透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

高橋源一郎 訳「方丈記」他

2022-09-29 | A 読書日記



 池澤夏樹個人編集の『日本文学全集』(河出書房新社)は全30巻で、先日読み終えた「源氏物語」もこの全集に収録されている(04,05,06)。

全集には「枕草子 方丈記 徒然草」も収録されている。「枕草子」は酒井順子訳、「方丈記」は高橋源一郎訳、「徒然草」は内田 樹訳だ。この本を図書館で手にしてパラパラとページをめくってみて、高橋源一郎が「方丈記」というタイトルに「モバイル・ハウス・ダイアリーズ」とルビを振っていることが分かった。そう、方丈庵は分解して運び、別の場所に建てることができるモバイル・ハウス。本文を読んでも訳文がユニークでおもしろい。で、読みたいと思って借りてきた。

僕は読みたい本は買い求めることにしているが、安い本ではないので(税込み3,080円)、借りて読むことにした。内田 樹が訳した「徒然草」を読むのも楽しみ。「枕草子」を読むのも久しぶりだ(過去ログ)。


文中敬称略



夕顔 「源氏物語」の女性を振り返る 

2022-09-27 | G 源氏物語

320

 「源氏物語」を振り返るということは、登場する女性たちを振り返るということ。そのために『源氏物語の女君たち』瀬戸内寂聴(NHK出版2008年)を再読した。これは源氏物語に登場する女性たちの紹介・解説本で、1997年にNHKのEテレの「人間大学」で全12回放送された「源氏物語の女性たち」のテキストを書籍化したもの。ちなみにこの『源氏物語の女君たち』が出版されたのは源氏物語千年紀とされる2008年。「源氏物語」を読み始める前、4月に読んだが『源氏物語』を読み終えて改めて読んでみた。

この長大な物語に登場し、主人公・光源氏と恋愛する何人もの女性たちの振る舞いなどから、彼女たちの個性を明らかにする論考。カバー折り返しの本書紹介文に挙げられている女性は「紫の上」「夕顔」「朧月夜」「浮舟」。確かにこの4人はそれぞれタイプも違い、恋愛模様も各様で印象に残る女性たちだ。


『金子みすゞ童謡集 わたしと小鳥とすずと』

「夕顔」という名前でぼくが想い出すのは金子みすゞの同名の、そう「夕顔」という詩。
**お空の星が 夕顔に、さびしかないの、と ききました。
おちちいろの 夕顔は、 さびしかないわ、と いいました。
お空の星は それっきり、すましてキラキラ ひかります。
さびしくなった 夕顔は、だんだん下を むきました。**(99頁)

手元にある『金子みすゞ童謡集 わたしと小鳥とすずと』著者 金子みすゞ 選者 矢崎節夫(*1)(JULA出版局2003年75刷)より

この詩の夕顔と源氏物語の夕顔が似ているとぼくは思う。詩の夕顔は本当はさみしいのに、星の問いかけに「さみしくないわ」と強がる。

源氏物語の夕顔。光源氏は顔を覆い隠して夕顔に会い続けていたが、深い仲になっても隠し続けるのも不自然だなと思って、ある日覆いをとって顔を見せる。**夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えしえにこそありけれ(夕べの露に花開くように、こうして紐をといて顔を見せるのも、通りすがりの道で会った縁ゆえですね)**(上巻111頁)と詠う源氏に**光ありと見し夕顔のうは露はたそがれどきのそらめなりけり(光り輝いていると思った夕顔の花の露は、夕方の見間違いでございました)**(同頁)と夕顔は返す。

どう、イケメンでしょと自信たっぷりに顔を見せた光源氏に夕顔は「すてきに見えたのは黄昏時で顔がよく見えなかったからかしら、間近で見るとたいしたことないわね」と返す。これは夕顔の強がりだとぼくは思う。で、詩の夕顔に通ずると思うという訳。

六条御息所の物の怪(嫉妬)で光源氏と密会中に突然亡くなってしまった夕顔は、「さびしくなった 夕顔は、だんだん下を むきました。」という詩の最後のフレーズと重なるようだ。

「源氏物語」の女性で昔から知っていたのは夕顔だけだった。やはり印象に残る女性だ。

瀬戸内寂聴は本の中で**現代の男性に、『源氏物語』の中ではどの女が好きですかと訊きますと、十中八九は、言下に「夕顔」と答えます。**(76頁)と書いている。そうなのか、そうかもしれないなぁ。金子みすゞの詩では「夕顔」が好きなぼくもそうかもしれない・・・。


*1 矢崎節夫さん(童謡詩人・金子みすゞ記念館館長)の講演会が10月2日に塩尻市広丘の「えんてらす」で開催される。参加申し込みをした。


「源氏五十五帖」

2022-09-26 | G 源氏物語



 昨日(25日)読んだ『源氏五十五帖』夏山かほる(日本経済新聞出版2021年)には次のような件がでてくる。

**老婆の手には、白い饅頭のようなものが山盛りにあった。賢子は一目見るなり声を上げた。
「まあ、白くて丸いこと。まるであなたのお顔(かんばせ)のようではありませぬか」
「そういえばそうですわねえ」
更級は、賢子の失礼な物言いにも素直に頷いた。
「お焼きと申すものですぞ。これを上がってずくを出しなされ」
「ずく?」
「ここらの言葉で、根気、気力の意であろうかの」**(137頁)

お焼きという食べ物の名前と「ずく」という方言を知る閲覧者は、信濃国のどこかで交わされている会話だと分かるだろう。

しばらく前にこの小説をI君から紹介された。源氏を読んでいるようだけれど、こんな小説もあるよ、と。

本の帯にあるように源氏物語には五十四帖「夢浮橋」に続く五十五帖があるとされ、藤原道長からこの幻の帖を探し出すように命じられた女性たちの物語。その女性というのが上掲した下りに出ている更級と賢子(けんし)。更科は菅原孝標の娘で「夜半の寝覚」と作者ではないかと言われている。それから賢子は紫式部の娘。

源氏物語の幻の五十五帖は信濃国にあるようだ、という情報を得たふたりは都から遠路そして難路を信濃国に向かう。信濃国のどこにあるのか・・・。善光寺には無かった。

紫式部のライバル、そうあの女性が信濃国に暮らしていて五十五帖を保管していた。それは一体どんな内容の物語だったのか・・・。

奇想天外だと思わないでもないこのミステリー、結末を知りたくて一気読みした。物語の終盤、五十五帖に書かれた内容とそれに対する彼女たち(他にも関係者がいるが敢えて明かさないでおく)の対応が読者をハラハラドキドキさせる。「えっ、そんなことして大丈夫かな」


作者の夏山かほるさんは九州大学大学院で源氏物語など、古典文学を研究した方。


『源氏物語』を読み終えて

2022-09-25 | G 源氏物語

360
角田源氏全3巻、約2000ページ。

 作家・角田光代が現代語訳した『源氏物語』全3巻(河出書房新社2020年)を4月15日から週2,3帖のペースで読み続け、昨日(24日)ようやく読み終えた(過去ログ)。


「源氏物語」という平安時代に書かれた長編小説がある、ということを知ったのはたぶん中学生の時。いつか読んでみたいと思ったのは高校生の頃か。読まなくてはならない小説、読まずに死ねるか『源氏物語』、と思うようになったのは今から15年、いや20年くらい前のことだろうか。

2008年には瀬戸内寂聴の現代語訳「源氏物語」全10巻(講談社文庫)を買い求めている。ただ、この本は読むことなくその後、他の多くの本とともに松本市内の古書店に引き取ってもらった。

ブログに進捗状況、レビューを書くことにして読み始めた。こうすれば途中で挫折するわけにはいかない。

手元に『カラダで感じる源氏物語』という文庫本(大塚ひかりちくま文庫2002年)があるが、巻末の解説には**著作を何冊か読めば分かるのだが、『源氏物語』などおそらく全文を諳んじているはずだし**(292頁)と書かれている。

46枚のかるたを畳の上に並べて俯瞰するように全54帖を見通すことができなければ「源氏物語」を縦横に語ることはできないだろう。私は登場人物が多いこと、登場人物が複雑に関係していることに理解を阻まれた。いや、自分の脳の劣化故か。だが、断片的にせよ感想を後日書きたいと思う。

今は長年の念願が叶ってうれしいという気持ちでいっぱいだ。


『源氏物語』を読み進めるにあたり理解の参考にした書籍は以下の通り
  『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 源氏物語』(角川文庫2021年52版)
  『源氏物語 おんなたちの世界』堀井正子(信濃毎日新聞社2009年)
  『源氏物語 解剖図鑑』佐藤晃子(エクスナレッジ2022年3刷)
  『源氏物語を読む』高木和子(岩波新書2021年)


 


「夢浮橋」

2022-09-24 | G 源氏物語

「夢浮橋 二人の運命」

 薫は比叡山参詣の翌日、横川の僧都を訪ねた。そこで浮舟が助けられ、出家した経緯を聞いた。僧都は薫が浮舟に並々ならぬ想いを抱いていることを知る。

薫は浮舟の母がひどく恋しがって悲しんでいると伝え、案内を乞う。だが、僧都は**「あの方は姿を変えて尼となり、俗世を捨ててはいるけれど、髪や髭を剃った法師ですら、みだらな心を捨てきれぬ者もいるという。まして女の身ではどうだろう。かわいそうにも罪作りなことにならないといいが」とほとほと困って考えている。**(579頁)で、いずれ伝えるとだけ答えた。薫は連れてきた浮舟の弟の小君を紹介し、**「この子に言付けて、とりあえず女君に私のことをそれとなく伝えてください」**(580頁)と言う。で、僧都は手紙を書いて小君に渡した。

山を下る松明の光列を小野の家の浮舟も目にした。**「月日が過ぎていってもこうして昔のことが忘れられずにいるけれど、今さらどうなるものでもない」**(581頁)と浮舟。

翌日、薫は小君に**「(前略)お前が行って様子を見て来てくれ。母君にはまだそのことは言わないように。(後略)」と言い聞かせて使いに出した。だが、浮舟は小君に会わなかった。小君が携えていた薫の手紙も受け取ろうとはしなかった。**「わざわざ私をお遣わしになったのに、なんとご報告すればよいのでしょうか。一言だけでもお返事をいただけませんか」**(588頁)という小君の言葉を妹の尼君が浮舟に伝えても、なにも言わなかった。

小君の報告に薫は気持ちが萎えて、**「だれかほかの男がひそかにかくまっているのではないか」**(589頁)と疑うのだった・・・。俗な薫、高貴な浮舟。

紫式部は対照的に二人を描いて、長大な物語を終わらせた・・・。

「源氏物語」読了!


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋 


「手習」

2022-09-24 | G 源氏物語

「手習 漂う浮舟の流れ着いた先」

 昨日(23日)、朝カフェ読書で「手習」を読んだ。前の帖の「蜻蛉」には浮舟の失踪が描かれていた。宇治川に投身したことが分かり、匂宮も薫も浮舟の死を嘆き悲しむ。

ところが・・・、浮舟は生きていた。死んでしまったと思われていた登場人物か実は生きていた。このような展開は今の小説にもある(具体例が浮かばないが)。

横川の僧都(そうず)には八十歳あまりの母親の尼と五十歳ほどの妹の尼がいた。この二人の尼君は初瀬(長谷寺)に参詣したが、その帰りに母親が具合を悪くしたために宇治に留まり、母親は宇治院に運び込まれた。

母親の急病を知った僧都は急いで山を下り、宇治にやって来る。夜、院の裏手の僧都一行。うっそうとした木々の中。**「なんとも薄気味の悪いところだ」とのぞきこんでみると、何か白いものが広がっているものが目に入る。「あれはなんだろう」と立ち止まり、灯を明るくして見ると、何かがうずくまっているようだ。(後略)**(511頁) 

なんだかホラーな雰囲気。狐が化けた? たちの悪い魔物? 魔物ではなく浮舟だった。浮舟も院に運び込まれた。僧都の妹の尼は浮舟を亡き娘の身代わりだと信じ、看病した。

容体が落ち着いた母親と浮舟は比叡の小野にある母親と妹の住まいに移された。それから二カ月、ようやく浮舟は意識を取り戻した。死ねなかった・・・。

匂宮と薫の板挟みで苦しんで死のうとしたのに、浮舟は僧都の妹の娘婿の中将に見初められてしまう。

浮舟は願っている。**この先どんなことがあろうとだれかと縁づくなんてあり得ない。そんなことになったら忌まわしい昔のことを思い出さずにはいられない。男と女のことなどはいっさい考えずに忘れてしまいたい**(528頁)、と。浮舟は女一の宮(一品の宮)の祈禱のために再び下山してきた僧都に懇願して出家を遂げた。

女一の宮の病気は僧都の祈禱の効験で快癒した。僧都はすぐに山に帰ることなく、宮中に控えていた。ある夜、僧都は后の宮(明石の中宮)らに**「本当に不思議なめったにないことに遭遇いたしまして・・・。この三月に、年老いております母親が、宿願があって初瀬に参詣しましたその帰りの中宿りに、宇治院というところに泊まったのです。(後略)」**(555頁)と女君を見つけた時のことを話して聞かせた。

中宮と小宰相の君(本文では**大将(薫)が親しくしている小宰相の君**(555頁)と説明されている。要するに薫の愛人)は僧都の話に出てきた女君は浮舟ではないかと思った。

望み通り出家してから浮舟は少しばかり気持ちも明るくなって、経文を読み、妹尼君と冗談を言い合ったり、碁を打ったりして暮らしている。ある日、浮舟は薫が自分の一周忌の法事の準備をしているということを耳にする。**見し人はかげもとまらぬ水の上に落ち添ふ涙いとどせきあへず(昔馴染んだ人の面影もとどめていない水の上に、落ち続ける私の涙はますますせき止めようがない)**(565頁)薫は宇治川に涙をこぼしているということを知る浮舟。

小宰相の君は僧都の話を薫にとりついだ。浮舟が生きているかもしれない・・・。話を聞いて驚いた薫は真偽をたしかめようとする。薫は比叡山参詣のついでに横川に僧都を訪ねようと浮舟の幼い弟を連れて出かけた・・・。

紫式部はストーリーテラーだ。話の展開が上手い。

浮舟の回想。**袖ふれし人こそ見えね花の香のそれかとのほふ春のあけぼの(袖を触れた人の姿こそ見えないけれど、花の香りがその方の匂かと思わせるほど漂ってくる春の明け方よ)** 袖ふれし人とは薫?それとも匂宮? 両説あるようだが、私は薫だと思う、思いたい。

紫式部が物語最後のヒロインにした浮舟は物語に登場した大勢の女性たちの中でもリアルな存在感のある女性だと思う。

残るはラスト1帖「夢浮橋」。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋 


「蜻蛉」

2022-09-23 | G 源氏物語

「蜻蛉 悲しみは紛れず」

 **宇治の邸では、女君(浮舟)がいないことに気づいて、女房たちが大騒ぎしてさがすけれど、その甲斐もない。**(456頁)事情を知る右近や侍従は浮舟がひどく思い詰めていた様子だったことを思い、宇治川に身を投げたのではないかと考えた。宇治では混乱が続く・・・。

右近と侍従は宇治に来た浮舟の母親に真実を告げた。浮舟が自ら命を絶ったことが世間に知られないようにと、葬儀は内密に簡略して執り行われた。

浮舟の死を知った匂宮は茫然自失。薫は床に着いてしまった宮を見舞った。事の真相が分からない二人は腹の探り合いをした。(復習 匂宮は源氏の孫で、薫の表向きの甥)

宇治を訪ねた薫に右近は浮舟が薫と匂宮に挟まれて苦しんだ末に入水したことを明らかにし、それに至る経緯を語る。薫は浮舟を早く京に迎えなかったことを悔やんだ。薫の手配で四十九日の法事が盛大に執り行われた。宮もひそかに供養の品、白銀の壺に黄金を入れたもの右近の志のようにして届けた。

**宮と大将、二人の胸の内からはいつまでも悲しみが去らない。宮は、どうにも抑えがたいほど思いが高ぶっている時に終わってしまった恋であり、(中略)大将は、あの母君と約束した通り何かと気に掛けては、残った一族の人々の面倒をみているが、やはりどうにも仕方のない女君のことを忘れることができずにいる。**(484頁) 

薫は**ありと見て手にはとられず見ればまたゆくへもしらず消えし蜻蛉**(505頁)と、ひとりつぶやいていたとか。

ドラマチックな展開の宇治十帖・・・。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋 


「秋刀魚の味」小津安二郎

2022-09-21 | E 週末には映画を観よう

 「週末には映画を観よう」というカテゴリー名を変えなければいけないかもしれない。「秋刀魚の味」を観たのは昨日(20日)、平日の夜だった。1962年(昭和37年)公開のこの作品は小津安二郎の遺作。

小津作品はモノクロ、というイメージがなんとなくあるけれど、これはカラー。カメラを据える高さはやはり低い。昭和の居間は畳敷きだから、今の椅坐位の生活平面のおよそ半分の高さ、低い。家族の日常を捉えるカメラが低く据えられるのは必然と言えなくもない。

先日観た「東京物語」は家族とは何か、家族の絆とは何かを問うものだった、と思う。「秋刀魚の味」も家族、初老の父親と結婚適齢期(などと書くとまずいのかな)の娘を中心に家族が描かれる。娘が嫁いで、独りになった父親の孤独、孤独は表現がきついかもしれない。父親の寂しさが描かれる。主人公はやはり笠 智衆が演じている。娘は岩下志麻。この作品が撮られたときは21歳くらい。美しい。   

小津作品の静的な映像はやはり好い。この映画を現代の規範に照らして、出演者の台詞や振る舞いを評しているものもあるけれど、昭和の映画は昭和という時代の中で味わうのが好い(って、意味が通じるかな)と私は思う。

ラスト。結婚式当日の夜、バーでひとり飲む父親の表情が印象的だった。顔の表情に台詞以上語らせるのも小津作品か。


この秋は酒(もちろん日本酒)をちびちび飲みながら小津作品を観ることにする。


「浮舟」

2022-09-21 | G 源氏物語

「浮舟 女君の苦悩と決意」

 匂宮は月日が経っても浮舟のことが忘れられない。中の宮は**「(前略)私の不注意で何かまずい事態になるのは避けよう」**(391頁)と匂宮に浮舟のことを何も言わずにいた(ここで復習、浮舟は中の宮の異母妹)。だが、匂宮は正月に宇治から中の宮に届いた手紙を読んだことをきっかけに、薫が浮舟を宇治に隠し据えていることを知ってしまう。

ひそかに宇治を訪れた匂宮は薫を装い、暗い部屋の浮舟に迫る。浮舟は薫ではないことが分かったが、もう遅い。二人は一夜を明かし、その日も匂宮は口実をつくって宇治に泊まる。

悠長に構えている薫、情熱的に迫る匂宮。

匂宮に惹かれていく浮舟・・・。**本当に愛情深い人とはこのような人のことではないか、と思い知らされる気持ちである。**(406頁)

久しぶりに薫は宇治に浮舟を訪ねる。その時、浮舟は**「私がこんなふとどきな心を持っていたのだと、もし大将(筆者注、薫のこと)が漏れ聞くことでもあれば、どうしようもなくつらいことになるだろう。不思議なほど夢中で恋焦がれてくれる宮をいとしく思ってしまうのは、けっしてあってはならない、軽々しいあやまちなのだ」と、大将から嫌な女だと思われて、見捨てられたら、その心細さはどれほどだろうと深く身に染みてわかっているので、女君は深く思い悩んでいる。**(415頁)

薫も匂宮も浮舟に京に迎えると言っている・・・。浮舟恋の板挟み。

二月、雪降り。宮中で薫が浮舟を思って和歌をつぶやく。それを聞いた匂宮は嫉妬、大雪をついて宇治に向かう。今夜そちらに行くという知らせが宇治に届く。まさかこんな雪の中、と気を許していると夜更けに宮が到着する。**まさかいらしてくださるとは・・・と女君は胸打たれている。**(419頁)

匂宮は浮舟を連れて宇治川の対岸に用意させていた隠れ家に小舟で渡る。**橘の小島の色はかはらじをこの浮舟ぞゆくへ知られぬ**(420頁)と女君。**人目を気にする必要もないので、宮は女君と気兼ねなく睦み合って過ごす。**(421頁)匂宮と浮舟の甘美な陶酔の二日間。

その後のある日、匂宮と薫の使いが宇治で遭遇する。不審に思った使いが後をつけて・・・、薫は浮舟と匂宮の深い関係を知る。

尽きせぬ思いの丈を書き連ねた宮からの手紙に**とくべつ思慮深いわけでもない若い女心としては、こうした心の内に触れれば、宮への思いがますます強まりそうだけれど、最初に契りを交わした大将のほうが、さすがに奥深く、人柄も立派だと思ってしまうのは、女君にとって男女の仲を知ったはじめての相手だからでしょうか・・・。**(425頁)と紫式部。(角田光代さんの文章は漢字とひらがなとの使い分けが独特で、当然漢字と思うところをひらがな表記したりしている。)

匂宮と薫、タイプの異なる二人の男の間であれこれ思い悩む浮舟。長々とあらすじを書いても・・・。自分一人がこの世から消えれば、全て無難に納まる。三角関係を清算しようと浮舟は死を決意する・・・。二人の間でしたたかに生きるような女性ではない。冷徹な紫式部。

「浮舟」は印象に残る帖になると思う。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋 


182枚目は安曇野市長

2022-09-20 | C 名刺 今日の1枚



182

 安曇野市豊科近代美術館で開催中の「民家再生の父 降幡廣信と門弟有志作品展」を昨日(19日)の午後観た。「古民家再生」という建築の一領域を確立された安曇野市出身の建築家・降幡廣信さんの業績を振り返る作品展。

会場で偶々安曇野市の太田市長にお目にかかり、名刺交換させていただいた。太田市長は日本経済新聞に掲載された私の記事を読んでおられた。掲載記事について私が触れたわけでもないのに、記事を読みましたのことばに驚いた。

  

9月9日付信濃毎日新聞の地域面(27面)に上掲の「小説「安曇野」大河化を目指し懇談会」という見出しの記事が掲載されていた。記事にはこの小説の大河ドラマ化を目指そうという取り組みが紹介されている。**大河ドラマ化は太田寛市長が構想**と同記事にある。

「安曇野」という呼び名は臼井吉見の大河小説『安曇野』によって広く知られることになった。太田市長の文化的事業への取り組みにも期待したい。


 


本の寺子屋 講演会

2022-09-19 | A あれこれ

 塩尻のえんぱーく(塩尻市市民交流センター)で行われている(*1)「本の寺子屋」。

4月24日、現代詩作家・荒川洋治さんの「短編小説と世界」で始まった今年度(令和4年度)の本の寺子屋 講演会。残念ながら抽選漏れで聴講できなかったけれど、6月26日には法政大学前総長・田中優子さん、7月24日には小泉今日子さんの講演会も行わている。

昨日(18日)の午後に開催された東京新聞編集委員・加古陽治さんの「文芸取材の新流儀」と題した講演会に参加した。東京新聞に入社して以来事件取材が中心だったという加古さん。2012年に文化部長になったことから文芸記者歴が始まったそうだが、もともと文化芸能には関心があって、角川短歌賞で次席になったこともあったとのこと。

加古さんが担当した「一首のものがたり」という月1回程度の連載記事(*2)。加古さんはその何例かをスクリーンに映しながら紹介された。一首の短歌を題材に、その短歌の背景を明らかにするという調査報道の手法を取り入れた深い内容の記事は大変興味深いものだった。

あの夏の数かぎりなきそしてまたたった一つの表情をせよ 小野茂樹 

ひとりの女性との出会いは高校生の時、作者の初恋。お互いに惹かれながらも女性は別の男性と結婚し、何年後かに(8年後だったかな)作者も別の相手と結婚する。その後・・・、偶然再会したふたりはそれぞれ離婚して、結婚する。それから4年後、作者は不慮の死を遂げる。交通事故だった。

このような背景を知って上掲の歌を読むと、そうか・・・、再会を果たした初恋の女性に対する想いが伝わる。あの夏、ぼくだけに見せた表情をまた見せて欲しい。この短歌を取り上げた記事の見出しは「永遠となった初恋の夏」。

280

連載記事は「一首のものがたり 短歌が生まれるとき」という本になっている。読みたいと思う。

*****

 前回の講演会(「民俗知を掘り起こすために」赤坂憲雄 8月28日)で高校の同期生3人と一緒になった。3人とも今回も講演会に参加すると聞いていたので「松本の本」第3号を持参した。Sさんは既に購入したとのことだった。TさんとIさんにプレゼントした。 Tさんは日経新聞に掲載された私の記事を読んでいたとのこと、Iさんとは2020年の秋に「火の見櫓のある風景スケッチ展」の会場で高卒以来初めて再会した。

講演会の後、会場近くのカフェでしばし歓談。 


*1 レザンホール、えんてらすで開催される回もある。


「東屋」

2022-09-18 | G 源氏物語

「東屋 漂うこと浮舟のごとし」

 浮舟の父親は八の宮だが、認知してもらえなかった。母親の中将の君は子連れで常陸守と結婚していた。薫は浮舟に逢いたいという気持ちがあるものの、身分にふさわしくない娘、世間体を気にして手紙も出さない。ただ、薫の意向は弁の尼君から浮舟の母親に伝えられていた。母親は薫が本気で思いを掛けてくれているとは思っていなかった。身分相応な結婚を望み、娘に思いを寄せる男たちの中で左近少将がふさわしいと考え、婚儀の準備を始めていた。

ところが、左近少将は浮舟の父親の常陸守の財産が目当てだった。浮舟が実子でないことを知って、実の娘に乗り換えた。浮舟のための準備そのままに、父親の常陸守は実の娘と結婚させた。浮舟は高貴な娘、そう、宮の娘なのに・・・。このことを見せつけたいと思う母親は浮舟を匂宮邸の中の君に預けることにした。ところが・・・。

匂宮が中の君を訪ねた時、あいにく洗髪中で(長い髪を洗って乾かすのは大変で一日がかり。吉日を選んで行われたとのこと)相手をしてもらうことができなかった。

匂宮は見たことのない女の子がいることに気が付く。**宮はいつもの浮気な性分からそのまま放っておけずに、片手で女君の衣の袖をつかみ片手でこちらの襖を閉めて、(後略)**(359頁) 妻の妹とは知らず浮舟に言い寄った宮。だが、浮舟は乳母のガードで難を逃れた。このことを知った浮舟の母親は驚き、浮舟を三条の小さな家に移した。

弁の尼君からこのことを聞いた薫は弁を三条の小家に行かせた。薫は弁を訪ねるという口実で浮舟の許へ。浮舟と一夜を共にした。朝。薫は浮舟を抱き上げて車に乗せ、宇治に向かった・・・。同行の弁は**「亡き大君のお供としてこのように拝見したかったものを・・・。長生きしていると、思いもかけない体験をするものだ」(後略)**(381頁)と悲しく思っていた。

弁の尼宮は薫をよく分かっている女性。**やどり木は色かはりぬる秋なれどむかしおぼえて澄める月かな ― 大君からこちらの方に心変わりをしたあなただけれど、月だけは昔 と同じように澄みきっています**(385頁)と薫に詠む。**

宇治に着いた浮舟の運命やいかに・・・。

紫式部はこの長編小説の最後に先が気になって仕方ないような展開を用意していた。本当にこの女性はすごい才能の持ち主だったんだなぁと改めて思う。

さあ、ラスト4帖!


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋 


安曇野市豊科の火の見櫓

2022-09-17 | A 火の見櫓っておもしろい


(再)安曇野市豊科 豊科高校のすぐ近く 3柱66型BC(SA)脚 撮影日2022.09.16

 火の見櫓の観賞・観察方法は人それぞれ。こうしなくてはならない、などという決まり事は全くない。野に咲く草花を見てきれいだな、と写真を撮るのも良し、花弁は何枚かな、雌しべや雄しべはどうなっている? と、近づいて観察してみるのも良し。火の見櫓然り。私の場合は後者、分析的に細部を観察する癖があるようだ。

火の見友だちがインスタグラムにこの火の見櫓をアップしていた。その写真を見て、気になることがあった。それで昨日(16日)改めて観察した。






踊り場の設置の仕方に違和感を覚える。この踊り場は建設当初からあったようには見えない。初めは踊り場がなくて櫓に外付けされた梯子で一気に見張り台まで登るようになっていたのではないか。踊り場は建設後に設置したのではないかと思う。上部の梯子に設置されている落下防止ケージも後付けだろう。


梯子の取り付け方もなんだか不自然だ。初めからこのように付けてあったとは思えない。


踊り場の梯子の上端もあまりきれいな切り口ではない。後切りと決めてかかって観るから、ではないと思うがどうだろう。

*****


今回の観察でブレース端部を柱材に挟み込んでボルト留めしていることに気が付いた。このような留め方を観るのはおそらく初めて、珍しい。


前から気が付いていたが、脚の納め方が変わっている。アーチ形の補強部材を柱材脚部の中間で留めて(ショートアーチ、SA)、更にその下に交叉ブレースを設置している(ブレース囲い、BC)。しかもそのブレースの下半分は埋まっている。これはブレースの下側をコンクリートで埋めて固定したことに因るものと推測される。繰り返す、なんとも変わった納め方・・・。





181枚目

2022-09-17 | C 名刺 今日の1枚



181

 久しぶりの「カフェギャラリーお茶の間」(過去ログ)。偶々居合わせた女性が、店内に置かれている『あ、火の見櫓!』を手に私の席に来られた。オーナーから紹介されたようだ。訊けば火の見櫓と近代建築が好きとのこと。うれしい。で、名刺をお渡ししてしばし歓談。


 


「松本の本」第3号発行

2022-09-16 | A 読書日記

『松本の本』第3号、発行。

 第3号の特集は浅間温泉。ワタクシ テキ マツモトには松本から見える槍ヶ岳、謎の狛犬、商都まつもとの原点 牛つなぎ石、木曽義仲 松本成長説、ゼンちゃの風景、松本の風土(food)などなどディープな内容の記事が掲載されています。


イラストマップには火の見櫓も何基かプロットされています。
遠方の友人に郵送しました。マンホール切手を貼って。

編集長・渡辺 宏さんの「源泉が語る浅間温泉」は源泉と温泉施設への流路の歴史を江戸時代の絵図などを手掛かりに紐解いた論考で読み応えがあります。

マンホール蓋について書いた私の記事も掲載していただいています。火の見櫓とのツーショット写真など、15カットもの写真と目安とされていた文字数を大幅にオーバーした原稿を4段組みにして収めていただきました。

来週あたりから地元松本や周辺の書店などで販売されると思います。松本に感心のある方もない方も手に取ってご覧ください。よろしくお願いします。


「松本の本」第3号(B5判85ページ、税込み880円)
問い合わせは想雲堂(0263-87-8422)へ