透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー



あ、僕の本!

2019-12-10 | A 「あ、火の見櫓!」





 我が村が外部委託して制作している番組(村の出来事や行事等をあれこれ紹介する番組)を見ていた近所の方から、番組で僕の本が紹介されていると聞いた。番組の再放送を見ると「図書館だより」のおすすめ本のコーナーで図書館司書のMさんが『あ、火の見櫓!』の紹介をしていた。



拙著を進呈させていただこうとMさんに連絡した時のことは既に書いた(過去ログ)。Mさんが拙著の文章を分かりやすいと評していた。同様の感想を何人もの人から聞いている。

**本当にここまで読みやすく、わかりやすくまとめられたものだと感心します。** 九州のTさんがこのような感想をご自身のブログに書いてくださっている。

余分なことを書かないように、冗長に書かないようにということを意識した結果だろうか。もっとも、文才のない僕には豊かな表現の文章を書こうにも書けないが・・・。


 

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「居酒屋 兆治」

2019-12-09 | A あれこれ

 歳を取ることは悪いことばかりではない。私の年齢だと金曜日にTSUTAYA北松本店でDVDを1枚無料で借りることができる(TSUTAYAの他店はどうか分からない)。6日の金曜日、「居酒屋兆治」を借りてきた。1983(昭和58)年の作品だから36年前。

高倉 健、大原麗子、加藤登紀子、田中邦衛、伊丹十三、左とん平、平田 満、ちあきなおみ、池部 良、小松政夫、佐藤 慶、大滝秀治、石野真子、小林稔侍、細野晴臣、東野英治郎、あき竹城、武田鉄矢、伊佐山ひろ子。多彩な出演者。今の若い俳優の名前は知らないが、この頃の俳優は知っている。

原作者の山口 瞳と題字や出演者名を書いたイラストレーターの山藤章二も出演していて、健さんの居酒屋のカウンターで飲んでいた。原作者の出演といえば、昔々松本清張がNHKのテレビドラマに出演していたことを記憶している。

主人公・藤野英治(高倉 健)の不器用な、そして律儀な生き様はお決まりの設定で無口はお決まりのキャラ。資産家の神谷(左とん平)と結婚しても英治(健さん)のことが忘れられないさよ(大原麗子)。彼女のなんとも切ない人生に涙。ふたりが結婚していたらどんな暮らし、どんな人生になっていただろう・・・。

この映画の原作を「パナソニック メロディアス ライブラリー」というラジオ番組で作家の小川洋子さんが取り上げていた。放送を聞いて映画を見たいと思った。


 

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「本所おけら長屋」第1巻を読み始める

2019-12-08 | A あれこれ

360

 久しぶりの時代小説。読み始めたのは『本所おけら長屋』畠山健二/PHP文芸文庫 第1巻。

このシリーズは12巻まで出ている(1912現在)。第1巻には7編の短編が収録されている。タイトルは皆ひらがな4文字。第一話の「だいくま」は大工の熊五郎が騒動を起こす話で、落語のよう。

畠山健二さん作品を読むのは初めてだが、自在な文章運びに書き慣れているという印象を受けた。巻末のプロフィールによると演芸の台本執筆や演出をしているという。このプロフィールを読んで納得した。

続けて全巻読むのかどうか、自分でも分からない。これから読みたい新書が見つかるかどうか・・・。読みたい新書が見つからなければ、このシリーズが年越し本になるかもしれない。

 
△ 表通りから表店の裏側に入る小道に面して平屋建ての裏店が並ぶ(深川江戸資料館にて 以下同じ)。

井戸や便所、ごみ溜めなどは共同。資料館で入手した資料(資料館ノート第114号 H28年3月16日発行)によると、文政11年(1828年)には江戸の平均的な店借率(長屋住まいの借家人)は約70パーセントだったという。深川地域では82.5パーセントで、江戸市中で最も高い割合だったそうだ。


△ 6帖(間口1間半、奥行2間)の大きさ。簡素な暮らしぶりが窺える。本所おけら長屋もこんな様子だろう。島田鉄斎も松吉も熊五郎もみんなこういうところで暮らしているのだなぁ。


 

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火の見櫓 広くて深い世界

2019-12-08 | A 火の見櫓観察記

■ ふたつの火の見櫓講座、今月(12月)1日のココブラ信州と7日のサイエンスカフェ(池田町のカフェ 風のいろ)を予定通り行うことができました。参加していただいた皆さん、ありがとうございました。企画・準備していただたたスタッフの皆さん、お世話になりました。

私が撮りためた火の見櫓の写真をご覧いただきながら話を聞いていただいた皆さんが火の見櫓に興味を持っていただき、「火の見櫓 みんなちがって みんないい」と思うようになっていただけたら幸せです。


大町市美麻の火の見櫓 撮影日20100504 

後方に写っているそば屋「ヨコテ家」からこの木造の火の見櫓を見たのが出口のない火の見櫓の世界に入り込むきっかけでした。


 

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「脳には妙なクセがある」

2019-12-08 | A 本が好き



 『脳には妙なクセがある』池谷裕二/新潮文庫 5日、朝カフェで読み終えた。

本書を読んで中公新書ではなくて新潮文庫、といことに納得(と書いてもこの記事の閲覧者は「?」だと思うが)。

様々な実験によって得られた脳に関する知見をいくつも読み物としてまとめている。例えば幽体離脱。このオカルト的な現象も脳の右側頭頂葉の「角回」という部位を刺激すると起きることが実験によって確認されているという。

角回をウィキペディアで調べると、幽体離脱についても触れていて次のような説明がある。**身体が実際に存在する位置と意識が知覚している身体の位置との不一致によるものと考えられる。** 


興味深い内容で「へ~、そうなのか」の連続だった。


 

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「あ、火の見櫓!」出版

2019-12-07 | A 「あ、火の見櫓!」



305冊の本も1冊から

この記事のコメント欄は購入申込み専用です。 

すでに260冊が私の手元を離れていきました(12月7日現在)。

ありがとうございます。

コメント欄は「非公開」に設定にしてあり、私だけが確認できます。
この本の感想などのコメントは別の記事にお願いします。

本の購入を希望される方はこの記事のコメント欄に次の項目の記入をお願いします。

① 〒 住所
② 氏名 (ふりがな)
③ 電話番号(発送完了後連絡させていただきます)

※ コメント欄のお申し込みは記録ノートに記入後削除します。

スマートレターでお送りします。

同封の振り込み先に1980円(本代:1800円 送料:180円)振り込みをお願いします。なお、振り込み手数料は申し込み者負担とさせていただきます。


A5判
189頁
カラー写真約300カット(ハイビジョン印刷)


 
2019年10月18日(金)市民タイムス                   11月15日(金)市民タイムス

平安堂あづみ野店(長野道安曇野インター前) 
中島書店(塩尻市)
カフェ 風のいろ(池田町)
想雲堂(松本市)

でも購入できます。


 平林 勇一 ひらばやし・ゆういち   


 

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東筑摩郡麻績村の火の見櫓

2019-12-06 | A 火の見櫓観察記


145(再)東筑摩郡麻績村下田 3脚〇〇型 撮影日191205

 麻績(おみ)村を通る国道403号沿いに立つ火の見櫓。印象が柔らかく女性的なのは構成部材が鋼管だからか。





梯子は見張り台の床止まりだが、手すりを屋根下まで伸ばしてある。この手すりのカーブも印象をより柔らかくしているのかもしれない。



ブレースのリングがやけに大きい。よく見るとブレースをリングに溶接止めしている。



脚部 この場合アーチ状の部材はあっても無くても構造上それほど変わらないような気がする。脚元だけ塗装補修してある。



半鐘に貼ってあるラベル 以前この火の見櫓を見た時はこのラベルには気がついていなかった。


 

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ブックレビュー 1911

2019-12-03 | A ブックレビュー



 11月に読んだ6冊の本。小説を読んでいないな~。

『昆虫はすごい』丸山宗利/光文社新書:昆虫たちの驚きの繁殖戦略、これはもうヒトよりスゴイかも、いや、スゴイ。

『「わかる」とはどういうことか ―認識の脳科学』山鳥 重/ちくま新書:**ヒトの認識のメカニズムを、きわめて平明に解き明かす刺激的な試み。**とカバー折り返しにはあるが・・・。

『茶 利休と今をつなぐ』千 宗屋/新潮新書:覗き見る奥深き茶の世界 爲三郎記念館(名古屋)で買い求めた新書。

『芥川賞の謎を解く 全選評完全読破』鵜飼哲夫/文春新書:芥川賞選考会では何が起きているのか、著者の講演会を聴き、会場で買い求めた。

『地名崩壊』今尾恵介/角川新書:地名や駅名をきっちり調べ上げてある。このくらい徹底していると、すごいな、と思う。地名は文化。それが次第に改変されていく。これは由々しき問題。

『マナベの「標語」100』真鍋恒博/彰国社:大学生の基礎修養、研究生活心得帖。先日、自著『あ、火の見櫓!』と交換していただいた。

読了本6冊のうち5冊が新書。出版社が重ならなかったにもかかわらず、中公新書が無かった。


早師走。今年の読み納め本は何になるだろう・・・。

 

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記憶装置としての火の見櫓(改稿再掲)

2019-12-03 | A 火の見櫓観察記

火の見櫓はいろんな情報を記憶している


137 

 櫓の踊り場に4畳半ほどの大きさの小屋を据えた火の見櫓。その小屋から上は見慣れた火の見櫓の姿ですが、下は火の見櫓というより、大きな送電鉄塔を思わせる姿です。小屋までは梯子ではなく、階段が設置されています。

安曇野市は穂高神社の近くに立つこの火の見櫓は、元々黒部ダムの建設工事(昭和31年着工、38年竣工)で、高瀬川骨材採取製造場(ここで採取した石を砕いてコンクリートの骨材にしていました)に監視塔として立っていたことが安曇野のヤグラ―のぶさんの取材で明らかになりました。

ダムが完成して不要になった監視塔を穂高町(現在の安曇野市伊穂高)が払い下げを受け、昭和42年に火の見櫓として移築して現在に至っています(この経緯についてはのぶさんが、当時の関係者にヒアリングをして自身のブログで記事にしています→こちら)。

何年か前、この火の見櫓の周辺をウォーキングするという企画がありました。で、この火の見櫓の小屋まで登ることができるということだったので、参加したのですが、残念ながら最終的に許可が下りなかったようで、当日は登ることはできませんでした。

*****

既に取り壊されてしまった古い建築の例えばタイル張りの外壁のごく一部が残されていれば、その「現物」を視ることでタイルのサイズや色、表面性状(テクスチャー)、成分、目地の幅や形状など、様々な情報を引き出すことができます。このことはタイル張りの壁片が建設当時の建築技術(タイルの焼成技術、職人の技・・・)を記憶している、と言い換えることもできます

このような情報は、写真や文章からはなかなか引き出すことができません。「間接的な情報」からタイル張りの壁面を忠実に再現することは難しいのです。同じものを再現するためにはどうしても現物が必要です。

古い建物の保存には人びとの遠い過去の記憶に符合する光景を残したいという素朴ともいえる欲求(幼いころ今は亡き両親に連れていってもらったレストランが変わらぬ姿で残っていて、同じ味の料理も味わうことができるなんて、うれしいじゃありませんか)に応えるという意味があり、それに加えて技術の確実な伝承という意義もあるのです。

20年ごとに行われている伊勢神宮の式年遷宮ですが、戦国時代には120年以上も行われなかったということです。この長い空白の時代に神殿の姿・形も技術も継承されなくて、今に正確に伝わっていないのではないか、というあまり信じたくない説があります。冷静に考えれば、この説には説得力があることが分かります。

さて、ここで火の見櫓に話題を転じます。

江戸の前期、具体的には明暦の大火(1657年)によって都市防災という概念が生まれ、そのころ火の見櫓の歴史が始まったのですが、ここにきてその長い歴史が終わろうとしています。火の見櫓の後継としてホース乾燥タワーや防災無線柱が建てられ、火の見櫓が次第に姿を消しているのです。

「時代の流れ」だから仕方がないとあきらめてはいるものの、やはり寂しいです。穂高の火の見櫓は黒部ダムの建設という巨大プロジェクトに関わり、その後火の見櫓として穂高の街を見守り続けています。この火の見櫓は近代産業遺産でもあり、地域の安全遺産でもあります。また、昭和30年代の櫓構造の技術を今に伝えてもいるのです。このままの姿でずっと立ち続けて欲しいと願っています。

火の見櫓を取り壊すこと、それは街の記憶装置の喪失に他なりません。


 20140125 初掲の記事に加筆しました。

 

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火の見櫓 座学とまちあるき

2019-12-02 | A あれこれ




撮影日191201


「ココブラ」報告

 火の見櫓の座学とまちあるきが昨日(1日)予定通り行われた。今日は雨降りだったから、昨日で良かった。 

朝9時半からの講座では90分間、パワーポイントを使いながら火の見櫓についてあれこれ話した。用意したパワーポイントのカット数はおよそ100。

その後、火の見櫓を2基見て歩いた。

写真①(のぶさん提供)の火の見櫓は黒四ダム建設時に砕石プラントの監視塔として使われていたもの(『あ、火の見櫓!』154~156頁 参照)。穂高に移設された経緯、貴重な昭和の遺産であることなどを説明した。

参加していただいた皆さんにはアンケートをお願いしていたが、回答を読むと概ね好評だったようで、ほっとした。


・「縄文時代の住居は土葺きだった」という直接火の見櫓とは関係のない資料(日本の歴史01/講談社「縄文の生活誌」)と「火の見櫓観察  のポイント」をまとめた資料を用意し、事務局から参加者に配布していただいた。

・参加者のKさんは俳句が趣味だそうで、半鐘を聞いて決死や秋出水 という投稿句がMGプレスに入選作として掲載されていた。

・茅野から参加のSさんとは5年ぶりの再会、鉄塔大好きFさんとは3年ぶりの再会だった。



 次は7日、カフェ 風のいろのサイエンスカフェ「あ、火の見櫓! ―火の見櫓はおもしろい―」


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海か山か

2019-12-02 | D 切手



 今日(2日)届いた封書に貼ってあった切手、こういうスタンプってありなんだ。これだと当日の消印有効ということであっても判断できないが・・・。

描かれているのは海か山か、それとも何か別のもの?


 

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「マナベの「標語」100」を読んだ。

2019-12-02 | A 本が好き

   

 『マナベの「標語」100』真鍋恒博/彰国社を読んだ。著者は私の大学時代の恩師。先日、私の本と交換していただいた(過去ログ)。

この本の内容は「研究生活心得帖」と括ることができるだろう。

今はどうなっているのか分からないが、私が学生のときは4年生になると卒業論文を書くために指導教官の研究室に所属して、少しイメージは違うがクラブの部室のように研究室に入り浸ることになっていた。私は本の著者、真鍋先生の指導のもと、卒業論文、修士論文をまとめた。

先生の指導は研究の進め方はもちろん、会議の仕方や書類作成のルール、文章の書き方、データのまとめ方、研究発表の方法、更に日常生活にまで及び、私が所属していた初期の段階から、これらの内容を「標語」として簡潔にまとめていた。**しつこく言えばカドが立つ 「標語」で諭せば話が早い**(本書の帯の文からの引用)というわけだ。

この本には研究室に蓄積された標語が100項目に整理されて掲載されている。

以下に標語をいくつか例示する。

・作業場所では飲み食いするな(002)
・写真は撮ったらすぐ整理(013)
・整理は置き場所決めること(016)
・無駄な会議は時間の浪費(022)
・点とナカグロ区別せよ(058)
・分類は網羅的・排他的に(081)
・分類軸はT字型(085)
・目次は中身の分類表(091)

この中では「分類軸はT字型」の意味するところが分かりにくいだろう。

これは研究論文では研究対象の総体・全体像を把握して概要を論じてから、具体例を取り上げて詳細に論述せよ、という教えだ。この全体像を広くということは  と可視的にイメージされ、具体例を深くということは  とイメージされるので、両者合わせてT字型となるというわけだ。

私の本「あ、火の見櫓!」も研究室時代に身につけたノウハウを活かして書いたつもりだ。このことについて具体的には示さないが総論から各論へ、全体像から部分へという構成を意識して書いた。

研究室の後輩のK君がこの本を読み始めて上記のような構成になっていることに気がつき、「体系的」だと評してくれた。先生からもメールでお褒めのことばをいただいた。その結びに**続編に期待しますぞ。**とあった。

時々『マナベの「標語」100』を読み返すことにする。


 

 

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安曇野市三郷の火の見櫓

2019-11-30 | A 火の見櫓観察記


1249 安曇野市三郷明盛 3脚66型 撮影日191130

■ 3脚66型は松本平ではごく一般的なタイプ。


下から見上げるとこんな感じ。



見張り台の床は平鋼を一方向に敷いている。また、3本の柱が6角形の角(コーナー)に来るようにしている。下の火の見櫓とは平鋼の敷き方も柱と見張り台の位置関係も違う。









脚部が気になる。単材の各柱を補強しているが、これは建設当初からなのか、後からなのか。





 

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小豆色の切手

2019-11-29 | D 切手



ああ、美味そうなぜんざい。

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山の上はもう冬

2019-11-29 | D 鉄塔のある風景



美ヶ原望遠  撮影日時191129 07:00AM 塩尻市洗馬にて

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