隠そう、かの手塚るみ子さんが運営する音楽レーベルの名が「MUSIC ROBITA」である。




個人的には、もっと『火の鳥』にふさわしい近未来的、宇宙的、実験的、変態的、狂気的、アヴァンギャルド、プログレッシヴ、サイケデリックなアーティストはいたと思う(GOMAとか)。
まぁでもここでそんなことボヤいても仕方がない。私には何の権限もないのだから。
自分で個人的に『火の鳥』くくりのプレイリストでも作ればよいことだ。




今回の『火の鳥』コンピレーションアルバムを皮切りに、また質の高いアーティストと手塚マンガとのコラボーレーションがどんどん実現されて、若い層たちにももっともっと手塚マンガ(特に68年~72年頃のマイナーな作品)が読まれればなと。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

火の鳥 音楽・自由編

2019年11月17日 | まったり邦楽
もう一年過ぎたというのに、まだまだ進行中の手塚治虫生誕90周年企画。

今回は、話題になっているのか?売れているのか?誰が買うのか?
大いに疑問を感じるこんな大胆な一品が出ちゃいました。


火の鳥コンピレーションアルバム『NEW GENE,Inspirilated from Phoenix』。




まぁ手塚生誕90周年つっても、だいたいがアトム、ジャングル大帝のレオ、ブラック・ジャック、リボンの騎士のサファイア・・・などの割と一般的に知られてる無難な手塚キャラしかフィーチャーされてない画の企画モノが多い中、手塚治虫のライフワークでもあった壮大なテーマとスケールで描かれた超大作『火の鳥』のみにスポットを当てたこのようなコンセプトのコンピレーションアルバムが企画されたのは、手塚ファンとしては大変心騒がされるものだった。
なんつっても各編に登場する個性的で雑多な登場人物、そしてサイケデリックな風景画がコラージュされてるジャケットが秀逸。
もうこれはジャケ買いするしかないでしょ!


『火の鳥』とロックとの相性の良さは、2017年のフジロックコラボTシャツですでに立証済みである。



私がこのコンピCDを、わざわざ大阪のタワーレコードNU茶屋町店まで買いに行ったのは、店舗限定特典の7ページにもおよぶ超小作『火の鳥 NEW GENE 誕生編』(つのがい画)が欲しかったからにほかならない。




参加アーティストは以下の錚々たる面子。



まぁ名前も知らなかったアーティストが約半分もいて、正直どれも私の趣味とはちょっとズレたアーティストばかりで、音的にはそれほど期待はしてなかった。
ギリベンジーくらいだったかな。

さて、アニメのサントラとかではないマンガ作品のイメージアルバムとしては、人間椅子が手掛けた『無限の住人』、そして手塚るみ子さんが20年前発起人として企画したコンピアルバム『ATOM KIDS』とかがある(10年くらい前に手塚プロダクションがAべックスと癒着した黒歴史的コンピ作品に関してはなかったことにさせていただく)。

    


こういったものは、その作品に寄せた歌詞内容と音で攻めるのか、自分なりの解釈であくまで自流の言葉の表現でいくのか、二通りあるかと思う。
前者でいくと「マンガそのままなぞっとるだけやんけ!」みたいなアーティストとしてはちょっと恥ずかしい仕上がりになる危険性もあるし、後者の感覚が過ぎると「この曲のどこが火の鳥やねん!」みたいな手塚ファンから吊るし上げにされる危険性がある。
『火の鳥』なんていう壮大で宇宙的なテーマのマンガを題材にするとなると、それはもう相当難しい作業であるかと。まぁこんなサイケでプログレッシヴなマンガを音像化できるのは、おそらくピンク・フロイドか、日本でならコーネリアスくらいのものだろう。




アーティストさん達も、最初依頼されたときはこの仏師茜丸のように苦悩したことかと思う。



なので、今回参加の各アーティストのほとんどがそれほど気負いせず、けっこう自分流にサラっと作った感じがする。企画側もそれほどプレッシャーをかけず、自分なりの『火の鳥』を自由な発想で作ってくださいって感じで依頼したっぽい。
だから、「あ、これめっさ火の鳥!」って感じれた曲はせいせい3曲くらい。あとは音的にも歌詞的にも(まぁ私歌詞の読解力あまりないからね)コスモゾーンを感じ取ることはできなかった。
一応『火の鳥』あるいは手塚マンガをこよなくリスペクトするアーティストばかりを選出したとは謳っているが、これもいささか疑わしい。

ベンジーなんて45年ぶりに『火の鳥』読み返したって言ってる時点で手塚マンガにたいして思い入れがないんだろうなってことが窺い知れる。
まぁこれはるみ子さんのゴリ押しだろう。

この対談を読んでもそんな感じ。
『浅井健一 火の鳥とロックを語る』

うん、今回収録の「HONESTY GOBLIN」て曲も全然コスモゾーンなんて感じられない。
そもそも『ゴブリン公爵』ていう手塚作品があるってことも知らなかったんじゃねべが?
ただ、普通にカッコいい。いつものベンジーのカッコいい楽曲だ。やっぱギターの音色が秀逸。
まぁ作りかけの曲があって「この歌詞ちょっと火の鳥に通じるんじゃね?」ってなノリで提供したんだと思う。


過去から未来、繰り返される歴史、輪廻転生、一即多/多即一、ニューエイジなど、火の鳥のテーマみたいなのをほんのりと感じさすものとしては、佐藤タイジ氏の「賢者のダンスフロア」、ドレスコーズの「循環進行/逆循環進行」の歌詞なんかがコスモゾーンにわりと近づけた楽曲であったかと。
ドレスコーズのは、なんか子供たち歌わせた曲で、坂本慎太郎っぽくてめっさ好み。





逆に火の鳥にめちゃめちゃ寄せてくれてる楽曲も数曲ある。

Shing02 & Sauce81の「藝術編 (The Artist) 」なんかがそうで、これはなかなかの変わり種。
いわゆる手塚治虫を主人公とした新たな火の鳥の物語を綴ったもので、手塚の苦悩と驚異の創作人生を前半で物語っており、後半は火の鳥がその気負いから手塚を解き放ち導くという、感動的な邂逅ストーリーをラップで捲し立てるという、メチャクチャ作りこんでくれたのがわかる楽曲。バックサウンドも秀逸。
まぁただ、後半能書きが過ぎるのがちょっと聞いてて恥ずかしいかな。


あと、七尾旅人、森山直太郎などの、自分の趣味的にまず聴くことはないだろうアーティストの楽曲なんかもかなり原作に寄せていて、なかなか好感が持てた。

最近犬のために音楽をやっているという七尾旅人氏の曲なんて、「火の鳥のうた」というストレートなものですからね。
何編のどの場面とかじゃなく、全体的に火の鳥のことを自分なりの言葉でほっこりと歌ったもので、歌詞うんぬんより歌い方や曲調に場面の風景や郷愁、生き物の儚さみたいなものを感じ取れて、「ああ、この人火の鳥好きなんだな」ってのがなんとなくわかる。
まぁ犬が好きなら『太陽編』のテーマで歌ってくれてもよかったのにとは思ったけど。




どちらかというと苦手な森山直太郎氏の楽曲も案外よかった。
つーか曲が「速魚」っていう、もう『鳳凰編』好きとしてはニヤっとせずにはいられないタイトルやし。
これがもう恥ずかしいくらいにそのまま『鳳凰編』をなぞったような曲で、これはいささか「寄せすぎやろ!」と思ったが、森山氏が我王の気持ちになって、恋人を偲んでもう触れることのできない速魚に捧げた歌っていう設定の曲であることを理解した瞬間、もう涙なしでは聴けない感涙の鎮魂歌となっている。
森山氏も多分『鳳凰編』が一番好きなんやと思う。 いや、いい曲だ。




本作を聴いてひとつ言えるのは、どれも楽曲のクオリティが高いこと。
なんせ普段自分が聴かんようなアーティストばっかやからなぁ、逆に新鮮で楽しめた。
この1週間車でずっと聴いてる。


私の場合、『火の鳥』が好きな故、知らなかったアーティストの楽曲に触れることができたが、この作品の参加アーティストのファンの方は、逆に手塚治虫の超傑作『火の鳥』を読むいいキッカケになればなと。

『火の鳥』は、日本史の勉強にもなるよ!

『NEW GENE, inspired from Phoenix 』Lyric Movie Trailer
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

兄ちゃんチケットあまってへんか?

2019年11月03日 | まったり邦楽
昨日はCocco『Live Tour 2019 “Star Shank”』チケット一般発売日だったので、朝から近所のコンビニに赴いたのであるが。

まぁオリックス劇場だし、今のCoccoだったら以前のように瞬殺でソールドアウトになることはないだろうと、余裕をかましていた私はバカだった。


同じだ・・・・20年前と何も変わっちゃいねぇ・・・

本当にCoccoのチケットはとれない。


先月ミュージックステーション3時間SPに出演し、新曲「海辺に咲くばらのお話」をライブ披露したみたいで、私は観損なったんだが、その時間帯TwitterのトレンドにCoccoの文字が踊り出ると同時に、当クソブログの私が昔に書いたクソみたいなCocco記事へのアクセスが殺到し、Coccoは茶の間にまたかなりの反響を与えたんだなということを窺わせた。

確かにこの曲における「焼け野が原」を彷彿とさせる中間のCoccoの「オオオオ~~~~」という魂の底から突き上げるかのような雄叫びは、生歌やとみんな度肝抜かれるやろなっていうのはなんとなく想像できる。




で、先月はじめにリリースされたCoccoの最新作『スターシャンク』。
本作は、初期Coccoのサウンドの要であった根岸宗孝氏の13年ぶりの全面プロデュースということで、それなりに期待はした。
ただ、2006年の復帰作『ザンサイアン』は散漫とした内容で、前作の『アダンバレイ』にいたっては全く曲を思い出せないほど印象が薄い内容だった(てゆーか全然聴いてないんやけど)。
これは、プロデュース云々というより、全面的に作詞作曲をしているCoccoのその時のバイオリズムに因るところが大きいかと。


今回のアルバム制作にあたって、Coccoは20周年も終わって歌手を辞めてジュエリー職人になろうと、とあるジュエリー屋さんに弟子入りして修行を積む日々を送ってたらしく、宝石のパーツとパーツを繋ぐ「シャンク」という作業をしてたら、音が鳴り出して「これは出さないと」と思ってアルバムを作ることになったんだとか。

アルバム『スターシャンク』について語るCocco。(特典DVDより)



で、最初聴いたときは、「今回もダメか・・・・」という感じだったんだが、それは聴く前から「今のCoccoじゃな・・・・」ていう先入観で聴いていた己のニブくなった感性が故の愚鈍すぎる印象だったとすぐに気付かされた。

いやいや、今回の『スターシャンク』はいい!!

本作は言うなれば、20代の頃の音楽活動を辞める前の絶頂期に出した作品に近い感覚がかなり出た充実の内容であるかと。
ただ、そこにはベテランのメタルバンドがよく陥るような、「原点回帰!」と銘打って若い頃に出した最高傑作をただ意識しただけの、「栄光の時代よもう一度」的な悪あがき感は微塵も感じない。

初期の感覚が戻ったと感じたのは、やはり『ザンサイアン』ではあまり噛み合ってるとは言えなかった根岸氏のサウンドプロデュースが、Coccoのこの度のバイオリズムとうまく合致し、見事な相乗効果が生まれた結果かと思われる。
今回の作品は、とにかく復帰以降の作品によくみられた遊び心が過ぎる番外編的悪ノリなナンバーや、慣れ合い感のキツすぎる楽曲がなかったのがよかった。




椎野氏のダイナミックなドラミングに、厳かなストリングスで幕を開ける「花爛」からしてかなりヘヴィだ。
根岸氏のベース音ものっけから歪ませまくっている。
シリアスな雰囲気を纏う2曲目「2.24」もタイトルからしてかなり意味深なナンバー。
ここで、アルバム『エメラルド』で取り入れたCoccoのウチナーグチ節がほんのり加味された歌唱が霊験あらたかさをもって脳髄に響いてくる。
おそらく普天間基地の移設問題の類をテーマとしたナンバーなのであろう、後半にヘリコプターのプロペラ音、銃撃などのSEがピアノの乱れ音と共に迫ってくるこの根岸氏のミックスがカッコよすぎる!
「四月馬鹿」テイストの、鼻歌まじりに作ったかのような曲調でありながらほんのり切なさも感じさす「夕月」も秀逸。Coccoはこういう曲が本当にうまいね。
洗練された英詩ナンバーも相変わらずバランスよく配置されている。


同時録音?(特典DVDより)



今回はダークでヘヴィなナンバーが6~7割くらい占めてて、打ち込みサウンドもかなり多用されている印象がある。
その要素が色濃く出たのが、ライバッハの楽曲でも始まりそうなインダストリアルなイントロが厳つい「極悪マーチ」。これはCoccoの妖艶で流麗なるウラ声歌唱が効果的に機能した、今までにないくらいのテクニカル指向なナンバーで、これが見事にハマっている。

実は「極悪マーチ」は、19年前にすでにCoccoが同タイトルの詩を綴っている。
2000年の『ライブツアー 9ヶ所11公演』の合間を縫ってCoccoが書き上げたと思われる。
当時の心境を丸々転用したのでないのは一目瞭然だが、自虐的な内容であるのは一緒で、自己嫌悪感が当時の方がエグい。




立て続けにダークな曲調である「Come To Me」は、トチ狂ったようなSEといい、Coccoの悍ましい絶叫といい、チトやり過ぎ感が否めない。
ここまで病んだアレンジにしなくても・・・・ホラー過ぎてひくわ。


最初に本作を聴いて一番いい印象を受けた、Coccoのオシャレポップなセンスが炸裂した「願い叶えば」はMVも作成されている。
若い学生に制作を依頼したというこのラブリーなMVでCoccoと共演している中性的な男性は、本人も関係者も明言はしてないので定かではないが、Coccoの息子であることはほぼ間違いないかと。
だってCoccoソックリやん!(親子ツーショット写真はネット上で公式公開されている)



しかし、よくもまぁこれだけ身内をフィーチャーしたMV撮ったなぁ。
観てるこっちが恥ずかしくなるが、まぁCoccoはいまや何をしてもいい存在だからなぁ。


アルバムラストを飾る「フリンジ」は、最初「あなたへの月」系列の昔からよくあるCoccoの曲だなぁ~ってあまり気にもとめてなかったけど、歌詞の内容が頭に入ってくると、Coccoのエモーショナルな歌唱が心に沁み込んできて、とてつもなく情緒不安定な気分にさせられる。

あの頃なんて 戻ってくるわけなくて 

惨めになって でもまだ眩しくて♪

とてもシンプルな言葉なんだが、なぜか心に響く。
こういうのをサラっと書けるCoccoは、ほんま天才としかいいようがない。


今回のアルバムは、気づけばCoccoの通算10作目にあたる節目の作品。
なので、いままでの10枚のジャケットステッカーがついてきた。
こうやってみると、Cocco画伯の絵のアート性もずいぶん変わってしまったなぁ。



もうCoccoの作品に感動することってないのかなって、前作を聴いて思ったけど、ここにきてまたこれほどまでに私の感情を揺さぶってくるとは・・・・


Coccoは、あと10年は戦える。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする