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東南アジア、台湾などへの海外旅行記などを中心に投稿しています。

ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(街歩き(女子学生の制服))

2016-02-02 23:25:16 | ラオス
 街の中心を歩いていたとき、学校と思しき建物がありました。前日、ここの前を歩いたのですが気がつきませんでした。それ校庭に生徒がいたからわかったのでした。校庭にいたのは女子生徒ばかりでした。ここは、どうやら女子高校のようです。一律、ミャンマーのロンジーのようなロングスカートでした。





 小学生の女の子も お姉さんたちと同じスカートでした。これも東南アジアの姿ですね。


ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(托鉢)

2016-01-31 22:49:23 | ラオス
 仏教信仰の盛んなラオスの中にあっても、ルアンパバーンはとりわけ信仰心の篤い街です。毎日、朝の5時前から僧侶たちは托鉢に出ます。人々は餅米ご飯(カオ・ニャオ)を竹で編んだおひつ(ティップ・カオ)に入れ、道ばたに座って、一人ひとりの僧侶にひとつかみずつ順番に寄進します。一般人は托鉢中の僧侶より高い位置にいてはいけません。また、目を合わせてもいけません。道ばたにきちんと正座し、下から恭しく差し出さなくてはならません。
 外国人旅行者で托鉢の様子をカメラに収めるときは、僧侶の列から離れた位置からでなければなりません。







 街の中を歩いていたら、白い煙が出ている家がいくつかありました。これはカオ・ニャオを焚いているのだと思います。




ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(街歩き(フルーツ村))

2016-01-28 23:10:26 | ラオス
 街の入口にフルーツ村(屋台村をもじりました)がありました。東南アジアの人々はフルーツが好きです。バンコクの街を歩いていると、屋台でフルーツを買い求める人の姿を度々見かけます。



 店先に並べられているものを見ると、食事もできるようです。



 その中に、愛くるしい顔をした店がありました。シャッターをきった瞬間目をつぶってしまいました。私はここでスイカのジュースを飲みました。


ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(街歩き(頭のものは何?))

2016-01-27 22:24:09 | ラオス
 かなりの長い時間、ルアンパバーンの街を歩いたので、ホテルに戻る前に足マッサージをうけました。そこで女の子の頭に「泡立て器」のようなものを発見しました。



 女の子に聞いてみたところ、それは「頭のマッサージ器」でした。頭皮を傷つけないよう作られていました。



 


ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(街歩き(お寺))

2016-01-26 23:18:40 | ラオス
 村上春樹氏の著書の中で、

「ルアンパバーンの街であなたがすべきことは、まず寺院を巡ることだろう。寺院ホッピング。そういうところは京都や奈良に行く場合と同じだが、この街は京都や奈良に比べると圧倒的に規模が小さいので、寺院巡りはそれほど骨の折れる作業ではない。どこだってだいたい歩いて行けるし、もし歩き疲れたら適当に、乗り合いの幌つき三輪車(TukuTuku)に乗ればいい(音はかなりうるさいけど)。二日もあれば有名な寺院はすべて見て回ることができるはずだ。」

 と書いていました。多分、その通りだと思いますが、私には時間がなかったので、最も有名な「ワットシェントーン」に足を運びました(本音はたまたまホテルの近くだったからです)。
 ルアンパバーン、そしてラオスの寺院の中で最高の美しを誇るといわれています。
 本堂は「ルアンパバーン様式」といわれるスタイルで建てられており、優雅に、しかし大胆に湾曲した屋根に最も特徴が出ています。








 同じ敷地に1960年に王の葬儀で使われた霊柩車が収められているホーラーサロット(霊柩車庫)がありました。黄金の龍をモチーフにした霊柩車です。





 最後に↓は何でしょうか。おみくじのようなものでしょうか。



ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(街歩き(ソーセージ))

2016-01-23 22:08:03 | ラオス
 夕食をとった屋台にはソーセージが並べられていました。ラオスでソーセージとは?バンコクの屋台街では見た記憶がありません。ほかの屋台にもソーセージが並べられていました。





 その中にちょっと気になる屋台がありました。売っていたのはホットドック。屋台では珍しいです。ただ、私はホットドックに惹かれたのではなく、店の後ろに立っていた女の子です。多分、二人は親子で後ろにいるのは娘さんでしょう。非常に聡明な顔をしていました。一瞬微笑んだ顔は、プロゴルファーとしてデビューした頃の宮里藍選手に似ていました。





 当然、私も一ついただきました。


ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(街歩き(ナイト・マーケット))

2016-01-18 23:01:22 | ラオス
 ルアンパバーン観光の目玉の一つは毎夜開かれる「ナイト・マーケット」と、ガイドブックに書かれていました。メイン通りの入口から約100メートルの間にテントが張られ、その下で商品が売られていました。





 マーケットを歩くと、あることに気がつきました。店の数は100近くあったと思うのですが、店先に並んでいる商品は、室内履き、Tシャツ、コーヒー豆・お茶、皮製品、そして紙細工の5種類でした。











 私は期待をしていたのですが、ガッカリでしたね。コーヒー豆・お茶はいつパックされたものでしょうか。それでも室内履きは東南アジアでははじめて見ました。紙細工は、昨日記事にしたエラワン祠の近くで売られていました。


ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(夕食)

2016-01-10 23:07:24 | ラオス
 ルアンパバーンの街も歩き終わり、そろそろ夕食をとりたいと思っていた矢先、東南アジアらしい一角を発見しました。中に入ると、多くの外国人が食事をしていました。





 ここは、通路を挟んで食事をするテーブルと、食材を販売する店が並んでいました。



 食べたいのもを更に盛って清算する方式です。これも東南アジアの定番ですね。私が選んだものに麺が入っていたので、何も言わずに炒めてくれました。かたい目玉焼きまで炒めてしまいました。










 


ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(街歩き(村上春樹氏は))

2016-01-06 23:08:13 | ラオス
 作家村上春樹氏は著書「ラオスにいったい何があるというんですか?」の中で、

「僕の会ったこの街(ルアンパバーン)の人々は誰しもがにこやかで、物腰も穏やかで、声も小さく、信仰に深く、托鉢する僧に進んで食物を寄進する。動物を大事にし、街中ではたくさんの犬や猫たちがのんびりと自由に寛いでいる。たぶんストレスみたいなものもないのだろう。犬たちの顔は柔和で、ほとんど吠えることもしない。その顔は心なしか微笑んでいるようにさえ見える。」
と記していました。まさにその通りです。

ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(街歩き(お犬様))

2016-01-05 22:20:11 | ラオス
 街を歩いていると、そこかしこで野良犬(たぶん)を見かけました。人間に慣れているようで、吠えたりしません。どうやら人間に興味がないのでしょう。







 傑作だったのは、後日紹介する王宮の入口近くにいた↓のワンちゃんです。



 王宮を見た後、ホテルへ戻る途中で再会しました。飼い主に食べ物をねだっているように見えました。



ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(e-Bus)

2015-12-29 23:34:38 | ラオス
 メコン川沿いを歩いている時、譜面台のようなものが目にとまりました。





 譜面台に置かれているものを見ると、街を循環しているようなバスがあることがわかりました。その名称は「e-Bus」。1時間に3本ほど運行されているようでした。川沿いを離れて街外れのバスターミナルの近くで、そのバスを発見しました。正体は電気自動車。



 ここはe-Busの充電基地でした。ボディーにはラオスと日本、そしてJICAのシールが貼られていました。


ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(HISもルアンパバーン風)

2015-12-26 08:23:59 | ラオス
 街の中心を歩いているとき、HIS社の看板を発見しました。ラオスの一般市民が利用するとは思えないので、日本人旅行者のフォローのために開設したのでしょう。



 オフィスは看板の場所から50メートルほど入り込んだところでした。この日は日曜日でしたがクローズでしたが、自社のツアー客に問題が発生した場合は対応できるのでしょうか。




ラオス・ルアンパバーン渡航記(2015.11.22~2015.11.24)(街歩き(メコン川))

2015-12-20 22:14:35 | ラオス
 ホテルから歩いて数分のところを「メコン川」が悠々と流れています。チベット高原に源流を発し、中国の雲南省、ミャンマーとラオスの国境、タイとラオスの国境、カンボジア、ベトナムを通り南シナ海に抜けるアジアの大河です。
 村上春樹氏の著書「ラオスにいったい何があるというんですか?」の中では、
「メコン川は、その畔に居住する人々のライフ・スタイルに、ぴたりと隙間なく結びついているように見える。(中略)その長大な川がそのままライフラインになっている。人々は文字通りメコン川に沿って生活を営み、その意識や心は、川の途切れない流れと共生しているようだ。おおむね諦観的(あきらめること)に、しかしあるときはタフに。」
と表現していました。



 私は過去2回メコン川を見てます。最初は、2010年9月タイのノンカーイからメコン川に架かるタイ・ラオス友好橋をバスで渡り、ラオスの首都ビエンチャンに入ったときでした。ホテルの前をメコン川が流れていました。対岸はタイです。



 2回目は、タイのウボンラーチャターニーから国境を越えてラオスのワンタオに入る手前でした。メコン川はこの先ラオス国内に入り込みます。対岸はラオスです。