筑波山と桜
イスラエル民族はカナンの地でダビデ・ソロモンのもと統一国家を形成し、後南北王国に分裂しアッシリアに滅ぼされバビロンの幽囚となる時代の歴史12書
2) 「文語訳旧約聖書 Ⅱ 歴史」(岩波文庫2015年)(その12)
2-3) 2-4) サムエル記 前書 (預言者サムエルと王サウルの物語) (その1)
サムエル記前書は全31章(岩波文庫で73頁)である。サムエルは紀元前11世紀イスラエルの士師、預言者として部族を指導した。年老いたサムエルは二人の息子を士師に選んだが、息子らは不正と収賄を行い、民は王の選出を求めた。王の選出にはサムエルは反対であったが、強い要求に負けてサウルを王とした。サウルはエホバの定めに反することが多く、サムエルは次の王としてダビデに期待した。
第1章: エフライムの山地にエルカナという人が居た。その人の系譜は、ツフ→トフ→エリウ→エロハム→エルカナである。エルカナには二人の妻がいて、ハンナとぺニンナで、ペニンナには子供がいたが、ハンナには子がなかった。ハンナはシロに出かけては祭司エリ(子ホフ二とピネハスがあった)にエホバの前で妊娠を願った。エルカナは供物をささげるときハンナには倍の量を与えた。エルカナはハンナの方を愛していたが、神エホバは妊娠を留めていた。ペニンナがハンナの願いを妨害していたので、ハンナは食事もできなくなった。ハンナはシロの祭壇において祭司エリを傍においてエホバに男の子の出産を願って誓いをした。心動かされたエホバがハンナの妊娠を許した。こうしてできた子の名をサムエルという。ハンナはこの子が乳離れするまでシロには上らないといってとどまった。子サムエルが乳離れしたとき、牛3頭、粉1斗、酒1嚢を携えてシロに上りエホバへのお礼とした。
第2章: ハンナのエホバを讃える歌が冒頭に置かれる。エルカナはラマに行き、サムエル童子は祭司エリの前に居てエホバに仕えた。ところが祭司エリの息子二人は強欲で供物を横取りばかりしてエホバのまで悪事を重ねた。エホバはハンナに、恵みを与えさらに3人の男の子と二人の女の子をハンナに授けた。ここに祭司エリは老体になり、息子らの悪事を詰問したが、息子らはこれを聴かなかった。エホバは息子らを殺すことにした。童子サムエルは神と人に愛せられた。エホバの使いがエリのもとを訪れ、祭司エリの家を断ち、息子二人は同じ日に死ぬと伝えた。そしてエホバに忠心な祭司を起こし、エホバが祝福した者が率いるであろう。
第3章: エホバが訪れることが少なくなったシロの家では、祭司エリの目が曇って見えず寝室にいた。ある夜サムエルが神の箱のあるエホバの宮で寝ていると、サムエルを呼ぶ声がした。サムエルはエリの寝室にゆきサムエルここにありと言ったが、エリは呼んではいない帰って寝なさいという。こういうことを3度繰り返してエリはエホバがサムエルを呼んでいることに気が付き、「僕ここにありエホバ語りたまえ」と言いなさいとサムセルに教えた。そしてエホバがサムエルに伝えたことは、エリの祭司の家は悪事のため維持することはできないといい、エリに言ったことをことごとくサムエルが行えということであった。このことを翌朝エリに隠さず伝え、イスラエルの人みなサムエルがエホバの預言者と定まったことを知った。
第4章: ペリシテ人はアベクに陣を取って、イスラエル人がエベネゼルに陣を取り戦ったが、4000人ほどが殺されイスラエル軍は敗れた。陣営に戻って長老らはなぜ敗れたのかエホバに信を問うべく、祭司エリの家よりエホバの契約の函を持ってくることになった。エリの二人の息子ホフ二とピネハスが担いで陣営にやってきた。契約の箱が陣営に入った時、イスラエル人は歓呼の声を出して響いた。この声に驚いたペリシテ人の陣営ではエホバが陣営に入ったことを知った。勇気を奮ってペリシテ人はイスラエルと戦を交え、イスラエルの兵3万人を殺し、神の箱を奪い、祭司の二人の子を殺した。このときベニヤミンの兵士一人シロに逃げ帰り、98歳になる祭司エリが戦いの結果を聞いて事の次第が明白となった。その時エリは門の傍で死んだ。エリは40年間イスラエルの民を導いた。産み月にあったピアネスの妻が夫が殺されたことを聞いて、産気づき産んだ子の名前はイカポデ(栄なし)である。イスラエルに神の栄光は去った。神の箱を奪われたからである。
(つづく)