ブログ 「ごまめの歯軋り」

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脳科学と倫理問題

2006年06月13日 | 時事問題
毎日新聞 2006年6月12日社説:脳科学と倫理 「以心伝心」にもルールが必要
「国際電気通信基礎技術研究所(ATR)とホンダの子会社が開発した技術で、じゃんけんをしている人間の脳活動を脳の外側から画像で読み取り、同じ動作をロボットにさせる。この研究の延長線上にあるのが、人間の意図をくんで働く「以心伝心」ロボットだ。脳科学の発展はめざましく、その可能性には期待したい。以心伝心ロボットは障害者や高齢者にとって利用価値があるだろう。脳と機械をつなぐ「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」の技術も進んできた。米国では脊髄(せきずい)損傷などの患者の脳に電極を差し、思考でコンピューターを操る臨床研究が進められている。
こうした「心を読む」技術からは、脳のプライバシーや脳情報の乱用など新たな倫理問題が生まれる可能性がある。脳の特徴による差別も問題になるかもしれない。意思の解読に結びつかないまでも、個人情報としての脳画像の扱いは今から検討する必要がある。現在、人間の遺伝子情報の扱いは国レベルのルールで規制されている。それに比べ、脳画像の扱いはあいまいなままだ。」

[ごまめのコメント]
このような脳科学の進歩に伴う人権への危惧は確かに尤もな面がある。ただ脳も特別な存在ではなくまして霊魂の宿る場所と考える人はいないと思うが、その人が考えていることが電極を脳に差し込んだら画像で丸見えというのはまだフィクションの世界である。まして脳画像の個人情報は人体のNMR画像やCTスキャン画像と未だ同等の扱いでいいのではないだろうか。脳画像だけが特別の意味を持っているとは思えない。私もある大学の大脳生理学教室でサルや猫、犬が頭蓋骨半分をオープンにされ電極を差し込まれていろいろな応答試験をされているのを見てきた。最近ではこのような試験法に比べて非侵襲性のNMRや近赤外線脳画像技術が進歩して人の活性脳分野の位置を解析しやすくなっていることは事実である。しかしまだ何を考えているかとか記憶の深部を読み取るなどという脳科学捜査は、アメリカ軍キューバ基地でのイスラム教徒テロ活動被疑者への尋問でもまだ実用の域にはない。心理捜査の段階である。脳科学の現状については私のホームページの書評欄で何回も取り上げたので、興味のある方はまず現状を知っていただきたい。毎日新聞の論説委員の知識がどの程度かはよく分からないが、人権に及ぶ懸念は時期尚早であればいいのだが。
たしかに生命倫理関係でもまだ脳科学の問題は取り上げられていないようだ。生命倫理の主要な課題は胚操作と脳死と臓器移植問題である。論点を整理すると、

「近年の体外受精などの生殖工学の進歩により、受精卵診断による命の選別や余剰卵の研究利用、脳死体の人体実験利用などの生命への侵蝕が危惧される時代になった。これを医学者の密室的専横に任せてはいけない。合理的な倫理基準を確立しなければならない。
また生命倫理学が考えていることは、(1)医療現場の人間関係(患者対医者)を近代市民社会に近づける。自己決定権やインフォームドコンセントなど。(2)人間の生と死に医療がどうかかわるのか合理的に考える。脳死判定や臓器移植、胚選択、遺伝子診断など。(3)健康政策や病院での治療方針に関して、倫理委員会を設けて明確な指針を考える。」
という風に脳科学と倫理問題は未だ俎上に上っていない。科学的議論をするにも、明確な基準もないし、基準を考える科学的事実の蓄積も不十分で、ややもすると神秘的脳分野の神聖を犯すなどという宗教問題に繋がるようなレベルの危惧のほうが大きい。


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1 コメント

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特殊鋼マルテンサイト千年 (グローバルサムライ)
2024-04-30 21:00:43
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタインの理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズムは人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな科学哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。このメガトレンドどこか多神教ななつかしさがある。
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