竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集 集歌3965から集歌3969まで

2022年12月21日 | 新訓 万葉集
守大伴宿祢家持贈掾大伴宿祢池主悲謌二首
標訓 守大伴宿祢家持の掾大伴宿祢池主に贈れる悲(かな)しびの謌二首
忽沈枉疾、累旬痛苦。祷恃百神、且得消損。而由身體疼羸、筋力怯軟、未堪展謝。係戀弥深。方今、春朝春花、流馥於春苑、春暮春鴬、囀聲於春林。對此節候琴尊可翫矣。雖有乗興之感、不耐策杖之勞。獨臥帷幄之裏、聊作寸分之謌、軽奉机下、犯解玉頤。其詞曰
標訓 忽(たちま)ちに枉疾(わうしつ)に沈み、旬(しゅん)を累(かさ)ねて痛み苦しむ。百神(ももかみ)を祷(の)み恃(たの)みて、且(かつ)、消損(せうそん)を得たり。しかも由(なお)身體疼(いた)み羸(つか)れ、筋力怯軟(けふなん)にして、未だ展謝(てんしゃ)に堪(あ)へず。係戀(けいれん)弥(いよいよ)深し。方今(いまし)、春朝には春花、馥(にほい)を春苑に流(つた)へ、春暮には春鴬(しゅんあう)、聲を春林に囀(さえず)る。此の節候に對(むか)ひて琴尊(きんそん)翫(もてあそ)ぶべし。なお、興に乗る感あれども、杖を策(つ)く勞に耐(あ)へず。獨り帷幄(ゐあく)の裏(うち)に臥して、聊(いささ)かに寸分の謌を作り、軽(かろがろ)しく机下(きか)に奉り、玉頤(ぎょくい)を解かむことを犯す。その詞に曰はく
標訳 突然の病魔に沈み、十日以上も日々を重ねて病に痛み苦しむ。多くの神に祈り願って、ようやく、病魔が消え去ることを得た。しかし、まだ、身体は痛み疲れ、筋力は弱り力が出ることなく、未だに見舞いのお礼を申し上げら得ません。お逢いしたい思いは一層に募ります。今、春の朝には春花が咲き、その匂いを春の苑に流れ、春の暮れには春の鶯が、声を春の林に囀る。この時節に対しては琴を奏で酒を楽しむべきでしょう。それなのに、春の時節に楽しむ気持ちはあるのだけど、杖をつく労力にも体が耐えられません。独り寝屋の内に伏して、いささかのちょっとした歌を作り、軽はずみのようですが貴方の机下に奉り、貴方の正装の髪飾りを取り、気を緩めてもらうことをします。その歌に云うには、

集歌3965 波流能波奈 伊麻波左加里尓 仁保布良牟 乎里氏加射佐武 多治可良毛我母
訓読 春の花今は盛りににほふらむ折りて插頭(かざ)さむ手力(たぢから)もがも
私訳 春の花は今を盛りに咲き誇っているでしょう。それを手折ってかざしにする手力が欲しい。

集歌3966 宇具比須乃 奈枳知良須良武 春花 伊都思香伎美登 多乎里加射左牟
訓読 鴬の鳴き散らすらむ春の花いつしか君と手折(たお)り插頭(かざ)さむ
私訳 鶯の鳴き散らしているでしょう、その春の花。いつかは貴方と手折ってかざしにしよう。
天平廿年二月廿九日、大伴宿祢家持
左注 天平廿年二月廿九日に、大伴宿祢家持

忽辱芳音、翰苑凌雲。兼垂倭詩、詞林舒錦。以吟以詠、能蠲戀緒。春可樂。暮春風景、最可怜。紅桃灼々、戯蝶廻花舞、 翠柳依々、嬌鴬隠葉謌。可樂哉。淡交促席、得意忘言。樂矣、美矣。幽襟足賞哉。豈慮乎、蘭恵隔藂、琴罇無用、空過令節、物色軽人乎。所怨有此、不能點已。俗俗語云、以藤續錦。聊擬談咲耳
標訓 忽(たちま)ちに芳音(ほういん)を辱(かたじけな)くし、翰苑(かんゑん)は雲を凌(しの)ぐ。兼ねて倭詩(やまとのうた)を垂れ、詞林(しりん)錦(にしき)を舒(の)ぶ。以ちて吟じ以ちて詠じ、能く戀緒を蠲(のぞ)く。春は樂しむべし。暮春の風景は、最も怜(あはれ)ぶべし。紅桃は灼々(しゃくしゃく)にして、戯蝶(ぎてん)は花を廻りて舞ひ、 翠柳(すいりう)は依々(いい)にして、嬌鴬(けうあう)葉に隠りて謌ふ。樂しむべきや。淡交に席(むしろ)を促(ちかづ)け、意(こころ)を得て言(ことば)を忘る。樂しきや、美しきや。幽襟賞(め)づるに足るや。豈、慮(はか)らめや、蘭恵(らんけい)藂(くさむら)を隔て、琴罇(きんそん)用(もちゐ)る無く、空しく令節を過(すぐ)して、物色人を軽みせむとは。怨むる所此(ここ)に有り、點已(もだ)をるを能はず。俗俗(ぞく)の語(ことば)に云はく「藤を以ちて錦に續ぐ」といへり。聊(いささ)かに談咲に擬(なぞ)ふるのみ。
標訳 早速に御便りを頂戴し、その文筆の立派さは雲を越えています。併せて和歌を詠われ、その詠われる詞は錦を広げたようです。その歌を吟じ、また詠い、今までの貴方にお逢いしたい思いは除かれました。春は楽しむべきです。暮春の風景は、もっとも感動があります。紅の桃花は光輝くばかりで、戯れ飛う蝶は花を飛び回って舞い、緑の柳葉はやわらかく、声あでやかな鶯は葉に隠れて鳴き歌う。楽しいことです。君子の交わりに同席し、同じ風流の意識に語る言葉を忘れる。楽しいことですし、美しいことです。深き風流の心はこの暮春の風景を堪能するのに十分です。ところが、どうしたことでしょうか、芳しい花々を雑草が隠し、宴での琴や酒樽を使うことなく、空しくこの佳き季節をやり過ぎて、自然の風景が人を楽しませないとは。季節をやり過ごすことを怨む気持ちはここにあり、語らずにいることが出来ずに、下々の言葉に「藤蔓の布を以て錦布に添える」と云います。僅かばかりに、貴方のお笑いに供するだけです。

集歌3967 夜麻我比尓 佐家流佐久良乎 多太比等米 伎美尓弥西氏婆 奈尓乎可於母波牟
訓読 山峽(やまかひ)に咲ける桜をただ一目君に見せてば何をか思はむ
私訳 山峡に咲いた桜を、ただ一目、病の床に伏す貴方に見せたら、貴方はどのように思われるでしょうか。

集歌3968 宇具比須能 伎奈久夜麻夫伎 宇多賀多母 伎美我手敷礼受 波奈知良米夜母
訓読 鴬の来(き)鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも
私訳 鶯がやって来て鳴く、その山吹は、すこしも貴方の手が触れずにその花を散らすことは決してないでしょう。
沽洗二日、掾大伴宿祢池主
左注 沽洗(こせん)二日、掾大伴宿祢池主

更贈謌一首并短謌
標訓 更に贈れる謌一首并せて短謌
含弘之徳、垂恩蓬軆、不貲之思、報慰陋心。戴荷未春、無堪所喩也。但以稚時不渉遊藝之庭、横翰之藻、自乏于彫蟲焉。幼年未逕山柿之門、裁謌之趣、詞失于聚林矣。爰辱以藤續錦之言、更題将石間瓊之詠。因是俗愚懐癖、不能黙已。仍捧數行、式酬嗤咲。其詞曰  (酬は、酉+羽の当字)
標訓 含弘(がんこう)の徳は、恩を蓬軆(ほうたい)に垂れ、不貲(ふし)の思は、陋心(ろうしん)に報(こた)へ慰(なぐさ)む。未春(みしゅん)を戴荷(たいか)し、喩(たと)ふるに堪(あ)ふることなし。但、稚き時に遊藝(いうげい)の庭に渉(わた)らざりしを以ちて、横翰(わうかん)の藻は、おのづから彫蟲(てんちゆう)に乏し。幼き年にいまだ山柿の門に逕(いた)らずして、裁謌(さいか)の趣は、詞を聚林(じゅうりん)に失ふ。爰(ここ)に藤を以ちて錦に續ぐ言(ことば)を辱(かたじけな)くして、更に石を将ちて瓊(たま)に間(まじ)ふる詠(うた)を題(しる)す。因より是俗愚(ぞくぐ)をして懐癖(かいへき)にして、黙已(もだ)をるを能(あた)はず。よりて數行を捧げて、式(も)ちて嗤咲(しせう)に酬(こた)ふ。その詞に曰はく、  (酬は、酉+羽の当字)
標訳 貴方の心広い徳は、その恩を賤しい私の身にお与えになり、測り知れないお気持ちは狭い私の心にお応え慰められました。春の風流を楽しまなかったことの慰問の気持ちを頂き、喩えようがありません。ただ、私は稚き時に士の嗜みである六芸の教養に深く学ばなかったために、文を著す才能は自然と技巧が乏しい。幼き時に山柿の学風の門に通うことをしなかったことで、詩歌を創る意趣で、どのような詞を選ぶかを、多くの言葉の中から選択することが出来ません。今、貴方の「藤を以ちて錦に續ぐ」と云う言葉を頂戴して、更に石をもって宝石に雑じらすような歌を作歌します。元より、私は俗愚であるのに癖が有り、黙っていることが出来ません。そこで数行の歌を差し上げて、お笑いとして貴方のお便りに応えます。その詞に云うには、
集歌3969 於保吉民能 麻氣乃麻尓々々 之奈射加流 故之乎袁佐米尓 伊泥氏許之 麻須良和礼須良 余能奈可乃 都祢之奈家礼婆 宇知奈妣伎 登許尓己伊布之 伊多家苦乃 日異麻世婆 可奈之家口 許己尓思出 伊良奈家久 曽許尓念出 奈氣久蘇良 夜須家奈久尓 於母布蘇良 久流之伎母能乎 安之比紀能 夜麻伎敝奈里氏 多麻保許乃 美知能等保家波 間使毛 遣縁毛奈美 於母保之吉 許等毛可欲波受 多麻伎波流 伊能知乎之家登 勢牟須辨能 多騰吉乎之良尓 隠居而 念奈氣加比 奈具佐牟流 許己呂波奈之尓 春花之 佐家流左加里尓 於毛敷度知 多乎里可射佐受 波流乃野能 之氣美豆妣久々 鴬 音太尓伎加受 乎登賣良我 春菜都麻須等 久礼奈為能 赤裳乃須蘇能 波流佐米尓 々保比々豆知弖 加欲敷良牟 時盛乎 伊多豆良尓 須具之夜里都礼 思努波勢流 君之心乎 宇流波之美 此夜須我浪尓 伊母祢受尓 今日毛之賣良尓 孤悲都追曽乎流
訓読 大王(おほきみ)の 任(ま)けのまにまに 級(しな)離(さか)る 越を治めに 出(い)でて来(こ)し 大夫(ますら)吾(われ)すら 世間(よのなか)の 常しなければ うち靡き 床に臥(こ)い伏し 痛けくの 日に異(け)に増せば 悲しけく 此処(ここ)に思ひ出 いらなけく 其処(そこ)に思ひ出 嘆くそら 安けなくに 思ふそら 苦しきものを あしひきの 山き隔(へな)りて 玉桙の 道の遠けば 間使(まつかひ)も 遣(や)る縁(よし)も無(な)み 思ほしき 言(こと)も通はず たまきはる 命惜しけど 為(せ)むすべの たどきを知らに 隠(こも)り居て 思ひ嘆かひ 慰むる 心はなしに 春花の 咲ける盛りに 思ふどち 手折(たお)り插頭(かざ)さず 春の野の 茂み飛びくく 鴬の 声だに聞かず 娘女(をとめ)らが 春菜(はるな)摘(つ)ますと 紅(くれなゐ)の 赤裳の裾の 春雨に にほひひづちて 通ふらむ 時の盛りを 徒(いたづら)に 過ぐし遣(や)りつれ 偲(しの)はせる 君が心を 愛(うる)はしみ この夜すがらに 寝(ゐ)も寝ずに 今日もしめらに 恋ひつつぞ居(を)る
私訳 大王の御任命によって、都の輝きから離れて、越の国を治めるために出立して来た、立派な大夫である私でも、世の中がいつもそうでないように、身を横たえ床に倒れ伏し、身体が痛むことが日に日にまさるので、悲しいことをここに思い浮かべ、辛いことをそこに思い浮かべ、嘆く身は心安らぐこともなく、もの思う身は苦しいのだが、足を引くような険しい山を隔たり、立派な鉾を立てる官道が遠いので使いを送り遣る事も出来ないので、思うことの伝言を伝えることも出来ず、寿命を刻む、その命は惜しいけど、どのようにして良いやら判らずに、部屋に隠って居て、物思いを嘆き、慰められる気持ちもないままに、春花が咲く盛りに、気の合う友と花枝を手折りかざすこともなく、春の野の茂みを飛びくぐぐる鶯の声すら聞かず、娘女たちが春菜を摘もうと紅の赤い裳の裾を春雨にあでやかに濡れ染めて、通っているでしょう、その時の盛りを、空しくやり過ごしてしまったので、私を気にかけてくれる貴方の気持ちを有り難く思い、この夜一晩中、寝ることもせずに、今日一日も、貴方を慕っています。

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