秋刀魚の味
1962年/日本
時代を切り取った視線を感じた小津の遺作
shinakamさん
男性
総合 80点
ストーリー 80点
キャスト 85点
演出 85点
ビジュアル 80点
音楽 75点
翌年60歳の若さ?で亡くなった小津安二郎の遺作は、普遍のテーマ<家族>。題名の秋刀魚を食べるシーンは出てこないが、作品のトーンは「上手いがチョッピリほろ苦く」言い得て妙。
時代は<もはや戦後ではない>といわれた’60年代のはじめ。高度経済成長期に入り核家族のハシリで団地に若夫婦が住み三種の神器が流行していた。適齢期の娘をもつ初老の父は、元帝国海軍のエリートで、いまは川崎の工場に勤めるサラリーマン。旧制中学時代の仲間たちと恩師を囲む席を設ける。
本作では妻に先立たれた父と娘が2組出てくる。主人公の平山とその恩師佐久間である。平山には娘のほか結婚して団地住まいの長男と同居している大学生の次男がいて、幸せな中流家庭。対して恩師佐久間は妻に先立たれ娘との2人暮らし。退職後何故か大衆食堂・中華の店をやっている。宴席で、魚編に豊と言う字を知っていてもハモを初めて食べたらしい。恩師と元生徒たちの暮らしの変化に、この時代を感じてしまう。小津は随所にユーモアを交え、2組の家族をスケッチのごとく描きながらこの恩師に残酷な視線を浴びせている。
朴訥としたなかに戦中派の男らしさを背中で語る父・平山周平に常連の笠智衆。娘・路子にみずみずしい岩下志麻。生徒たちに<ひょうたん>とあだ名された恩師・佐久間に東野英治郎。ワンシーンながら強烈な印象を残した娘に杉村春子という強力なコンビを配している。ゴルフ・クラブを買う買わないでケンカをするが、仲がいい新時代夫婦を予感させる長男夫婦に佐田啓二と岡田茉莉子。これだけでも充分なのに文学座の中村伸郎(平山の同級生)、岸田今日子(トリス・バーのママ)や加東大介(平山の海軍時代の部下)など、いろとりどり。
ローアングルと淡々とした台詞は相変わらずだが、移りゆく時代の変化に取り残されてゆく人々への応援歌を感じざるを得ない。軍艦マーチと何処か寂しい色相の赤いネオンがその象徴である。
家族や友人に愛されながらも何処か孤独でやるせない戦中派の男たちの人生が、ほろ苦い秋刀魚の味に重なり合って見えてくる。
死刑台のエレベーター ニュープリント版
1957年/フランス
ヌーべルバーグの先駆者ルイ・マルの代表作
shinakamさん
男性
総合 80点
ストーリー 70点
キャスト 85点
演出 80点
ビジュアル 85点
音楽 90点
映画史には欠かせない50年代後半から60年代におけるフランスのニューウェーブ、ヌーベル・バーグ。トリュフォーやゴダールと並んでヌーベルバーグの先駆者であるルイ・マルの、デビュー作にして代表作がニュープリントで蘇った。ルイ・マルは若干25歳で、ジャンヌ・モローのアップによる「ジュテーム・・・。」で始まる大人の情愛を描いたクライム・サスペンスを作り上げている。
インドシナ・アルジェリアの独立戦争で政商たちが暗躍する一方、若者たちは希望を失い刹那的に日々を送っていた時代のパリが舞台。政商の社長夫妻とその側近である主人公との不倫関係もクールでドライなタッチ。もうひと組の若者たちもモラルをどこかに置き忘れたような存在である。
サスペンスとして今改めて観ると、欠陥や偶然性が見られるものの、それを乗り越えた大都会に棲むヒトの孤独や閉塞感を描いたスタイリッシュな作品である。
最大の貢献は全編に流れるマイルス・デイヴィス・クインテットのラッシュを観ながらの即興演奏による音楽だろう。若きM・デイヴィスがモダンジャズの帝王としてジャズファンだけでなく多くの人々に愛された要因となっている。なかでもJ・モローが、エレベーターに閉じ込められたモーリス・ロネを捜しながらパリの街をさまようシーンは最大の見どころ。音楽とアンリ・ド・カエの手持ちカメラの映像がぴったりマッチして、このシーンでJ・モローをスターに押し上げたといっても過言ではない。
これを機に立て続けに作品を発表したルイ・マルだが、これ以上の作品は見当たらない。
赤と黒(1954)
1954年/フランス
2枚目スターJ・フィリップの代表作
shinakamさん
男性
総合 75点
ストーリー 80点
キャスト 85点
演出 70点
ビジュアル 70点
音楽 70点
50年代フランスの2枚目・ジェラール・フィリップ<没後50年記念デジタルマスター完全版>はスタンダールの長編小説の映画化で192分の長尺もの。有名な小説を映画化するのは大変なことだがクロード・オ-タン=ララは脚本を忠実に映像化しているため幾分冗長さは否めない。20歳の役を当時32歳の2枚目スターであるJ・フィリップ起用を熱望しただけあって、主人公ジュリアン・ソレルを単なる野心家ではなく知性溢れる内面の弱さも併せ持つナイーヴな面を引きだし、彼の代表作に仕立て上げた。色鮮やかな赤の軍服と黒の聖職服がいっそう蘇って映えていた。相手役は清楚で気品あるレナール夫人にダニエル・ダリューと利溌で若々しいマルチドにアントネッラ・ルアルディ。とくにD・ダリューは当時43歳とは思えぬ若き美貌の持ち主として存在感を見せていた。21世紀になっても「8人の女」で元気な姿を見せているのは驚きだ。
<貧しくとも卑しくはない>というジュリアンを見守る2人の神父ピラールとシェランがとても人間味があって善き師であったことが救いとなっている。
時代が変わっても女性にとって<命懸けの恋>は素晴らしいものだろうが、筆者には貧しさから這い上がろうとして誰でも利用しようとして夢破れた主人公に同情を禁じ得ない。
恐怖の報酬('52)
1952年/フランス
名匠・クルーゾー監督の傑作サスペンス
shinakamさん
男性
総合
85点
ストーリー
85点
キャスト
85点
演出
90点
ビジュアル
80点
音楽
80点
フランスの名匠、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督によるサスペンスの傑作。
ベネズエラの貧しい町、ラス・ピエドラスはヨーロッパ各国から喰いつめた男たちの溜まり場。
コルシカ出身のマリオはパリから来たジョーにすっかり惚れ込んで同居していたルイージの家をでてしまう。酒場の看板娘リンダとは恋仲だが職もなく喰うのが精一杯である。マリオを巡る2人の男と一人の女の関係が丁寧に描かれ人間ドラマの雰囲気。これが後半に活きてくる。
ジョーは大物らしく金はないが町の唯一まともなアメリカ製油会社の所長とも昔馴染み。その会社の500キロ先の油田が爆発。鎮静化するためニトロ・グリセリンをトラックで運ぶという命懸けの仕事が発生する。選ばれた4人の中にマリオとルイージ、そして何故かジョーが加わる。
マリオを演じたのが若き日のイヴ・モンタン。晩年の印象が強い筆者にはこんな逞しい労働者風のモンタンは強烈な印象に残った。兄貴分と慕うジョーに扮したのはシャルル・ヴァネル。頼もしい相棒のハズが、予想外に怖じ気付き変貌する姿が哀れ。ルイージは肺を患い余命幾ばくもなく故郷へ帰るため、もうひとりのビンバは強制労働で一度死んだ身で命知らずの裏付けもある。ジョーには大金が欲しいというだけで老いとともに恐怖感が増してしまう。4人の人間模様と様々な難関に立ち向かうサマが巧く噛み合い2時間半はあっという間。
クルーゾー監督は病弱だったため寡作で、生涯10作しか残していないが、ヴェネチアで2本、カンヌで本作ともう1本計4作品が最高賞を受賞するほどの名匠。なかでも本作は4人の男の言動、なかでもジョーにスポットを当てることで真理に迫る人間描写を鮮やかに表している。そのためかカンヌで男優賞を受賞したのはイヴ・モンタンではなくシャルル・ヴァネルだった。
紅1点リンダを演じたのは監督夫人のヴェラ・クルーゾー。こんな美人だったらマリオが命懸けの仕事をするのも頷ける。
夕陽の挽歌
1971年/アメリカ
男の夢と友情を描いた抒情詩
shinakamさん
男性
総合
75点
ストーリー
75点
キャスト
75点
演出
75点
ビジュアル
85点
音楽
80点
「ティファニーで朝食を」のブレイク・エドワーズによる製作・監督・脚本の西部劇。
牧場で働く初老のカウボーイ、ボーディン(ウィリアム・ホールデン)と親子ほど年の離れた若者、ポスト(ライアン・オニール)は暴れ馬で死んだ仲間の埋葬へ出かける。2人はこれからの人生につて語り合うがメキシコで老後をゆっくり過ごしたいボーディンと漠然と豊かな生活に憧れるポストにはカウボーイ暮らしで夢の実現は不可能なのは一目瞭然である。
50年代の大スターW・ホールデンと「ある愛の詩」で若手スターの仲間入りをしたR・オニールのコンビによる男の友情物語で展開する。ポールがボーディンに「結婚をしたことがあるのか?」と聞くと「あるさ。でも考えるのとするのは違う」と答える。このとき30年近く連れ添った妻ブレンダ・マーシャルと離婚したばかりのW・ホールデンには意味深な台詞だったろう。
お決まりの銀行強盗で大金を手に入れるが、銀行に押し入るのではなく、女と赤ん坊のいる留守家族を人質にとる手法は男の美学?か。W・ホールデンはこの頃から<渋味を増した哀愁漂う俳優>として復活しようとしていた時期だった。大金を得た2人の遣い方も好対照で、フロにゆっくり浸かり女とベッドで過ごすボーディンと、それだけでは物足りずポーカーで大金を賭けて刺激を味わうポスト。
2人の逃避行と牧場主バックマン(カール・マルデン)が指し出した長男ポール(ジョードン・ベイカー)と次男ジョン(トム・スクリット)の追跡シーンがクライマックス。ジェリー・ゴールドスミスの音楽とともに雄大な荒野や美しい雪原を背景に続いて行く映像が美しく、最大の見せ場だ。
牧場主と羊飼いの争いや保安官のだらしなさなどが描かれ冗長さは否めないが、イタリア製西部劇の奇想天外な大活劇に対抗し、本家ハリウッドが意地を見せリアルさを強調した作風はとても理解できる。残念ながら時代は一部のファン以外は西部劇に興味を持たなくなってしまったので<夕陽>と<挽歌>を題名につけながらも記憶に残る作品にはならなかった。
アーティスト
2011年/フランス
白黒サイレントだからこそ若い世代に見て欲しい
shinakamさん
男性
総合 80点
ストーリー 70点
キャスト 80点
演出 85点
ビジュアル 90点
音楽 80点
20年代、サイレント映画のスター、ジョージ・ヴァレンタイン(ジャン・デュジャルダン)がトーキー時代の幕開けとともに忘れ去られてしまうなか、かつて女優の卵だったぺピー・ミラー(ベレニス・ベジョ)が新進スターとして人気をさらう。「スタア誕生」や「雨に唄えば」などを連想させる白黒サイレント名画をはじめ、チャップリンの「犬の生活」「街の灯」、ヒッチコックの「めまい」「サイコ」などの名シーンを取り入れた昔の映画へのオマージュ的な作品。
フランスのミシェル・アザナヴィシウスが長年温めていた企画を実現し、作品・主演男優などオスカー主要5部門を獲得している。
「007」をパロディ化した監督なので、本作もパロディなのかと思ったが、誰もが感じた最近のハリウッド大作への警鐘を鳴らしたと感じるほど大真面目なラブ・ストーリーだった。
ひとつ間違えたら、大コケしそうな本作はサイレント名画を見まくった監督のシンプルながら緻密なストーリー・テイリングと主役の2人と堅実な脇役そして愛犬アギーの名演があいまって想像力を掻き立てる佳作に仕上がった。
淀川長治の映画雑誌で名画を覚えた筆者には、新鮮さより懐かしさが先に立つシーンが多いが、若い人にはどう映ったのだろう。本作をキッカケに新しい映画ファンが増えることを願っている。
西部開拓史
1962年/アメリカ
アメリカ近代史のエピソード満載
shinakamさん
男性
総合 80点
ストーリー 75点
キャスト 85点
演出 75点
ビジュアル 80点
音楽 80点
多数の歴史書をもとに、4代にわたる一家の開拓史をジェームズ・R・ウェッブが書きあげた脚本を、ヘンリー・ハサウェイ、ジョン・フォード、ジョージ・マーシャルの3人が監督を分担したシネラマ大作。
50年間の一家の変遷を2時間40分にまとめているので5つのエピソードを名優スペンサー・トレイシーのナレーションと主題歌<グリーン・スリーブス>でつないでいる。
最初から最後まで出演したのはブレスコット一家の次女リリス(デビー・レノルズ)。1話はニューイングランドの農民一家がオハイオ川を筏で下り新しい土地を目指す。長女イーブ(キャロル・ベイカー)と毛皮を売りのライナス(ジェームズ・スチュアート)の恋物語がメイン。C・ベイカーがとても美しいが、イキナリのラブ・ロマンスは唐突な感じ。2話はセントルイス。キャバレーの踊り子になったリリス(リリー)と賭博師ベイレン(グレゴリー・ペック)との金鉱を巡っての出逢いと再会の物語。5話の中で一番ハナシが面白く、幌馬車隊や先住民が絡みゴールドラッシュに踊らされ、西へ開拓してゆく躍動感が溢れていた。
3話が南北戦争、4話が横断鉄道と続き5話でアリゾナで終結するが、ジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダ、リチャード・ウィドマークなど大物俳優が脇を固めているのにストーリーは平板な感じ。物語の中心になるイーブの長男セブ(ジョージ・ペパード)が、大物俳優たちに喰われ存在感が薄く見えた。むしろ野牛の暴走、機関車の疾走・転覆など大画面を意識したダイナミックな景観を堪能できるほうに眼を奪われる。撮影も4人で分担していて35ミリフィルムを3本使った大画面が効果的。
オスカー脚本・編集・音響の3賞を受賞していて、アメリカ近代史の足跡を残す意義ある作品だが、良くも悪くも、<大河ドラマ風>だ。
ルート・アイリッシュ
2010年/イギリス=フランス=ベルギー ほか
社会派ケン・ローチの弱者を見守る眼は健在
shinakamさん
男性
総合 85点
ストーリー 85点
キャスト 80点
演出 85点
ビジュアル 85点
音楽 80点
筆者の1000件目のレビューは「夜空に星のあるように」(67)以来、イギリスの労働者階級の現実から目をそらさず、さまざまな題材を取り上げてきた社会派ケン・ローチが、イラク戦争でのコントラクターと呼ばれる民間兵をテーマにしたサスペンス・タッチの人間ドラマ。
題名はバグダッド空港と米軍管理地域グリーン・ゾーンを結ぶ12キロ道路のこと。テロの標的に最もなりやすく危険な道路といわれているところで亡くなった民間兵のフランキー。故郷リバプールで葬儀が行われたが、親友で兄弟のように育ったファーガスには何故亡くなったか納得が行かない。先に帰国していたファーガスは、戦争後遺症でアル中となり暴力事件で留置されている留守中に何度もフランキーの電話が入っていたからだ。
ファーガスは葬儀に来ていた馴染みの女性・マリソルから、フランキーのメモとイラク人運転手の携帯を受け取った。そこには仲間がイラクの子供を射殺した衝撃映像とフランキーが仲間に対し激怒する映像が残っていた。
イラクには16万人の民間兵がいたという。そこにはPMC(民間軍事会社)という存在があった。高額の報酬で若者を募り、現地に派遣する戦争専門の派遣会社で、暴利を貪っている。それは恩給も必要なく国にとっても好都合だったからで必要悪と言ってよい。K・ローチは製作のレベッカ・オブライエン、脚本のポール・ラヴァティとともに民間兵たちを綿密にリサーチしてその実態をリアルに仕立て上げている。
ドラマはファーガスとフランキーの友情とフランキーの妻レイチェルとの愛の物語もしっかり描かれていて硬派のK・ローチにしてはサスペンス仕立てといい新機軸の作風だ。出演者も大スターを起用していないため、とても臨場感があっていい。TV出身で映画初出演ながら繊細さと精神を崩壊し暴力的に振る舞う複雑なファーガス役をしっかりした演技を見せたマーク・ウォーマックと、ともに映画初出演の美しいレイチェル役のアンドレア・ロウが好演している。
実例が示すように連合国軍は<指令17条>でイラク人を殺傷させても身の危険を感じる状況であれば処分されないという悪法で守られている。<悪いときに悪い場所へ>というだけではすまされない理不尽で後味の悪いストーリーをクリス・メンゲスのカメラは奇をてらわず、とてもオーソドックスな映像で捉え、観客に訴えてくる。
オスカーを獲った「ハート・ロッカー」や「グリーン・ゾーン」などイラク戦争をテーマにした既存の作品とは一線を画した<法律でも守れない弱者の存在>を浮き彫りにして弱者を観る眼は健在だ。K・ローチは、先進諸国へ醜い戦争の愚かさを伝えるとともに、何の罪もないイラク民間人の尊厳を無視した強い憤りのメッセージを伝えたかったのだろう。
切腹
1962年/日本
武家社会の矛盾を緻密に描いた告発ドラマ
shinakamさん
男性
総合 85点
ストーリー 85点
キャスト 85点
演出 80点
ビジュアル 85点
音楽 80点
滝口康彦の短編「異聞浪人記」を社会派・小林正樹監督、橋本忍脚本で映画化。江戸時代泰平の世になりつつある寛永7年。「切腹」をテーマに武家社会の偽善と武士道の矛盾をついた復讐劇であり告発ドラマである。
本格的な時代劇でありながら、現代社会でもありそうな<本音と建前>を緻密に構成し、回想シーンを取り入れた緊迫感あふれる脚本は、名作「羅生門」と双璧と言っていい。
彦根藩江戸屋敷に芸州浪人・津雲半四郎がやってきて「座して死を待つより、腹かっさばいて遭い果てたい。ついては庭先を借りたい。」との申し出があった。喰いつめた浪人が金をねだる迷惑行為が多発していたが、井伊家は希望どおり「切腹」させ、この騒動が収まったという覚書きが残っている。井伊家にとってはハタ迷惑な行為を見事収めた美談だが果してこの真相は?<井伊の赤備え>で名高い譜代大名井伊直政を先代とする彦根。外様の主君福島正則が先代の安芸とは関ヶ原で一番槍を争ったライバル。泰平の世には外様の悲哀は目に見るより明らかで粛清される運命にある。
浪人・津雲半四郎を演じたのは仲代達矢。デビュー以来「人間の条件」など監督お気に入りで、前年「用心棒」この年「椿三十郎」と立て続けに黒澤時代劇でニヒルな敵役をしている。今回は「語りの芸」を魅せ、脂の乗り切った演技で堂々たる主演ぶり。
武家社会の権化である井伊家・家老、斎藤勘解由を演じた三国連太郎は一歩もひけを取らない名演。名誉を守るためには手段を選ばぬ冷徹なリーダー振りは現代社会の経営トップの隠ぺい体質を想わせる。
金をせびり「切腹」させられた若き浪人・千々岩求女は、いざ「切腹」というときに一両日待って欲しいと言いだすなど武士の風上にも置けぬ腰抜けに見えた。2枚目俳優石浜朗に相応しくない役柄だ。
ところが半四郎の回想から、お家のために「切腹」した親友の息子で娘・美保の婿で止むにやまれぬ事情もあった。この絵解きは橋本シナリオが絶妙で最大のハイライト。それだけに真剣も売り払い竹光で悶絶しながら切腹を強要、舌を噛み切って死なせた井伊家の所業に求女の哀れさが伝わってくる。
切腹をさせるよう進言し介錯をしたのは井伊家の剣の使い手・沢潟彦九郎。丹波哲郎は適役で荒涼とした護持院原の真剣での決闘シーンは語り草となっている。仲代達矢が及び腰に見えたのは気のせいか?宮島義勇のカメラはモノクロならではのハイコントラストな映像美で、構成がぴったり決まって一服の絵を観るような見事さ。決闘シーンでは背景の空を撮るために2週間を要したという、映画黄金時代を懐かしむ逸話を残している。