透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

67枚目の名刺 

2015-02-28 | C 名刺 今日の1枚

67枚目 川上さん @とりでん

■ とりでんは松本のラーメン屋です。高校生のころから時々とりでんのラーメンを食べています。今日(28日)の昼に出かけて、川上さんに偶然会いました。

川上さんは松本市内に建築設計事務所を構え、衒いのない堅実な住宅を数多く手掛け、古民家の再生にも取り組んでおられます。川上さんの作品は時の経過とともに魅力が増すような建築で、竣工した時が一番美しい建築の対極にあるような建築です。またこの何年かは信州大学で学生たちに建築について講じてもこられました。

とりでんのカウンター席で注文したラーメンを待つ間、建築談義をしました。で、話の流れから川上さんが書いているブログを読んでいることを話したのです(
川上さんのブログ)。その際、私もブログを書いていることを伝え、ブログ名を記してあるプライベート名刺の67枚目を渡したのでした。 


 


春を感じた日

2015-02-28 | A あれこれ

 季節のうつろいは連続的で、今日から春、なんて線引きはできないとは思います。でもあるんです、春になったと感じる日が。この24日がまさにその日でした。

空の色、雲の様子、山の色や稜線の見え方、畑の土の色・・・。あえて分析的に捉えるなら、こんな内容になるかと思いますが、なんとなく日々目にしている風景の様子、雰囲気から春を感じたのです。そのことを和歌に詠むなんてことができると好いのですが・・・。

オオイヌノフグリや福寿草、梅が咲き始めたとか、ウグイスの鳴き声を初めて聞いたとか、野の動植物のこのような営みは具体的な情報で分かりやすいですが、もっと・・・、ぼんやりとした、微かな、幽かな自然の変化を感じる感性を保ち続けたいと思います。 


春を感じた日
2006年/3月08日
2007年/2月22日
2010年/2月22日
2013年/2月23日
2015年/2月24日

同じ頃春を感じていることが分かります。


 


― 解体工事始まる

2015-02-26 | A 火の見櫓っておもしろい


撮影日 150226

 カタクラモールの再開発エリア内にある消防団の詰所と火の見櫓の解体工事が始まった。今朝、友人が電話でこのことを知らせてくれたので出かけた。現場では解体のための準備工事が始まっていた。詰所を解体してから火の見櫓を解体する手順だと聞いた。





大正15年に建てられたこの火の見櫓は、松本市内で最も古い部類の1基。手続きさえすれば登録有形文化財になり得ただろう。この歴史的建造物をカタクラモールのシンボルタワーとして活かす方法もあっただろうに・・・。


魅力的な街並みに欠かせない条件はいくつか挙げられるが古い建造物と新しい建造物とが共存する、歴史の重層性もそのひとつ。このことを考えると、この歴史的建造物が消えてしまうのは何とも残念だ。


 


人参をぶら下げる

2015-02-26 | A あれこれ

 馬の目の前に好物の人参をぶら下げると、馬は人参を食べようと、それを追いかけるようにして速く走る、という意味というかアイディア。

人も少し先にこの人参に相当する楽しみなことを計画しておけば、その日を目指して頑張ることができる。ケの日々にハレの日を加えて頑張るということを人は皆、昔から暮らしの知恵、生きる術として実践してきたのでは。

老体故、気力の低下著しく、「人参効果」を期待して楽しみなことを少し先に置くようにして何とか頑張っている日々。週末サードプレイスでのひと時の語らいはささやかな楽しみで私には小さな人参。

少し長いスパンで大きな人参をぶら下げたいな、とも思う。先日、大学の後輩から4月に山梨の山荘に集まりましょうというお誘いが。研究室に在席していた時に設計に関わった山荘に当時の仲間が集まるのは12年の11月以来となる。

思いがけない大きな人参。 それまで頑張ろう! 



「駅をデザインする」

2015-02-24 | A 読書日記


『駅をデザインする』赤瀬達三/ちくま新書

 不特定多数が利用する公共空間はとにかく分かりやすいことが肝心、だが分かりにくい。病院然り、庁舎然り、そして駅はその最たるもの。日本の駅はとにかく分かりにくい。出口までの行き方が分からない、乗り換えホームまでの行き方が分からない・・・。渋谷駅は迷路そのものだ。 

著者は渋谷駅について**本来ここに地下都市を建設するというなら、地下であっても広場と呼べるような〈集合点〉を設け、それを遠くから望めるような〈街路〉を構築する必要があった。そうした展望もなくつくられた狭隘な地下通路を、ただ表示にしたがって歩けというのは、人間の本性を無視した対策としか言いようがない。**(221頁)と書いている。

本書で著者は駅の空間構成と案内サインの両面から駅を分かりやすくするための方法について論じている。単にその理論だけでなく、実践事例も紹介しているので分かりやすい。

本書の章立ては以下の通り。

第1章 駅デザインとは何か
第2章 案内サイン
第3章 空間構成
第4章 海外の駅デザイン
第5章 日本の駅デザイン
第6章 これからの駅デザイン

分かりやすさを論じている本だけあって本書の構成も明快で分かりやすい。

著者は分かりやすい空間構成の方策として自然光を採り入れる、外の景色を見えるようにする、地下駅では地上と連続していることを感じられるようにすることなどを挙げている(第6章)。要は空間を外と繋げる、ということだ。

この考え方を仙台市の地下鉄で実践しようと、ガラスの屋根(筆者注:ガラスのピラミッド)で覆って光を地下広場まで落とし込むといった案を示したところ、仙台交通局は大いに関心を示したものの、**建設省(現、国土交通省)から「こんな遊びごとをするなら補助金をカットする」と言われて、結局建設を断念することになった。**(88、9頁)そうだ。

このことについて著者は**わが国行政の想像力の欠如と公共意識の貧困さの証左ではなかったか。**(89頁)と手厳しい。また、ルーブル美術館の例のガラスのピラミッドの計画が発表されたのは、仙台の提案の1年後だったというエピソードも紹介している。

いろんな制約があって、実現するのが難しいということも、本書で分かる。海外の駅の優れた空間構成やサインデザインとの差はどうやらデザイナーの力量の差ということではなさそうだ。


改札出口のサインは黄色の地になっていること、改札入口への誘導サインは緑色の地になっていることに本書を読むまで気がつかなかった。



でも、避難口誘導灯が緑だから、改札出口誘導サインが緑で、改札入口誘導サインが黄色の方がイメージが統一できてよかったのではないかな・・・。


 


525 松本市神林梶海渡の火の見櫓

2015-02-24 | A 火の見櫓っておもしろい


525 松本市神林梶海渡の火の見櫓 撮影日150222

 前稿に載せた火の見櫓を見てから集落内の生活道路を更に進むとこの火の見櫓が立っていた。この美しいフォルムを見た瞬間に分かった、これはかつて小野にあった大橋鐵工所の「作品」だと。帰宅して資料を確認して、昭和31年3月に竣工した火の見櫓だと分かった。なだらかな曲線を描く柱がつくる末広がりの櫓が美しい。



反りのついた屋根、避雷針の飾りの形、大きい蕨手。見張り台の手すりの○とハートを逆さにしたような飾り。床面の梯子貫通部の円い縁取り。どれも大橋鐵工所のデザインの特徴だ。


理想的な美脚

きちんとコンクリート基礎までトラスが達している脚部。美しいし、構造的にも合理的だ。

踊り場まで架けた外梯子には手すりが付いている。丸鋼を2本並べた梯子段は足を掛けた時、1本とはかなり違うはず。このような気配りに製作者の人柄が窺えるように思う。

松本市の隣村、山形にも大橋鐵工所の「作品」(私が確認できたのは3基)があったが、残念なことに撤去されてしまった。辛うじて山形小学校の前庭に見張り台から上の部分のみ残されている。

   
左:神林南荒井の火の見櫓(117)撮影日150222  右:神林寺家の火の見櫓(448)撮影日130609

実は大橋鐵工所では神林地区で3基の火の見櫓を同時に一括受注している。それが梶海渡と南荒井、寺家の3基。共に昭和31年3月に竣工している。

梶海渡の火の見櫓の高さを押さえるために梯子段のピッチ(間隔)を測ると37センチメートルだった。南荒井もピッタリ同じ、37センチメートルだった。寺家の火の見櫓は測っていないが、同じではないかと思う。

神林三兄弟、いや三姉妹だから櫓の姿・形も屋根も見張り台もそして脚もよく似ていて、美しい。  


過去ログ  ←やはり大橋鐵工所で造られた火の見櫓


鐵工所を実名で記すことについて了解を得ています。

 


松本市神林梶海渡の石像

2015-02-22 | B 石神・石仏





 松本市神林梶海渡の火の見櫓は同地区の公民館の敷地に立っていましたが、同一敷地内に5基の石像が祀られていました。

左から2番目は道祖神。男神が盃を、女神がひさごを持っています。このような酒器像は抱肩握手像とともによく見かけます。道祖神の建立は1786年(天明6年)、道祖神の右側に彫ってある文字はなんとか天明六年と読めます。左側の文字は・・・、読めません。

左端は庚申塔で1693年(元禄6年)の建立だと案内板にありました。この年の干支は庚申ではありません。庚申の年でなくても庚申塔を建立することがあったんですね。ずいぶん古い庚申塔ですから、損耗していて表面はつるりんちょ、像を確認することができませんでした。残念。

ちなみに石像は案内板により右から南無阿弥陀仏、御嶽座王大権現、念仏供養塔、そして道祖神、庚申塔。建立は全て江戸時代。


 


524 松本市神林町神の火の見櫓

2015-02-22 | A 火の見櫓っておもしろい


524  

 自宅から比較的近いエリアにもまだ観察していない火の見櫓があるはず、そう思って普段通ることのない神林地区の狭い生活道路を進んでいくと、火の見櫓が道路沿いに立っていた。

平面形が3角形の櫓に円形の屋根とやはり円形の見張り台の火の見櫓。






梯子の段数とそのピッチから見張り台の床までの高さは約8.8メートルだと分かった。仮に床面から屋根の頂部までを3メートルだとすると総高11.8メートルの火の見櫓ということになる。


 


類は友を呼ぶ

2015-02-21 | A あれこれ

 金曜日は残業をしない、定時に仕事を切り上げて梓川のカフェ バロに行く、と決めたのは昨年末のことだったか、今年になってからか・・・。

昨日(20日)も仕事帰りにバロへ。先客のFさんと少し後に来たMさんとでカウンター席に横並び。私はいつもの一番奥の席。カウンターの中のふたり、Kさん、Yさんも加わって取り留めの無い会話をして過ごす。カウンターの人たちに重なる趣味があるような、ないような・・・。同じ趣味の人とディープな話もいいけれど、この取り留めの無い話というのがいい。

しばらく前、バロで読んだ雑誌「Pen」はまるごと1冊コーヒー特集だったが、女優の常盤貴子さんが大のカフェ好きとのことで紹介されていた。彼女のカフェ選びの基準はコーヒーの味でも店の雰囲気(空間的な魅力ということだろう)でもなく、人だという。

週末のサードプレイス(職場でも家庭でもない第3の場)として私がバロに通うのも同じ理由から。オーナーふたりの人柄に惹かれてお客さんが集まる。類は友を呼ぶ。で、バロは交流の場となっている。

サードプレイスの意味付けは人それぞれだろうが、私は名刺に付いている肩書きなど取り去った「個」として交流できる、できるというか、する場だと思っている。

何日か前に見たNHKの「クローズアップ現代」で大衆酒場が人気だと知った。大衆酒場に集まる人たちもそこをサードプレイスと位置付けていて、やはり個と個の交流を楽しんでいるのだろう。

ネット上の交流が大流行りだけれど、私はリアルな交流を好む。


 


「日本の風景・西欧の景観」

2015-02-19 | A 読書日記



 出勤途中スタバで早朝読書。『日本の風景・西欧の景観』オギュスタン・ベルク/講談社現代新書、1990年に読んだ本を読み返す。このころの講談社現代新書のカバーデザインは今とは違う。

**平野や盆地などの平地のある場所において、人が背後による所のある山の辺、野(ノ)に棲息地を求めるということは、なるほど、そこが、背後による所があるという「身を隠す場所」の条件と、広がりのある場所を見渡せるという「眺望・見晴らし」の条件を備えているということなのかもしれない。**

読み終えた『日本の景観』樋口忠彦/春秋社にこんな記述があったが(106頁)、今朝スタバで先の新書を読み始めると**アプルトンは名高い動物行動学者コンラート・ローレンツの研究業績から直接に着想を得て、眺望/隠れ家という二重の観念を明確にしている。原始人にとって風景は、見られずに(隠れ家)見る(眺望)ことを可能にすればするほど高い価値があったのである。**(18頁) という同様の内容の記述が出てきて驚いた。

子どものころよくかくれんぼをして遊んだが、隠れるのに適した場所はオニの姿を見ることができて、なおかつ見つかりそうにない所だった。見つかりそうにない所でもオニの様子が分からないと不安だったし、オニの様子が分かる所でもすぐ見つかりそうな所だとやはり不安だった。 

引用したふたつの文章が指摘していることは子どものころのかくれんぼの経験から理解できるのではないか。

今年は景観に関する本を読んでみることにするか・・・。


 


66枚目

2015-02-18 | C 名刺 今日の1枚

66枚目 Kさん

■ 今年になって初めてプライベート名刺を渡す機会があった。

「チャーミング」 第一印象のこの言葉の他にKさんを評する言葉が今のところ見つからない。あなたは平成生まれですか、昭和生まれですかと問うたところ、昭和○○年生まれですとの答えが。

なんとなくなイメージを書いておく。読書好き。お酒はワインが好き。それとも。 違うかな・・・。


 


スズメのお宿はどこ?

2015-02-17 | D キミの名は?

 

■ スズメを昔ほどは見なくなったと思います。スズメの数がこの20年で2割にまで激減したというデータもあるのだとか。原因は棲息環境の変化ということなんでしょうが、具体的にはどんな変化なんでしょうか、気になります。

今日(17日)松本市内を歩いていてフェンスに数羽とまっているのを見かけました。防寒対策でしょうね、太っているという印象です。鞄からカメラを取り出して数枚写真を撮りました。雪が写っています。

気配を感じてか、すぐに飛び去ってしまいました。野鳥は敏感ですね。


 


週末読書

2015-02-15 | A 読書日記



 独身週末、昼間っからウイスキーで酔っぱらっていたわけではありません。専ら『吉田松陰 「日本」を発見した思想家』 桐原健真/ちくま新書と『日本の景観 ふるさとの原型』 樋口忠彦/春秋社を読んでいました。 と、ここまでは特定の読者を意識してこの週末をどのように過ごしたか書きました。

*****

読了した2冊のうち、『吉田松陰』については、結局字面を目で追っただけでした。やはりこの時代の基礎的な知識がないと読みこなせません。著者は大学で卒業論文も修士論文もそして博士論文も松陰について書いたとあとがきにありました。

**日本に生まれながら、日本が日本である根拠を知らなければ、どうして生きていけようか―松陰は水戸学者たちとの交流のなかで、そのように反省したという。(中略)ついに兵学者としてのみずからの存在意義を「長州藩」を越えた「皇国」を守ることに求めるに至る。彼はついにみずからが守るべき存在―「日本」―を発見したのであった。**(81頁)

**後期水戸学は、三百諸藩からなる封建的分邦という部分を越えた全体としての「日本」という自己像を、幕末日本の知識人や志士たちに与えたのであり、松陰もまたこうした主張に感化された一人だったのである。**(82頁)

このような論述を読んだことだけで良しとしておきます。今、書店には吉田松陰について書かれた本が平積みされています。他の本も読んでみよう、と思います。

『日本の景観 ふるさとの原型』はいままでに数回読んでいます。水色のテープは20代の時に読んだ本に貼ってあります。巻末に19811122 新宿紀伊國屋書店とメモ書きしてあります。どうも減冊していって残るのは若かりし頃読んだ本になるような気がします。

内容については稿を改めて書きます。食前のアルコール効果が出てきました・・・。