仮題「心なき身にもあわれは知られけり」
(2)
遅ればせながらですが、
みなさん明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
ところで、更新が遅れた理由は、前回の記事で、かつて後鳥羽上
皇が鎌倉幕府の執権北条義時を討伐せんと挙兵を呼び掛けて、しか
し敗れてしまった承久の乱によって後鳥羽上皇が隠岐島へ配流され
る際に辿った足跡が当地の到る所に残されていると記しましたが、
すると、その後すぐに次回のNHK大河ドラマがその頃を時代背景
にする「鎌倉殿の13人」であることを知りました。たぶん題名が
「鎌倉殿の十三人」ではなく「13人」なのは三谷幸喜脚色の時代
劇、敢えて史実に忠実でないことを窺わせているのかもしれません
。そもそも私は、後鳥羽上皇が命じて編纂させた「新古今和歌集」
から西行の歌を取り上げて話を語ろうと目論んでいたのですが、仮
題の「心なき身にもあわれは知られけり」はもちろん西行の歌から
借りてきたのですが、そこで大河ドラマのことを知ってあわよくば
そのブームに乗っかろうと下心が芽生え、それなら何れにしてもす
こしは時代背景を知っておこうと思って、かつて既読した「日本の
歴史」全26巻(中央文庫)の7巻「鎌倉幕府」を引っ張り出して読
んでみたところ、これはもっと前史から追わないと付け焼刃に終わ
ると分って、1巻の「神話から歴史へ」から読み始めました。おか
げで年末年始はもっぱらそれをインプットすることに終始しました
が、やっと4巻「平安京」の途中まで、「万葉」を経てやっと「古
今」の世界に来ましたが「新古今」はまだまだ先です。ただ、改め
て読み直してみると日本史上の幾つかの疑問や信じ込んでいた誤解
に気付いたので「いざ鎌倉」へ馳せ参じる前に、その疑問を取り上
げてみたいと思います。
まず、その一つはこれまでにも何度も繰り返されてきた「邪馬台
国論争」です。
(つづく)
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