ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート D・ヒルベルト著 中村幸四郎訳 「幾何学基礎論」 ちくま学芸文庫

2015年10月31日 | 書評
20世紀現代数学の夜明けを告げる公理論主義の記念碑的著書  題8回 最終回

第6章 パスカルの定理

デザルグの定理(定理53)は公理Ⅰ結合、公理Ⅱ順序、Ⅳ*狭義の平行すなわち空間の公理を用いて、Ⅲ合同の公理を追加することなく証明できる。パスカルの定理(定理40)も立体公理を付加すれば合同の公理なしに証明しうるのかという問題がある。ところがパスカルの定理はデザルグの定理と異なり、アルキメデスの連続公理が決定的に重要になる。ここでアルキメデスの公理を言いなおす。
Ⅴ1*(線分算のアルキメデスの公理): 1直線gの上に線分aと2点A,Bが与えられているとする、有限個の点A1,A2,A3・・・,An-1,Anを見出し、BがAとAnとの間に在り、かつ新線分算の意味において、線分AA1,A1A2,・・・An-1Anをaに等しくすることができる。
定理57:定理40のパスカルの定理は公理Ⅰ,Ⅱ、Ⅳ*、Ⅴ1に基づいて、すなわち合同定理を除外して、アルキメデスの公理を用いて証明可能である。
定理58:パスカルの定理は公理Ⅰ,Ⅱ、Ⅳ*に基づいては、すなわち合同公理とアルキメデスの公理を除いては証明不可能である。
定理57と58の証明は算術の演算法則の相互関係に基づいている。アルキメデス数系においては定理59により、算法の交換律が成立する(ab=ba)。非アルキメデス数系に対しては定理60より情報の交換律は当然の帰結ではない。デザルグ数系は乗法の交換律と連続の公理を除いて成立する複素数系である。定理57は乗法の交換律はパスカルの定理40に他ならないことを言っている。デザルグ数系Ω(s,t)では乗法の交換律は成立しないので、これを非パスカル幾何学という。非パスカル幾何学はすなわち非アルキメデス幾何学である。定理61により、デザルグの定理(定理53)は合同公理Ⅲおよび連続公理Ⅴ1を用いることなく、パスカルの定理(定理40)から証明することができる。


読書ノート D・ヒルベルト著 中村幸四郎訳 「幾何学基礎論」 ちくま学芸文庫

2015年10月30日 | 書評
20世紀現代数学の夜明けを告げる公理論主義の記念碑的著書  第7回

第5章 デザルグの定理

本章デザルグの定理と次章パスカルの定理では、公理Ⅲ合同の公理は仮定しない、また平行の公理は狭くとり、これをⅣ*とする。デザルグの定理は平面交点定理に一つである。相似な2つの三角形の対応辺の交点ががあるいわゆる「無限遠直線」と呼んで特別視する(透視図法)時に成り立つ定理を(その逆も)デザルグの定理と呼んでいる。
Ⅳ*(狭義の平行の公理): aを任意の1直線、Aをこの直線上にない点とすると、このときaとAの定める平面上で、Aを通りaに交わらない直線はただ一つに限って存在する。
定理53 (デザルグの定理): 同一平面上にある2つの三角形において対応辺がそれぞれ平行ならば、対応頂点の連結直線は1点を通るか、たがいに平行である(三角形が合同ならば)。逆に対応頂点の連結直線が1点で交わり、2組の対応辺がそれぞれ平行ならば、三角形の第3辺もまたたがいに平行である。
デザルグの定理は定理40のパスカルの定理及び後に出てくる定理61から証明される。合同の公理に依らないデザルグの定理を仮定した線分算を新しく定義する。和、積、加法の交換律と結合律、乗法の結合律、分配律の成り立つことを検証し、新線分算による直線の方程式を得る。>br> 定理55 任意の1直線上にある点の座標(x,y)はつねに、ax+by+c=0の線分方程式を満足する。逆に上のごとき性質を有する任意の1次方程式は常に線分算の基礎にある平面幾何学の直線である。(乗法の交換律は成り立たない。axはxaと同じではない)
乗法の交換律と連続の諸定理を除くすべての規則が成立する一つの複素系を、「デザルグ数系」という。

(つづく)

読書ノート D・ヒルベルト著 中村幸四郎訳 「幾何学基礎論」 ちくま学芸文庫

2015年10月29日 | 書評
20世紀現代数学の夜明けを告げる公理論主義の記念碑的著書 第6回

第4章 平面における面積の理論

この章も前の比例の章と同じ公理(Ⅰ1-3,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ)で、前章の線分算を用いたパスカルの定理を採用する。任意の多角形を分割し、二つの多角形が有限個の三角形に分かたれ、対応する2つづつの三角形が合同な時、分解等積と呼び、元の多角形P,Qに分解等積であるP',P"・・・、Q7,Q"・・・を付加してΣPとΣQが等しくなるとき、これを補充等積と呼ぶ。定理44-46の等積性は容易に証明できる。
定理44: 同底、同高の平行四辺形は互いに補充等積である。
定理45: 任意の三角形は同底、高さが半分なる平行四辺形と分解等積である。
定理46: 同底、同高の三角形は互いの補充等積である。
しかしこれだけでは面積測度はできない。任意の三角形の頂点(A,B,C)から対辺(a,b,c)に降ろした垂線(ha,hb,hc)が作る分割三角形(直角三角形の対応内角がすべて等しい)の相似性から、比例関係a:hb=b:haが得られ、a・ha=b・hbすなわち底辺と高さの積はどの辺においても同じである。正の回転方向(線分ABの右側)を持つ三角形ABCの面積測度[ABC]に関する定理が得られる。
定理49: 三角形ABCの外に点Oを取るとき、三角形の面積測度[ABC]=[OAB]+[OBC]+[OCA]
こうして補充等積なる多角形は同一の面積測度を有する。ガウスは体積の理論は平面面積論のようにはゆかないことに注意を促している。私にはこの面積理論は少しばかり不満足である。多角形を分解して三角形に分割し2つの多角形は等積性であるということが証明できても面積を求められるかどうかは分からない。

(つづく)

読書ノート D・ヒルベルト著 中村幸四郎訳 「幾何学基礎論」 ちくま学芸文庫

2015年10月28日 | 書評
20世紀現代数学の夜明けを告げる公理論主義の記念碑的著書 第5回

第3章 比例の理論

比例は三角形の相似ときり離せないし、かつ演算と密接な関係にある。実数とは次の諸性質を持つものの集まりである。ひとまず数の概念の公理化をめざす。
結合の定理(1-6)
1、(加法) a+b=c  あるいは c=a+b
2、(減法) a+x=c または y+a=b なるただ一つのx,yが存在する。
3、(ゼロの存在) a+0=a あるいは 0+a=a
4、(乗法) ab=c あるいは c=ab
5、(除法) ax=b または ya=b なるただひとつのx,yが存在する。
6、(1の存在) a・1=a かつ 1・a=a なる確定した数が存在する。これを1という。
演算の法則(7-12)
7、(加法の結合則) a+(b+c)=(a+b)+c
8、(加法の可換則) a+b=b+a
9、(乗法の結合則) a(bc)=(ab)c
10、(分配則)a(b+c)=ab+ac
11、(分配則)(a+b)c=ac+bc
12、(乗法の可換則) ab=ba  
順序の定理(13-16)
13、(大小関係) a>b および b<aのいずれかであるなら、a>a なる数は存在しない。
14、a>b かつ b>cならば a>cである。
15、a>b ならば a+c>b+c
16、a>b かつ c>0ならば ac>bc
連続の定理(17-18)
17、(アルキメデスの定理) a,bが任意の2数とすると、aを有限回加えて a+a+a・・・・+a>b (na>b)にすることが可能である。
18、(完全性の定理) 定理1-17を全部成立させる数はもはやこれ以上拡大不可能である。

性質1-18のいくつかを満足するものの集まりを複素数系という。条件17を満足する数をアルキメデス的、満足しない数を非アルキメデス的数系という。とにかく条件17は特別に独立な性質である。

比例と面積理論をⅤ1アルキメデスの連続公理を用いないで、ユークリッドの比例論と求積論を展開するものである。そのために幾何学の考察を代数化する。たとえば直角三角形の斜辺をcとする角をαとして、a=c×cos(α)という関係を、a=αcと表す。α、βを直角三角形の2つの鋭角とすると、αβc≡βαcという演算子の可換性が証明され、パスカルの定理が得られる。
定理40(パスカルの定理):A,B,CおよびA',B',C'がそれぞれ3点づつ相交わる2直線上に在り、各点は交点にはないとすると、CB'がBC'に平行(CB'∥BC')かつCA'がAC'に平行(CA'∥AC')ならば、BA'はAB'に平行(BA'∥BA')である。
という定理が演算子の展開のみで証明される。比例論の基礎づけには直角2等辺三角形というパスカルの定理の特殊ケースを用いる。なおこういう幾何学に代数演算を導入することを嫌う人たちは「円論」を正統な幾何学と信じている。複雑な高度な作図を必要とする。パスカルの定理は字数に関する計算法則がそのまま成立するかのごとき、線分を元素とする計算を幾何学に導入することになった。これをヒルベルトは「線分算」と呼んだ。直線状の線分に、加法、結合則、加法の交換側が成立することはすぐわかる。乗法及び乗法の交則、そして分配則がパスカルの定理から直ちに導かれることは幾何学の代数化のすごさである。この見事さには改めて感激した。こうして2つの三角形の相似関係が導かれる。
定理41(相似三角形のにおける比例関係) a,bおよびa',b'を二つの相似三角形における対応辺とすると、次の比例が成り立つ。a:b=a':b'
解析幾何学によって、直交軸を取ると原点を通る直線の方程式は、直線の傾きがどこでも等しいので、x:y=a:b  ∴bx-ay=o、またx=cで横切る直線の方程式はb(x-c)-ay=0 ∴bx-ay-bc=0

(つづく)

読書ノート D・ヒルベルト著 中村幸四郎訳 「幾何学基礎論」 ちくま学芸文庫(2005年12月)

2015年10月27日 | 書評
20世紀現代数学の夜明けを告げる公理論主義の記念碑的著書 第4回

第2章 公理の無矛盾性と相互独立性

5つの公理群が互いの矛盾を引き起こさないことを、これらの公理から論理的に引き出すことはできない。そこで実数を用いて5群の公理をのすべてが満足される物の集まりを考えよう。この集まりを領域Ωという代数的数体とする。四則演算と√(1+ω^2)の5つの演算を有限回繰り返して得られる数領域である。2次元座標を選んで、(x,y)と(u:v:w)3数の比においてux+vy+w=0が直線の方程式となる。公理Ⅰ、公理Ⅱ(順序)の成立は容易にわかる。そして解析幾何学の周知の方法によって、平行移動、折り返し、回転などの操作を代数演算化する。これによって公理Ⅲ(合同)、公理Ⅳ(平行)もまた成立する。アルキメデスの公理Ⅴ1(連続)もまた成立する。しかし完全性の公理Ⅴ2は成立しない。こうして領域Ωの代わりにすべての実数の領域を取れば平面デカルト幾何学が得られる。デデキント切断によって新点を作ると矛盾となることから、平面デカルト幾何学においては完全性の公理Ⅴ2も成立する。公理Ⅰ-Ⅳ、Ⅴ1を満足する幾何学は無数にあるが、完全性公理Ⅴ2まで満足する幾何学はデカルト幾何学のみである。次に公理群Ⅰ、Ⅱだけは諸公理の基礎としうるが、Ⅲ合同の公理、Ⅳ平行の公理、Ⅴ連続の公理は互いに独立であることを示す。たとえば球面をとってデカルト幾何学の変換を行うと、この非ユークリッド幾何学においては公理Ⅳ(平行の公理)以外は全公理が満足されることを知る。とくに2つのルジャンドルの定理は、ユークリッド幾何学においても非ユークリッド幾何学においても同時に成立する定理である。
ルジャンドルの第1定理: 三角形のの内角の和は2直角よりも小さいか、あるいはこれに等しい。
ルジャンドルの第2定理: いずれかのひとつの三角形において内角和が2直角なら、あらゆる三角形の内角和は2直角である。
第1定理は角の大小は対辺の大小によって決まるという補助定理を利用して、じつに曖昧な表現で三角形の内角和が2直角以下であることを言う。第2定理は平行という概念を使わず、直角三角形と四辺形の角がすべて直角という表現で三角形の内角和が2直角であることを示す。つぎにⅢ合同の公理のⅢ5: 二つの3角形ABCおよびA'B'C'において合同関係AB≡A'B'、AC≡A'C'、∠ABC≡∠A'B'C'が成り立てば、∠ABC≡∠A'B'C、∠ACB≡∠A'C'B''となる。(3角形の合同関係)は残りの公理Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ1-4、Ⅳ、Ⅴから演繹できないことを示す。また公理Ⅴ1(アルキメデスの公理)の独立性は、複素数領域Ω(t)において非アルキメデス幾何学を作ることができる。非アルキメデスで非ユークリッド幾何学の一つとしてリーマン(楕円)幾何学がある。アルキメデスの公理を仮定しなければ、無数の平行線が引けることを仮定しても、三角形の内角和が2直角より小なることは証明されない。1点を通り1直線に平行な無数の直線が引けて、リーマン幾何学の諸定理が成り立つ幾何学を非ルジャンドル幾何学が存在する。なお1点を通り1直線に対して無数の直線が引け、かつユークリッド幾何学の定理が成り立つ半ユークリッド幾何学が存在する。平行線は1本も引けないと仮定すれば、三角形の内角和はつねに2直角より大となる。

(つづく)