透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

ブックレビュー 0807

2008-07-31 | A ブックレビュー


■ 7月の読了本。

本日「日帰り東京」、往復の車中で『古道具 中野商店』読了。電車の中ってやはり最良の読書空間だ。読書に集中することが出来た。この小説については機会を改めてなにか書こう。

このまま小説モード継続、さて次は漱石の『こころ』。先日限定スペシャルカバーだという白い文庫を購入したからそれを読もう。

繰り返しの美学 鶏舎

2008-07-31 | B 繰り返しの美学


 駅のプラットホームや空港のコンコース、学校の廊下など直線的で長い建築は繰り返しの美学と成り得る。

今回は鶏舎。既に養鶏業を廃業していて内部の施設が撤去され木の構造だけが残されている。桁行き方向(写真の奥行き方向)に同じフレームが等間隔に配置されていて繰り返しの美学の条件を見事に満たしている。

この写真は同僚の提供。やはりかなり前から構造体の連続する様に美を感じていたとのことで、アルバムにはこの写真の他に国道に造られたスノーシェードの鉄骨の構造体が規則的に並んでいるところを車内から撮った写真などもあった。

写真の撮影年は不明だがもうかなり前のものらしい。従ってまだこの鶏舎が残っているかどうか分からないが所在地を教えてもらって近くなら、いや遠くでも見に行こうと思う。

繰り返しの美学な写真を300カットくらい集めて本を書くか、などと冗談混じりに話をした。これからもこのシリーズは繰り返す。

三島由紀夫の次は川上弘美

2008-07-29 | A 読書日記

 ようやく『金閣寺』三島由紀夫/新潮文庫を読み終えた。今回はこの小説を金閣寺を論じた優れた建築論として読み進んだ。金閣と心中するに至る学僧の心情を追うことはしなかった。

**戦乱と不安、多くの屍と夥しい血が、金閣の美を富ますのは自然であった。もともと金閣は不安が建てた建築、一人の将軍を中心にした多くの暗い心の持主が企てた建築だったのだ。美術史家が様式の折衷をしかそこに見ない三層のばらばらな設計は、不安を結晶させる様式を探して、自然にそう成ったものにちがいない。一つの安定した様式で建てられていたとしたら、金閣はその不安を包摂することができずに、とっくに崩壊してしまっていたにちがいない。**

**金閣は風のさわぐ月の夜空の下に、いつにかわらぬ暗鬱な均衡を湛えて聳えていた。林立する細身の柱が月光を受けるときには、それが琴の絃のように見え、金閣が巨きな異様な楽器のように見えることがある。**

うーむ、これは文学。

**・・・・私はようやく手を女の裾のほうへ辷らせた。
そのとき金閣が現れたのである。**

**みるみる乳房は全体との聯関を取戻し、・・・・肉を乗り越え、・・・・不惑のしかし不朽の物質になり、永遠につながるものになった。
私の言おうとしていることを察してもらいたい。又そこに金閣が出現した。というよりは、乳房が金閣に変貌したのである。**

うーむ、これも文学。学僧には気の毒としか言いようがない。

このところAモードだったが、ようやくBモード、それも小説モードになってきた。次は川上弘美の『古道具 中野商店』を新潮文庫で読む。


路上観察 安曇野市堀金の長屋門

2008-07-27 | A あれこれ

武家屋敷あるいは豪農等の屋敷の前面に配置された長屋状の建物で中央に出入り口のための開口を設けたものをいう。

長屋門について俄勉強して私なりにまとめてみました。

最近長屋門を目にする機会が何回かありました。あることを意識しだすと不思議とそれに関連することに出合うようになるものです。



昨日安曇野市堀金(旧堀金村)に「あおいやね」の見学に出かけたことは既に書きましたが、その所在地のすぐ近くでこの土蔵造りの長屋門を見かけました。なんでもかんでもこのような造りの建物を長屋門としてよいのかどうかはわかりませんが、先の長屋門の説明に一応当て嵌まると思いますので長屋門と記しておきます。

私的な領域のエッジを明確に示し、公的な領域との繋がりを示す建築としてなかなか優れた意匠だと思います。



見学の帰り道で更にこの長屋門に遭遇しました。全景写真をきちんと撮りませんでしたが、先日紹介した市松模様に窓を配した繭倉の近くですからまた訪ねる機会があると思います。もう少し周辺の様子がわかる写真がやはり必要ですね。

年々消えつつあるとはいえ、まだまだ民家は全国各地に点在していると思います。昔のように民家探訪の旅をしたいものです。


「滅びゆく民家」

2008-07-27 | A 読書日記

■ 民家は地元に産する材料を使って造られていました。地産地消です。もちろん屋根材も然り。諏訪地方には地元産の鉄平石で葺いた屋根が今でも残っています。石は重いので構造をその分丈夫にしなくてはなりませんが、耐久性や耐火性に優れていることからよく使われていました。

鉄平石を床に使う例は今でもたくさんあると思いますが、屋根材としてはあまり使われなくなったのではないかと思います。藤森照信さんが自身の作品に鉄平石を使っているのを雑誌で見かけるくらいです。

さて「民家 昔の記録」今回は茅野市内の民家です。鉄平石を大版のまま一文字葺きにしています。注目は棟の中央に祀ってある小さな祠。屋根に祠を祀ってあるのは、珍しいのではないでしょうか。



この祠は『滅びゆく民家』川島宙次/主婦と生活社にも紹介されています。



私がこの屋根の祠を撮影したのは1979年の5月4日、連休で東京からの帰り茅野駅で途中下車して上諏訪駅まで歩いたルートが5万図(5万分の1の地図)に記録してあります。



民家探訪の記録 茅野駅から上諏訪駅まで 19790504

『滅びゆく民家』を購入したのは翌年、1980年の4月です。自分が既に撮った写真と同じアングルの写真をこの本に見つけたのでした。きっと屋根を撮ることができるポイントが限られていたのでしょう。民家に関してはこういうことをときどき経験しました。

日本の原風景の中にあるのはやはり民家、その民家が本のタイトルのように次々と姿を消しています。残念でなりません。


 


アートなランチ

2008-07-26 | A あれこれ



「HOTEL HARMONIE BIEN」  ハーモニービーン? いえ、アルモニービアンだそうです。
「POUR TOUJOURS 」?? プールトゥジュール。 どちらも読めません。 
一体何語?フランス語? フランス語の辞書がないのでわかりません。

 松本大名町の旧第一勧銀ビルの保存をめぐっては議論百出。結局このビルの後方にホテルを新築し、かつての銀行は宴会場やレストランに生まれ変わりました(登録有形文化財です)。



このビルの保存再生計画の説明会にも出かけていました。現在ここは結婚式の披露宴会場になっています。

エントランスから係りの女性に案内してもらって2階のレストラン「POUR TOUJOURS 」へ。日替わりランチ890円なり。ワッフルなプレートに載せられたミニ食器、ままごとのようです。大きさがわかるようにスプーンでも写しこめばよかったかも知れません。

「あ、きれい!」と私。「ありがとうございます」と係りの女性。料理も女性も美しかったのです。

「適度に」華やかなインテリア、優雅にランチ。田舎のカールおじさんはこういう雰囲気には相応しくないですね。でも食事してきました。


 


路上観察 安曇野市の繭蔵

2008-07-25 | A あれこれ


北側(道路側)外観

 安曇野市内にあるかつて養蚕に使われていた繭蔵。木造3階建て、明治27年建設。路上観察、敷地内観察、さらに内部観察もさせていただきました。

1階部分の外壁は下見板張り、上部の土壁には突き出し窓が市松模様に配置されています。鉄板の突き出し窓を開けたり閉めたり、さらに開放する角度を変えて風通しを調整したそうです。市松模様に窓を配置したのは風通しを自在に調整するための工夫なんですね。


南側外観

南側には下屋が付いていますが上部は北側同様に窓が市松模様に配置されています。

蔵の持ち主の方にお願いして内部を見せていただきました(内部の写真は載せないでおきます)。5間×7間の大きな蔵です。2本の通し柱が棟木を支えています。棟木は継ぎ手なしの1本もの。桁行方向7間ですからその長さは約13mです。クレーンなどの重機が無い時代のことですから建て方も大変だったでしょうね。

この蔵は県外で再生の計画があるそうです。再生されたら是非見学に行きたいと思います。


路上観察 白馬村の蔵

2008-07-25 | A あれこれ




 白馬村佐野坂の蔵

そうか、蔵の外側の柱って雪囲いのためにあるのか・・・。北安曇郡白馬村で目にした蔵を観察しました。雪囲いは春になると外してしまうのでしょうが、この蔵には残っていました。近づいて囲いの内側を観察。柱に貫を通して、その外側に縦胴縁を打ち付けて板を張って雪囲いの完成。

柱は登り梁を先端で支えて積雪荷重を負担すると共に雪囲いを取り付ける下地の役目もしているんですね。 豪雪地ならではの工夫です。

松本辺りでは軒の部分の屋根下地は垂木だけですが、ここ白馬や小谷では登り梁を軒の先端まで持ち出して母屋を載せています。これも雪に備えて軒先を丈夫にするための工夫です。

所変わればデザイン変わる。だから民家は面白い。

建築を見て都市を見ず(改稿)

2008-07-24 | A あれこれ

 暑中お見舞い申し上げます。

毎日暑いですね。最高気温が 35℃以上の日を猛暑日と呼ぶと気象庁が昨年決めましたが、何年かすると最高気温が40℃以上の日の呼び方を決めましょう、などという提言がなされるかもしれません。猛暑日よりもっと暑い日の呼称・・・、考えたくないですね。

さて今回のタイトル「建築を見て都市を見ず」は「木を見て森を見ず」から思いつきました。このタイトルで何か書こうと思います。

 東京は暑いでしょうね。ここ何年か東京には年4、5回出かけていますが8月に出かけたことはこの間一度もありません。

オフィスビルや住宅の空調機からの排熱、車からの排熱、舗装され尽くした地面・・・。品川や汐留などのウォーターフロントには高層ビルが建ち並び、海から吹く風(海風)を遮ってしまっていて都心の気温をさらに上昇させているという指摘もあります。

建築の計画に際して都市的なスケールからその妥当性が検討されることは恐らくないでしょう。従って海風を高層ビル群が遮ってしまうなどという問題は検討課題に挙がることもないでしょう。

現在の都市計画法にもそのような観点からの規定は、どうでしょう、おそらくないと思います。敷地と建築との関係に関する規定で終っているのではないでしょうか。

**都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与すること**が都市計画法の目的として謳われてはいますが「建築を見て都市を見ず」という状況を解消するまでの効力はおそらくないでしょう。

都市の構造を様々な観点から検討してそのありようを示すマスタープランはやはり必要だと思いますが、日本では50年、100年という長いタイムスパンの計画など出来ないようです。せっかちなんですね。数年で達成できる計画しか出来ない。ですから建築単体の計画は出来ても都市計画などは到底無理。それに昔のように建築家(都市計画家はこの国では不在です)が都市計画のマスタープランを発表しなくなりました。

先に挙げた高層建築群が海風を遮ってしまうといった、都市的なスケールとなった段階ではじめて起こるような問題の解決はこの国ではやはり無理なようです。

他にも例えば「防災」も個々の建築で解決できるものではなくて都市的なスケールで検討すべき問題でしょうが、やはり同様の理由で無理でしょう。

利便性を享受する代償として、厳しい夏の暑さにさらされることなど別にどうってことないさ、といった都市生活者の声が聞こえてきそうです。ま、そのような割り切りを否定するつもりなどありません。でもこのところ頻発している地震が東京で起きたら、それも大地震だったら・・・。

どうもいけません。この先どのように話を展開したものか・・・、論理フローくらいはあらかじめ考えてから書き出すべきでしょうね。次回はそうします。でもいつも何も考えずに書き出していますから無理かな・・・。海図なき航海で、どこに行き着くのか分からない、という私のブログの書き方は変えようがないかもしれません。


■ 酔族会のお知らせ 8月22日(金)7時から いつもの「樹」にて。 


路上観察 山形村の長屋門

2008-07-22 | A あれこれ


『民家巡礼』東日本篇、西日本篇 溝口歌子・小林昌人/相模書房 1979年発行。

■ 大変な労作です。民家の美しさにひかれたふたりが日本全国津々浦々歩いて写真に納め記録したものをまとめた本です。

「松本平の民家と道祖神を訪ねて」という巡礼記録には東筑摩郡山形村の二階建ての立派な長屋門が載っています。




昨日この長屋門の前を偶然通りかかりました。『民家巡礼』にこの長屋門が載っていることをなんとなく覚えていましたから、車を停めて路上観察しました。白壁を始めとしてきれいに改修されています。奥には立派な本棟造りの民家が。

ラッキーなことにここは現在蕎麦屋さん、次回はこの民家の中を観察したいと思います。蕎麦を味わうことより、民家観察優先です。


「近距離恋愛」を観た

2008-07-21 | E 週末には映画を観よう

■ 近距離恋愛って何? 社内恋愛のこと?

この映画はそれ程ヒットしていないのかも知れない。近距離恋愛をみたと比較的映画に詳しい?Sさんにメールしたら、「見てはいけない社内恋愛でも見たの」と返信してきた。別に不適切な社内恋愛を見たわけではない。



映画館は休日にもかかわらず空いていた。梅雨が明けてとにかく暑いから外出しようという気も失せるのかも知れないし、3連休で海にでも出かけてしまったのかもしれない、今日は海の日だし。が、どうも映画館が空いていたのはそういう理由ではなさそうだ。ターゲットがいまいちはっきりしない映画なのだ。一体誰に観て欲しい映画なんだろう・・・。この手の映画のターゲットはやはり女性だろう。ならば女性をきちんと主人公に据えればよかったのに・・・。主人公に感情移入できない恋愛映画はつまらない。自分が主人公になったような気がする恋愛映画でないと。

この映画の原題を直訳すれば「花嫁付添い人」となるそうだ。ただしメイドのスペルがMAIDではなくてMADEとなっているのには何か意味があるのだろう(パンフの写真)。それを「近距離恋愛」という邦題にしたところはなかなかセンスがいい。センスのいい邦題がヒットに繋がる、ということにどうやら今回はならないようだ。

「近距離恋愛」で検索すればいくらでもヒットして、しかもどれもストーリーを紹介しているから、ここに書く必要もないだろう。大学時代のハロウィンパーティで不適切なハプニングで知り合ったふたり、トムとハンナがその後何故か男と女の間では成立しないのではないかともいわれる親友になって約10年。

スコットランドへの出張で突然の恋に落ちて婚約までしてしまったハンナ。本来未婚の女性が務めるはずの花嫁付添い人を頼まれたトム。 

ここに至ってようやくハンナを愛していることに気が付いたトム。何もかも婚約者に劣っているトムは一緒にバスケットをした後シャワールームで股間のジェット機も婚約者はジャンボだと知る。果たしてトムはハンナを奪い返すことができるのか・・・。

もちろん映画だから答えは「できる」に決まっている。むかし観た映画「卒業」を思い出した。そう、土壇場、教会でようやく花嫁を奪い返すあのシーンを。



さて、休日で夕方からビールしている中年オジサンだが、この映画が訴えていることをキッチリ書いて本稿を閉じることにする。それは「愛」、そう「愛は勝つ!」というメッセージなのだ。5月に観た「最高の人生の見つけ方」も「愛」、「家族愛」の大切さを訴えた映画だった。

今アメリカ人に、いや別にアメリカ人に限らない、世界の人々に必要なのは「愛」ですよ~っ、皆さん!というメッセージをこの映画は伝えたいのだ。これほんと!


 


切磋琢磨な人たちの作品展

2008-07-21 | A あれこれ
 松本市美術館で開催されている(18日~21日)安曇野松本住宅建築展を昨日観た。切磋琢磨な9人のスケッチやスタディ模型、実施設計図面、完成写真などの作品展示。

Mさんのフリーハンドの内観スケッチ(上手い!)、着色までして実に丁寧に仕上げた面図。Aさんのイメージスケッチ、手描きの実施図面、ザックリとした感じがいい。Kさんの木造の構造模型、手堅い。Hさんのプロ好みの計画、シンプルで端整。実施図面に書かれた施工段階での検討メモ。





① 作品展を観た後に立ち寄った美術館のレストランの外観(本館の後方、中庭に面した別館)。蔵をモチーフにしたデザイン。本館と同じ黒い大型陶板の腰壁、鉄平石菱葺きの屋根。

② 内観 天井の白い交叉壁を見るとRCのように見える、壁面の開口部には集成材の柱というか補強方立。このレストラン棟や隣りの子供制作館の構造は壁式のRC造?それとも大断面集成材による木造? 壁式のRC造だとすると、平側の壁が少ないし、集成材の木造だとすると小屋組みが違う。もしかして混構造? いつか設計図面を見せてもらおう。

「金閣寺」を読む

2008-07-21 | A 読書日記
 夏休み→ 読書→ 文庫本→ 夏目漱石→ こころ、あるいは文庫本の次に来る作家は三島由紀夫で作品として例えば金閣寺が挙がるかもしれません。

昔の中高生の夏休みといえば、こんな連想の流れでしょうか、今の中高生はどうでしょう、あまり本を読まなくなったと聞きますが。



ようやく3冊の新書を読み終えて『金閣寺』新潮文庫を読み始めました。昔読んだ文庫本は活字が小さくて、老化が始まっている眼ではつらく、版が改まって大きな活字になった最近の文庫本を買い求めました。

1950年の7月2日に起きた金閣寺放火事件をモデルにした小説『金閣寺』を三島由紀夫は31歳の時に書いたそうですね。この作品は金閣寺の美について論じた優れた「金閣寺論」としても読むことができるのではないか、そんなことを意識して読み進めようと思います。

**そして美は、これら各部の争いや矛盾、あらゆる破調を統括して、なおその上に君臨していた!それは濃紺地の紙本に一字一字を的確に金泥で書きしるした納経のように、無明の長夜に金泥で築かれた建築であったが、美が金閣そのものであるのか、それとも美は金閣を包むこの虚無の夜と等質なものなのかわからなかった。おそらく美はそのどちらでもあった。細部でもあり全体でもあり、金閣でもあり金閣を包む夜でもあった。**

金閣の美を論じた優れた建築論としての『金閣寺』。


時は流れた・・・

2008-07-20 | B 繰り返しの美学


■ 繰り返しの美学 松本深志高校の管理普通教室棟の廊下 

昭和8年に建設されたこの校舎は翌年完成した講堂と共に登録有形文化財。
板張りの床と腰壁、漆喰仕上げの上部壁と天井そしてアーチ。
窓から入る自然光による白のグラデーション。
歴史を記憶した建築が醸し出す濃密な空間。