日本の医療の将来を選択するための論点整理 第10回 最終回
第4章 新しい治療法を目指して
2010年日本学術会議の金澤会長は、ホメオパシーが科学を無視した荒唐無稽な治療法であるとして、これを臨床の現場から追放すると訴えた。偽の薬で、本来効果はない治療法が効果を発揮する現象をブラセボ効果という。平安時代の密教などはこうした治療(加持祈祷)で天皇の神経症を治して、巨大な寺院を賜って聖人となった。薬の有効性は二重盲検法で効果を統計検定する。薬効のメカニズムはその段階で分からなくてもいい。最初は動物で有効試験をし、次にやはり動物で毒性試験を実施し、最後に残った候補薬を人を対象とした臨床治験を行う。本書ではサリドマイド胎芽症、フレミングのペニシリンの発見とフローリー・チェインが量産技術開発によって抗生物質が広く使われるようになった話や、抗胃潰瘍薬シメチジン(H2ブロッカー)の開発物語、ピロリ菌が胃潰瘍の原因となる話など薬や医療の開発物語を楽しく読むことができるが、それらは省略して医薬品や医療機器開発に移ろう。臨床治験の全過程を、日本では医薬品開発は独立行政法人医薬品医療機器総合機構PMDAが監視する。薬の開発には10年、1000億円という費用が掛かる。最近新薬の開発はさらに難しくなってきている。年間1000億円を超す売り上げをしめす大当たり新薬を「ブロックバスター」と呼ぶ。そのような薬は、高脂血症治療薬、高血圧治療薬、抗血小板剤、間接リュウマチ治療薬、抗ぜんそく薬などがある。高脂血症治療薬アトルバスタチンは年間1兆6000億円にも達した。しかし新規の新薬は全世界で年間15-20製品にしかすぎない。新薬開発はこれほど困難でギャンブル性の高い事業である。生活習慣病関連の新薬は飛躍的に進歩した。胃潰瘍や十二指腸潰瘍薬、慢性間接リュウマチ,気管支ぜんそく、潰瘍性大腸炎、クローン病の薬物療法が長足の進歩を遂げた。ハーセプチンは乳がんの治療薬解いて注目されたが、HER2という標識を持つがん細胞にしか効かない(全乳がん患者の20%-30%)ので、HER2陽性患者を見分ける「個別化医療」と併用される。個別化医療(オーダーメイド)は遺伝子診断技術の進歩とともに期待される分野である。肺がんの抗がん剤でチロシンキナーゼを選択的の阻害する「イレッサ」が注目されたが、日本では間質性肺炎の副作用で大きな社会問題となったことは記憶に新しい。抗がん剤のような作用が激しい薬は副作用の危険もまた大きい。医療は不完全であり、医薬品もまた不完全なのである。2013年5月読売新聞は「医療後進国になるな」という見出しで、日本の医薬品と医療機器の開発力が乏しいとして、貿易赤字は2011年で2.9兆円に上ったと警鐘を鳴らした。日本の赤字の主役は資源エネルギーで、黒字の主役は自動車などの機械類である。その差が貿易赤字であり、財務省のデータでは医薬品の貿易赤字は1.4兆円で、日本全体の貿易赤字総額の3.7%を占めるに過ぎない。それはそれとして、日本の製薬企業の開発力は弱いことは事実である。今後の発展が期待されるバイオ医薬品で後れを取っていることは、心配の種である。日本の医療機器メーカーが国際的に特徴ある製品を開発してきたことは良く知られている。診断や治療に欠かせない超音波装置、内視鏡、レントゲン写真フィルム、パルスオキシメーター、CTスキャン、手術内視鏡がある。90年代になって医療機器の貿易赤字は6000億円を超えた。この原因はカテーテルなどの治療機器の割合が増加したためである。医療研究の世界でのレベルは、論文数、被引用数のいずれもの本は上位を占めている。世界の大学ランキングでは日本の基礎研究機関はトップレベルに付けている。しかし日本は臨床医学というと論文数は世界の18位と遅れている。日本の臨床論文では症例報告は多いのだが、治療のエビデンスを示す大規模ランダム試験、コホート研究などの研究が少なくい。また臨床治験の力も不足しているといわれ、ドラッグ・ラグ、あるいはデバイス・ラグの原因となっている。医学教育面でも公衆衛生学部での生物統計学、疫学、感染症学、栄養学、遺伝学、行動科学、国際医療保険額、医療政策学の分野で海外の大学に後れている。大型で本格的な臨床研究を実施する基盤が十分でなかったことが、臨床研究が振るわない要因であった。大学の中に臨床研究センターのような機関の設置が必要であろう。医療産業の発展を優先するならば、日本の医療制度を大きく米国型に変える必要があるという見方も生まれている。混合診療の全面解禁により医薬品や機械の価格を高めに設定することができ、患者は健康保険の他に民間医療保険にも加入し総医療費を増加させ、投資価値のある魅力ある医療産業を興すべきであるという意見である。病院運営についても株式会社制度を認め、資金と競争力のある組織にすべきであるという。その例をお隣の韓国に見ることができる。韓国では医療の営利化・産業化は日本より先行している。そして韓国では病院の質の低下と医療費の高騰を招いた。市場主義医療のパラドックスがここでも現出したのである。効率化(高収益率)のスローガンの為、間化が招来される。いったい医療産業は誰のためにあるのだろうか。患者の為か投資家の利益の為か。ヨーロッパにも優秀な製薬会社は多い。諸外国に学ぶ必要はあるのだが、米国一辺倒である必要はないのだ。米国で実現しているのは国民のなかの大きな経済格差と社会の分断である。米国のように、医療を受けるために支払い不能な治療費を請求され破産を覚悟しなければならにような社会がはたして健全な社会と言えるのだろうか。
(完)
第4章 新しい治療法を目指して
2010年日本学術会議の金澤会長は、ホメオパシーが科学を無視した荒唐無稽な治療法であるとして、これを臨床の現場から追放すると訴えた。偽の薬で、本来効果はない治療法が効果を発揮する現象をブラセボ効果という。平安時代の密教などはこうした治療(加持祈祷)で天皇の神経症を治して、巨大な寺院を賜って聖人となった。薬の有効性は二重盲検法で効果を統計検定する。薬効のメカニズムはその段階で分からなくてもいい。最初は動物で有効試験をし、次にやはり動物で毒性試験を実施し、最後に残った候補薬を人を対象とした臨床治験を行う。本書ではサリドマイド胎芽症、フレミングのペニシリンの発見とフローリー・チェインが量産技術開発によって抗生物質が広く使われるようになった話や、抗胃潰瘍薬シメチジン(H2ブロッカー)の開発物語、ピロリ菌が胃潰瘍の原因となる話など薬や医療の開発物語を楽しく読むことができるが、それらは省略して医薬品や医療機器開発に移ろう。臨床治験の全過程を、日本では医薬品開発は独立行政法人医薬品医療機器総合機構PMDAが監視する。薬の開発には10年、1000億円という費用が掛かる。最近新薬の開発はさらに難しくなってきている。年間1000億円を超す売り上げをしめす大当たり新薬を「ブロックバスター」と呼ぶ。そのような薬は、高脂血症治療薬、高血圧治療薬、抗血小板剤、間接リュウマチ治療薬、抗ぜんそく薬などがある。高脂血症治療薬アトルバスタチンは年間1兆6000億円にも達した。しかし新規の新薬は全世界で年間15-20製品にしかすぎない。新薬開発はこれほど困難でギャンブル性の高い事業である。生活習慣病関連の新薬は飛躍的に進歩した。胃潰瘍や十二指腸潰瘍薬、慢性間接リュウマチ,気管支ぜんそく、潰瘍性大腸炎、クローン病の薬物療法が長足の進歩を遂げた。ハーセプチンは乳がんの治療薬解いて注目されたが、HER2という標識を持つがん細胞にしか効かない(全乳がん患者の20%-30%)ので、HER2陽性患者を見分ける「個別化医療」と併用される。個別化医療(オーダーメイド)は遺伝子診断技術の進歩とともに期待される分野である。肺がんの抗がん剤でチロシンキナーゼを選択的の阻害する「イレッサ」が注目されたが、日本では間質性肺炎の副作用で大きな社会問題となったことは記憶に新しい。抗がん剤のような作用が激しい薬は副作用の危険もまた大きい。医療は不完全であり、医薬品もまた不完全なのである。2013年5月読売新聞は「医療後進国になるな」という見出しで、日本の医薬品と医療機器の開発力が乏しいとして、貿易赤字は2011年で2.9兆円に上ったと警鐘を鳴らした。日本の赤字の主役は資源エネルギーで、黒字の主役は自動車などの機械類である。その差が貿易赤字であり、財務省のデータでは医薬品の貿易赤字は1.4兆円で、日本全体の貿易赤字総額の3.7%を占めるに過ぎない。それはそれとして、日本の製薬企業の開発力は弱いことは事実である。今後の発展が期待されるバイオ医薬品で後れを取っていることは、心配の種である。日本の医療機器メーカーが国際的に特徴ある製品を開発してきたことは良く知られている。診断や治療に欠かせない超音波装置、内視鏡、レントゲン写真フィルム、パルスオキシメーター、CTスキャン、手術内視鏡がある。90年代になって医療機器の貿易赤字は6000億円を超えた。この原因はカテーテルなどの治療機器の割合が増加したためである。医療研究の世界でのレベルは、論文数、被引用数のいずれもの本は上位を占めている。世界の大学ランキングでは日本の基礎研究機関はトップレベルに付けている。しかし日本は臨床医学というと論文数は世界の18位と遅れている。日本の臨床論文では症例報告は多いのだが、治療のエビデンスを示す大規模ランダム試験、コホート研究などの研究が少なくい。また臨床治験の力も不足しているといわれ、ドラッグ・ラグ、あるいはデバイス・ラグの原因となっている。医学教育面でも公衆衛生学部での生物統計学、疫学、感染症学、栄養学、遺伝学、行動科学、国際医療保険額、医療政策学の分野で海外の大学に後れている。大型で本格的な臨床研究を実施する基盤が十分でなかったことが、臨床研究が振るわない要因であった。大学の中に臨床研究センターのような機関の設置が必要であろう。医療産業の発展を優先するならば、日本の医療制度を大きく米国型に変える必要があるという見方も生まれている。混合診療の全面解禁により医薬品や機械の価格を高めに設定することができ、患者は健康保険の他に民間医療保険にも加入し総医療費を増加させ、投資価値のある魅力ある医療産業を興すべきであるという意見である。病院運営についても株式会社制度を認め、資金と競争力のある組織にすべきであるという。その例をお隣の韓国に見ることができる。韓国では医療の営利化・産業化は日本より先行している。そして韓国では病院の質の低下と医療費の高騰を招いた。市場主義医療のパラドックスがここでも現出したのである。効率化(高収益率)のスローガンの為、間化が招来される。いったい医療産業は誰のためにあるのだろうか。患者の為か投資家の利益の為か。ヨーロッパにも優秀な製薬会社は多い。諸外国に学ぶ必要はあるのだが、米国一辺倒である必要はないのだ。米国で実現しているのは国民のなかの大きな経済格差と社会の分断である。米国のように、医療を受けるために支払い不能な治療費を請求され破産を覚悟しなければならにような社会がはたして健全な社会と言えるのだろうか。
(完)