「11月15日」

2011-11-15 21:10:46 | 赤裸の心

                 「11月15日」


 11月15日は私の誕生日です。この日は七五三の日でもあるの

で子どもの頃は千歳飴だけで随分誤魔化された思い出があります。

更に、大阪では年明けの「えべっ(戎)さん」の祭りにその売れ残っ

た千歳飴が細工を変えて福飴として売られます。商人の街大阪では

三ヶ日が明けると「商売繁盛で笹持って来い!」の掛け声に寄せら

れて戎神社に参ります。今宮戎神社にはよく連れて行かれましたが、

またその福飴を与えられて、子ども心に初めて「飽いた」という感

情を知りました。だから、誕生日といえば舐めても舐めてもなくな

らないあの金太郎飴を思い出さずには居られません。

 もう小学校に上がっていましたが、近所に露天商のタコ焼き屋を

営む夫婦がいて、子どもが無かったからだと思いますがそのおばち

ゃんによく可愛がられて、祭りや夜店に連れて行ってくれました。

おばちゃんが家に呼びに来てくれるのです。夜店の嫌いな子供はい

ませんしタコ焼きも食べれるから歓んで着いて行きました。戎神社

では一度迷子になって警察の世話になったことさえありました。あ

る年の瀬でした、そのおばちゃんがいつもの様に誘いに来た時、母

親がそれまでとは態度を変えて、涙ながらに「もう連れて行かない

でくれ」と訴えたんです。「私の子を返してくれ」とも言いました。

それほど私はおばちゃんといつも一緒に居るようになってました。

母の訴えを聞いておばちゃんは仕方なく諦めて帰り、そして、それ

からもう私を誘うことはありませんでした。しばらくして、寒さの厳

しい時期だったと覚えていますが、おばちゃん夫婦は「えべっさん」

のために車の中に泊まり込み、暖を取るための練炭による一酸化炭

素中毒で二人とも亡くなりました。それから母親は、一緒に行って

たらお前も死んでたと言い、事あるごとに「お前を助けてやった」

とおばちゃんから引き離したことを自慢しました。私も母はすごい

人だと思いました。

 社会に出てから11月15日はあの坂本竜馬の誕生日であること

を知りました。もちろん、彼が生きていた時代は旧暦ですので厳密

には同じ日とは言えませんが、彼の外連味(けれんみ)のない生き方

に惹かれました。野望があっても我欲に縛られない清々しい生き方

に憬れました。ちょうどその頃は京都にいて池田屋騒動の舞台とな

った、当時は土産物屋だった三条木屋町の店で、例の革靴を履いた

竜馬のポスターを買い求め部屋の壁に貼り、竜馬が眠る護国寺にも

足を運び、そこから見下ろせる洛中の家並は今も目を閉じると浮か

んできます。歴史に埋もれていた彼を見出したのは司馬遼太郎の「

竜馬が行く」でした。その頃の京都はまさに竜馬ブームで、否、京

都だけでなく日本中がドラマの影響で幕末ブームでした。彼と誕生

日が同じである私は心の中に生きる竜馬が汚されていくようでその

流行に素直に乗れませんでした。竜馬をまるで自分のために居るよ

うに語る武田鉄矢は大嫌いです。

 私の父は、私が15才の時に亡くなりました。父が脳卒中で倒れ

る前夜、私は夢の中で父が死ぬ夢を見ました。夢を見ても目覚めと

ともにまず記憶に残ることはなかったのですが、その夢だけははっ

きりと覚えていました。父の遺体を担いで病院の階段を下りていく

夢でした。それでも、おかしな夢だと思うだけですぐに忘れてしま

いました。昼過ぎになって近所の人が父が倒れてると駆けて来てく

れました。父は私の手を痛くなるほど握り返しました。すぐに救急

車を呼んでもらって集中治療室に運ばれましたが、すでに脳死状態

でした。しばらくして、私はどうしてあんな夢を見たのか気になり

ました。予知夢というにはあまりにもはっきり記憶していて怖ろし

くなりました。そして、もしかしてこの世とは別の世界が在るのか

も知れないと素直に感じました。しかし、この世に在ってこの世に

は亡き者に従って生きるのは自らの命を全うすることにはならない

のではないか。ただ、そういう不思議があってもかまわないが、そ

れらに操られて生きたくなかった。たとえ間違っていても自分自身

の意志に従って生きようと決意して不思議な夢を封印した。宮本武

蔵が残した「神仏は尊し、されど頼らず」です。すぐに父の葬式が

行われましたが、その日は私の誕生日の11月15日でした。

 坂本竜馬は、自らが起草した「船中八策」によって大政奉還を見

届け、新政府の構想まで考えていたが自らはその要職には加わらず、

大海へ出て世界を駆け回る夢を描いていた。しかし、恨みをもった

徒によって惜しくも暗殺されてしまった。奇しくも彼が殺された日

は彼が生まれた日、即ち11月15日だった。

 

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