晴れ、ときどき映画三昧

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「股旅 三人やくざ」(65・日) 85点

2015-01-23 08:38:20 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

 ・ 三話とも<究極の股旅もの>を纏め上げた沢島忠監督の職人芸。

                    

 時代劇には珍しい三人のオリジナル脚本を沢島忠が監督した変則オムニバス。

 第一話 秋の章 笠原和夫・脚本 仲代達矢・主演

  渡世の義理で関八州の役人を二人斬った兇状持ちの千太郎(仲代)は、一宿一飯の草鞋を脱いだ麹屋金兵衛(内田朝雄)一家で遊女おいね(桜町弘子)の見張りを頼まれる。おいねは猪之助が所帯を持とうといってくれたことが生き甲斐で足抜けをしようとしたのだ。猪之助は千太郎が斬った男だった。

  改めて正統派股旅ものを観た想い。秋の風景に三度笠に長脇差の仲代のシルエットが映える。
  映画出演50本目の仲代は、正統派2枚目だがニヒルな役が多く、こんな真っ当な渡世人はあまり記憶がない。
  今回はストイックに演じて好感が持てた。

  相手役の桜町弘子がいい。町娘やお姫様スターの印象が濃い彼女が薄幸な遊女役を見事に演じ、生涯最高の演技をしたのでは?と思えるほど。
  笠原和夫の脚本は彼女をこれでもかというほど、不幸な境遇に置いて同情を一身に集める。

  なにしろ顔もろくに覚えていない一夜だけの男が、所帯を持とうと言ってくれただけで足抜けをしようとするのだから。
  二夜共にした千太郎に情が移るのも無理はない。

  二人の引き立て役として、浪花千栄子と田中邦衛が出ているのも贅沢な配役だ。

  千太郎が取った行いが泣かせる。これぞ男の義理・人情を地で行くシーンで幕切れとなる。

 第二話 冬の章 中島貞夫・脚本 松方弘樹・主演

  賭場でいかさま博打の掛川の文造(志村喬)を救った源太(松方)は、雪の降りしきるなか誰もいない茶屋に逃げ込んだ。互いの身の上話をするうち茶屋の娘みよ(藤純子)が帰ってくる。年老いた文造は亡くなったみよの母を知り合いだと言い、懐からいかさまで儲けた金を出して渡そうとするが・・・。

  父親が博打好きで首を吊ったため、田畑を失いヤクザになった源太と、幼いおみよを捨てた博打好きで家を離れた文造が織りなす父と子の物語は、芝居で演じる世話物のよう。
  中島貞夫は若い松方を大ベテラン志村にぶつけて演技の火花を散らせようという脚本を書き上げた。
  何しろこの年だけでも13作に出演している志村は、ここでも存在感たっぷり。
  19歳の藤純子の田舎娘役は貴重な映像で、志村とは親子というより孫娘にみえた。

  松方は予想以上の大健闘だったが、志村の貫録に圧され気味なのは止むを得なかった。

 第三話 春の章 野上龍雄・脚本 中村錦之助・主演
  腹を空かした風来坊・久太郎(中村錦之助)は村で思いもしない手厚いもてなしを得て、長の三右衛門(遠藤辰雄)から代官の悪役人・鬼の半兵衛(加藤武)を斬って欲しいと懇願される。抜き差しならなくなった久太郎は半兵衛に挑むが、軽くあしらわれ村人から冷笑される。

  絵から抜け出たような二枚目ヤクザの名作が多い錦之助のイメージを、逆手に取った野上の脚本が秀逸。
  コミカルな役もこなせる錦之助の真骨頂を魅せる痛快コメディ。

  楽屋落ちでは?と思わせる入江若葉の田舎娘・おふみとの競演は宮本武蔵のコンビ。
  遠藤と加藤の役も本来なら逆のイメージだし、渡世人・木枯らしの仙三役・江原真二郎は紋次郎のパロディか?と思わせるが、こちらの方が先。おまけにまるっきり違うドライな男なのが、笑わせる。

  春の菜の花が画面いっぱいに広がる幕切れは、沢島得意の軽快な時代劇の真打ちに相応しい。

 筆者は男の郷愁と女の情愛をたっぷり謳い上げた第一話が好きだが、評価は圧倒的に第三話が高い。
 沢島監督、三人の脚本家、古谷伸の撮影、佐藤勝の音楽が相まって三話とも究極の股旅映画として記憶に残る名作だ。