asahi.com 2007年01月31日13時35分
ミネラルVS水道水、環境に優しいのは? 仏で論争
市販のミネラルウオーターと水道水のどちらが環境に優しいか、フランスで論争になっている。ミネラルウオーターの製造業者が「水道水を頻繁に飲まないように」と広告で呼びかければ、水道を供給するパリ市が「事実をゆがめている」と業者を告訴。環境団体は「ペットボトルで地球を汚しているのはミネラルウオーターの方」と市に加勢する。
ルモンド紙によるとフランス人は世界でイタリア人に次ぐ年間1人平均150リットルを飲むミネラルウオーター大国。「まずい」「くさい」という不評に環境面から追い打ちをかける広告に、仏環境団体アジールは「パリだけで毎年20万トンのペットボトルが捨てられているうえ、製造や輸送のエネルギー消費も馬鹿にならない」と批判している。
欧州の水道水の水源と衛生問題
この問題についてはかってこのブログの書評で取り上げたことがあるので、再録する。欧州では水源を混ぜないで独立して供給するシステムであって、地下水源と湧水、表層水(河川水)がある。フランスでも色々な水源があるので一概に言えないが、ここで臭いといわれるのは恐らく河川水のことであろう。衛生上から日本と同じく凝集薬剤と消毒剤で処理される。それでも悪臭を放つことで有名なのは、夏の琵琶湖や霞ヶ浦を水源とする上水道である。臭くても水質検査の基準を満たしているので家庭に供給される。しかし臭くて飲めないという人や浄水器なしでは飲めないという人がいる。
さらに塩素消毒された水道水の健康リスクについては中西準子氏の「水の環境戦略」を紹介したことがあるので再録する。併せてご覧ください。
このように水道水問題は、環境問題や健康問題、水質嗜好問題もからんでいるので総合的に判断することが必要だ。臭いという敏感な感覚問題からすればミネラルウオーターを飲用すればいいことであるが、流通(輸送や容器などで)コストが高いのと市全体の大量需要量を供給することが本来不可能なので、市水道に代替するわけにはゆかない。まずいと思うなら飲まなければいい。高い金を払ってミネラルウォーターを買うことになる。
鯖田豊之著 「水道の思想-都市と水の文化誌-」 中公新書(1996)
1) ローマの水道思想
古代ローマの首都、ローマの人口は紀元前2世紀には100万人を越した。ローマへは11本の水道が建設され、市中は鉛管で1人1日500リットルの上水が供給された。さらに下水も設備され都市国家の快適な生活が保障されたが、476年に西ローマ帝国がゲルマン人により滅ぼされてしまうと水道は破壊されヨーロッパは農村世界に回帰した。近代になってヨーロッパが水道を建設するときの方針は古代ローマの水道思想に復帰することであった。古代ローマの水道思想とは次の2つが原則になっている。
水源の異なる水道の混合配水は禁忌された。古代ローマには11本の水道があり内8本は湧水、2本は河川表流水、1本が湖水であったが、決して交わることなく用途別に供給されたと見られる。 地表水は敬遠し、湧水、地下水、表流水の順に優先された。どんなに距離が遠くとも良質水源を求めて直接自然流下で導水することが原則であった。
2)現行水道法規
フランス:湧水と深層被圧地下水が第1選択である。地表水には浄化処理と塩素消毒が要求される。
ドイツ:水源の選択には規制はないが、湧水と深層被圧地下水が第1選択である。
日本:1957年の「水道法」には水源の選択の規制はないが、上水道公営の原則がある。また給水栓での遊離残留塩素を0.1ppm以上とする下限設定がある。ヨーロッパにこの概念はない。これは戦後アメリカ占領軍が持ちこんだ規定である。
3)各国の水源と浄水技術
日本には湧水源がないこともあり水源の70%は地表水である。それに対しヨーロッパでは1981年の上水道統計によると人工的地下水が32%、伏流水が29%、地下水・湧水が28%、谷川水が6%、地表水は工業用水専用で5%であった。地表水をやむを得ず利用する場合浄化処理にどんなに時間がかかっても薬品を多用しないとしてきたが、日本ではどんなに薬品を多用しても短時間で浄化しようとする技術背景が存在する。これは日欧の文化の違いと言えよう。
湧水: 古代ローマの水道思想を最も色濃く受け継いでいる都市には、パリ、ウイーン、ミュンヘン、ローマがある。どんなに水源が遠くとも良質な水を求める姿勢が生きている。特別な処理はしない。
地表水: 緩速濾過システムと凝集沈殿急速濾過システムがあるがヨーロッパでは活性炭濾過を加えて薬品をできるだけ使用しない。ロンドン、ベルリン、ロッテルダムがその例である。それに対し日本では水源水質の悪化につれ薬品凝集沈殿-オゾン接触-急速砂濾過-オゾン接触-粒状活性炭濾過-塩素消毒の高次処理技術が普及しつつある。
中西準子著 「水の環境戦略」 岩波新書(1994年)
本書は環境論の具体例として水資源と水質汚濁問題、水道水質基準、リスク管理をとりあげ、総合的な水環境政策を論じている。本書の基調をなすリスク管理思想は前書と同じである。
公害問題とオイルショック以来、日本の工業界は水質汚濁源の劇的削減、工業用水の使用量削減と回収、エネルギ効率向上、低公害自動車開発に成功し世界の範となった。いずれの要因も企業のインセンティブを刺激し、また競争力を向上させようとする企業努力の結果である。しかるに農業用水の利権確保のため渇水期でも水を垂れ流してダムを空にし、また生活排水対策の下水道施設率は後進国並にとどまるなど行政面が時代の構造変化に対応できていない。
上水道水質については、感染症予防の塩素注入のため発ガン性物質トリハロメタンを発生させるなど別のリスクを生み出した。これをリスクのトレードオフという。発ガン性物質のリスクは本来10の-5乗を根拠にして水質基準を定めるところ10倍ほどあまく設定されている。これを1日許容摂取量(ADI)として安全のお墨付きを与えていることは2重に危険である。発ガン性物質には安全レベルは存在しないことを明らかにして、別の水源の導入や塩素滅菌に代わるオゾン法の開発(現在コスト高)や、発ガンリスクの受け入れが必要である。
ミネラルVS水道水、環境に優しいのは? 仏で論争
市販のミネラルウオーターと水道水のどちらが環境に優しいか、フランスで論争になっている。ミネラルウオーターの製造業者が「水道水を頻繁に飲まないように」と広告で呼びかければ、水道を供給するパリ市が「事実をゆがめている」と業者を告訴。環境団体は「ペットボトルで地球を汚しているのはミネラルウオーターの方」と市に加勢する。
ルモンド紙によるとフランス人は世界でイタリア人に次ぐ年間1人平均150リットルを飲むミネラルウオーター大国。「まずい」「くさい」という不評に環境面から追い打ちをかける広告に、仏環境団体アジールは「パリだけで毎年20万トンのペットボトルが捨てられているうえ、製造や輸送のエネルギー消費も馬鹿にならない」と批判している。
欧州の水道水の水源と衛生問題
この問題についてはかってこのブログの書評で取り上げたことがあるので、再録する。欧州では水源を混ぜないで独立して供給するシステムであって、地下水源と湧水、表層水(河川水)がある。フランスでも色々な水源があるので一概に言えないが、ここで臭いといわれるのは恐らく河川水のことであろう。衛生上から日本と同じく凝集薬剤と消毒剤で処理される。それでも悪臭を放つことで有名なのは、夏の琵琶湖や霞ヶ浦を水源とする上水道である。臭くても水質検査の基準を満たしているので家庭に供給される。しかし臭くて飲めないという人や浄水器なしでは飲めないという人がいる。
さらに塩素消毒された水道水の健康リスクについては中西準子氏の「水の環境戦略」を紹介したことがあるので再録する。併せてご覧ください。
このように水道水問題は、環境問題や健康問題、水質嗜好問題もからんでいるので総合的に判断することが必要だ。臭いという敏感な感覚問題からすればミネラルウオーターを飲用すればいいことであるが、流通(輸送や容器などで)コストが高いのと市全体の大量需要量を供給することが本来不可能なので、市水道に代替するわけにはゆかない。まずいと思うなら飲まなければいい。高い金を払ってミネラルウォーターを買うことになる。
鯖田豊之著 「水道の思想-都市と水の文化誌-」 中公新書(1996)
1) ローマの水道思想
古代ローマの首都、ローマの人口は紀元前2世紀には100万人を越した。ローマへは11本の水道が建設され、市中は鉛管で1人1日500リットルの上水が供給された。さらに下水も設備され都市国家の快適な生活が保障されたが、476年に西ローマ帝国がゲルマン人により滅ぼされてしまうと水道は破壊されヨーロッパは農村世界に回帰した。近代になってヨーロッパが水道を建設するときの方針は古代ローマの水道思想に復帰することであった。古代ローマの水道思想とは次の2つが原則になっている。
水源の異なる水道の混合配水は禁忌された。古代ローマには11本の水道があり内8本は湧水、2本は河川表流水、1本が湖水であったが、決して交わることなく用途別に供給されたと見られる。 地表水は敬遠し、湧水、地下水、表流水の順に優先された。どんなに距離が遠くとも良質水源を求めて直接自然流下で導水することが原則であった。
2)現行水道法規
フランス:湧水と深層被圧地下水が第1選択である。地表水には浄化処理と塩素消毒が要求される。
ドイツ:水源の選択には規制はないが、湧水と深層被圧地下水が第1選択である。
日本:1957年の「水道法」には水源の選択の規制はないが、上水道公営の原則がある。また給水栓での遊離残留塩素を0.1ppm以上とする下限設定がある。ヨーロッパにこの概念はない。これは戦後アメリカ占領軍が持ちこんだ規定である。
3)各国の水源と浄水技術
日本には湧水源がないこともあり水源の70%は地表水である。それに対しヨーロッパでは1981年の上水道統計によると人工的地下水が32%、伏流水が29%、地下水・湧水が28%、谷川水が6%、地表水は工業用水専用で5%であった。地表水をやむを得ず利用する場合浄化処理にどんなに時間がかかっても薬品を多用しないとしてきたが、日本ではどんなに薬品を多用しても短時間で浄化しようとする技術背景が存在する。これは日欧の文化の違いと言えよう。
湧水: 古代ローマの水道思想を最も色濃く受け継いでいる都市には、パリ、ウイーン、ミュンヘン、ローマがある。どんなに水源が遠くとも良質な水を求める姿勢が生きている。特別な処理はしない。
地表水: 緩速濾過システムと凝集沈殿急速濾過システムがあるがヨーロッパでは活性炭濾過を加えて薬品をできるだけ使用しない。ロンドン、ベルリン、ロッテルダムがその例である。それに対し日本では水源水質の悪化につれ薬品凝集沈殿-オゾン接触-急速砂濾過-オゾン接触-粒状活性炭濾過-塩素消毒の高次処理技術が普及しつつある。
中西準子著 「水の環境戦略」 岩波新書(1994年)
本書は環境論の具体例として水資源と水質汚濁問題、水道水質基準、リスク管理をとりあげ、総合的な水環境政策を論じている。本書の基調をなすリスク管理思想は前書と同じである。
公害問題とオイルショック以来、日本の工業界は水質汚濁源の劇的削減、工業用水の使用量削減と回収、エネルギ効率向上、低公害自動車開発に成功し世界の範となった。いずれの要因も企業のインセンティブを刺激し、また競争力を向上させようとする企業努力の結果である。しかるに農業用水の利権確保のため渇水期でも水を垂れ流してダムを空にし、また生活排水対策の下水道施設率は後進国並にとどまるなど行政面が時代の構造変化に対応できていない。
上水道水質については、感染症予防の塩素注入のため発ガン性物質トリハロメタンを発生させるなど別のリスクを生み出した。これをリスクのトレードオフという。発ガン性物質のリスクは本来10の-5乗を根拠にして水質基準を定めるところ10倍ほどあまく設定されている。これを1日許容摂取量(ADI)として安全のお墨付きを与えていることは2重に危険である。発ガン性物質には安全レベルは存在しないことを明らかにして、別の水源の導入や塩素滅菌に代わるオゾン法の開発(現在コスト高)や、発ガンリスクの受け入れが必要である。