ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文芸散歩 柳田国男 「毎日の言葉」角川ソフィア文庫

2018年04月30日 | 書評
方言の比較から日常の語り言葉の語源を説く、柳田民俗学の知の所産 第7回

1) 毎日の言葉 その6

21) モヨウを見る
「モヨウを見る」の「モヨウ」に「模様」を当てるのは間違っている。衣類の模様とは染め模様、綾模様のように紋様とも言いました。これを吟味すると日本語の「モヨイ」から出た「モヨウ」の方が正しいようです。「モヨイ」は本来は時の感覚で、目に訴える紋様ではなかったのです。雨モヨイ、雪モヨイ、お天気モヨイがその流れにあります。「モヨフ」という動詞が中央からなくなってしまったことが原因です。名詞形「モヨオス」(催す)だけが残っています。そこで地方語でその語源を探ってゆきましょう。山形県では「二日してから」ということを「二日モヨテから」といいます。宮城県仙台では「オモウ」といいます。「モヨウ」はただ時間がたつというだけでなく、待つとか見合すとかためらうとかという意味に移ってゆきます。秋田・青森・岩手では「モヨル」ですが、新潟では「しばらくモイルとやって来た」といいます。支度をするとか女がお化粧する意味にも使います。
22) よいアンバイに
男が文章を漢字ばかりで書くと、いろいろな無理が重なります。「アンバイ」が塩梅、按排になるのです。明らかに当て字です。ここから意味を取ることはできません。「アワヒ」すなわち間を取ることが語源です。それが「アワイ」となり、「ワ」がバ行に移って「アンバイ」となったのです。濁音のまえの母音にNが付く例があります。関西では人の健康状態をアンバイと言っています。「いいアンバイです」が毎朝の挨拶の言葉です。海に出る人には「アワイ」は「ヒヨリ」と同じです。岡山では風邪を「カゼアンバイ」と言います。「アワヒ」は本来「合う、逢う」という動詞から来た上品な古語でした。「アワヒ」が「アイマ」、「グアイ」に変化しました。
23) 毎日の言葉の終わり(読者のお手紙より)
最終節は読者からのお手紙の質問に答えています。そのなかから面白いものをピックアップして紹介します。
*人が来られた時「イラッシャイ」、「オイデナサイ」は変ではないかという質問にはびっくりした、私は別に変とも思わなかった。已然形の結びなので未来の事かと間違うらしい。昔は「ヨウコソ」を使っていた。挨拶の言葉は短くて何か抜け落ちているようです。
*「ケッコウデス」の意味が分からないという質問です。「結構な」はもと「よい」という代わりに、学のある人が使いました形容詞です。「ヨイ」、「ヨロシイ」と同じです。
*「アリガトウ」に相当する言葉が多いので補足する。秋田県北部では「タイガトウ」、「オホリナイ」、「ホノゴジャンス」という。「耐え難い」、「本意ない」という予期しなかった好意に戸惑う意味です。
*別れの小児語「ハイチャイ」や「アバヨ」はどういう意味ですか。前者は「ハイサヨウナラ」と言いたかったのでしょう。後者は「アハ」は遠くなる後ろ影を見送る感動詞でした。「アハ」を「アバ」に変えたのでしょう。レベルの低い言葉です。
*関東・東北の「コワイ」に対して関西では「シンドイ」というのはなぜですか。これは「辛労」という漢語を永く使っていて「イ」をつけて形容詞にした造語でした。辛労を「シンド」と発音したためです。信州では慰労会を「シンノ」といいます。
*「ドッコイショ」という掛け声は何処から来たのという質問に、「ドッコイ」は「ドコへ」が起源で、「ドッコイそうはさせぬ」という様に、相手の狙いを阻むときに使います。
*しまっておくことを「ナオス」というのはなぜという質問には、「ナオス」はあるべきところに戻すという意味です。

(つづく)
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文芸散歩 柳田国男著 「毎日の言葉」 角川ソフィア文庫

2018年04月29日 | 書評
方言の比較から日常の語り言葉の語源を説く、柳田民俗学の知の所産 第6回

1) 毎日の言葉  その5

17) ヨス、ヨソウ
「ヨシ」は「好し」で古くから感動詞風に使われ肯定の言葉でした。それから脱却して止めるを「ヨス」という様になりました。「トシニスル」は複合動詞で、相手の感情を傷つけないで、勧誘などを拒否する表現法として発達しました。その丁寧語は「オヨシナサイ」です。主に東京を中心に用いられています。「ヨシタ」、「ヨセヤイ」もその流れにあります。紀州では「マイスル」と言い起源は「マアエイ」でした。
18) ヨマイゴト
何の役にも立たない繰り言、未練、愚痴とも称せられる長文句が「トマイゴト」です。世迷語は当て漢字であてにはなりません。「ヨマウ」という動詞とその受身形「ヨマアレル」があったと考えられます。「ヨマアレル」は小言を言われる問意味です。甲州では「ヨマウ」はしかりつける事を「ヨマイコメル」と言います。信州では「ヨマウ」は「ヨモウ」となります。岡山県では「ヨーマ」は無駄口のことです。備後では遠慮もなく人の悪口を言う人を「ヨーマタレ」といいます。群馬県では「ヤレル」(言われる)、千葉県市原では「コゴチャレル」(小言を言われる)といいます。
19) オオコワイ、オッカナイ
東京では恐ろしいが「コワイ」であったのに、関東の東に行くと疲れた、くたびれたという意味で使います。「コワイ」の語源は「コワ飯」、「体がコワバル」という様に筋骨がくたびれて硬直する状態をいい、「肩がコル」もこの流れにあります。凝るという字を当てます。「オオコワイ」は驚きの感嘆詞を添えた言い方が特別に多い。「オオコワイ」、「オッカナイ」はほとんど同じ意味で、「ナイ」は無いではなく、形容詞です。この言葉の語源は同じで、化け物に遭遇した時の驚きの声から発しています。硬直とも関係はありません。「コワ」は「これは」という指定の感動詞です。だから「オオコワイ」は「おおこれは何だ」という驚きを表現しているのです。滋賀県では驚きは「アックワ」(おおこわ)です。大阪では「アックワ」は臆病者です。
20) ミトムナイ
古くから醜を「ミニクイ」といいます。女性には苛烈な表現だったので、いくらかでも和らげた形容詞を求めました。「ミニクイ」も「憎い」とは関係なく、見るに堪えないという同情の感じを持った言葉でした。「ミグルシイ」、「ミズライ」という言葉も改良を求められました。東北では「ミグサイ」、「メグサイ」といいました。「クサイ」はそういう感じがするという意味でしたが、東京では「ミットモナイ」、京阪では「ミトムナイ」といった「見たくはない」という湾曲した複合語に落ち着きました。食べ物の「うまくない」を「モムナイ」(うもうない)と言うのと同じです。現在の「ミグルシイ」という言葉もひどいという事になっています。侮蔑語ととられるのです。言葉は難しい。

(つづく)
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文芸散歩 柳田国男著 「毎日の言葉」角川ソフィア文庫 

2018年04月28日 | 書評
方言の比較から日常の語り言葉の語源を説く、柳田民俗学の知の所産 第5回

1) 毎日の言葉  その4

13) ゴモットモ
信州松本の節分会の豆撒きでは、二人で前の一人が「鬼は外、福は内」と唱えると、後ろの一人が「ごもっとも、ごもっとも」と相づちを打ちます。まじないの言葉の後からそれを確実にする言葉を唱えるのである。最初はいわゆる言霊の力を確認する言葉であったものが、段々と相手の言うことを何でも承知する言葉になりました。そして「ご無理ごもっとも」という反語的表現にも使われます。「おまえの言うことはもっともだが・・・」はかならず「しかし」という文脈があります。もっともという言葉に後ほど「最も」という漢字を当てましたが、道理のある時は「もっとも」と書き、最初、最後のときは「いっとう」と書きます。
14) ナルホド
ナルホドも初めは言葉通りに、力いっぱいとかこの上なく、出来るだけという意味で使われましたが、「もっとも」と同様「しかし」という文脈で反対の事を言うための枕詞になりました。「なるほど見事でござる」は相手の言葉を承認し、自分もそれに追随する意味がありました。話の受け答えに「なるほど」を連発すると、その後大いに反対の事を言われそうです。
15) 左様シカラバ
「サ」は間接話法の内容を受けて「シカイウ」、「そういった」という意味で用いられました。自分のいう時のみ「トサ」と「サ」に「ト」をつけました。この小さな「サ」の一語をつけると、「嬉しさ」、「恋しさ」というように、形容詞を思想化する働きがあります。「サゾ」、「サコソ」は相手の言うことを信用し拡大する態度を示しています。「サモ」は現在よくない意味で使用されますが、「サモ悲しそうに」と使いました。「サヨ」(そうよ)は女性言葉であったものを、男性社会では「左様」と漢字で書かれ、「左様シカラバ」という様に二重の確認をしているのです。「サラバ」、「サレバ」が前にあったと思われます。別れのことば「サヨナラ」もこの流れにあります。
16) 知ラナイワ
終わりに「ワ」をつける文句はたいてい敬語でした。「アリマスワ」・「アリマセンワ」さらに「ヨ」をつけるのは二重の敬語(丁寧語)でくどいかもしれません。「アルワヨ」・「ナイワヨ」は新しい文句です。女学生がこれを採用したようです。「ワ」の代わりに「ワイ」という方が昔は多かった。「ナイワイナ」はこの種の一語を下に添えて「それを言うのは私である」と強調したかったのでしょう。日本語は代名詞の不要な言語と言われますが、「知らない」を「知らないわ」というと、知らないのは私だということを明言することです。村の児童は「オラシラネ」といいますが、「シラネオラ」が先でした。娘が「知らないわ」というのは「知らないわわたし」と同じ意味です。口語では文句の終わりに「ワレワ」とつけるのが、全国的に共通した法則だったようです。岩手県南部では「ソウカエオラ」といいます。山形県村山郡では「フダドレ」というのは、「ホンダゾワレ」に詰まった言い方でした。滋賀県北部では「そうだ」を「ソウヤナレ」といい、「私のだ」を「ワシノヤナレ」と言います。飛騨では「ワ」は粗暴な言い方と考えて女は「ワイナ」を使います。何でもないを男は「ナモヤワイ」、女は「ナモヤワイナ」といいます。越後ではこの「ワ」が「バ」に変わって、「どうしよう」が「どうしょーばやれ」になります。

(つづく)
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2018年04月27日 | 書評
方言の比較から日常の語り言葉の語源を説く、柳田民俗学の知の所産 第4回

1) 毎日の言葉  その3

9) モライマス
京阪神地方では「モラウ」は「イタダク」とおなじように、「・・・テイタダク」、「・・・テモラウ」という助動詞のようにしか使っていませんが、元は物を食べることでした。しかも一人で食べるのではなく目上の人からわけて食べるという意味で、「モラウ」も「イタダク」も同じです。「モライマス」は関西以外では人望がなく使用が憚られています。それはモラウの特殊な意味で卑屈な「乞う」という言葉を嫌ったからです。「オモライ」は乞食を意味していました。「モライマス」の用法はすでに食べ物の関係を離れて、単なる「許される」という気持ちまで延長しています。東京では「ちょっと来てもらいたい」というように、低級敬語になっています。「モライマス」はそれよりもすこし高い敬語になりました。
10) イル、イラナイ
「イル」はもとは4段活用の動詞です。「借る」、「貸す」という言葉ができたため、イル・イラウという言葉は使わなくなった。この言葉の本来の意味は、単に入用という意味だけではなく、人から借りるという事であったようです。山梨県富士川郷では物を借りることを、「イロウ」、「イラウ」と言います。高知県の「イリタイ」はただ「欲しい」という意味です。九州南西諸島では「イリ」は自分の物にしろという意味です。ですから「イル」の語源は「ウル、エル」からきています。貸借の習慣が発達することで、言葉も整理されてゆきました。イル(借りる)に対してイラス(貸す)と言います。標準語としてまったく姿を消しましたが、南方諸島ではその言葉は残っています。
11) モシモシ
「モシモシ」は気のせく際の重ね言葉で、、起こりは「物申す」で、モウシはその略形です。巡査は「オイオイ」ですが丁寧な巡査は「モシモシ」です。三重鳥羽や山形県米沢では物を買う時のかけ詞は「モウシ」、「マオス」でした。路で知り合いが行きあったとこも「モノモ・ドウレ」です。訪問の辞、人を呼び止める時の言葉です。仙台の城下町では人を呼ぶ言葉に「ムシ・モサ・ムサ・モシャ・ムシャ」の五通りあったということです。東北地方では「申す」を添えれば敬語になるので、「エンシ」といえば「よろしゅうございます」となり、「コダンス」と言えば「こうであります」となった。九州南部では「イキモス・シモス」が申すであり、「マス」は「マイラス」からきています。相手に念を押す場合の「ナア」や「ノウ」に「モウシ」をつけて、「ナアモシ」とか「ネエアンタ」とか言います。
12) コソコソ
ナイショ話のことを「コソコソ話と言います。ここから「コッソリ」という副詞や「コソ泥」という言葉も生みました。コソは「窃かに」という意味ではなく、コソはゾを同じで、ココゾというよく聞く時の感じに近づけるためにコソコソと重ねたと思われる。私語は「ササメゴト」、「ササヤキ」で、九州では「ソソメキ話」、「ソソメク」と言います。何気なく耳に着くという意味でサ行の子音が使われました。東京で使われる「ミミコスリ」、「アテコスリ」は擦るではなくコソコソ話からきています。

(つづく)
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文芸散歩 柳田国男著 「毎日の言葉」 角川ソフィア文庫

2018年04月26日 | 書評
方言の比較から日常の語り言葉の語源を説く、柳田民俗学の知の所産 第3回

1) 毎日の言葉  その2

5) イタダキマス
イタダクは元来物を頭の上に載せることでした。目上の人から衣類や物品を貰った時、頭の上に担いで礼を言いました。少し下げて額の辺りまで差し上げて降ろすのを「イタダク」または「頂戴する」ということにしました。祭式で相饗、直会では供物を額まで頂いたと思われます。そこからイタダキマスは食べる時の礼の言葉になりました。
6) タベル、クウ
食べる事を「イタダク」というようになった変遷と同じ経路で「タベル」が生まれました。「タベル」はおそらく「タブ」という動詞(給う)の受身形で、すなわち上の人に給与する人の食べ物に限った言葉です。自分で取ってきた物を食べる時にはタベルという言葉はなかった。九州では食べ物を「タモリモン」、また食うことを「タモル」と言います。タモルは当然、タマウ(給う)からきています。人に食物を勧める時、「メシアガレ」という敬語を使わないで、「食べろ」という命令形ではなく「クエ」という平たい言葉があります。しかし「タベル」という謙譲語が普及したため、クエ、クウという言葉は特に女性は乱暴な言葉に感じられて使用しなくなった。男も次第に使用しなくなりタベルが主流となったのです。「イタダク」に比べると「タベル」も一段低い言葉です。
7) オイシイ、ウマイ
「ウマイ」も「オイシイ」という女言葉に押されて、男言葉に限定されているようです。「オイシイ」は「イシクも・・・」に「オ」をつけた物だろうと思われます。「イミジイ」が中国地方では「イビシイ」、東北では「イッシイ」といいます。「イミジイ」→「イシク」→「オイシイ」と変化したと思われる。やたら「オ」をつけるのは江戸好みです。
8) クダサイ、オクレ
言葉を粗末にするということは、元の言葉の持つ感じを忘れて、ただの符合のように使うことです。本来は下から上の者に用いていた言葉を、後には上の者から下の者にも用いるようになった例が「下さい」です。上の者は滅多に「下さい」は言いません、「オクレ」と言います。オは敬語ですが、「クレ」とむき出しの言葉は言いません。もちろん「クレ」は「来る」からきた言葉です。

(つづく)
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