夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

されど、『ねんきん特別便』・・♪

2008-05-28 08:54:35 | 時事【社会】
私は年金生活の63歳の身であり、
過日、温泉滞在旅行の間、『ねんきん特別便』が到着していた。

私は確認したが、加入記録の社名などの足跡は漢字表示されて、
大変に確認しやすかったのである。

私は東京オリンピックの頃に、大学を中退し、
映画青年・文学青年の真似事をし、
昭和45年にある企業に中途入社し、平成16年の晩秋に定年退職した身である。

中途入社する前は、アルバイトをしたり、
契約社員で半年ばかりしていた期間がある程度である。


私が定年退職後、『厚生年金基金』に中途入社後、
加入していた期間もあったので、企業年金連合会の事務所で確認した。

その後は、年金の肝要の社会保険庁の事務所で、
契約社員の半年、中途入社後の軌跡を確認したのであった。

私の場合は、中途入社後、勤めていた大企業の一部が分離独立し、
長らくレコード会社に勤め、統廃合などをし、
定年を迎えたので、この軌跡さえ確認できれば了解できたのである。

そして、私は安堵し、年金生活に入ったのである。


その後、社会保険庁の信じられない業務をニュース等で視聴するたびに、
監督官庁だった厚生省、そして社会保険庁の首脳、
末端の職員の方までの傲慢さに怒りを覚えたのであった。


家内の父は、昭和2年に生を受け、
家内の祖父と共に中小業の会社を30年前後経営した後、
技術職として契約社員を5社前後勤めて、
年金生活に入り、平成16年に死去した。


その後、国民の信頼を裏切った社会保険庁が糾弾されたので、
家内の父は納めた厚生年金など、きちんと年金に反映されていたのか、
解からないのである。

家内の母は、お父さんが契約社員として働いた会社、期間などは明確に覚えていないわ、
と家内に云ったのである。


私は社会保険庁で加入記録を指定用紙で管理していた時代、
昨今不明となっている山積みとなっている不明記録をニュースで視聴するたび、
お気の毒の方が多くいると、憂いたりしている。
そして余りにもずさんな管理をしていた社会保険庁の人々に、
怒りを覚えたりする。




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