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透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

127 必要のみが要求する形

2011-01-10 | A 火の見櫓考


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 『「鉄学」概論 車窓から眺める日本近現代史』 新潮文庫 の第二章「沿線が生んだ思想」で著者の原 武史さんは永井荷風、高見 順、坂口安吾ら、都市近郊の鉄道を利用していた作家を紹介し、彼らが車内の様子や車窓の風景に見ていた世情、歴史、文化などを論じている。

坂口安吾については太平洋戦争中に書いたエッセイ「日本文化私観」を取り上げている。取手に住んでいたことのある坂口安吾は常磐線を使って東京に出る時、車窓からいつも「東京拘置所(小菅刑務所)」を見ていたそうだが、原さんは**不思議に心を惹かれる眺めである。(中略)その美しさで僕の心を惹いているのだ。**というくだりを「日本文化私観」から引用している(71頁)。

坂口安吾は利根川の風景よりも、手賀沼よりも刑務所然とした建築物に美を感じ、惹かれるというのだ。それはなぜか、原さんは**「美」というものを一切考えずにつくられているからだ、というのが坂口安吾の答えである。**と指摘した上で、**「必要なもののみが、必要な場所に置かれ」、その結果、「必要のみが要求する独自の形が出来上がっている。」**という坂口安吾の感想を先のエッセイから紹介している。

「必要のみが要求する形」は美しい。

坂口安吾のこの指摘、見解は火の見櫓にも当て嵌まるかもしれない。屋根に多少装飾的なものが付いていることもあるが、基本的に火の見櫓には必要なもの以外何も無いから・・・。



メモ) 『堕落論・日本文化私観』坂口安吾/岩波文庫


126 全体の構成と細部の意匠

2011-01-09 | A 火の見櫓観察記


126 諏訪市四賀普門寺




 建築の観察のポイントは全体の構成と細部の意匠。

では建築家はこのどちらにデザインの力点を置くか。日本を代表する建築家、丹下健三と村野藤吾の場合(二人とも文化勲章受章者)。丹下健三は全体の構成にこだわっていた。代表作の国立代々木競技場(体育館)にもこのことがよくあらわれている。この建築に近づいて細部を観察しようにもそこにはコンクリート打ち放しの壁があるだけだ。

村野藤吾は細部の意匠。遠くから村野作品を眺めてもあまりおもしろくない。でも、近づくと魅力的な細部意匠に気がつく。遠景の丹下、近景の村野と対比的に評することができるだろう。

ところで全体の構成と細部の意匠、この観察ポイントは火の見櫓にも当て嵌まる。

諏訪市内で見かけたこの火の見櫓の場合は全体構成には特にこれといった特徴というか、魅力は見いだせない。この火の見櫓の特徴、魅力は屋根にある。急カーブを描く四隅の稜線(写真では分からないが)と大きな蕨手、避雷針の根元の飾り、そして軒のひだひだの鼻かくし。これら曲線のデザインがよくまとまっている。

今年も火の見櫓の観察を続ける。もちろん建築の観察も。


 


「「鉄学」概論」

2011-01-08 | B 読書日記



 『「鉄学」概論 車窓から眺める日本近現代史』 原 武史/新潮文庫を読んだ。 

私はマニアックな鉄道ファンではないが、この手の本を見つけるとつい手にしてしまう。 巻末の紹介文によると本書は「NHK知る楽 探求この世界」のテキストとして刊行された「鉄道から見える日本」を加筆改稿し編集したものだという。

全八章から成る本書の第一章「鉄道紀行文学の巨人たち」を興味深く読む。この章には紀行文学の優れた書き手として知られる内田百、阿川弘之、そして宮脇俊三の人となりや作品が紹介されている。宮脇俊三の作品では、『時刻表2万キロ』*1や『最長片道切符の旅』*2など、昔読んだベストセラーが紹介されている。



第四章「西の阪急 東の東急」では、東西を代表するこの二つの大手私鉄を比較して、そこに小林一三と五島慶太、ふたりの実業家の手法の違いが現れていると指摘している。

梅田駅と渋谷駅の構造の違いから、旧国鉄すなわち「官」との関係の相違を読み取っていて、なるほど!だった。両ターミナル駅の構造、JR線との位置関係に、一貫して民の世界を歩いた小林と鉄道官僚出身の五島の経営手法の違いが現れているのだという。

ところで内田百といえば、『阿房列車』。新潮文庫に収められているが、未読。これを機に読んでみよう。


メモ
*1 1978年12月
*2 1980年04月

写真を撮るために書棚から取りだした『時刻表2万キロ』。塩尻駅が**塩尻は煤けて古めかしく、機関庫のあたりから蒸機が現れてきそうな風格のある駅だ。**と紹介されている。これは既に解体撤去された昔の木造の駅舎のことだ。松本駅については**新装の駅ビルで眠気覚ましのコーヒーを飲んでからホームで待っていると(後略)**とあるだけで、駅舎に関する記述はない。

 


古書の魅力

2011-01-05 | B 読書日記



■ 『成熟と喪失 〝母〟の崩壊』 江藤淳/河出書房新社

善光寺詣りの際に立ち寄った長野駅前の大型書店には古書コーナーもある。別に古書を蒐集する趣味があるわけではないが、のぞいてみた。で、すぐ目に入ったのがこの本だった(左)。この評論は文庫化されていて、昔文庫(右)で読んだ(81年2月)。

迷うことなくこの本を手にしてレジに直行した。できればこの本で再読したいと思った。それに本そのものがとても魅力的に感じ、手元に置いておきたいと思ったのだ。パラフィン紙でカバーされた箱、布製の表紙。これらは時の流れに耐える、というか時を経て魅力が増す。私は中身に加え、この本が長い時を蓄えているということに惹かれたのだと思う。 

自室の書棚の本がすべてこのような本だったらどんなにいいだろう・・・。


「はやぶさ」

2011-01-04 | B 読書日記

 『生命を捉えなおす 生きている状態とはなにか』清水 博/中公新書  年越し本を読み終えた。

あとがきからの引用。**「生きている状態」とはどのような状態だろうかと、私は心に思いつづけてきました。そして現段階でそれに答えるとすれば、「生きている状態にあるシステムは情報を生成しつづける」ということになるでしょうか。私はここに生命の普遍性、つまり物質レベルの法則性の上からは異なるさまざまな「生物」に共通する「生命の論理」の原点があると考えています。**(349頁)

さまざまなレベル、階層で捉えることができる生命システムの普遍性をこのような観点から追求している、と分かったようなことを書いておく。




 『太陽系大紀行』野本陽代/岩波新書   『小惑星探査機はやぶさ 「玉手箱は開かれた」』川口淳一郎/中公新書

2日、善光寺初詣の帰りに長野駅前の大型書店に立ち寄り、この2冊を買い求めた。昨年最も印象に残った国内の出来事は「はやぶさ」の帰還だった。でもこのプロジェクトのことは何も知らない。いくつものトラブルが発生したというのだが、具体的にどのようなトラブルだったのか・・・。そこでこの2冊を読んで、「はやぶさ」の誕生から帰還までを少し勉強しよう、というわけだ。

まず、『太陽系大紀行』を読んで、「はやぶさ」以前の探査機やそれらが伝えた惑星や衛星、小惑星などの情報を得た。著者は過去のプロジェクトの内容について、そして探査した惑星や小惑星の姿について、淡々と綴っている。読み物としては少し物足りなさも感じるが、冗長な文章を読むよりはずっといい。

「はやぶさ」については**降りる場所がどんな地形かわからないため、地上からいちいち指示を出していたのではまにあわない(*1)。そこで光学的な情報に基づく自律的な誘導、航法が力を発揮することになった。**と書かれている(110頁)。

うっかり読み過ごすと「はやぶさ」の凄さに気がつかない。「はやぶさ」はイトカワの地形に関する情報を自分で収集し、自分で取るべき行動を考えて実行したのだ。この自律的な機能の搭載がはやぶさの大きな特徴のひとつだった。

さて、『小惑星探査機はやぶさ』。

この本の著者の川口淳一郎氏は「はやぶさ」プロジェクトマネージャ(*2)。技術者らしい冷静な筆致だが、どことなくユーモアも感じる。このような本の出版を望んでいたのでうれしい。「はやぶさ本」が新書で出るとしたら中公新書だと思っていたが、やはりそうだった。

「はやぶさ」!  小惑星サンプルリターンという困難なミッションの全貌。まさか新書を読んで涙が出るとは思わなかった。新年早々、いい本に出会った。


メモ)
*1:地球とイトカワは着陸のミッションの時点で約3億km(地球から太陽までの距離は約1億5千kmだから、その2倍!)離れていた。運用室からの指令が「はやぶさ」に届くのに17分もかかるから、「はやぶさ」自身が判断して行動しなくてはならなかった。
*2:最近はコンピューターはコンピュータ、エレベーターはエレベータというように最後を伸ばさずに表記することが多い。この本ではマネージャ、ディレクタと表記されている。



繰り返しの美学

2011-01-04 | D 繰り返しの美学〇

 日常的には行われない特別な催しをアピールするのに、このような小旗の繰り返しは有効な演出だ。デパートや商店街などで時々目にするこのような光景、既に「繰り返しの美学」で何回も取り上げた。

2日の午前10時過ぎ、長野駅近くの大型店の前に開店を待つ買い物客の長蛇の列ができていた。列の上に並ぶ小旗。このような演出は見る者をなんだかわくわくさせる。大きなイベントが行われる時などにもこのような演出が街路を彩る。

  

これは国内に限らない。オリンピック、万国博、スポーツイベントなど世界各地で行われる国際的な催しでも見られる演出だ。同じものを直線状に繰り返すという単純なルールによって秩序づけられた光景は美しいという認識、これは世界共通なのだろう。

繰り返しの美学・・・。


124 125 火の見櫓はおもしろい

2011-01-03 | A 火の見櫓観察記


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■ 善光寺の仁王門脇に火の見櫓が立っていることをある方に教えていただいていた(前稿の写真参照)。
昨日、善光寺へ初詣に出かけた際、この火の見櫓を観察した。見張り台に比して屋根が大きい。柱に方杖
をつけて屋根を支えている。垂れ幕の「みんなで守ろう 大切な文化財」という標語は善光寺のお膝元ならでは。




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 もう1基、長野県庁の近くに火の見櫓があることに昨秋気がついていた。善光寺からの帰路、立ち寄った。立ち姿の印象、屋根と見張り台の大きさのバランスと意匠、櫓の構成など、善光寺の火の見櫓とよく似ている。避雷針に花びらのような飾りが付けられている。銘板に昭和5年8月の竣工とある。80年も昔の火の見櫓とは思えないモダンな印象の一因として櫓が直線的に絞られていることが挙げられよう。





謹賀新年 2011

2011-01-01 | B 読書日記




あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

透明タペストリー工房に遊びに来て下さる皆さまの

ご多幸を祈念いたします。



透明タペストリー工房

U1

20110101


書名でつくる新年の挨拶、今年は文庫の書棚からピックアップしました。

「で」「ご」「ざ」 濁音で始まる書名って少ないですね。

文庫で見つからなくて、過去に載せた本を再び載せました。

今年はかなり前に読んだなつかしい作品が並びました。