問題だらけのトランプを大統領に選んだアメリカ社会の問題と課題 第7回
2) 没落するミドルクラス
筆者はアパラチア山脈の西のオハイオ州、ペンシルバニア州のラストベルト地域のルポから、さらに五大湖周辺のミシガン州、インディアナ州ラストベルトト地域を訪問し、南部フロリダ州、サウスカロライナ州、ニューヨーク州、ニューハンプシャー州の街々を訪問した。まじめに働いて来たのに以前の様な暮らしができない、ミドルクラス(中流)からこぼれ落ちそうだという不安や憤りは各地に広がっている。トランプ支持者に共通して言えることは「エリート政治家がミドルクラスの暮らしを犠牲にしてきた」という憤りであった。共和党も民主党もグローバル化への対応で失敗した。そして国内の雇用を失った。アメリカはモノづくりをしなくなった。そして製造企業の多くが海外にでてしまった。ミシガン州デトロイトは言うまでもなく自動車産業の街であった。トランプ氏の侮蔑発言は耳にタコができるほど聞かされ、リスクの逆どりで慣れてしまっているが、民主党クリントンも「トランプ支持者は人種差別や男女差別主義者の嘆かわしい人々の集まりだ」という暴言を吐いた。これで「庶民を見下すヒラリー」という評判をとった。もう20年くらい前からデトロイトにはミドルクラスはいなくなり、皆はみじめな存在となったようだ。トランプがブルーカラーのための大統領になるとは思えないし、「製造業の復活」という公約も全く無策で、とても庶民の暮らしを尊重する人物には見えないが、一方クリントンには「エリート、傲慢、金に汚い」とのイメージが植え付けられた。とにかくエスタブリッシュメントを打倒せよという庶民の攻撃目標になった。自動車関連企業の労働者の時給は23ドルだったが、それを2ドルのメキシコ人に切り替えるために解雇された白人ブルーカラーが不満を露わにする。株主の利益の最大化のために労働者を切り捨て、海外に移転する、そんな企業が大統領候補に多額の献金をばらまく。そんな企業にものを言えるのは献金を貰ってないトランプだけだという宣伝に多くの労働者が乗せられた。トランプがヘリコプターやプライベート飛行機で集会場に乗り付けるなど、はでな演出は煽動政治家の常套手段である。リオオリンピック閉会式の安倍首相がマリオの格好で登場したのも煽動政治家の大衆受け演出である。不法移民への反発を煽ることでトランプ支持の原動力とした。憎しみの感情を掻き立てることで人は理性を失い、煽動家の指し示す敵に向かって攻撃を開始する。ロングアイランド東部のサウサンプトンのコンビニ駐車場が朝4時半には「忍足寄せ場」になる。ヒスパニック系の若者が集まり始める時間である。大阪西成の釜ヶ崎と同じ光景である。その寄せ場に朝5時になるとトランプ支持者の街宣車が来て「不法移民の強制送還」、「トランプ支持」をがなり立てるのである。建設業界では不法移民のメキシコ人を使えば、時給は半分で済むので一度使ったら止められないという。トランプの宣伝とは逆に米大手調査会社によれば雇用や住居を奪うなどの理由で移民を「重荷」と感じる人の割合は94年の63%から2016年には33%に減り、かえって勤勉さや才能を評価し米社会に役立っていると見る人は31%から59%に増えた。アパラチア山脈にはトランプ王国が広がっている。主要な産業は石炭業であったが今はすっかりさびれ、1964年ジョンソン大統領が「貧困との戦い」の宣伝の場としたことでケンタッキー州アイネスは「アパラチアの貧困」の代名詞となった。製鉄業や製造業が栄えたラストベルト地帯は従来は労働組合を基盤とする民主党王国だったが、グローバル化によって製造業がさびれ共和党に鞍替えした。ところが炭鉱を主産業としたアパラチア地方のケンタッキーのさびれ方は石炭から石油への転換期の1960年代に始まっており、衰退した時期がラストベルト地帯より30年早かったので昔から共和党の天下であった。まさに置き去りにされた人々の「時代遅れの酒場」だった。アイネスの高齢者は石炭産業が盛んだった1950年代頃の大量消費時代の郷愁に生きている。炭鉱の復活を夢見る人がトランプの自由貿易反対論を支持しているのだ。この地域の家計所得の中央値は約300万円で、全米の約600万円の半分である。グローバリゼーションは金融エリートを儲けさせたがミドルクラスを全滅させたという。トランプはアメリカニズム(アメリカ第1主義)とグローバリゼーションと対比させます。それは製造業か金融業かの国是の選択となります。1990年代アメリカは金融業国家にかじを切りました。トランプ個人の力でこの流れに竿をさすことができるとは思えません。今アメリカは中国との貿易摩擦に苦しんでいます。そこでトランプはTPP離脱を宣言し、今後の貿易交渉は多国間ではなく二国間交渉になると約束した。NAFTAについても撤退をちらつかせて交渉を有利に運ぼうとしています。中国や日本を為替相場操作国に認定するよう財務長官に指示しました。アメリカの移民の歴史は、1965年「改正移民法」からヒスパニック系やアジア系という新しい移民の波が押し寄せた。アメリカは多数の移民を出身国の差別なしに受け入れるようになった。アメリカは社会は新移民の流入を繰り返してきた多民族国家なのである。60年来の国是をトランプは破壊しようとする。全人口に占める白人の割合は1965年に84%だったが、2015年に62%に低下した。白人の高齢者の間に、「白人のマイノリティ化」を杞憂する人々のトランプ共和党支持が急増した。また1962年ウオーレン法廷で「真教の自由」を保障した合衆国憲法修正第1号違反を根拠に、学校での聖書朗読や祈りを違憲とした。こうしてアメリカ社会は60年前に宗教差別と移民の出身国差別を禁じたのである。黒人差別、男女差別もあわせてあらゆる差別撤廃の人道と共生の社会を目指したのである。それをトランプが破壊を試みるのだが、社会の基礎概念がこうも無視されていいのかと、トランプの反歴史・反知性主義に抵抗する運動も起こっている。
(つづく)
2) 没落するミドルクラス
筆者はアパラチア山脈の西のオハイオ州、ペンシルバニア州のラストベルト地域のルポから、さらに五大湖周辺のミシガン州、インディアナ州ラストベルトト地域を訪問し、南部フロリダ州、サウスカロライナ州、ニューヨーク州、ニューハンプシャー州の街々を訪問した。まじめに働いて来たのに以前の様な暮らしができない、ミドルクラス(中流)からこぼれ落ちそうだという不安や憤りは各地に広がっている。トランプ支持者に共通して言えることは「エリート政治家がミドルクラスの暮らしを犠牲にしてきた」という憤りであった。共和党も民主党もグローバル化への対応で失敗した。そして国内の雇用を失った。アメリカはモノづくりをしなくなった。そして製造企業の多くが海外にでてしまった。ミシガン州デトロイトは言うまでもなく自動車産業の街であった。トランプ氏の侮蔑発言は耳にタコができるほど聞かされ、リスクの逆どりで慣れてしまっているが、民主党クリントンも「トランプ支持者は人種差別や男女差別主義者の嘆かわしい人々の集まりだ」という暴言を吐いた。これで「庶民を見下すヒラリー」という評判をとった。もう20年くらい前からデトロイトにはミドルクラスはいなくなり、皆はみじめな存在となったようだ。トランプがブルーカラーのための大統領になるとは思えないし、「製造業の復活」という公約も全く無策で、とても庶民の暮らしを尊重する人物には見えないが、一方クリントンには「エリート、傲慢、金に汚い」とのイメージが植え付けられた。とにかくエスタブリッシュメントを打倒せよという庶民の攻撃目標になった。自動車関連企業の労働者の時給は23ドルだったが、それを2ドルのメキシコ人に切り替えるために解雇された白人ブルーカラーが不満を露わにする。株主の利益の最大化のために労働者を切り捨て、海外に移転する、そんな企業が大統領候補に多額の献金をばらまく。そんな企業にものを言えるのは献金を貰ってないトランプだけだという宣伝に多くの労働者が乗せられた。トランプがヘリコプターやプライベート飛行機で集会場に乗り付けるなど、はでな演出は煽動政治家の常套手段である。リオオリンピック閉会式の安倍首相がマリオの格好で登場したのも煽動政治家の大衆受け演出である。不法移民への反発を煽ることでトランプ支持の原動力とした。憎しみの感情を掻き立てることで人は理性を失い、煽動家の指し示す敵に向かって攻撃を開始する。ロングアイランド東部のサウサンプトンのコンビニ駐車場が朝4時半には「忍足寄せ場」になる。ヒスパニック系の若者が集まり始める時間である。大阪西成の釜ヶ崎と同じ光景である。その寄せ場に朝5時になるとトランプ支持者の街宣車が来て「不法移民の強制送還」、「トランプ支持」をがなり立てるのである。建設業界では不法移民のメキシコ人を使えば、時給は半分で済むので一度使ったら止められないという。トランプの宣伝とは逆に米大手調査会社によれば雇用や住居を奪うなどの理由で移民を「重荷」と感じる人の割合は94年の63%から2016年には33%に減り、かえって勤勉さや才能を評価し米社会に役立っていると見る人は31%から59%に増えた。アパラチア山脈にはトランプ王国が広がっている。主要な産業は石炭業であったが今はすっかりさびれ、1964年ジョンソン大統領が「貧困との戦い」の宣伝の場としたことでケンタッキー州アイネスは「アパラチアの貧困」の代名詞となった。製鉄業や製造業が栄えたラストベルト地帯は従来は労働組合を基盤とする民主党王国だったが、グローバル化によって製造業がさびれ共和党に鞍替えした。ところが炭鉱を主産業としたアパラチア地方のケンタッキーのさびれ方は石炭から石油への転換期の1960年代に始まっており、衰退した時期がラストベルト地帯より30年早かったので昔から共和党の天下であった。まさに置き去りにされた人々の「時代遅れの酒場」だった。アイネスの高齢者は石炭産業が盛んだった1950年代頃の大量消費時代の郷愁に生きている。炭鉱の復活を夢見る人がトランプの自由貿易反対論を支持しているのだ。この地域の家計所得の中央値は約300万円で、全米の約600万円の半分である。グローバリゼーションは金融エリートを儲けさせたがミドルクラスを全滅させたという。トランプはアメリカニズム(アメリカ第1主義)とグローバリゼーションと対比させます。それは製造業か金融業かの国是の選択となります。1990年代アメリカは金融業国家にかじを切りました。トランプ個人の力でこの流れに竿をさすことができるとは思えません。今アメリカは中国との貿易摩擦に苦しんでいます。そこでトランプはTPP離脱を宣言し、今後の貿易交渉は多国間ではなく二国間交渉になると約束した。NAFTAについても撤退をちらつかせて交渉を有利に運ぼうとしています。中国や日本を為替相場操作国に認定するよう財務長官に指示しました。アメリカの移民の歴史は、1965年「改正移民法」からヒスパニック系やアジア系という新しい移民の波が押し寄せた。アメリカは多数の移民を出身国の差別なしに受け入れるようになった。アメリカは社会は新移民の流入を繰り返してきた多民族国家なのである。60年来の国是をトランプは破壊しようとする。全人口に占める白人の割合は1965年に84%だったが、2015年に62%に低下した。白人の高齢者の間に、「白人のマイノリティ化」を杞憂する人々のトランプ共和党支持が急増した。また1962年ウオーレン法廷で「真教の自由」を保障した合衆国憲法修正第1号違反を根拠に、学校での聖書朗読や祈りを違憲とした。こうしてアメリカ社会は60年前に宗教差別と移民の出身国差別を禁じたのである。黒人差別、男女差別もあわせてあらゆる差別撤廃の人道と共生の社会を目指したのである。それをトランプが破壊を試みるのだが、社会の基礎概念がこうも無視されていいのかと、トランプの反歴史・反知性主義に抵抗する運動も起こっている。
(つづく)