ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 服部茂幸著 「偽りの経済学ー格差と停滞のアベノミクス」 岩波新書

2019年03月31日 | 書評
村社参道の桜

日銀黒田の異次元金融緩和策による物価上昇2%目標はうそ、格差と停滞のアベノミクスは破たんした 第11回

4) 広がる格差

アベノミクスの成果として宣伝されるのが、企業の業績回復である。アベノミクスで一番得をした人、損をした人、どちらに比重が大きいかによってその政策の真の目的が分かる。99%の国民は後者である。後者が何時まで経っても効果がないと不平を言うと、そのうちおこぼれが落ちてくるまで待てと言われる。まず企業と金融資本を富ませて、国民は後回し、これがトリクルダウンです。2015年岩田はこのことを次のように言っている。「企業収益の改善は、企業・家計の両部門を通じて国内民間需要に波及する好循環を生み出している」 ところが2016年になると企業の利益が悪化してきた。生産が低迷しているのに、なぜ企業の利益だけが急増するのだろうか。内閣府のデーターで全産業活動指数、売上高、GNI、人件費、営業利益の推移を見る。2013年を100として表現されている。アベノミクスが始まって営業利益だけが急増している2016年で150に増加した。全産業活動指数は緩やかな増加をして2014年に低下し、それから103で横ばい状態である。人件費はアベノミクスが始まって95まで減少したが、2014年から緩やかな増加に転じ21016年で100に回復した。名目国民総所得GNIは増加傾向であるがそれでも110である。このようにアベノミクスが始まって4年間の、生産、売り上げ、所得の増加はわずかである。にもかかわらず営業利益が急増したのは、円安と原油価格の急落が生じたからである。そして人件費の削減も営業利益を引き上げた。財務省のデータより、法人企業の営業利益の要因として、売り上げ、原価削減、固定費削減、人件費削減の寄与分の和としての営業利益の推移と利潤分配率の推移を見る。利潤配分率とは(営業利益)/(人件費+営業利益)のことである。営業利益は企業側に人件費は労働者側に移動するので企業側が利益を受け取る率である。2011年と2012年は売上要因はマイナスで営業利益はほぼゼロかマイナスであった。利益配分率は19-20%ほどで低迷していた。2013年より円安によって売上要因が急増した。円安による輸出価格の上昇と輸入インフレによる国内物価の上昇のためである。ところが2014年から原油価格の急落によって輸入価格は低下したので売上要因は減少しマイナスとなった。原価削減要因がプラスとなって、かつ人件費要因はマイナスになったので営業利益はまだ増加傾向であった。生産が低迷している状況で営業利益拡大の原因は名目的要因でしかありえない。2015年円高になって売上高が減少し人件費の増加要因が加わると営業利益は下がり始める。企業利益の急増は経済の好循環を意味していない。しかし営業利益の産業と企業規模による違いは大きい。財務省のデーターから営業利益の増加率の推移(2011-2016年)を産業別、企業規模別でみてゆこう。これは企業格差を調べることになる。産業を輸出型製造業、内需型製造業、建設・不動産業、非製造業に分けて考えると、輸出型製造業の営業利益は急増した。規模は資本金10億円以上の巨大企業における営業利益の増加が著しい。おなじ輸出型製造業でも資本金1000万円―1億円の中小企業では営業利益の増減が激しく、円安によって原材料費の高騰に苦しめられ経営が苦しい。建設業・不動産業の営業利益も急増した。内需型製造業も営業利益を増価させているが輸出型製造業ほどではない。非製造業の営業利益は2014原油価格急落によって輸入物価が急落すると営業利益は増えた。アベノミクスで利益を上げたのjは巨大企業で、中小企業にはその恩恵は少ない。成長重視派の論客は労働側に富を配分しても、企業は成長しないという。経済が成長していない時、巨大企業に富が集中すれば労働側のパイは少なくなり格差は拡大され、消費者の購買意欲は減少する。だから巨大企業の利益の急上昇は経済成長を意味しないし、アベノミクス成長戦略はかえって国内内需経済を縮退させる。円安と原油安のために、企業の利益は空前の増加を成し遂げたが、その利益は従業員の給料や設備投資には向かわず、内部留保として蓄えている。これが経済の回復を妨げる要因になっていることは公知の事実として認識されている。日銀のデーターにより、非金融法人企業の現金・預金と対外投資(GDP比)の推移を見てゆこう。企業の預金と現金は、1988年より2008年までほぼ横ばいで180兆円程度で推移していたが、2012年より増加傾向が顕著になり2016年には230兆円に拡大した。つまり50兆円ほど増えたことになる。国内で貯金していても増えないから資金の運用先として当然金利の良い対外投資額が比例して増加している。約8割が対外投資に向かっている。つまりドルを買っていることになり、日銀の望む円安路線になる。2016年の円高時にも対外投資は減少しなかった。日銀リフレ派はアメリカFRBに倣った金融政策を行い、デフレを脱却すれば日本もアメリカのように回復すると論じてきたことは先に述べた通りである。ではアメリカ経済の何が回復しているのだろうか。その内実を見てゆこう。アメリカ国税庁のデーターより、アメリカの所得階層別の実質課税所得を見てゆこう。所得トップ1%層の所得は1990年代のITバブル期に急増し、2000年代の住宅バブル期で再び高騰した。2008年世界金融危機で急減しその後回復したがピークまでには至っていない。所得トップ1%層はバブルと共に成長してきたのである。それ以下の所得層ではバブル期の所得増加は少なくなり、上位50%層ではこの30年間所得はほとんど変化していない。ピケティが2014年「21世紀の資本」で指摘したように、上位1%以上の富裕層の所得の大半は資産所得である。現在のアメリカの資本主義は「投資資本主義」と言われる。投資資本主義の経営モデルと金融緩和のフレームワークが有効に機能すれば、利益を受けるのは株主と経営者である。逆に雇用の破壊と賃金停滞によって中間層は没落してゆく、とくにブルーカラーの貧民化は著しい。こうした社会の不安定期を背景としてトランプ大統領が出現したのである。民主党の既成政治の信頼が失われ、左右の両極が支持を集める様子は、1930年代のヒトラー台頭のドイツを彷彿させる。世界経済の危機が、大恐慌以来の政治の危機を生み出したのである。財務省法人企業統計によって、産業別、企業規模別従業員の実質給与・賞与の推移を見てゆこう。従業員数よは常用者の期中平均人員と臨時従業員(総従事時間数を常用者平均労働時間で割った人員数)の和である。一人当たりの実質給与・賞与の変動は資本金10億円以上の巨大企業で2008年の世界金融危機時に急減したが、製造業・非製造業・企業規模の違いはあっても概ね同じ推移を示している。アベノミクスが始まる2013年以降実質給与・賞与は減少した。企業規模の違いはない。すなわち企業の営業利益の増大は賃上げにはほとんど影響しなかった。利益はすべて企業側が独り占めしたのである。びた一文トリクルダウンはなかった。

(つづく)

読書ノート 服部茂幸著 「偽りの経済学ー格差と停滞のアベノミクス」 岩波新書

2019年03月30日 | 書評
分校跡の桜と筑波山

日銀黒田の異次元金融緩和策による物価上昇2%目標はうそ、格差と停滞のアベノミクスは破たんした 第10回

3) デフレ脱却という神話 (その2)

日銀の仕事は貨幣を供給することにあり、金融機関への貸付と国債などの証券の購入を行う。日銀の供給した資金の総量をマネタリーベースと呼び、日銀当座預金と銀行と人々の現金保有量の和に等しい。銀行などの金融機関の間で資金を貸し借りするところをインターバンク市場と言う。日銀はこの金利(コールレート)の操作を通じて金融政策を行う。現在このコールレートはほぼゼロである。岩田やリフレ派はマネタリーベースを増価させればインフレ期待が発生し、消費者物価は上がると信じていた。このマネタリーベース増加政策を 量的金融緩和と呼ぶ。FRBのバーナンキはアメリカの金融緩和と日本のそれは異なるという。FRBはより長期の金利を低下させることが目的で、日本はマネタリーベースの拡大が目的だという。バーナンキは日本の量的緩和に否定的である。日銀は当初、長期金利を引き下げるため年間50兆円の長期国債を購入することにした。加えて社債、株式投資信託ETF、不動産投資信託REITも購入した。これは社債の金利を下げ、株価や不動産価格を引き上げるための措置である。当初は消費者物価が上がり始めたが途中で息切れして下がり始めたので、日銀は次々と追加の緩和措置を繰り返した。2014年10月追加緩和によって買い上げ国債を80兆に拡大した。2015年12月には補完緩和によって、ETFやREITの買い入れ枠を拡大した。2016年2月には日銀はマイナス金利政策を導入した。日銀当座預金金利のうち10-30兆円に-0.1%の金利を掛けた。長期国債の金利もマイナスとなった。このマイナス金利策は金融機関の反発が大きかった。いつからか日銀政策が金融緩和政策から金利政策に変更になったのは奇である。日本の国債新規発行は年30-40兆円、日銀の国債購入は80兆円である。日本の国債残高は1000兆円になる。国債は金融機関の担保であり、生命保険などの機関投資家にとって国債は重要な運用先である。日銀が全部買い取ることはできるわけではない。このままいけば2017年度中には国債購入は行き詰まることになる。日銀が国債を大量購入すれば、国債はひっ迫し国債価格は上昇するだろうが、消費者物価が連動して上がるとは限らない。またそれ以上に出口問題は深刻である。2016年9月にはETFの買い付け枠を拡大した。同時に長短金利操作付き量的・質的金融緩和策が導入された。10年物国債の金利がゼロとなった。そして同年10月には消費者物価上昇2%の目標の達成時期を2018年度まで引き延ばした。しかし日銀が目標とする物価上昇率と実体経済の間にはそれほど密接な関係があるのではない。日銀が次々と矛盾する弥縫策を打って、周辺部を改良することで、理論の中核部はないがしろにされ、何か手段で何が目標なのか見失っているようである。黒田・岩田の日銀リフレ派首脳部は日本経済の主要な問題について間違い続けている。リフレ派のお手本がFRBにあるが、そのFRBも2008年の金融危機においては一貫して間違い続けた。アメリカの証券市場中心の金融システムはリスク管理ができているという過信、金融緩和政策はデフレを防ぐことができるのでバブルが生じても構わないという無責任な態度がそれであった。当時のFRBには「うぬぼれ」と「否認」が支配し、最後には「崩壊した」というストーリ展開であった。彼らニューケインジアンの経済モデルでは、金融緩和政策が物価を安定化させれば、一時的ショックはあっても速やかに経済は完全雇用の水準に戻ると仮定されている。バブルが崩壊した後に金融緩和を行えば、経済は速やかに回復するというFRBの後始末戦略が作られた。金融恐慌は金融機関を壊滅させたがバーナンキ経済学も破滅させた。

(続く)
                                                           

読書ノート 服部茂幸著 「偽りの経済学ー格差と停滞のアベノミクス」 岩波新書

2019年03月29日 | 書評
写真:茨城県西部の春の景色  菜の花の鬼怒川土手と桜

日銀黒田の異次元金融緩和策による物価上昇2%目標はうそ、格差と停滞のアベノミクスは破たんした 第9回

3) デフレ脱却という神話 (その1)

総務省のデータより、消費者物価上昇率と輸入物価上昇率の推移を見てゆこう。2013年異次元金融緩和が始まると、消費者物価上昇率がプラスに転じた。日銀はインフレ目標の対象とする指数は、生鮮食品を除く指数(コア指数)である。このコア指数の上昇率は、2014年4月には1.5%まで上昇した。しかしその後石油価格の下落によって消費者物価指数上昇率は再び低下した。2016年12月のコア指数上昇率はマイナス0.2% であった。日銀の公約は4年後にあっさり反故にされた。輸入物価上昇率の変化に6か月の遅れを伴って消費者物価上昇率は連動している。実は円安はアベノミクスの始まる前から生じており、それが輸入物価を引き上げていた。輸入インフレがそれである。金融緩和によって人為的な円安が急速に進行すると輸入インフレは一層加速された。アベノミクス初期の消費者物価上昇は円安による輸入インフレに支えられていたことが分かる。ところが2014年後半から原油価格が急落する。15年後半から揺り戻しの円高も始まって、消費者物価上昇率もマイナスへと下降した。円安は原材料(燃料を含む)のコスト上昇だけでなく、海外同業他社の製品価格の上昇になり製品価格を引き上げることになった。一般サービスは原油など輸入物価の影響を受けることは少ない。岩田日銀副総裁は2014年輸入インフレでは物価上昇はないと反論した。一部の輸入品の高騰により家計が圧迫されほかの財の価格が低下するので差し引き物価は必ずしも上がることにはならないという理屈である。これは為にする論で根拠にかけている。円ドルレート、輸入物価と各種消費者物価の上昇率の相関係数を6か月のラグをとって求めると、1998-2013年のアベノミクス以前では円ドルレートと消費者物価の相関性はなく、輸入物価と消費者物価の相関性とくに生鮮食品を除く消費者物価の相関は0.5程度で相関性はあることが分かる。アベノミクス期を含む2005-2016年では円ドルレートと消費者物価(コアーとコアー・コアー物価を含めて)の相関係数は0.4-0.6と断然相関性が高くなる。輸入物価と消費者物価の相関係数は0.5程度でアベノミクス以前と同じような相関性が見られる。原油価格の急落はエネルギー価格を引き下げるので、生鮮食品を除く消費者物価上昇指数であるコア指数の上昇率は大きく下がりマイナスとなる。そこで日銀は生鮮食品とエネルギーの二つを統計から外し日銀コア・コア指数とする恣意的な定義変更を提唱した。ところが2016年になると日銀コアコア指数も上昇率は低下した。2015年初めから世界的な原油価格の低落を受けて輸入物価は急速に低下した。2016年初めには原油価格は底を打ったが、コア指数の上昇率はマイナスのままである。日銀コアコア指数の上昇率も0.1%まで低下した。実際の物価上昇率はゼロに近かった。世界的な原油価格の急落も急激な円高も政府日銀にとっては想定外の出来事だったかもしれないが、無限の円安を続けることこそ不可能であったのだ。先進国が新興国並みの為替レートに人為的に戻ることはショック療法かもしれないが中長期的に経済と生活の破壊である。2016-2017年の物価上昇率はゼロ近傍で安定している。日銀は物価上昇率を高く評価したいために日銀コアコア指数だとかGDPデフレーターを物価の基調として使用したいようだが、余りにもご都合主義で恣意的である。消費者物価の加重中央値の上昇率で評価するのが妥当とする筆者の見解でデーターを見ると、消費者物価上昇率は2013年よりプラスに転じ、2014-2015年には0.1%を維持したが、2016年にはゼロになって安定したというべきであろう。アメリカの物価上昇率の推移を見ると、2008年の世界金融恐慌で大きくマイナスに低下したが、回復は早く2010年より2014年まで2%で安定し、2015年石油価格下落によって再びマイナスとなったが、2016年に2%に回復した。特に中央値に関してはアベノミクス以前からゼロ近辺で低位安定だった日本とは対照的である。日銀はアベノミクスの始まった2013年3月に消費者物価を2%に引き上げると公約した。まず2014年10月日銀は目標の達成時期を15年度末までと引き延ばし、2015年4月には16年度前半までに引き延ばし、同年10月には21016年度末までに引き延ばし、2016年4月には17年度末までに引き延ばし、2016年10月には2018年度後半まで引き伸ばした。ということは黒田日銀総裁の任期は4年として、2018年3月までには黒田氏の手でデフレ脱局が達成できないという見通しを日銀は認めたことになる。

(つづく)

読書ノート 服部茂幸著 「偽りの経済学ー格差と停滞のアベノミクス」 岩波新書

2019年03月28日 | 書評
日銀黒田の異次元金融緩和策による物価上昇2%目標はうそ、格差と停滞のアベノミクスは破たんした 第8回

2) 雇用は増加していない (その2)

内閣府データーより、時系列に区分して実質GDP、就業者数、延べ就業時間、労働生産性、雇用DIを見てゆくと、2005-2008年の好況期Ⅰ、2008-2009の不況期Ⅱ、2010年―2013年回復期Ⅲ、2013-2016年アベノミクス期Ⅳと区分する。
Ⅰ期: 実質GDPは増加を続けた。しかし就業者数は横ばいであり、延べ就業時間は微減である。その分労働生産性は上昇した。
Ⅱ期: 実質GDPが急減した。雇用維持に努力した結果就業者数は微減である。長時間就業者が減少し、残業が無くなったので延べ就業時間は低下した。労働生産性は統計上は低下した。雇用DIが急上昇したのと反対に労働生産性は低下した。
Ⅲ期: 経済は回復し雇用DIも急低下した。実質GDPが急上昇しているにもかかわらず延べ就業時間は横ばいで、労働生産性は急上昇している。この期間も長時間労働者数は減少している。就業者数が増加していないのは、不況期に解雇しなかった日本的労働習慣である。労働生産性は向上した。
Ⅳ期: 実質GDPは微増である。延べ就業時間は横ばいである。
アベノミクスが始まるといきなり就業者数が増加した。しばらくすると労働生産性の停滞が始まった。雇用はマイナスに低下した。医療福祉介護の労働生産性は低い。労働生産性が低い産業が拡大すると全体の労働生産性を低める。老人、女性、非正規の層が急拡大した、中でも短時間就業者が拡大した。これがアベノミクスの雇用の改善の実態である。今まで一人の長時間就業者のやってきた仕事を細分化して低賃金の短時間就労者を多数雇用したからである。これをきれいな言葉でいうと「ワークシェリング」と呼ぶ。
最後に内閣府データにより実質賃金率の推移を見てゆこう。実質賃金の3つの要因に分けて考える。①GDPデフレーター(名目GDP/実質GDP×100)と消費支出デフレーターの上昇率の差、②労働分配率上昇率、③労働時間あたりの実質GDP増加率(労働生産性)の寄与分を計算して、その合計を実質賃金率とする。Ⅱ期の金融恐慌不況時には、労働生産性はマイナスになり、それと相殺するように労働分配率は大きく上昇し、実質賃金率は全体としては増加した。Ⅲ期の東日本大震災時にはデータはないが、2012年末までを見ると実質賃金率はほとんど増加していない。アベノミクスのⅣ期の初めは実質賃金率は上昇した。労働生産性の比較的高い増加率が支えた。2013年半ば以降、労働分配率の低下とGDPデフレーターと消費デフレーターの上昇率の上昇の差によって実質賃金?アマイナスに転じた。円安は輸出物価の上昇によって名目GDPを増加させる。また円安で輸入物価が上昇すると名目GDPは減少する。こうした名目GDPの増加に名目賃金の増加が追い付かない時労働分配率が下がる。2014年以降はまた状況が変わった。労働生産性の上昇はほぼゼロになり、原油安の要因で実質賃金率は上昇した。また消費税の影響で労働分配率は下がった。労働分配率の上昇は企業収益を圧迫することから政府日銀は労働分配率を上げる政策は実施する気はない。労働生産性上昇率が低迷している現状では企業や政府は中長期的に実質賃金を引き上げることはできないだろう。以上をまとめると、日本経済が停滞しているだけでなく、雇用も労働生産性も停滞している。就業者が増加したと言っても、短時間就業者が増加したにすぎない。延べ就業時間で見るとアベノミクス期にはむしろ減少した。アベノミクスの公約では2%の経済成長を実現することになっているが、そのためには延べ就業時間数を増加させるか、労働生産性を上昇させることの二つが必要である。従って2%の実質経済成長率と実質賃金の相当分の引き上げは、アベノミクスの目標の中で最も実現困難な目標である。

(つづく)
                                                                

読書ノート 服部茂幸著 「偽りの経済学ー格差と停滞のアベノミクス」 岩波新書

2019年03月27日 | 書評
日銀黒田の異次元金融緩和策による物価上昇2%目標はうそ、格差と停滞のアベノミクスは破たんした 第7回

2) 雇用は増加していない (その1)

前章が総論だとすると、この章では実体経済と雇用、労働生産性との関係に焦点を合わせている。2008年の世界金融危機以降は日米欧ともに経済停滞に苦しんでいる。EC、ヨーロッパ中央銀行、国際通貨基金IMFはギリシャ財政破綻に対して緊縮財政を押し付けた。その結果ギリシャ経済はさらに停滞した。EUのプログラムは失敗に終わったにもかかわらず、EU指導者は緊縮財政の成果を宣伝し続けている。日本でもアベノミクスが失敗した証拠が続々集まってきても、政府日銀は目標を達成しつつあると宣伝している。アベノミクスが4年経過して、物価上昇率はほぼゼロ程度であるが、そのうち良くなるだろうくらいの気持ちではないか。政策者は失敗を隠して、成功ストーリだけがメディアに宣伝されている。かれらの嘘をひとつづつ暴いてゆこう。アベノミクスの成果としてよく出てくるのが雇用の改善である。実体経済が低迷しているのに雇用が改善したとは奇妙である。これにトリックがある。内閣府データによる就業者数と延べ就業時間、労働生産性の推移を見ると、2011年の東日本大地震の混乱期を除いて(2010年と2011年度データー欠損)、就業者数は2000年以来減少を続けていたが2005年以降就業者は増加に転じた。2013年より再び増加になった。2012年を100として2016年度は103であった。労働力調査における就業者の定義は週1時間以上働いた人の数である。残業も含めて週60時間働く人も数時間しか働かないアルバイトの人も同じ就業者にカウントされる。そこで延べ就業時間数の推移を見ると2000年以来微減の一途であった。2016年で99であった。延べ就業時間は就業者数と連動していない。雇用の正しい指標を使えばアベノミクス期に雇用は全体として減少しているということが結論である。延べ就業時間増加率と実質GDP増加率との間に「オーカンの法則」(実質GDPが増加すれば失業率が低下する)を置いて考えると、労働生産性=実質GDP/延べ就業時間であるから、労働生産性は2000年以来著しく増加してきた。2010年の労働生産性85から2012年に100となり、アベノミクス期には増加率は低くなって2016年には108であった。現役世代人口は2001年以来一貫して減少しているので、延べ就業時間数が減少しいるのは、労働市場において需給のひっ迫から失業者が低下して原因である。アベノミクス期の人手不足は仕事量GDPが増えたからではなく、現役世代人口が減少し労働供給が減少したからである。従ってこれからの日本は労働生産性の向上なくしては経済成長は望めない。このような状態でアベノミクス期に労働生産性の上昇率が低下したことは中長期的には由々しき事態となる。就業者数が増えたというトリックは、急増する短時間労働者数の増加が要因である。総務省データより週就業時間別の就業者数の変化を見てみると、週29時間以上就業する長時間就業者数が減少している。より短い就業時間の労働者は増加している。アベノミクス期が始まった2012-2014年には短時間就業者は120万人増加したが、週40時間以上の長時間就業者は100万人も減少した。長時間就業者の大部分は現役世代の正規社員である。現在日本で就業者が増加しているのは女性と引退世代である。産業別に見ると、雇用が著しく拡大しているのは医療・福祉である。他方雇用が減少しているのは製造業・建設業である。雇用形態では正規社員が減って非正規社員が急増した。世界同時不況からの回復期になぜ就業者が増加していないのだろうか。普通は不況からの回復期の成長率は高いのが常識である。急速な成長が雇用を生まなかったのはアベノミクスの謎である。

(つづく)