できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学教員・住友剛のブログ。
関西圏中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

2237冊目~2240冊目:4冊まとめて紹介

2016-02-29 08:13:38 | 本と雑誌

今回は2月中に読んだ本のうち4冊をまとめて紹介します。2237冊目~2240冊目です。

<2237冊目>

諏訪清二『防災教育の不思議な力 子ども・学校・地域を変える』(岩波書店、2015年)

阪神淡路大震災のあとの兵庫県において、たとえば県立舞子高校環境防災科の立ち上げなど、防災教育の旗振り役的に活躍してきた現職高校教員の書いた本。内容的には『高校生、災害と向き合う』(岩波ジュニア新書)の続編というところだろうか。

ただ、防災教育の必要性そのものは認めるとして、現行の学校のカリキュラムのなかにどのように組み込めばいいのだろう?

たとえば、著者がいうように、防災教育の土台づくりという面から見て、高校理科教育の「地学」や、高校地歴科・公民科教育での「地理」の学習の重要性は、まったくそのとおり。ただ、これらの科目は大学入試とはあまり関係がないということで、高校教育ではあまり大事にされてこなかった面がある。防災教育の推進のためには、高校と大学との接続関係も見直さなければいけない。そういう面でも、著者がいう入試のあり方の見直しは、防災教育の推進という面から見ても、とても大事な課題なのではないかと思う。

<2238冊目>

阿部利洋『真実委員会という選択 紛争後社会の再生のために』(岩波書店、2008年)

じっくりと再読・熟読しなければならないような、そういう一冊。

(法)社会学の立場から、各地の民族紛争や人種対立などの調停・関係調整のために、紛争後に立ち上がる「真実委員会」の取り組みに注目し、その役割や意義などについて考察した一冊。特にこの本では南アフリカ共和国のアパルトヘイト終結後に立ちあがった「真実委員会」の営みに注目し、検討を加えている。

この本で論じられている諸テーマのうち、たとえば第2章「多元的な真実認識」でいう「法的ないし史実としての真実」「個人的ないし物語としての真実」「社会的・対話的な真実」「修復的ないし癒しとしての真実」の4つの真実認識は、学校事故・事件の問題でも必要な認識なのではないか。

<2239冊目>

仲正昌樹『寛容と正義 絶対的正義の限界』(明月堂書店、2015年)

2004年に『正義と不自由』というタイトルで出た本の新装改訂版。どことなく「前に読んだ」という気がしていたのは、そのせいか・・・。

ただ、この本で論じられていた「左派」からの社会批判の限界、問題点は、今まさに顕著に表れているように思う。

要するに庶民層の生活要求などを「左派」が捉え損ねていて、ある種「エリートの文化」みたいになっている側面があるということを、この本は言いたかったのではないか。

<2240冊目>

鈴木庸裕編著『スクールソーシャルワーカーの学校理解 子ども福祉の発展を目指して』(ミネルヴァ書房、2015年)

研究会などでごいっしょするみなさんが書かれた一冊。主に教育学のなかでも生活指導や臨床教育、子どもの人権論関係者と、スクールソーシャルワークの実践者(社会福祉士など)が中心になってまとめられている。

社会福祉の実践の場としての「学校」をどうとらえるのか。このことがスクールソーシャルワーク論において問われてくるのだが、でもその「学校」は長年にわたって教員たちが子どもと向き合い、さまざまな実践を積み重ねてきた場でもある。また、教育学がさまざまな形で研究、議論を積み重ねてきた場でもある。その教育学の蓄積してきた議論や、あるいは学校現場において教員たちが積み重ねてきた実践的な知見をふまえないで、社会福祉の側から「自分たちの専門的な技法をあてはめたら問題は解決する」と思っていたら、大きな過ちを犯すかもしれない。そういう危機意識がこの本に現れているように思われる。



最新の画像もっと見る