読売新聞2025年4月18日の記事です。若大将がはじめて作曲したのが「夜空の星」でした。このことは意外と知られていると思います。
「夜空の星」は映画「エレキの若大将」(1965年12月公開)の挿入歌。発売されたシングルレコード盤ではB面(A面は「君といつまでも」)でした。そして大事なことが一つ。「夜空の星」の編曲・演奏は「寺内タケシとブルージーンズ」。
「エレキの若大将」の前作「海の若大将」(1965年8月公開)の挿入歌「君が好きだから」の編曲・演奏も「寺内タケシとブルージーンズ」。さらに「エレキの若大将」の次作「アルプスの若大将」(1966年5月公開)の挿入歌「蒼い星くず」も「寺内タケシとブルージーンズ」でした。
さらにさらに、「寺内タケシとブルージーンズ」は前記3作品に出演しました。ただ、「アルプスの若大将」に寺内タケシさんは出演していません。グループを脱退していました。リードギターを務めたのは加瀬邦彦さん。モズライトのパールホワイトモデルを弾いていました。
1965年から僅か数年の間、GS(グループ・サウンズ)が日本を席捲しました。堺正章さん・かまやつひろしさんのザ・スパイダーズ、沢田研二さんのザ・タイガース、ワイルドワンズなど多くの人気グループが誕生しました(寺内タケシとバニーズもその一つ)。その中に、アマチュアバンドのコンテスト番組「勝ち抜きエレキ合戦」で優勝し、プロとしてデビューした「ザ・サベージ」がいました。このバンドで、ベースとボーカルを務めていたのが、寺尾聰さんでした。
寺尾さんはグループ脱退後、俳優として活躍する傍らソロ歌手としても活動していました。1981年に発表した「ルビーの指環」は超ド級のヒットでした。何故、今頃こんな記事を投稿するのかと問われれば、それは今月14日(木)NHK「寺尾 聰 人生の集大成ライブ!」をみたからです。寺尾さんは今年で77歳になりますが、それを感じさせないライブでした。さらに、この記事を書いた日、NHKオンデマンドでまたみてしまいました。配信終了は来月1日となっています。それまでに、もう1回みるでしょう。それほど、良かったです。
読売新聞朝刊連載「時代の証言者 若大将の航跡 加山雄三」は連載が進み、エレキの時代になりました。映画「エレキの若大将」は同級生とみました(私の年齢がわかってしまいますね)。この作品には寺内タケシさんがそば屋の出前持ちで出演していました。しかし、当時の私に、この人が後年「エレキの神様」と呼ばれた人であることは知りませんでした。
この作品の挿入曲「夜空の星」のバックバンドは「寺内タケシとブルージーンズ」でした。当時、人気絶頂のクレージーキャッツの植木等さんが発売した「遺憾に存じます」のバックバンドも務めていました。ここで不可解なことがあります。1965年ブルージーンズはキングレコードから「涙のギター」を発売。加山雄三さんの所属は東芝。現在、レーベルを超えて共演することは契約上できないはずです。当時はおおらかだったのでしょう。
読売新聞朝刊「時代の証言者」で加山雄三さんの連載がはじまりました。私は加山雄三さんが主演した「エレキの若大将」で見てエレキの虜になりました。

多くのフェンダーファンが集結していました。と言いたかったのですが、予想以上に空いていました。シュールーム的な存在なのでしょうか。





この映画館の3階にライブハウスがあります。

ここに、今月29日(土)「ブルージーンズ」が出演します。チケット価格は1万円です。

寺内タケシさんが亡くなられてから、エド山内さん、ジャッキー吉川とブルーコメッツのリードギター三原綱木さんとの共演が多いようです。


この車両は、JR東日本が企画した「水戸線地酒でいやど~も」で運行されるものでした。車両の中は「立ち飲み屋」仕様でした。

カメラをかかえた少年のはなしでは、この線で運行されるのは4~5年ぶりだとか。またしばらくはみることができないと思い、ここまできたとも話していました。
しかし、少年はなにをおさめているのでしょうか。


調べてみた結果、ベトナムに進出している地場企業がいくつかありました。また、これらの企業がベトナム人を受けいれていました。ベトナムの国民食「フォー」などを買いもとめに来店するのでしょう。

入館方法がわからなかったので、案内所で聞きました。その答えは「今日は休館です。開館しているのは毎月第二および第四土曜日の2日」。そんなこと、シティのWebサイトには書かれてはいませんでした。しかし、記念館オープンを報じた記事には書かれていました。
当面は第二、第四土曜の午前十一時〜午後四時に開館。入場無料。来館の際は電話などで事前予約が必要。
問い合わせ、予約などはKMミュージック=電045(201)9999(平日午前十一時〜午後一時、午後三〜五時)=へ。
記事をよく読まなかった私の責任です。


駅前、人の姿はまばらで閑散としていました。首都圏外は「足は鉄道ではなく自動車」ですから、当然の光景なのでしょう。

それを象徴するのは、駅構内のコンビニと駅前の商業施設です。コンビニは土日休業。鉄道を利用するのは平日に通学する学生と通勤者だけなのでしょう。

駅前の商業施設は筑西市役所でした。同じような光景を土浦でも見ました。首都圏の足は鉄道なので駅前が商業の中心ですが、地方はそうではありません。

私が出た先は北口。反対の南口は寒々しい光景でした。関東鉄道常総線下館駅はこちらでした。


・JR東京駅-(東北新幹線)→JR小山駅-(JR水戸線)→下館駅
・JR東京駅-(東北新幹線)→秋葉原駅-(つくばエクスプレス)→守谷駅-(関東鉄道常総線)→下館駅
の2ルートがありました。私は一度も利用したことがない、つくばエクスプレスと関東鉄道常総線を乗り継ぐルートを選択しました。つくばエクスプレスは、人気路線で昨今メディアへの登場回数が増えていますので、ここでは関東鉄道常総線を紹介します。同じ茨城県の取手と下館を結んでいます。ローカル路線であることはわかっていましたが、まさか1両編成とは想像していませんでした。しかし、人気路線の江ノ島電鉄線も2両編成ですから、同然なのかも。



詳細を見ると、そこには「復活上映」と記されていました。それにしても、何故この時期に。
加山雄三さんは、昨年闘病生活から復活しました。そして、今年中旬、年内でステージ活動の終了を発表しました。実際は引退宣言です。そこで、加山雄三さんが主演した若大将シリーズの中で最も人気のあったこの作品を上映されることになったのだと思います。

そしてこの曲を作曲したのが9月に他界した「すぎやまこういち」さんでした。「涙のギター」は大ヒットしたと聞きました。さらにこの曲に歌詞をつけたのは、下の追悼文を書かれた橋本淳さんです。

日本のエレキ・シーンを代表する方々が鬼籍に入りはじめています。訃報を聞くたびに寂しい思いがします。
今夜は、ブルージーンズ初期の名曲「涙のギター」「雨の思い出」「涙の十字路」を聞くことにします。私が一番好きな曲は「夜霧のなぎさ」です。

寺内タケシさんが手にしているギターは「YAMAHA SG-7」。後ろに見えるのは加瀬邦彦(故人)さんです。