ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート プラトン著 岩田靖夫訳 「パイドン―魂の不死について」(岩波文庫)

2015年05月31日 | 書評
ソクラテスの最後の対話、永遠不滅のイデアを持つ魂は不死である  第2回
序(2)
                 プラトン著作集(確実なもの)
  区分                    著作
  初期        ソクラテスの弁明、クリトン、エウテュプロン、カルミデス、ラケス、リュシス、イオン、ヒッピアス(大)、ヒッピアス(小)
  初期(過渡期)    プロタゴラス、エウテュデモス、ゴルギアス、クラテュロス、メノン、メネクセノス
  中期        饗宴、パイドン、国家、パイドロス、パルメニデス、テアイテトス
  後期        ソピステス、政治家、ティマイオス、クリティアス、ピレボス、法律、第7書簡
 これから岩波文庫の収録されているプラトン著作集を読んでいこうと思うが、岩波文庫には、「ソクラテスの弁明・クリトン」、「ゴルギアス」、「饗宴」、「テアイテトス」、「パイドロス」、「メノン」、「国家」、「プロタゴラス」、「法律」、「パイドン」の11冊(12作品)である。プラトンの策として確実なものは上の表に記した28作品である。プラトンの著作として伝承された文献の中には、真偽の疑わしいものや、多くの学者によって偽作とされているものも含まれているという。プラトンの著書は紀元前のアレクサンドリアの文献学者によって議論され、現在伝わる最初の全集編纂は紀元前2世紀に行われた。古代ローマのトラシュロスは、当時伝わっていたプラトンの著作を、9編の4部作(テトラロギア)集に編纂したという。現在の「プラトン全集」は、慣行によりこのトラシュロスの全集に準拠しており、収録された作品をすべて含む。ただしトラシュロスはすでにこの時、いくつかの作品はプラトンのものであるかどうか疑わしい、としている。古代にトラシュロス等によって編纂されたプラトンの著作は、写本によって継承されてきたが、一般に普及するようになったのは、ルネサンス期に入り、印刷術・印刷業が確立・発達した15-16世紀以降である。16世紀に出版されたプラトン全集の完成度が高く、現在でも「ステファヌス版」として標準的な底本となっている。各ページには、10行ごとにA, B, C... とアルファベットが付記されている。現在でも、プラトン著作の訳文には、「348A」「93C」といった数字とアルファベットが付記されることが多いが、これは「ステファヌス版」のページ数・行数を表している。岩波文庫もそれを踏襲している。執筆時期は、
初期-中期(30代-40代)の作品には、『ソクラテスの弁明』『クリトン』『ラケス』『リュシス』といった最初期の著作は、プラトンが30代後半の頃、すなわち紀元前388年-紀元前387年の頃とされる。
中期-後期(50代-60代)の作品『国家』『パイドロス』紀元前375年辺り、すなわち50代で書いたと推定される。『テアイテトス』『ソピステス』『政治家』は、紀元前368年-紀元前367年頃、プラトンが60歳頃とされる。
最後期(70代)の作品(で最後)の対話篇である『法律』は紀元前358年に書いたとされ、『第七書簡』『第八書簡』との内容的な関連性も見られるので、紀元前350年代半ばから、死去する紀元前347年に至るまでの70代に書かれたと推定される。

(つづく)

読書ノート プラトン著 岩田靖夫訳 「パイドン―魂の不死について」(岩波文庫 1998)

2015年05月30日 | 書評
ソクラテスの最後の対話、永遠不滅のイデアを持つ魂は不死である 第1回

序(1)
 プラトンの概要については、プラトン著 久保勉訳 「ソクラテスの弁明」、「クリトン」(岩波文庫)にも書いたが、復讐のため再録する。プラトンは師ソクラテスの公開裁判を傍聴し、ソクラテスの言葉を記録した。牢獄でクリトンとともに師に対し脱獄を勧めてその時の対論を記録したのもプラトンであった。正確に記したかどうかは不明であるが、極めて芸術的に高い文章になっているのはプラトンの能力のなせる業である。プラトン(紀元前427年 - 紀元前347年)は、古代ギリシアの哲学者である。ソクラテスの弟子にして、アリストテレスの師に当たる。プラトンの思想は西洋哲学の主要な源流であり、哲学者ホワイトヘッドは「西洋哲学の歴史とはプラトンへの膨大な注釈である」という趣旨のことを述べた。現存する著作の大半は対話篇という形式を取っており、一部の例外を除けば、プラトンの師であるソクラテスを主要な語り手とする。プラトンは、師ソクラテスから問答法(弁証法)と、「無知の知」を経ながら正義・徳・善を理知的かつ執拗に追求していく哲学者(愛知者)としての主知主義的な姿勢を学び、国家公共に携わる政治家を目指していたが、三十人政権やその後の民主派政権の惨状を目の当たりにして、現実政治に関わるのを避け、ソクラテス死後の30代からは、対話篇を執筆しつつ、哲学の追求と政治との統合を模索していくようになる。ピュタゴラス学派と交流を持ったことで、数学・幾何学と、輪廻転生する不滅の霊魂の概念を重視するようになり、感覚を超えた真実在としての「イデア」概念を醸成していく。紀元前387年、40歳頃、プラトンはシケリア旅行からの帰国後まもなく、アテナイ郊外の北西、アカデメイアの地の近傍に学園を設立した。アカデメイアでは天文学、生物学、数学、政治学、哲学等が教えられた。そこでは対話が重んじられ、教師と生徒の問答によって教育が行われた。紀元前367年、プラトン60歳頃には、アリストテレスが17歳の時にアカデメイアに入門し、以後、プラトンが亡くなるまでの20年間学業生活を送った。プラトンの哲学はイデア論を中心に展開されると言われる。生成変化する物質界の背後には、永遠不変のイデアという理想的な範型があり、イデアこそが真の実在であり、この世界は不完全な仮象の世界にすぎないという。プラトンは、最高のイデアは「善のイデア」であり、存在と知識を超える最高原理であるとした。哲学者は知を愛するが、その愛の対象は「あるもの」である。こうした発想は、『国家』『パイドロス』で典型的に描かれている。プラトンは、師ソクラテスから問答法(弁証法)を受け継いだ。『プロタゴラス』『ゴルギアス』『エウテュデモス』といった初期対話篇では、専らソフィスト達の弁論術や論争術と対比され、妥当性追求のための手段とされるに留まっていたそれは、中期の頃から対象を自然本性にしたがって「多から一へ」と特定するための推論技術として洗練されていき、数学・幾何学と並んで、「イデア」に近付くための不可欠な手段となる。『メノン』以降、数学・幾何学を重視して、これらは感覚を超えた真実在としての「イデア」概念を支える重要な根拠ともなった。中期・後期にかけての対話篇においては、「イデア」論をこの世界・宇宙全体に適用する形で、自然学的考察がはかられていった。このように、プラトンにとっては、自然・世界・宇宙と神々は、不可分一体的なものであり、そしてその背後には、善やイデアがひかえている。こうした発想は、アリストテレスにも継承され、『形而上学』『自然学』『天体論』などとして発展された。プラトンは、師ソクラテスから、「徳は知識である」という主知主義的な発想と、問答を通してそれを執拗に追求していく愛智者(哲学者)としての姿勢を学んだ。こうしてプラトンは、人間が「自然」(ピュシス)も「社会法習」(ノモス)も貫く「善のイデア」を目指していくべきであるとする倫理観をまとめ上げた。そしてこの倫理観は、『国家』『法律』においてプラトンの政治学・法学の基礎となっている。アリストテレスもまた、『形而上学』から『倫理学』を、『倫理学』から『政治学』を導くという形で、そして、「最高の共同体」たる国家の目的は「最高善」であるとして、プラトンのこうした構図をそのまま継承・踏襲している。プラトンは経験主義のような、人間の感覚や経験を基盤に据えた思想を否定した。感覚は不完全であるため、正しい認識に至ることができないと考えたためである。プラトンの西洋哲学に対する影響は弟子のアリストテレスと並んで絶大である。

(つづく)

文芸散歩 プラトン著 久保勉訳 「ソクラテスの弁明」、「クリトン」(岩波文庫 1927年)

2015年05月29日 | 書評
スパルタに破れた後のアテナイの混乱期、「焚書坑儒」の犠牲者ソクラテスの裁判記録 第11回 最終回
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プラトン著 「クリトン」 (その2)
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11、 ソクラテス:国家の同意を得ずに逃亡すれば、自分達は最も加えてはならないものに禍害を加えることになるのか否かを問うも、クリトンは答えに窮する。ソクラテス:国法・国家を擬人化し、「ソクラテスは法律・国家組織全体の破壊を企図しているのではないか、一度下された法の決定が私人によって無効化・破棄されてもなお国家は存立し、転覆されずに済むのか」と問わせる。他方で弁論家風に「国家こそ自分達に不正を行い正当な判決を下さなかった」と反論も用意。クリトン:後者に賛同。
12、 ソクラテス:国家の言い分として「ソクラテスと我々との合意はその程度のものだったのか、国家の下すいかなる判決にも服すると誓ったのではなかった」と問わせる。更に、「ソクラテスはいかなる苦情があって国家転覆を図るのか、我々の保護下で両親は結ばれ、おまえが生まれ、扶養・教育された中に不満があるのか」「おまえや祖先が我々の産み子・臣下として属することを否認できるのか」「おまえは我々と同等の権利を持っていると信じたり、我々がおまえに加えようとすることをおまえも我々に加え返す(報復する)権利があると思っているのか」「父親や主人(奴隷の場合)に対しても、同等の(報復)権利は無いのに、父母よりも祖先よりも尊ばれ、畏敬され、神聖で、神々・理性的人間たちによって最も尊重されているこの国家・国法・祖国に対しては、それがあるというのか」「人は祖国を敬い、父親に対するよりももっと素直に従い、また、なだめるべき」「祖国が命じるものは、殴打・投獄・戦場送致であれ、黙って忍従すべきであり、逃亡・退却や持ち場の放棄をせず、戦場においても法廷においても他のどこにおいても国家・祖国の命ずる通りに実行しなくてはならない、もしくは、真の法の要求に沿って考えを改めさせなくてはならない」「暴力を用いることは、父母に対しても罪悪だが、ましてや祖国に対してはなおさらではないか」等と語らせる。クリトン:同意する。
13、 ソクラテス:続けて国法に語らせる、「我々は全てのアテナイ人に対し、一人前の市民となり、国家の実状や法律を観察した時に、意に適わないことがあれば、全財産を携えて好きな所に行けることを、宣言している、また実際、植民地や外国に移住・引越ししても、それを誰も妨げも禁止もしない」「したがって、アテナイに留まり続けている者は、我々の命令の一切を履行することを、その行為によって約束した者である」「したがって、我々に服従しない者は、1「生の賦与者たる我々に服従しない」、2「養育者たる我々に服従しない」、3「我々に何か間違った行いがあった時に、説得によってこれを改めさせない」という3つの不正を犯している」「我々は命令をただ提議するのみで、それを履行するか、非を悟らせるか、その二者択一はその者に委ねられているが、不正者はそのどちらも実行しない」
14、 ソクラテス:「ソクラテスが今現在の企てを遂行するならば、こうした非難は最大限該当することになる」「ソクラテスは一度のイストモス行や、ペロポネソス戦争(ポティダイアの戦い、アンフィポリスの戦い、デリオンの戦い)への従軍といった例外を除いては、アテナイの町を出ることもなく、他国やその法律に興味を持たず、ここで子供ももうけ、この国家に満足してきたし、裁判中には、追放刑を提議することもできたが、それよりは死を選ぶと高言した」「それを今さら撤回し、契約・合意を破棄して逃亡を企て、最も無恥で奴隷的な振る舞いをしようとしている」「まずはこれまでの行為によって我々に従って市民生活することに同意したという主張が、正当であるか否か答えてみよ」。クリトン:しぶしぶ同意。ソクラテス:「我々とソクラテスとの契約・合意は、強制されたものでも、欺かれたものでも、短時間で強いられたものでもない、ソクラテスは70年もの間、ラケダイモン(スパルタ)も、クレテも、その他のギリシア人や異邦人の都市をも選ばず、アテナイに留まり、この国・国法を好んできた」「これまでの合意を守らず、逃亡するならば、ソクラテスは自分を物笑いの種にすることになる」
15、 ソクラテス:「ソクラテスがこれまでの合意を蹂躙して逃亡すれば、友人までもが追放刑(祖国喪失)・財産没収の危険に晒されるのはもちろん、ソクラテス自身も、仮にテーバイ、メガラといった良い国法のある近隣都市へ行くならば、その国の者達はソクラテスを国法の破壊者として猜疑の目で見るし、裁判の判決が正しかったと判断するだろう」「そのような秩序ある国々、方正な人々を避け、生きながらえたとして生き甲斐はあるのか」「厚顔、恥知らずにも彼らのところに押しかけて、徳や正義、制度と法律が、人間にとって最高の価値であると語ろうとするのか」「あるいはクリトンの客友達(クセノス)を頼りに、テッサリアのような無秩序と放縦が盛んな地へとおもむき、脱走話や、国法蹂躙、老人の生への執着といった滑稽話でその地の人々を喜ばせ、彼らの機嫌を損ねないように奴隷のように生きるのか」「子供たちの扶養・教育のために生きながらえたいと言うのなら、そんなテッサリアに連れて行って、扶養・教育するつもりなのか」「子供たちをアテナイに残して友人に世話を頼むというのであれば、その友人はソクラテスが生きて目を光らせている内はちゃんと世話をするが、死ねば(冥府に行けば)世話をしなくなるほど信用のできない者たちなのか」
16、 ソクラテス:「だからソクラテスよ、我々の言葉に従い、子供も、生命も、その他のものも、正義以上に重視するな」「冥府に着いた時に、自らを弁明できるように」「ソクラテス自身にも、全ての関係者にも、正義以上の幸いなく、これ以上に、人の義にも、天の義にも適うものはない」「このままこの世を去るなら、(人間から)不正を加えられた者としてこの世を去ることになるが、逆に逃亡し、不正に不正を、禍害に禍害を報い、我々に対する合意・契約も蹂躙し、ソクラテス自身、友人、祖国、我々(国法)といった最も禍害を加えてはならない者に禍害を加えるなら、我々はおまえの存命中を通じておまえに怒りを抱くし、あの世の冥府の国法も、親切におまえを迎えてはくれない」「力の及ぶ限り我々を滅ぼそうとしたことを、彼らは知っているから」「だからクリトンの説得されずに、我々の言葉に従え」
17、 ソクラテス:以上の言葉が耳の中で響き、他の音を聴こえなくする、だからクリトンが抗弁しても空語に帰すると述べる。それでも何か成し得る望みがあるのか尋ねられたクリトンは、もう何も言うことは無いと説得をあきらめる。ソクラテス:「よろしい、それでは我々はこの通りに行動しよう、神がそちらに導いて下さるのだから」。

(完)

文芸散歩 プラトン著 久保勉訳 「ソクラテスの弁明」、「クリトン」(岩波文庫 1927年)

2015年05月28日 | 書評
スパルタに破れた後のアテナイの混乱期、「焚書坑儒」の犠牲者ソクラテスの裁判記録 第10回
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プラトン著 「クリトン」(その1)
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 「クリトン」は文庫本にして30頁ほどの短編で劇でいえば1幕のことであるが、訳者によって17節に分かたれる。、『ソクラテスの弁明』で描かれた民衆裁判所における死刑判決から約30日後、死刑執行を待つ身であるソクラテスが繋がれたアテナイの牢獄にて。夜明けに「死刑執行停止の解除」を意味するデロス島からの聖船の帰還を控えた深夜。ソクラテスの旧友クリトンが、懇意にしている牢番を通じて牢獄へ侵入、ソクラテスに逃亡の説得をしに来るところから話は始まる。最終的にクリトンの説得が失敗に終わる場面までが描かれる短い劇であるが、クリトンとソクラテスの対話(ダイアローグ)である。とはいえクリトンはソクラテスの主張に合意するのみで、ほとんどソクラテスのモノローグと言っても過言ではない。
1、 クリトン:ソクラテスに聖船の帰還が迫っていることを告げる。
2、 ソクラテス:夢のお告げで聖船の到着が今日ではなく明日だと予言。
3、 クリトン:ソクラテスへ逃亡を切り出す。自分が親友を失わないため、また、大衆からの「金を惜しんで親友を救うのを怠った」という誹り・風聞を避けるため。しかし、ソクラテス:意に介さず。
4、 クリトン:ソクラテスは逃亡に伴う費用や、逃亡後の自分達に対する処罰を懸念しているのかもしれないが、それらの処理費用はいくらでもないし、シミヤスやケベスら外国の友人達もその用意がある、また、テッサリア等、歓迎してくれる先はいくらでもあると、説得。
5、 クリトン:ソクラテスは敵が思う通りに自らその身を滅ぼそうとしている、また息子達を見棄てて孤児の境遇に落とそうとしている、一連の事の成り行きは自分達を卑劣・臆病の評判へと貶め、皆に不幸・不名誉をもたらそうとしていると説得、逃亡催促。
6、 ソクラテス:クリトンの熱心さは尊重するが、それが正しい道理に叶っているか考えなければならない、自分は熟考の結果最善と思われる考え以外には従わないと、問答開始。クリトン・まず大衆の意見ではなく、一部の智者の意見が尊重されるべきという点で、合意。
7、 ソクラテス:運動を本職とする者は、あらゆる人の賞賛・非難・意見ではなく、医者や体育教師ら専門家の意見を尊重すべきで、逆に、その彼が素人・大衆の意見を重視すれば、禍を被るということ、また、その禍は身体に及ぶという点でも、この例が、正と不正、美と醜、善と悪といった主題においても同様に当てはまるという点でも、クリトン:合意。
8、 ソクラテス:専門家の意見を聞かず、不養生によって損なわれた不健康な身体をしていては生き甲斐が無い、不正によって害された魂をしていてはもっと生き甲斐が無い。クリトン:合意。これによってクリトンの「大衆の意見に耳を傾ける」という姿勢は退けられた。ソクラテス:一番大切なことは単に生きるのではなく善く生きること、また、善く生きることは美しく生きる、正しく生きることでもある。クリトン:合意。
9、 ソクラテス:逃亡するか否かは、現在の問答における正・不正のみを根拠とすること、他の事情は顧みない。クリトン:合意。ソクラテス:最善の異論・反対説があれば述べてほしいとクリトンに頼みつつ、議論を進行。
10、 ソクラテス:.不正は事情・条件に依存せず、いかなる条件下においても故意に行なってはならない、それは常に悪・恥辱である。クリトン:合意。ソクラテス:不正に報いるのに不正を以てすべきでない、誰かに禍害を加えること、それに対して禍害を以て報いることは悪であり、不正と同じである、何人に対しても、不正に報復したり、禍害を加えたりしてはならない、他人に対して正当な権利として承認を与えたことは、自らも尊重すべきだ。クリトン:合意。

(つづく)

文芸散歩 プラトン著 久保勉訳 「ソクラテスの弁明」、「クリトン」(岩波文庫 1927年)

2015年05月27日 | 書評
スパルタに破れた後のアテナイの混乱期、「焚書坑儒」の犠牲者ソクラテスの裁判記録 第9回
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プラトン著 「ソクラテスの弁明」(その5)
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「死刑確定」を受けて
29、 有罪・死刑投票をしたアテナイ人諸君は、高齢で死ぬ日も遠くない自身(ソクラテス)の死を待つだけの辛抱が足りなかったばかりに、賢人ソクラテスを死刑に処したという汚名と罪科を負わされるだろう。諸君を批議する人々は自身(ソクラテス)を賢人と呼ぶであろうから。諸君は自身(ソクラテス)が有罪になった理由は、「言葉の不足」「有罪を免れるためいかなる言動も厭わない姿勢の欠如」だと考えるだろう。しかし自身に言わせれば「厚顔・無恥・迎合意図の不足」である。自身はいかなる危険を前にしてもらしく振る舞うべきでないと信じていたし、後悔は無い。死を免れることは困難ではない。死を免れるより悪を免れる方がはるかに困難である。悪は死よりも速く駆ける。老年の私は死に追いつかれ、若い諸君は悪に追いつかれた。
30、 自身(ソクラテス)を有罪と断じたる諸君への予言。諸君には死刑より遙かに重き刑が課されるだろう。諸君は諸君の生活についての弁明を免れるために今回の行動に出たが、結果はその意図とは反対になるだろう。自身(ソクラテス)が阻んでいた、若く峻烈な多くの問責者が、諸君の前に現れ、諸君を深く悩ますだろう。正しくない生活に対する批議を、批判者を殺害・圧伏することで阻止しようとする手段は、成功も困難で立派でもない。最も立派で容易な手段は、自ら善くなるよう心掛けることである。
31、 無罪投票をしてくれた諸君(正当な「裁判官」諸君)へ。「ダイモニオンの声」は、今回の件で一度も現れなかったので、今回の出来事はきっと善い事である。死を禍だと考える者は間違っている。
32、 また、死は一種の幸福であるという希望には以下の理由もある。死は「純然たる虚無への回帰」か、「生まれ変わり、あの世への霊魂移転」かのいずれかである。前者であるならば、死は感覚の消失であり、夢一つさえ見ない眠りに等しいものであり、驚嘆すべき利得である。後者であるならば、数々の半神・偉人たちと冥府で逢えるのだから言語を絶した幸福である。
33、 「裁判官」諸君(無罪投票をしてくれた諸君)も、「善人に対しては生前にも死後にもいかなる禍害も起こり得ないこと、神々も決して彼を忘れることがないこと」を真理と認め、楽しき希望を以て死と向き合うことが必要である。したがって、自身(ソクラテス)は告発者や有罪宣告をした人々にも、少しも憤りを抱いてはいない。なお、自身(ソクラテス)の息子達が成人した暁には、自身(ソクラテス)が諸君にしたように、彼らを叱責・非難して悩ませてもらいたい。蓄財よりも徳を念頭に置くように、ひとかどの人間でもないのにそうした顔をすることがないように。去るべき時が来た。自身(ソクラテス)は死ぬために、諸君は生きながらえるために。両者の内、どちらが良き運命に出逢うか、神より他に知る者はいない.。

(つづく)