ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 金成隆一 著 「ルポ トランプ王国」 岩波新書(2017年2月)

2018年12月31日 | 書評
問題だらけのトランプを大統領に選んだアメリカ社会の問題と課題 第7回

2) 没落するミドルクラス

筆者はアパラチア山脈の西のオハイオ州、ペンシルバニア州のラストベルト地域のルポから、さらに五大湖周辺のミシガン州、インディアナ州ラストベルトト地域を訪問し、南部フロリダ州、サウスカロライナ州、ニューヨーク州、ニューハンプシャー州の街々を訪問した。まじめに働いて来たのに以前の様な暮らしができない、ミドルクラス(中流)からこぼれ落ちそうだという不安や憤りは各地に広がっている。トランプ支持者に共通して言えることは「エリート政治家がミドルクラスの暮らしを犠牲にしてきた」という憤りであった。共和党も民主党もグローバル化への対応で失敗した。そして国内の雇用を失った。アメリカはモノづくりをしなくなった。そして製造企業の多くが海外にでてしまった。ミシガン州デトロイトは言うまでもなく自動車産業の街であった。トランプ氏の侮蔑発言は耳にタコができるほど聞かされ、リスクの逆どりで慣れてしまっているが、民主党クリントンも「トランプ支持者は人種差別や男女差別主義者の嘆かわしい人々の集まりだ」という暴言を吐いた。これで「庶民を見下すヒラリー」という評判をとった。もう20年くらい前からデトロイトにはミドルクラスはいなくなり、皆はみじめな存在となったようだ。トランプがブルーカラーのための大統領になるとは思えないし、「製造業の復活」という公約も全く無策で、とても庶民の暮らしを尊重する人物には見えないが、一方クリントンには「エリート、傲慢、金に汚い」とのイメージが植え付けられた。とにかくエスタブリッシュメントを打倒せよという庶民の攻撃目標になった。自動車関連企業の労働者の時給は23ドルだったが、それを2ドルのメキシコ人に切り替えるために解雇された白人ブルーカラーが不満を露わにする。株主の利益の最大化のために労働者を切り捨て、海外に移転する、そんな企業が大統領候補に多額の献金をばらまく。そんな企業にものを言えるのは献金を貰ってないトランプだけだという宣伝に多くの労働者が乗せられた。トランプがヘリコプターやプライベート飛行機で集会場に乗り付けるなど、はでな演出は煽動政治家の常套手段である。リオオリンピック閉会式の安倍首相がマリオの格好で登場したのも煽動政治家の大衆受け演出である。不法移民への反発を煽ることでトランプ支持の原動力とした。憎しみの感情を掻き立てることで人は理性を失い、煽動家の指し示す敵に向かって攻撃を開始する。ロングアイランド東部のサウサンプトンのコンビニ駐車場が朝4時半には「忍足寄せ場」になる。ヒスパニック系の若者が集まり始める時間である。大阪西成の釜ヶ崎と同じ光景である。その寄せ場に朝5時になるとトランプ支持者の街宣車が来て「不法移民の強制送還」、「トランプ支持」をがなり立てるのである。建設業界では不法移民のメキシコ人を使えば、時給は半分で済むので一度使ったら止められないという。トランプの宣伝とは逆に米大手調査会社によれば雇用や住居を奪うなどの理由で移民を「重荷」と感じる人の割合は94年の63%から2016年には33%に減り、かえって勤勉さや才能を評価し米社会に役立っていると見る人は31%から59%に増えた。アパラチア山脈にはトランプ王国が広がっている。主要な産業は石炭業であったが今はすっかりさびれ、1964年ジョンソン大統領が「貧困との戦い」の宣伝の場としたことでケンタッキー州アイネスは「アパラチアの貧困」の代名詞となった。製鉄業や製造業が栄えたラストベルト地帯は従来は労働組合を基盤とする民主党王国だったが、グローバル化によって製造業がさびれ共和党に鞍替えした。ところが炭鉱を主産業としたアパラチア地方のケンタッキーのさびれ方は石炭から石油への転換期の1960年代に始まっており、衰退した時期がラストベルト地帯より30年早かったので昔から共和党の天下であった。まさに置き去りにされた人々の「時代遅れの酒場」だった。アイネスの高齢者は石炭産業が盛んだった1950年代頃の大量消費時代の郷愁に生きている。炭鉱の復活を夢見る人がトランプの自由貿易反対論を支持しているのだ。この地域の家計所得の中央値は約300万円で、全米の約600万円の半分である。グローバリゼーションは金融エリートを儲けさせたがミドルクラスを全滅させたという。トランプはアメリカニズム(アメリカ第1主義)とグローバリゼーションと対比させます。それは製造業か金融業かの国是の選択となります。1990年代アメリカは金融業国家にかじを切りました。トランプ個人の力でこの流れに竿をさすことができるとは思えません。今アメリカは中国との貿易摩擦に苦しんでいます。そこでトランプはTPP離脱を宣言し、今後の貿易交渉は多国間ではなく二国間交渉になると約束した。NAFTAについても撤退をちらつかせて交渉を有利に運ぼうとしています。中国や日本を為替相場操作国に認定するよう財務長官に指示しました。アメリカの移民の歴史は、1965年「改正移民法」からヒスパニック系やアジア系という新しい移民の波が押し寄せた。アメリカは多数の移民を出身国の差別なしに受け入れるようになった。アメリカは社会は新移民の流入を繰り返してきた多民族国家なのである。60年来の国是をトランプは破壊しようとする。全人口に占める白人の割合は1965年に84%だったが、2015年に62%に低下した。白人の高齢者の間に、「白人のマイノリティ化」を杞憂する人々のトランプ共和党支持が急増した。また1962年ウオーレン法廷で「真教の自由」を保障した合衆国憲法修正第1号違反を根拠に、学校での聖書朗読や祈りを違憲とした。こうしてアメリカ社会は60年前に宗教差別と移民の出身国差別を禁じたのである。黒人差別、男女差別もあわせてあらゆる差別撤廃の人道と共生の社会を目指したのである。それをトランプが破壊を試みるのだが、社会の基礎概念がこうも無視されていいのかと、トランプの反歴史・反知性主義に抵抗する運動も起こっている。

(つづく)


読書ノート 金成隆一 著 「ルポ トランプ王国」 岩波新書(2017年2月)

2018年12月30日 | 書評
問題だらけのトランプを大統領に選んだアメリカ社会の問題と課題  第6回

1) ラストベルトで起きたこと 民主党(ブルー)から共和党(レッド)へ (その2)

トランプは社会保障を保証するが、特に手立ては示していない。ラストベルトの有権者へのメッセージに、自由貿易批判と大幅減税、そして社会保障の保護が盛り込まれている。保守的な民主党支持者のことを「ブルードック」と呼ぶが、トランプ氏が地方で勝利を収めたのは、ますます都市型政党ニリベラルになる民主党に見捨てられたという「ブルードック」の感情が支配していたからである。町の衰退と若者の絶望的な将来の見通しによって、薬物汚染が蔓延している。この麻薬を不法移民メキシコ人が待ちこんでいるという非難が連鎖して、自由貿易→雇用流出→街の衰退→失業→麻薬汚染→不法移民メキシコ人→国境の壁建設というトランプ宣伝戦略にからめ取られていったのである。こんなシンプルな構図が読めないで、ならず者トランプに掬いとられた白人労働者も哀れであり、トランプがこれだけの施策を講じる政治手腕があるとも思えない。結局は排外的戦争に流れることは目に見えている。反知性主義者トランプはナチスのヒットラーの二番煎じなのだろうか。オハイオ州東部のトランブル郡の南隣にあるマホニング郡ヤングスタウンはかって製鉄所の街であった。今はすっかりさびれている。人口は1960年代の最盛時の16万人から2015年度に65000人に減少した。貧困率は全米の13.5%を遥かに超す38%である。家計所得の中央値は全米の53889ドルの半分以下24000ドル(276万円)である。ここも労働者の街だった、汗して働く者はみんな民主党員だった。70年以降工場は閉鎖され、収入が減り、若者は街を去った。何でこうなったかという不満と、この町で生きていけるのかという不安が人々をトランプに向かわせた。共和党にも民主党にもエスタブリッシュメントがいる。大企業から金を貰って買収されている。彼らは街の働く人の味方ではない。トランプは自分の金で選挙運動をしているのでエスタブリッシュメントとは違うと思い込んでいる。グローバル企業の国内産業切り捨て策(自由貿易協定)が続けば、ラングスタウンで起きていることは間違いなく全米各地に波及するだろう。アメリカは1980年代に日本とドイツによって製造業は追い込まれ、もはや製造業(第2次産業)を放棄し、1990年代より金融資本を中心としたブローバル化産業構造に転化した。今アメリカにあるのは第1次産業としての独占アグリビジネス(農業)、エネルギー資源(石油・ガス)、金融業・投資業、流通業、住宅産業などである。アパラチア山脈を越えてラストベルトに行くとすぐに気づくことは、民家や工場の廃屋、道路やインフラの老朽化、貧困エリアの薬物汚染である。そんな街に暮らす若者の多くは閉塞感や失業に悩んでいる。無論トランプの暴言を支持する若者はいないが、「行動力のある政治家に現状を変えてほしいという願望はある。オハイオ州では2014年に2744人が薬物摂取で死んだ。10万人当たりの薬物死者数が多いのは、オハイオ州で24人、ウエストバージニア州で35人、ニューメキシコ州で27人、ニューハンプシャー州で26人、ケンタッキー州で25人であった。オハイオ州は5番目に多かった。製鉄や炭鉱などの主要産業が廃れた地域とほぼ重なっている。薬物中毒とメンタルヘルスのため中年白人の死亡率が上昇し、長寿に向かう流れを逆転させた。1970-1990年代に年2%のペースで死亡率は下がってきたが、1999年より年0.5% ずつ増加に転じた。特に学歴が高卒以下の人々の多くなったという死亡率格差がみられる。貧乏人は長生きできないのである。アメリカの本当の失業率は18-20%で、政府発表の5%という数値は信じられないと指摘する人もいる。働こうとする意欲も長年の失業でなくなってしまったのである。ペンシルバニア州のピッツバーグは製鉄の街で繁栄したが、1990年代北米自由貿易協定NAFTAの発効(94年)を契機に、急速に製鉄所の規模が縮小した。製鉄関連企業(運送業、製網業など)の中小企業では、オバマケアーの掛け金がアップし健康保険の掛け金が払えず無健康保険になった人も多い。トランプはそこに目をつけ、選挙期間中代替え策を具体的に示すこともなく、オバマケアーの即時撤廃を公約に掲げた。貧困家庭にとって、学生が大学に通って借金をつくり、高給の就職先もなく、儲けたのは大学だけ、大学は偽物だと叫ぶ。学費の返済残高は920万円、毎月8万円の返済に苦しんでいるのである。

(つづく)

読書ノート 金成隆一 著 「ルポ トランプ王国」 岩波新書(2017年2月)

2018年12月29日 | 書評
問題だらけのトランプを大統領に選んだアメリカ社会の問題と課題 第5回

1) ラストベルトで起きたこと 民主党(ブルー)から共和党(レッド)へ (その1)

本書は書名にもある通り、文字通り「ルポ」であり「インタビュー」記事を骨子とする。トランプ集会追っかけ記者として取材に出向いた州は14州、インタビューした人は150人です。いわば素材を読者に丸投げする方式で、リアリティ重視で分かり易いが、背景や本質、発言者の客観的位置づけに乏しく、そのまま信じるととんでもないことになりかねない煽動的手法である。事件・事故の現場的感覚を生命とする文章です。それに対して概論的・評論的文章は客観性・理知性を重視するので、全体像がつかみやすいが、まとめれば現実味もなくステレオタイプの主張に終始する可能性が大きい。つまるところ、焦点を絞った単一現象の記載にはルポ的手法は功を奏するが、第1人称的記述は迫力はあるが、週間雑誌的で根拠薄弱な主張は危ない。ということで本書のまとめ方として、一時の同情や興奮は捨て去り、インタビューされた人の発言は一切記述しないことにする。基本的な事態の流れだけを表現し、その背景を考える文章としたい。大雑把なまとめ方で淡白な表現となるが、興奮したければ本書を読めばいいと考える。 本書はまず「プロローグ」に、2015年11月14日アメリカ南部メキシコ湾に面するテキサス州ボーモントで初めてトランプの集会を取材したことから始まる。大統領選投票のちょうど1年前のことである。トランプの放言、話題、そして攻撃はいちいち取り上げないが、支持者たちの話からサイレント・マジョリティ(白人労働者)の不満が限界にきていることを見て取れる。自分たちの生活の困窮化は不法移民が仕事を奪い福祉に頼っているからだと考え、だからメキシコとの国境の壁建設に熱狂的な声援を送るのである。又政治家不信は根強く、特に民主党のヒラリー・クリントン、共和党のブッシュ家らのエスタブリッシュメント(名門家)に対する反感は大きい。彼らの不満を聴く取材の旅となった。支持者に共通するのは、トランプの主張の実現可能性や、政策の詳細ではなく、大づかみに不満を吸収するメッセージに共感していることである。不法移民の数は実際は1100-1200万人で、消費税はもちろん、半分ほどの移民は所得税も払っているし、社会保険料も払っている。筆者はテキサス州訪問から、五大湖周辺の「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」地帯に転じた。主な取材対象は、製鉄所や製造業が廃れて、失業率が高く、若者の流出が激しい「見捨てられた地帯」である。オハイオ州東部トランブル郡はトランプの牙城であった。トランプが強さを見せつけた州東部は、失業率の高さとアパラチア山脈と重なっている。アパラチアは生活水準の相対的に低いエリアとして知られており、現状への不満が強く「反エスタブリッシュメント(既得権層)」の風潮が強いと言われる。オハイオ州東部は「ラストベルト」と「アパラチア」という大統領選でのキーワードになる2つの条件の重なるところである。この郡はかって製鉄所、自動車産業の工場が多かった。ブルーカラーの労働者、ミドルクラス(中流階級)が多く、労働組合活動も盛んであったが、主要産業の衰退、廃業、海外移転、合併などで見る影もなくアメリカンドリームを再現する機会も気力も失われた地帯である。労働組合活動だ盛んだったころまでは伝統的に民主党支持で「ブルーカウンティ」(青い州)と呼ばれた。それが今では共和党支持に傾いた。2016年11月8日「オハイオ州でトランプ勝利」の速報が流れ、トランプ52%、クリントン43%であった。米労働省によると、オハイオ州の製造業の雇用は1990年の104万人から2016年の69万人と7割に減少した。全米でも同時期に1780万人から1230万人に減っている。この理由として自由貿易協定FTAを批判するトランプに現地の労働者の票が流れたとみられる。別に対策案を示さなくても、攻撃相手を見つけるだけで労働者は救世主が現れたかのように盛り上がるのである。溶鉱炉の作業員はアスベスト被害のためがんも多いので老後の健康と生活(年金制度)が最大の懸念材料である。

(つづく)

読書ノート 金成隆一 著 「ルポ トランプ王国」 岩波新書(2017年2月)

2018年12月28日 | 書評
問題だらけのトランプを大統領に選んだアメリカ社会の問題と課題 第4回

序(その4)

3) 堤未果 著 「ルポ (株)貧困大国アメリカ」(岩波新書 2013年6月)
貧困層は最貧困層へ、中流社会は急速に崩れて貧困層へ転落してゆく、極度のアメリカ式格差社会の進行は決して人事ではない。このアメリカの現実を、追いやられる人々の目線で見る事は日本の将来の選択につながります。弱者切捨て、社会保障費削減はセイフティネットを破壊し、さらに新しい弱者層を拡大しています。サブプライムローン問題はその弱者層を食い物にして梃子原理を利かせて儲けてゆくグローバル金融資本の姿を如実に示しています。経済がすさまじい勢いで社会の仕組みを変えている。それはアメリカでは1980年代に始まるレーガノミックスの新自由主義経済のことである。製造業の主導権を日本・ドイツに奪われたアメリカは経済のルールを変更しようとした。金融資本主義に徹底したのである。その動きに拍車をかけたのが、1980年代末の東欧やソ連社会主義国の崩壊であった。そこからなりふり構わない資本のエゴ(投資家の最大利潤追求)に邪魔な制度を、規制緩和とか小さな政府というスローガンで排除した。1%の支配者と99%の奴隷に2極化することが、1%支配者にとって一番効率(利潤/投資)が高いのである。働く人の生活に思いをはせることはセンチメンタリズムに過ぎない。最低限の再生産可能な労働力市場(奴隷市場)にまで追い込むことが利潤というアウトプットを最大化する方程式である。アメリカとヨーロッパに本拠を置く多国籍企業群がこの略奪型ビジネスモデルを展開している。これをグローバル資本という。本書は1)独占アグリビジネスに支配される契約農家の悲劇 、2) 食品業界の垂直統合、3) 遺伝子操作種子のビジネスモデル 、4) 解体される行政公共サービス 、5) 議員、メディアの買収工作 から構成される。。「教育」、「命」、「暮らし」という国民の責任を負うべき政府が、「民営化」によって民間企業に国民を売り飛ばして市場原理で貧困化させるという構図が世界的に進行している。単にアメリカと云う国の格差・貧困問題を超えた大きな流れ(新自由主義的グローバル資本のやり方)を、「暮らしー格差貧困・災害対策の民営化」、「命-医療・健康保険の民営化」、「若者ー教育の民営化」、「戦争の民営化」という民営化による生活破壊の様相を実証した本であった。 アメリカでは食料支援プログラムSNAPを受給する人々の数がリーマンショック以来急増している。SNAP受給者の数は2012年に4667万人(7人に1人の割合)である。2010年度のワーキングプア人口は1億5000万人(2人に1人の割合)、失業率10%(ハローワークに行かない失業者を含めると実質失業率は20%以上)である。これは優れた貧困者救助政策だと思われるが、米国最大のスーパーマーケットであるウォルマートはSNAPより大きな利益を上げている。2011年国家予算より7兆5000億円という食品市場を独り占めしているからだ。貧困者(月収11万以下)であるSNAP受給者(月1万1000円の食費補助金)はこれによりジャンク食品を食べ肥満で病気になる。貧困と肥満は連動する。安い労働力の供給源であるヒスパニックの移民を促進するため連邦政府はメキシコにSNAP受給を約束した。これはもう国家ぐるみの貧困ビジネスである。


(つづく)


読書ノート 金成隆一 著 「ルポ トランプ王国」 岩波新書(2017年2月)

2018年12月27日 | 書評
問題だらけのトランプを大統領に選んだアメリカ社会の問題と課題 第3回

序(その3)

2) 堤未果 著 「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波新書 2008年1月)
貧困層は最貧困層へ、中流社会は急速に崩れて貧困層へ転落してゆく。極度のアメリカ式格差社会の進行は決して人事ではありません。このアメリカの現実を、「追いやられる人々」の目線で見る事は日本の将来の選択につながります。弱者切捨て、社会保障費削減はセイフティネットを破壊し、さらに新しい弱者層を拡大しています。サブプライムローン問題はその弱者層を食い物にして梃子原理を利かせて儲けてゆくグローバル金融資本の姿を如実に示しています。2007年アメリカのサブプライムローン問題は「信用危機」、「流動性の危機」、「資金繰りの危機」という三つの危機を引き起こした。2008年1月アメリカが不況に落ちるという不安が世界同時株安を引き起こし、今現在(6月)も株価は低迷し続けている。欧米の金融機関は巨額の損失を計上し、シティーグループ、メリルリンチ、USBという巨大金融機関の社長の首が飛んだ。そしてモノライン保険会社も危機に陥った。このサブプライムローン問題の本質は単なる金融の問題ではなく、過激な市場原理が経済的弱者を食い物にする「貧困ビジネス」のひとつだった。アメリカ国内でアフリカ系住民の55%、ヒスパニック系住民の46%がサブプライムローンを組んでいる。経済的な人種搾取といってもいいが、それ以上に恐ろしいのは世界を二分するような格差構造をめぐって、暴走型市場原理システムが弱い者の生存権を奪い貧困化させ追い詰めて金融商品で儲けるという潮流である。「教育」、「命」、「暮らし」という国民の責任を負うべき政府が、「民営化」によって民間企業に国民を売り飛ばして市場原理で貧困化させるという構図は、はたして国家といえるのか。アメリカンドリームとアメリカのイメージそのものであった幸せな中流家庭は何処からおかしくなったのだろう。それはニクソン大統領からロナルド・レーガン大統領に代わったときからである。福祉国家から小さい政府をめざす効率優先の新自由主義(市場原理主義)政策に変化し、企業への規制を廃止・緩和し、法人税をさげ社会保障費を削減した。その結果年収220万円以下の貧困人口は1970年代に較べて急増し、3650万人、貧困率は12.3%となった。18歳未満の「貧困児童」も17.6%に増加した。80年代以降、新自由主義の流れが主流になるにつれて、アメリカの公的医療も徐々に縮小した。政府は「自己責任」という言葉の下に国民の自己負担率を拡大させ、自由診療という保険外診療を増やした。政府が公的健康保険から手を抜き始めると、民間の医療保険が拡大し保険会社の市場は拡大した。だが、国民の命に対して国の責任範囲を縮小し民間に移行することは取り返しのつかない「医療格差」を生み出した。アメリカの乳児死亡率は年間平均1000人に6.3人という先進国では最も高い率で(日本では3.9人)ある。2005年の全破産件数208万件のうちその内半分が高額医療負担による破産であった。アメリカの学資ローンには政府が教育補助として返済不要の奨学金も一部あるが、殆どは政府が年率8.5%の利子を金融機関に補助する学資ローンである。政府の新自由主義政策の流れで教育予算が大幅に削減された結果、学資ローン貸し出し機関の民営化が急速に進んでいる。政府が利子を補給するので金融機関にとって「ドル箱」と呼ばれている。大学生の卒業時のローン借金は4年生で300万円ほど、修士では1200万円ほどになる。学資に耐えられず中退する学生も多い。

(つづく)