オオキンケイギク
この世界の枠組みを規定している資本制の最も確かな分析、マルクス[資本論」から汲み取ること 第1回
序
思考と文化の次元を含めた最深層の変容を、仮に革命という名で呼ぶとすれば、グローバル化した現代社会の中で革命が起きても何ら不思議なことはありません。そう人は見果てぬ夢を見続けるものなのです。資本制から社会主義という短絡線ではなく、どのような形になるのかは言明できません。マルクスの主著「資本論」が読まれなくなって久しくなりますが、「資本論」は現在までのところやはり、今なおこの世界の枠組みを規定している資本制をめぐり、すくなくともその基本的ななりたちに関して最も優れた分析を提供し、その世界の深部から歴史的理解させてくれる古典的な遺産の一つです。本書は著者熊野氏が哲学系ですので、マルクスの原理的な思考の深度と強度に注目する本です。もちろんマルクスが抱いていた視点「資本制が押しつぶして行く小さな者たちへのおもいやり」も重要なテーマでもあります。本書は新書という制約上、資本論の哲学を志した以上、「資本論」全体を等分に展望するものではありません。眼目は経済学者が扱ってきた問題にあまねく目を通すことではありません。著者熊野純彦しのプロフィールを簡単にまとめておきましょう。熊野氏は1958年神奈川県生まれ、1981年東京大学文学部卒業、現在東京大学教授です。専攻は倫理学、哲学史だそうです。主な著書には、「レヴィナス入門」(ちくま新書)、「ヘーゲル」(筑摩書房)、「カント」(NHK出版)、「古代から中世へ」、「西洋哲学史 近代から現代へ」、「和辻哲郎」(以上岩波新書)、「マルクス 資本論の思考」(せりか書房)、「カント 美と倫理のはざまで」(講談社)です。専門分野の研究成果は別にして、戦後日本では「資本論」は主に3つの視角から研究されてきたという。一つは経済学原論、つまりマルクス経済学の経済原理論の立場です。二つは資本論体系の形成史的研究・思想史的研究・経済史的研究です。3つ目は哲学史的視点からのとらえ方です。戦後の岩波新書では以上の3つの視点からの書が多くあります。岩波新書という叢書からマルクス資本論研究の全容がわかりやすく解説されてきたと言えます。そこで岩波新書を中心とした書籍の紹介で「マルクス資本論」研究の成果を概観しておきましょう。
①マルクス経済学の経済原理論
宇野弘蔵著「資本論の経済学」<岩波新書1969): 経済原論としての日本におけるもっとも正統的な学派は宇野学派であろう。宇野経済学は経済原論、段階論、現状分析を区別する三段階論で知られる。資本論の経済学を純粋経済理論として整理しなおす試みが示されている。宇野氏は戦後東京大学の社会科学研究所で、マルクス経済学を学ぶ人々に深い影響を与えた。経済学部では鈴木鴻一郎氏が原論を講じた。柄谷行人氏も鈴木の講義を受けている。
柄谷行人著「世界共和国へー資本・ネーション・国家を超えて」(岩波新書2006): 現在我が国でもっとも創造的なマルクス読解者の一人である。柄谷氏の歴史観は交換形態から世界史構造をとらえるものである。流通過程論的視点は宇野学派の傾向です。
②資本論体系の形成史的研究
内田義彦著「資本論の世界」(岩波新書1966): 経済学史的な視点で、内田氏はスミス研究者として知られている。「経済学の誕生」や「経済学史講義」は名著だそうです。
大塚久雄著「社会科学の方法ーヴェーバーとマルクス」(岩波新書1966): ヴェーバー/マルクスという戦後の社会科学に特異的な論点を作った。マルクス理解には人間主義的景行があるが、資本論を「経済学、正確には経済学批判」という捉え方をしている。
佐藤金三郎著「マルクス遺稿物語」(岩波新書1989): 資本論草稿をめぐる状況を知るうえで名著です。エンゲルスの苦闘のさまも見ものです。一橋大学では近経の伝統がある中で佐藤金三郎氏はマル経として知られ、アムステルダム国際社会研究所でマルクス/エンゲルス移行調査に当たりました。
③哲学史的視点の研究
梅本克己著「唯物史観と現代 第2版」(岩波新書1974): フォイエルバッハ/マルクス関係の梅本の問題提起で考える点のおおい論考です。
大川正彦著「マルクス いまコミュニズムを生きるとは?」(NHK出版2004): マルクス資本論が読まれなくなって久しい21世紀の始め政学者がマルクスのコミュニズムを問い返しています。コミューン主義を正面から捉え、現時点では最良のマルクス入門書のひとつです。
廣松渉著「新哲学入門」(岩波新書1988): 廣松氏はこの書で「存在と意味」について心血を注いでいます、未完に終わりました。「世界の共同主観的存在構造」が主著となります。
廣松渉著「資本論の哲学」(平凡社ライブラリー2010): この書で論じられているのは、「価値形態論」、「物神性論」、「交換過程論」に限られていますが、「物神性論」からするマルクス理解を代表します。熊野氏の著書「マルクス 資本論の思考」はやはり廣松氏の流れにあるといえます。
(つづく)