ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

田母神氏の「日本は侵略国家であったのか」を読んで

2008年12月16日 | 時事問題
田母神敏雄旧航空幕僚長(空将)の「日本は侵略国家であったのか」を読んだ。全頁で9ページほどの冊子である。学生のアジビラみたいな文章である。国を憂うならば、こんな弁解じみた題名をつけてはいけない。堂々と「日本の百計」ぐらいの気概が必要です。半分以上が受け身の言い訳に過ぎないのに、これを「論文」といって囃す方がどうかしている。さて本文の吟味に入ろう。問題点を箇条書きに列記する。

1)1頁 「2国間で合意された条約があるから、多少圧力があっても日本は侵略したわけではない」と云う論点は、軍隊の銃砲で威嚇して書かせた条約と云う点を隠している。法治国家である以上、条約に拠らなければ他国に軍をおく事はできないのは常識である。それを侵略を受けた国の政治家が条約に判を押したといっても、軍の行為を美化できる者ではない。侵略者は自分を侵略者と呼んだことはない。今のアメリカのイラク侵略を見ればいい。それ以降の展開が真の目論みを雄弁に語っている。

2)2頁 「当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこにあるのか。日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない」ということは、日本国も侵略国家であった事を認めことである。その逆に何処の国も侵略国家ではなかったとすれば、それではどうして戦争になるのか。経済力で支配することは侵略といわないとしても、軍事力で支配することは侵略という事は万人が認めるだろう。従って9頁の「わが国が侵略国家だったなどと云うのは濡れ衣である」と居直っているが、これはこれも詭弁である。

3)1頁「蒋介石はコミンテルンに動かされていた」、6頁「アメリカのルーズベルト大統領はコミンテルンのスパイに動かされていた」とはとんでもない泣き言である。共産主義の恐怖のせいにすれば全て免罪されるというのか。日本が中国と戦うことやアメリカと戦うことがコミンテルンの陰謀であったいうが、それが戦略である。他国の戦略に負けたからといって泣き言を云うのは国を預かる者の云うことではない。昭和枯れ薄の引かれ者の泣き言「貧しさに負けた、いいえ世間に負けた」みたいに、どっちにせよ負けたのだろう。

4)7頁 「もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来ただろうか」というのは、正常な論理では繋がらない。日本は人種平等のために戦ったといいたいのだろうか。そうではない。遅れて先進国になった日本やドイツが植民地の分け前を要求して戦ったのが第2次世界戦争である。そんな高邁な人種平等と云う理想のために戦ったわけではない。アメリカが「人権」と言い出すたびに戦争が起こった。「人権」は戦争の口実であった。「人種平等」も先進列強の分け前を横取りするための口実に過ぎない。

5)1頁 「アメリカは日米安保条約により日本に駐留するから、これを侵略とは言わない」、8頁「日米関係は親子関係みたい」と云う論点は、アメリカが占領軍であった事を無視している。サンフランシスコ講和条約で日本は一度だってアメリカ軍の撤退を要求した事があるのだろうか。占領は侵略である。占領されて良かったと云う自虐的意見もないとは言えないが、当時の日本の支配階級がこれを是とした。そうでない選択肢はなかったのだろうか。

6)現に憲法9条がある事を終始無視している。自衛隊は国軍ではない。戦争はこれを永久に放棄すると宣言しているのである。自衛隊の幹部も憲法に従って行動発言していただきたい。

今の自民党政府と政治家の無能と腐敗をみていると、この大恐慌の時代を乗り切れかどうか不安に襲われる。その時自衛隊のクーデターがおき、政権奪取に至らないと云う保証があるのだろうか。民間右翼と自衛隊の結合が田母神敏雄旧航空幕僚長問題に見え隠れしている。それを防ぐには首相官邸の安全保障会議がどれだけ機能するのだろうか、これも問題である。今の自民党政府では手もなくやられるだろう。


読書ノート 堂目卓生著 「アダム・スミス」 中公新書

2008年12月16日 | 書評
「道徳感情論」、「国富論」への案内 第6回

第一部 「道徳感情論」(3)

3、国際秩序の可能性

 公平な観察者の判断基準は、社会の慣習、流行の影響を受ける。趣味の対象になる物に対する社会的な評価の基準、言い換えれば「文化」は,社会と時代によって変化するということである。しかし趣味ではなく正義に関しては、慣習や流行は時として特定の性格や行為に対する評価基準を歪ませることはあっても、一般的な評価基準はそう変わらない。それゆえ、諸社会も各社会の慣習や文化の違いを乗越え道徳的基準を共有する事は可能であるとスミスは考える。これが国際法または「万民法」の基礎を与える。しかし人間は全人類の幸福を願い、自分の幸福より優先させることは出来ないと考えた。自分、自分の家族、友人、知り合いの順で幸福を願う。このような序列を「愛着」といい「慣行的同感」という。この愛着が「祖国への愛」の基礎となっている。国家の繁栄と栄光は、我々自身にある種の名誉をもたらすように感じるのである。スミスによれば祖国に対する愛は、近隣諸国民に対する偏見を生み、近隣祖国民に対する嫉妬、猜疑、憎悪を増幅させる。スミスにとって理想的な国際法、「万民法」は「自然法」に基づいて形成されるべきであるとした。スミスは「法と統治の一般原理」を予定していたが、これははたされないまま生涯を終えた。



読書ノート 辻井喬 上野千鶴子対談 「ポスト消費社会のゆくえ」 文藝新書

2008年12月16日 | 書評
セゾングループの歩みから日本の消費社会を総括し、ポスト消費社会の姿を探る 第12回

1990年代ー2007年 失敗の総括 解体と再生 (2)

 つぎにセゾングループの「総師」堤清二氏の経営責任である。「脱百貨店」を唱えてディベロッパービジネスにはいり、それが命取りになった。不動産業、ホテル業など西武流通グループの小売業の経営者では運営できないはずのところ、経営資源のない分野に適切な人材を張り付かせる事ができなかったという素人経営の失敗である。本来業務以外の多角路線は失敗する事が多い。経営形態の問題は、やはり一族経営の独裁体制を引きずりながら、不適格経営者の非合理主義的独走をチェックする体制でなかったことである。最悪のパターンといえる。チェック能力のある独裁体制ならまだしも、「統帥権のない天皇」では軍部の独走も阻止できず、勇気ある終戦の決断も下せないままの赤字の垂れ流しであったようだ。最期の検証は堤清二氏の個人的問題である。最大で最悪な結論は堤氏自身が告白するように「自分は経営者には向いていないな」と思いながら、創業者家族であるということだけでグループを率いていた事である。「早く辞めたい」と思いながら辞める時期がバブル崩壊時期に当って辞めるに辞められなかったという。結局日本興業銀行というメインバンクとの協議では、西洋環境開発と東京シティファイナンスの二社を整理する事で、西友、ファミリマート、パルコ、西武百貨店などを残したいという条件を協議したが、時既に遅しで西友とり潰しとなった。本業回帰でスリムになって体質強化を図るのが企業の常識であるが、それもかなわなかったようだ。セゾングループ各社は法人として認められなかった。なぜならグループは堤一族の企業と見られたからである。各企業が法人資本主義の下で自立した企業となるには、情報公開と情報の共有が条件であるが、セゾングループはオーナー企業群であって、個々の企業が堤一族の経営から離れることを成し遂げなければ世間には認められないということである。


文藝散歩 「ギリシャ悲劇」

2008年12月16日 | 書評
啓蒙・理性の世紀、紀元前5世紀都市国家アテネの繁栄と没落を描くギリシャ悲劇 第17回

丹下和彦編 「ギリシャ悲劇」 中公新書 (16)


6)エウリピデス  「ヘレネ」ー病める知

 ツキュディデスの「歴史」にアテネ軍の「メロス島事件」という虐殺行為が書かれている。ギリシャの知性も狂い始めていたのである。エウリピデスは現実と観念の分離を前412年に上演された「ヘレネ」という異色の劇に表した。劇のストーリを見てみよう。スパルタの王妃ヘレネはトロイアの王子パリスに恋をして、夫メラネスを捨ててトロイアに駆け落ちをする。そのヘレネを取り返そうとメネラネスは兄アガメムノンに頼んでトロイア遠征軍を起して、十年戦争ののち妻の奪還に成功する。これが所謂ヘレネ伝説である。ところが、エウリピデスの「ヘレネ」では、とんでもない異伝を言い出すのである。トロイアに行ったのは神がこしらえた幻のヘレネで、本当のヘレネは神の計らいでエジプトにいたという。悪女ヘレネにたいする貞女ヘレネ伝説である。今ヘレネはエジプトの地にあってその土地の王テオクリュメノスの執拗な求婚に悩まされていた。そこへトロイアからの帰還で難破してエジプトに漂流したメネラネスが、紆余曲折の末妻と再会した。二人は策略を用いてエジプト脱出に成功してめでたしめでたし途云う馬鹿馬鹿しいお話である。モーツアルトの「後宮からの脱出」にも似た脱出劇である。喜劇詩人アリストパネスに「女だけの祭り」というエウリピデスの「ヘレネ」のパロディ版がある。この話があながち荒唐無稽といえないのは、ホメロスの「イリアス」、「オデュッセイア」やヘロドトス「歴史」にも似たような事を匂わす記述があるからだ。劇は最初から虚構に満ちている。ヘラの女神の差し金でエジプトに着いたヘレネはエジプト王テオクリュメノスの求愛を受ける。こういう筋書きでは悲劇にはならない。なぜなら神の意思と人間の運命との関係に問題を立て、その関係に人間が主体的に関ってゆくことこそが悲劇の本質なのである。この劇は戯画された英雄を皮肉くっている。舞台進行にも工夫を凝らし、一行対話の部分が増えて独唱部分がすくなっている。対話中心の会話劇で言葉が交錯する近代的要素がある。そこで狂った知性が揶揄され,何が現実で何が虚構か、見る者も目がおかしくなったのかと疑うのである。その意味で認識能力すなわち知は病んでいる。トロイ戦争批判よりも伝統的価値の崩壊からくる奇想天外な茶化劇である。


自作漢詩 「初冬景観」

2008年12月16日 | 漢詩・自由詩
雨過村路菊花     雨村路を過ぎ 菊花残り

橘緑橙黄霜葉     橘緑に橙黄に 霜葉丹なり

一幅冬光看晩浄     一幅の冬光 晩の浄さを看 
 
空江日落識天     空江日落ち 天の寒さを識る

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(赤い字は韻:十四寒 七言絶句平起式  平音は○、仄音は●、韻は◎)
(平仄規則は2・4不同、2・6対、1・3・5不論、4字目孤平不許、下三連不許、同字相侵)