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近年のアメリカは、国連骨抜きに努めて来た   文科系

2016年07月08日 00時24分48秒 | 文芸作品

 近年のアメリカは、国連骨抜きに努めて来た
──ノーム・チョムスキー「覇権か生存か──アメリカの世界戦略と人類の未来」(2004年9月集英社新書)からの抜粋

 はじめに

 昨日の拙稿にイラク戦争当時のアナン国連事務総長を貶めることだけによって、拙稿の内容自身の否定をほのめかすというよく使われる手法のコメントがあった。そこに書いた故ケネディ大統領の国連重視発言の姿勢を今のアメリカが全く無視しているという証明部分には全く触れないで。今の米国をほんの少しでも擁護しようという狙いなのであろう。
 そこで今度は20世紀の世界の大哲学者にして、ベトナム戦争以来筋金入りの米国戦争ウヲッチャー、ノーム・チョムスキーの、アメリカ国連無視、単独行動主義への批判を抜粋紹介しておこう。これは、アナン事務総長よりも遙かに厳しいものなのだ。なお、ノーベル平和賞を貰ったアナン事務総長については、「アナン国連事務総長 ウィキペディア」と検索を入れて、その記事をご参照いただきたい。国連イラク戦争討論という場で近年アメリカの国連無視と最も激しく闘った国連生え抜きの総長だから、アメリカからの批判が激烈であるのは当たり前だろうと愚考する。日本を骨抜きにするべく田中角栄の政治生命を奪ったのもアメリカだとは、既に日本人皆が認める有名な話であるはずだ。

 アルカイダを育てたのは、アメリカ

『1980年代における「対テロ戦争」の二大中心地は、中米と、中東及び地中海地域だった』が、その中東を観ると、
『ワシントンにいる現職者が取り組んだ活動の一つは、よく知られるようになった。1980年代にCIAとその関係組織がイスラム過激派を募り、正規軍及びテロリスト部隊としての組織化に成功した事実だ。カーターの国家安全保障担当補佐官だったズビグニュー・ブレジンスキーによれば、その目的は「ロシア人をアフガンの罠におびき寄せること」であり、初めは秘密工作によってソ連をそそのかし、アフガニスタンを侵略させることだった』
『その直後の結果として起こった戦争のためにアフガニスタンは荒廃し、ソ連軍が撤退しレーガンのイスラム聖戦士に取って代わられると、更に悲惨な状況になった。それがもたらした長期的な結果は、20年に及ぶ恐怖政治と内戦だった』

『ソ連軍の撤退後、アメリカとその同盟者(その中にアルカイダを始めとするイスラム聖戦士が含まれる)によって徴募され、武装及び訓練されたテロ組織は矛先を他国に向け・・・(1993年には)関連グループが「CIAのマニュアルで教えられた手法」に従い、世界貿易センタービルを破壊する一歩手前までいった。計画を立てたのは、シェイク・オマル・アブドル・ラーマンの支持者だったことが判明している。ラーマンはCIAからアメリカ入国の便宜を図ってもらい、国内でも保護されていた人物だ』
(以上160~162頁からの抜粋)

 イラク戦争に見る国連骨抜き策動

 イラク侵攻が始まった時、著名な歴史学者でケネディ大統領の顧問だったアーサー・シュレジンジャーはこう書いた。
「大統領は『先行防衛』を採用したが、これは帝国主義の日本が真珠湾で用いた政策と恐ろしく似通っている。かつての米国大統領の言葉通り『汚名のうちに生きる日』となったあの日の政策と。フランクリン・D・ローズヴエルトは正しかったが、今日では汚名のうちに生きるのは、我々アメリカ人の方になった」
 シュレジンジャーは更にこう述べている。「9・11の後、アメリカを包んだ世界各国からの同情の波は、アメリカの傲慢さと軍国主義に対する世界的な憎悪の波に取って代わられ」、友好国の国民ですらブッシュが「サダム・フセイン以上に平和を脅かしている」と見ていた。国際法の専門家リチヤード・フォークによれば、イラク戦争は「平和に対する犯罪であり、生き残ったドイツの指導者がニュルンベルク裁判で起訴され、求刑され、処罰されたのと同様の犯罪」であることは「否定できない」という。

 この戦略を擁護する人の中には、国際法を踏みにじっていると認識しながら、別に問題はないと考える人もいる。国際法の枠組み全体が「戯言」にすぎない、と法学者のマイケル・グレノンは書いている。「力による支配を、法による支配のもとに押えこもうとする壮大な試み」は、歴史のゴミ箱に投げ捨てるべきなのだ。規則のない状況を意のままに作り出せる国にとって、これは都合のいい立場である。この国は世界の他の国々の合計に匹敵するほど多額の費用を暴力的手段に投じ、世界のほぼ全ての国が反対しているにもかかわらず、新たな破壊手段を開発すべく危険な道を歩み出しているからだ。国際法の制度が全て「戯言」だと証明するのは簡単である。米国政府は「自国の優位を維持するためにあらゆる手を尽くすという意思を明らかにし」、イラク問題に関しては国連安全保障理事会を「無視すると発表して、………軍事力の行使を管理する〔国連〕憲章にもはや拘束されるつもりはない」と明確に宣言した。それだけだ。こうして規則は「崩れ」、「国連という組織全体も崩壊し始めた」。これはよいことだ、とグレノンは結論する。アメリカは「文明国」のリーダーであり、それゆえに「その軍事力の抑止を謀る〔いかなる試みにも〕抵抗しなければならない」からだ。

 文明国のリーダーは、規則を意のままに変えることもできる。侵攻を正当化できるとされていた大量破壊兵器の発見にイラク占領軍が失敗すると、プッシュ政権のスタンスは、直ちに軍事行動をとらなければならないほどの大量破壊兵器をイラクが保持しているのは「絶対確実」だという主張から、「兵器製造に使用可能と思われる設備の発見によって」、アメリカの言い分が「正しいとわかった」という主張に変わった。政府高官は「議論の的となっている『予防戦争』の概念を修正」すべきだと提案し、「破壊的な兵器を大量に保持する国に対して」米国政府は武力行使できるとする点を見直すべきだとした。修正案は、「敵対政権が、〔大量破壊兵器〕開発の意図と能力をもっているだけでも、米国政府は行動するとしている」。

 ほぼどんな国でも大量破壊兵器を製造する可能性と能力を持っており、その意図があるかどうかは見る側次第である。ということは、見直しされた戦略は、実際には米国政府に独断による侵攻の権利を与えているのだ。武力行使への障害を取り除いたことこそ、イラク侵攻に関する公的な議論の崩壊が引き起こした最も重大な結果である。

 帝国の壮大な戦略の目的は、「アメリカの権力と地位の威信」を脅かす全ての挑戦を阻止することだ。ここで引用した言葉は、ディック・チェイニーやドナルド・ラムズフェルドなど、2002年9月の国家安全保障戦略を創り上げた国家主義的反動主義者の発言ではない。リベラルな政治家の先達とも言うべきディーン・アチソンが1963年に述べた言葉だ 】 (以上21~23頁のなかの一続き文章全文)

 なお、文中末尾の1963年とは、昨日のエントリーでも述べたように、ケネディ大統領が暗殺された年である。昨日もご紹介したものだが、ケネディ大統領の1961年9月25日第16回国連総会における演説を紹介しておく。

『戦争にとって代わる唯一の方法は国連を発展させることです。・・・・・・国連はこのあと発展し、われわれの時代の課題に応えることになるかもしれないし、あるいは、影響力も実力も尊敬も失い、風と共に消えるかもしれない。だが、もし国連を死なせることになったら──その活力を弱め、力をそぎ落とすことになったら──われわれ自身の未来から一切の希望を奪うに等しいのであります』

 

 

コメント (18)
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